イタロ・カルヴィーノ『レ・コスミコミケ』(米川良夫・訳)

Qfwfq老人が、宇宙創成や恒星の誕生の頃、あるいは自分が恐龍だった時代や陸上生活を始めた頃の脊椎動物だった時代を語った物語を集めた連作短編集
「自分が恐龍だった」とか何やねんという話だが、実際Qfwfqが「わしは恐龍だった」云々と語っているのであり、Qfwfqは宇宙創成どころか宇宙の始まりの前から存在していて、宇宙が存在するようになるか賭け事をしていたり、ガス円盤の中で家族とともに生活していたりしたというのである。
そんな話が11篇集められているが、そのうち7篇は実はラブロマンスものであり、時空を超越した舞台設定をしつつも、繰り広げられる物語は人間くさい話だったりするが、その双方の相乗効果で、失われていくものへの哀惜のようなものが描かれていたりする。
とはいえ、かと思えば、円城塔ばりのメタフィクションも展開されたり思弁全開だったりする話もあるので油断ならない。
ちなみに、各話の冒頭に科学書からのエピグラフらしきものが置かれていて、それに対してQfwfq老人が、そうそうその頃にはな、みたいな感じで語り始めるという形式がとられている。
どの話もコミカルで面白いが、センチメンタルな感じというか「恐龍族」が頭一つ抜けて傑作だと思う。
その思弁や描写の点で「渦を巻く」や、お伽噺っぽさで「月の距離」も面白い。


なお、Qfwfq老人の物語は、『柔らかい月』にも収録されているほか、さらにそれ以外にも書かれており、本国ではそれらを収録順序を整理した上で改めてまとめた本が出ているらしい。
訳者あとがきによれば、文庫化に際して1編追加を検討していたが、権利者側の許可がおりなかったらしい。一方、本書と『柔らかい月』が日本では別の版元から出ている事情もあって、上述のいわば完全版を出すのが日本では出すのが難しくなっているということも、あわせて書かれていた。


10年以上前に一度読んでいたのだけど、数年前から「再読したいなあ」と思いつつ読めていなかった。
今、海外文学読むぞ期間を実施中なので、これを機に再読することにした。
フォークナーの次にカルヴィーノ読むの、なかなか振り幅が大きいが。
以前、読んだことあるカルヴィーノ作品は以下の通り。一番有名な『冬の夜ひとりの旅人が』を実は読んでいなかったり。
イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』 - logical cypher scape2
イタロ・カルヴィーノ『柔らかい月』 - logical cypher scape2
『レ・コスミコミケ』『宿命の交わる城』
イタロ・カルヴィーノ『不在の騎士』 - logical cypher scape2

月の距離

地球と月の距離がまだ近かった頃、舟から脚立をかけては度々、月のミルクを採りに行っていたという話。
Qfwfqは、Vhd Vhd船長夫人に恋慕していたのだが、その夫人はQwfwfqの従弟に思いを寄せていたという三角関係もの。
その肝心の従弟はというと、月に焦がれていた。
月との距離が次第に離れ始めた頃、Qfwfqは、夫人と月で二人きりになる計画をたてるが、結局地球と離れてしまうことに焦り、最後は必死に地球へと戻ってくる。一方の従弟はついに離れ行く月と一緒になることを選び、夫人もあとを追う。
何より、脚立を立てて月に行って、重力の向きが反転したり、また月から地球に飛び上がって(飛び降りて)戻ってきたりとかいった描写の、ほのぼのした感じが面白い。

昼の誕生

星雲がガスから固まっていく頃の話、Qfwfqは星雲のガスの中で、祖母や両親、姉弟たちと暮していた。
次第に固体ができてきて、父親が「さわった」と言ったりする(そもそも、「さわる」とはどういうことなのかこれ以前にはよく分からなかった、みたいなことが書かれている)
そんな中、双子の弟と祖母のドーナツ盤がなくなり、Qfwfqが弟たちを探しに行ったり、
田舎(?)からきていた叔父・叔母が事態の急変に対して帰ることにしたのだが、なんか漂流してしまったり。
タイトルに「昼の誕生」とあるように、最終的に星雲から太陽が誕生するのだが、引っ込み思案の姉は地球にもぐりこんでしまう。その後、姉の行方は分からないままだったが、1912年にひょっこり再会した、みたいなことをしれっと述べていたりする。

