中編小説2編を収録したもの
内容的に何か関連しているのかなと思ったら、それぞれ完全に独立した内容だった。
「鏖戦」は1982年の作品で、酒井昭伸訳
「凍月」は1990年の作品で、小野田和子訳。こちらは中編といっても長めの作品(あるいは短めの長編)で、以前はこれ1作のみで文庫化されていたらしい。『女王天使』など他の長編作品とともにシリーズを成しているらしい。
どちらも版元品切れとなっていたのを、2作あわせた形で再刊した形
出たとき結構話題になっていて、すごい絶賛されている作品なんだあと思ったが、わりとスルーしていて、ハヤカワのkindleセールの時に、一応買っとくかと思って買ったんだと思う。
世評が高いのは(また作者自身の自己評価が高いのも)「鏖戦」のようだが、個人的には「凍月」の方が面白く感じた。「凍月」の方が世界観が取っつきやすいというのもあるが、「鏖戦」の方の、人類vs異星種族の戦争という大きなフレームが、今の自分にはあんまりピンとこなかったからのような気がする
ただまあ、別につまらなかったわけではなく、読んでいる最中はわりと面白かった。主人公の過去(というか主人公は実はクローンでそのオリジナルについての話)とか出てきてからぐいっと面白くなった気がするし、イメージ喚起力みたいなのは確かにある作品だなとは思った。
鏖戦
人類とセネクシという種族が、宇宙の覇権を巡って戦争をずっと続けている。
人類側のプルーフラックスという戦士階級の人物と、セネクシ側の阿頼厨(あらいず)という研究者(?)の視点が交互に進む。
セネクシはガス惑星で生まれ、地球人類と比べて遙かに古い種族で、ガス惑星出身の宇宙種族の中で覇権をとった種族。対して、地球人類は岩石惑星出身の種族の中で覇権をとったことで、セネクシと衝突することになったらしい。
本作の特徴としてはまず、独特の造語や訳語があるだろう。
セネクシは、セネクシ側の視点で書かれるときは、施禰倶支と書かれ、アンモニアやヘリウムも漢字で訳出されている。
セネクシは、蔵識嚢という膨大な記憶をもち、様々な判断を担うものがあり、蔵識嚢1つにつき5つの識胞が属する。阿頼厨は、識胞の1つないし1人である。識胞は中枢神経系もなく、器官としても、触莢、眼根、浸透膜があるのみ。これら3つの器官がどのようなものなのかは文字からなんとなく察せられるが、具体的な説明は書かれていない。
基本的に識胞は、蔵識嚢からの指示に従って動くだけで個人としての判断などはないのだが、人類についての研究を任じられている阿頼厨は、セネクシとしては特殊な個体となっている(人類に考え方が近付いている?)。
一方の人類は人類で、大きな変容を遂げている。
主人公のプルーフラックスは、グラヴァーと呼ばれる戦闘員で、妖精態となると身長が3メートルになる(妖精態とは何なのかについての具体的な説明はやはりなかった気がする)。成長も早いようで、6歳とかで実戦に出ている。
クリーヴォという研究者と出会って、プルーフラックスも(グラヴァーとしてはあるまじきことに)セネクシを理解しようとする気持ちが芽生える。
両者の死闘のあと、遥かな回想が始まる
プルーフラックスは、実は何世代も前にオリジナルがいて、優秀な戦闘員だったので、そのクローンが代々つくられていたのだった。クリーヴォもまた同様。
クリーヴォは、各艦に搭載されるようになった、人類の歴史を記憶している装置マンデイトの提案者。
ただ、クローン化しているのはプルーフラックスとクリーヴォだけではなくて、優秀といってもプルーフラックスは英雄にはなりそこねている。
(このあたりは、プルーフラックスとクリーヴォは一応隠れて逢瀬を重ねていたんだけど、結局、上層部により引き離されることになって云々みたいな話がある)
オリジナルの頃は、まだ現在の人類に近い。プルーフラックスも20代だし。
阿頼厨は、以前確保したマンデート(曼陀羅)から人類の遺伝情報を採取して、人類そっくりの「人形(ひとがた)」を作っている。それが実はプルーフラックスそっくり。
阿頼厨の種子船を撃破したものの、プルーフラックスは脱出できずに巻き込まれてしまい、主人公プルーフラックスと人形プルーフラックスが、精神空間みたいなところで出会って、それで上述のオリジナルプルーフラックスについての回想が始まっている。
彼らを乗せた種子船は、長期間漂流して、時縛繭の働きにより、遠未来へと至る。
そして、そこに天使の姿をした全裸の女性たちが現れて処分していく。
この最後のシーン、なんで全裸女性なんや、というツッコミは思い浮かびつつ、弐瓶の『BLAME!』の統治局とかみたいな、のっぺりして無表情な感じのをイメージすると、なかなか絵的にいいかもな、と思った。
最後のシーン、正直意味は分からなかったのだが、絵としてのインパクトはあった(小説だけど)。
話をだいぶ省略してしまった
当て字をあてるような訳語は、原作がどうなるのかが気になる。
いや、英語分からないので、原作見ても多分何なのか分からないので、もう少し正しくいうと、そういう風に訳した理由や根拠が知りたくなる。
