1960年代~70年代にかけて書かれたニーヴンの短篇傑作選
『20世紀SF〈3〉1960年代・砂の檻』 - logical cypher scape2を読んで気になった作家の1人
また、ブルース・スターリング『スキズマトリックス』(小川隆・訳) - logical cypher scape2の解説で、60年代以降の新しい宇宙SFの1つとして、ニーヴンの「ノウンスペース」シリーズの名前もあがっていたのも気になった(加えて、ヴァーリィの八世界シリーズがあって、それに続く形でスターリングの〈機械主義者/工作者〉シリーズがある、というような感じで)。
本短編集は、ノウンスペースシリーズに属する作品と、そうでない作品の両方が収録されている。
巻末解説によると、ニューウェーブとサイバーパンクの間にある時期に、現代的なSFの基礎を築いた第一人者ということで、確かに、今読んでも遜色ないというか、科学ネタの部分は全然今のアイデアとしても通用するのでは、という感じがした。
帝国の遺物
ノウンスペースシリーズ
植物が播種するためにロケットになっているという、ちょっと『ガメラ2』のレギオンっぽい設定だけど、こっちは最後に打ち上げシーンまである。
かつて宇宙にはスレイヴァー種族の帝国があって、彼らはすでに絶滅したが、彼らが開発した動植物が各地に残っている(このシリーズの各作品でたびたび言及のあるバンダースナッチもそうらしい)。
主人公のは、それを研究することで一山あてようとしている研究者
無人の惑星でステージ樹という植物を研究していたところに、宇宙海賊がやってくる
彼らは、パペッティア人の母星を見つけて海賊行為を始めたのだが、結局見つかって警察に追われ逃げてきた。
多段式(マルチステージ)のロケットになるからステージ樹、か
中性子星
ノウンスペースシリーズ
凄腕のパイロットであるベーオウルフ・シェイファーが、借金問題で、パペッティア人に半ば脅されて、中性子星の調査ミッションへ赴く
パペッティア人が提供している宇宙船の船殻はどんなものも中に通さないのだが、中性子星へ調査へ行った夫婦が何らかの力で死亡し船だけ戻ってくる。
パペッティア人は、シェイファーに対して、その夫婦と同じルートをもう一回飛んでこい、というわけである。
で、実際に中性子星へ近付いていくと、確かにその夫婦が通信を絶つ直前に報告してきた謎の力がかかるのを、シェイファーも気付く。推進モーターを使ってその力を相殺させながら、なんとか突破するシェイファー。
その力の正体が潮汐力であることに気付く。
そしてシェイファーはそこから、パペッティア人の住む星には衛星がないのでは、ということにも気付く。パペッティア人は非常に慎重・臆病なので、自分たちの故郷の星の情報を絶対に公開しない。衛星の有無すら秘匿情報としているので、脅し返す。
「帝国の遺物」で宇宙海賊になった男は、パペッティア人に脅迫が通じると思っていなかった。一方、主人公の博士は脅迫が彼らとの交渉に使えると知っていた。シェイファーもまた同様だった、と。
そういえば、パペッティア人の見た目が細かく描写されているのだけど(『20世紀SF〈3〉1960年代・砂の檻』 - logical cypher scape2には見た目の描写なかった気がする)、双頭のケンタウルスみたいな見た目っぽくてなかなかすごい。あと、口を手のように使うので、カクテルを頼むと口から出てくる(だから地球人はパペッティア人のバーテン
ダーの酒は飲まない)とか
太陽系(ソル)辺境空域
ノウンスペースシリーズ
引き続き、ベーオウルフ・シェイファーが主人公
太陽系から出ていく宇宙船が次々と行方をくらます事件が発生。シェイファーは、地球へ戻る宇宙船に同乗することになる。
旅の道連れは2人。
1人は、宇宙船を手配したのは「中性子星」にも登場したシグムンド・アウスファラーで、「中性子星」ではシェイファーがパペッティア人から宇宙船を盗むのではないかと、船に爆弾付けた人
もう1人は、シェイファーの友人の天才物理学者であるカルロス・ベイなのだが、なかなか「え、何それ」っていう設定がついている。
この世界では、出産制限があって、能力等に応じて子どもを作れる権利が制限されている。この物理学者は、無制限の出産権を有している。で、シェイファーは、彼の出産権を使って妻に子どもを作らせている。んーつまりNTR? 冒頭で、この世界では普通の話的な感じで進んでいく*1のだが、結果的に、この話があとにつながっていく。
事件の謎解きが宇宙論の謎解きとも連携しており、小惑星の上で巨大アームみたいなものを使ったアクションシーンもあり、と色々見どころがある。
1970年代の宇宙物理学って何がどれくらい分かっていたのか自分には分からないのだけけど、量子ブラックホールが出てくるのと、宇宙論として、ビックバン説、定常宇宙説、サイクリック宇宙説の3つが相争っているという状況が描かれていて、量子ブラックホールとかサイクリック宇宙論とかってこの当時すでにあったのかーと思った。
量子ブラックホールが小惑星の中に隠されているかも、というのが「ホール・マン」でも出てくるが、これが当時、よくある仮説だったのか、ニーヴンのアイデアだったのかよく分からない。ビッグバン説が正しければ、宇宙開闢時に生じた量子ブラックホールがどっかにあるはず、と。
こっちでも潮汐力出てきたな。
最後、犯人の動機の1つとして、俺は非モテなのに無限出産権とか許せねえ、だった……(なお、簡便のため「非モテ」と書いてしまったが、重力の強い惑星ジンクスの出身で腕力が強すぎて女にフラれた、と言っている。ジンクス人はほかに寿命が短いとかもあり、貿易で甘い蜜を吸う地球に一泡吹かせたい、とかそういう動機だったよう)
一方で、量子ブラックホールと宇宙の起源についての物理学論争を展開しつつ、他方で、そういうかなり人間くさい犯罪ドラマが並行して進んでいくあたりのバランスのとれたストーリーテリングがうまい。「帝国の遺物」や「中性子星」も同様のところがある。
量子ブラックホールってこれ(原始ブラックホール)のことかな?