もちろん、こうした訳語は、翻訳家のクリエイティビティが発揮されるところだと思うし、翻訳家による創案なんだろうけど、しかし、だからといって自由気ままな思いつきというわけではなくて、この単語や言い回しは英語だとこういうニュアンスだから、とか何とか、その当て字を考えついた経路があると思うので。
訳語の創案は、小説に限った話ではなく、学術書とかでもあるけど、そっちだとある程度、何でその語をチョイスしたかはある程度訳注で書かれてるかな、と思う。
そういう、何でこの訳語にしたのかという訳注がついてる小説があっても面白いかもな、と今ふと思った
まあ、そんなのは野暮だよ、と思う人もいるだろうけど。
凍月
地球・月・火星に経済圏ができている未来社会の月が舞台
月は、植民初期からの個人主義・自由主義的な気風が強く、あまりはっきりした統治機関がない。月の人々は家系を中心にした結束集団(BM)を作り、それを単位に経済活動をしている。
主人公は、サンドヴァル家の若者ミッコ(ミッキー)・サンドヴァル
本作は、彼の回想という形で物語られている。
当時の彼は、大学で文系学問やってたけど、そろそろ家もどって経営の仕事しろといわれるようなお年頃
で、姉ロザリンド(ロウ)の夫であるウィリアム・ピアスによる、絶対零度実現プロジェクトの財務責任者をやることになる。
絶対零度を実現するためには、量子論理思考体が必要なんだー云々みたいな話から始まるので、この絶対零度プロジェクトの話なのかなと思ったら、物語は急に別方向へ向かっていく。
ロウが、地球で死体の冷凍保存をやっている組織から運営権ごと冷凍保存された410人の頭部を買い取ってきたのだ。
というのも、この中には、二人の曾祖父母の頭も含まれていたからだった。
ロウは、ウィリアムが研究用に使っている冷却装置を一部借りる形で、冷凍保存された頭部を月へと持ち込む。
ところが、その直後、ミッコのもとに月議会の議長から妙な連絡が入ってくる。
この議長というのは、月では珍しい、家系に基づかないBMであるタスク=フェルダーBMの人間で、そしてこのタスク=フェルダーというのは、ロゴロジー教という地球の新興宗教の一員でもある。
月では「政治ははぶけ」というのが合言葉のようになっていて、議会というのも、BM同士の利益調整の場であって、ミッコは単に儀礼的な存在だと思っていた。
しかし、タスク=フェルダーは、誰にも知られていないような法律を使って、ミッコを政治的な罠にかける。
ロウによる冷凍死体の持ち込みは、何らかロゴロジー教団の反発を招いたらしい。
理由がわからないまま、経験の浅いミッコはまんまと罠にはまってしまう。
というわけで、最初の絶対零度の話は一体どこいったのと思うのだけど、このあたりは読みやすくて面白い。
世界観的にも、太陽系内で人類が各天体でそれぞれ半ば独立して活動しているくらいの未来世界の奴はわりと好きなので。
遺体を冷凍保存していた法人がそれこそ死に体になっていて、それが月の富豪家族に買われていくという展開も興味をひく。
冷凍遺体の扱いをどうするかという点で、宗教がかみついてくるというのも面白いけれど、こちらについてはわりと俗っぽい感じである。教祖がただの俗物だったという話
これは、巻末の解説によると、サイエントロジー批判であるらしい。
あと、政治システムを宗教にハックされるの嫌だなあ、政治ははぶけ、みたいな批判もこめられているらしいが、ここらへんも別にそこまで面白くはないかもしれない。
で、絶対零度プロジェクトは一体どうなった、という話だが、ウィリアムからやっとうまくいったぞということで、ロウとミッコにお披露目となるのだが、爆撃されて実験装置が暴走して、ウィリアムとロウが巻き込まれてしまう。
時間の逆流がどうのとか、結晶化した時空と死者の記憶との混淆がどうのとか、そういうのが出てきて、SF的に読んでいて楽しいし、やはり絵的にはよい。
ミッコにとっては、(政治的な罠にはめられたことによる挫折と、ウィリアムやロウとの死別で)ナイーブでいられた青春時代の終わりみたいになって、話のオチはついている
とはいえ、絶対零度の話と冷凍死体の話、単に冷却装置が使い回せるぜーくらいしか関係がなくて(最後のオチでも一応関わってくるけど)、この2つのプロットが最後でうまく合流するんだろうなーと思ったら、ちょっと期待外れだったところがある。
特に、絶対零度の方は、量子論理の話とあわせて、時間を逆流するような状態になっているのか?! みたいな展開が出てくるので、これが冷凍遺体からの記憶読み出しの話と関わってくるのでは、と思ってたらそうではなかったので。
量子論理思考体というのが、これはSFで量子コンピュータが出てくる初期の例らしい。
思考体というのはなんかAIみたいな奴で、人間から自律していて、人間とは隔絶した知性体みたいな感じで描かれている。
量子論理思考体は人間には理解できないので、間に翻訳用の思考体を挟んでいたりする。
この思考体の話は、このシリーズの別作品でも展開されているらしい。
巻末解説で、グレッグ・ベアと同世代の作家として以下があがっていた
ウィリアム・ギブスン、コニー・ウィリス、ブルース・スターリング、キム・スタンリー・ロビンスン、デイヴィッド・ブリン、ルーシャス・シェパード、マイクル・スワンウィック
なるほど、ここらへんが同世代なのか(80年代にSF賞レースにあがってた人たち)