「原始ブラックホール」は生成されない? Kavli IPMUが矛盾点を発見 | TECH+(テックプラス)
Wikipediaによると
このような天体の存在は、1966年にヤーコフ・ゼルドビッチとイゴール・ノヴィコフ(英語版)によって初めて提唱された[3]。これらの天体の起源の背後にある理論については、1971年にスティーヴン・ホーキングによって初めて詳細に調べられた[4]。
原始ブラックホール - Wikipedia
本作は1975年発表
シグムンドが船内に隠していた銃火器を大量に出してくるシーンがあるのだけど、その中に、しれっと手裏剣混じってて笑った
無常の月
この作品は映画化の話があるらしく、この短編集もそれを機に編まれたものらしい。
ある晩、突然月が明るくなった、というところから始まる。
主人公はサイエンスライターで、理由を色々考え始めるのだが、太陽活動の異常のせいではないかと思い当たる。ガールフレンドに連絡し、2人で深夜のデートを始める。
夜が明けるとき世界は終わる、しかし、そのことにほとんどの人々はまだ気付いていない(主人公を含め一部の人だけが気付いている)という絶望的な状況は、なかなか切々と胸に迫るものがある。
この作品はそれだけでは終わらず、絶望が一転して希望へと変わる。厳しい状況には変わりないけれども。
読みながら、太陽って新星になるんだっけ? しかもこんな突然? と思いつつも、しかし自分もそのあたり詳しくないし、この世界ではそうなっているのかもしれないし、とそこの疑問には目をつぶって読んでいたら、やはり新星ではなかった。
フレアだったというのは、2024年現在、ちょっとタイムリーな感じで読んだ。
ホール・マン
山岸真編『SFマガジン700【海外編】』 - logical cypher scape2でも読んでいたが、忘れていた。
火星調査隊が、地球外知的生命体がかつて火星にいた痕跡を見つける話。
この調査隊には、2人の両極端なタイプがいる。
隊長がわりと体育会系というか軍人系というか規律と秩序を重んじる威圧的なタイプで、一方、天才物理学者が隊員の1人としているのだが、こちらは、(作中ではそんな言葉出てこないが)ASD系発達障害タイプというか、物理学では超優秀だが、部屋の整理はできなかったり、集中していると宇宙服の気密性を維持するためのロック*2を忘れたりする人。
で、物理学者の方が、重力波によるサインウェーブを発見する。
量子ブラックホールを使った通信機だ、と物理学者は主張するが、調査隊のほとんどは半信半疑だし、隊長は完全に頭おかしい扱いをする。
で、ある日、この2人が口論していると、突然隊長の身体に穴があいて死亡する。
学者による、量子ブラックホールを用いた一種の完全犯罪なのだが、異星人による量子ブラックホール制御装置を切ってしまったので、地上の通信機装置ないに固定されていた量子ブラックホールが火星内部へと落下していったのである。
終末も遠くない
剣と魔法のファンタジーもの
これはウォーロック・シリーズものの中の一作らしい
魔術師と剣士の戦い
超自然的なエネルギーが環境に貯蔵されている量にはどうも上限があるらしくて、いずれ魔法は使えなくなってしまうということに気付いた魔術師の話
馬を生け捕れ!
こちらは、タイムハンター・スヴェッツシリーズの中の1つとのこと
過去にタイムトラベルしたスヴェッツが、タイトル通り、馬を生け捕りにしてくるという話
スヴェッツのいる時代には馬は存在しておらず、馬が車を引いていたということすら伝説扱いされている。とある有力者が馬を見たいと言ったので、馬を捕まえにこないといけなくなった。
ところで、読んでいるうちに、スヴェッツが捕まえたのがどうも馬ではなくてユニコーンのようだということが、読者には分かってくる。
本とかに載っている馬と見た目が違うぞ、とつめられて、じゃあ本の内容を全部書き換えましょう、というオチになるコメディSF
解説(堺三保)
ハヤカワのnoteで公開されている
「今なお輝きを失わない驚異の未来史」ラリイ・ニーヴン傑作集『無常の月』、評論家・堺三保「文庫解説」先行公開|Hayakawa Books & Magazines(β)