宇宙にしるしを

太陽系が何億年かけて銀河系の中を公転するので、しるしをつけておこうとした話。
そもそも「しるし」とは一体何なのかという思弁が展開されるとともに、QfwfqとKgwgkとの間の、やりあいみたいなことが描かれている。
やりあいというのは、Kgwgkが、Qfwfqのつけたしるしを消したり、似て非なるしるしをつけたり、ということである。
上に、本書収録作品の半分以上がラブロマンスだと述べたが、その次に多いのが、Qfwfqの分身のようなライバルのような者とのゲームのような話である。

ただ一点に

宇宙がまだ一点に凝縮していた頃の話
しかし、まあ例によって、Qfwfq以外にも何人もの登場人物が出てくる。
マドンナ的女性が出てきたり、移民(一点しかないのに果たしてどこから移民してくるのか)が出てきたりする。
「空間があれば、スパゲッティを作ってあげるのに」

無色の時代

まだ、世界に色がなく、あたり一面が灰色だった時代(冒頭のエピグラフに従うならば、大気がなかった頃)。
Qfwfqは、アイルという女性(ルは小書き文字で書かれている)と親しくなっているが、2人は性格が違い、Qfwfqが新しいものや刺激的なものを求めていたのに対して、アイルは灰色の世界を愛していた。
隕石の衝突をきっかけとして、にわかにあらゆるものに色がついて見えるようになる(紅玉は紅かったのか、とQfwfqが驚くあたりはちょっとニヤッとしてしまう)。
Qfwfqは興奮してアイルにも見せようとするのだが、アイルは消えてしまっていた。
失われてから、灰色の世界の美しさに気付く

終わりのないゲーム

Pfwfpとのゲーム(QfwfqもPfwfpも子どものようである)
最初は、水素原子をビー玉のようにしてぶつけあう遊びをしており、
その後、星雲にのって追いかけっこするのだが、何故か無限ループのような状態になる

水に生きる叔父

両生類が上陸し始めていたような時代の話
Qfwfq一族の大叔父は、しかし未だにサカナのような生活をして、水辺から離れようとしなかった。
陸上進出して、様々な地域へと拡散したQfwfq一族は、時々大叔父のもとへと帰ってきて互いに旧交を温める(お正月の帰省みたいな感じなんだろうか)
古い生活と価値観に固執する大叔父をQfwfqはよく思っていないが、大叔父は一族の中での重鎮みたいな存在で、親戚たちも彼に相談をもちかけたりしている(が、それに対しても水中生活の価値観で答えるので、Qfwfqはやはりよく思っていないというか、恥ずかしく感じている。ところで、その例として出てくるのが、水面よりも水底の方が漁の先取権があるのは当然だろ、とかで面白い。帰省土産が虫だったり)
Qfwfqには、L11という恋人がいるのだが、彼女の一族はもう数世代も前から陸上進出している。そんな彼女に大叔父を紹介する時がくる。いまだにサカナをやっている者が親戚にいることを彼女からどう思われてしまうのが気が気でないのだが、L11はむしろ大叔父との会話を思いの外真剣に楽しんでいる。
ところが最後には、L11を大叔父に寝取られてしまうというまさかのオチ

いくら賭ける?

学部長と色々な賭けをしていたという話
宇宙が存在するようになるかどうかから、アーセナルvsレアル・マドリードの結果まで。
Qfwfqはとにかく色々なことをシミュレートしていて、まだ地球も人類もいない頃に「メソポタミアアッシリアに侵略されるか」という賭けをもちかけて、学部長を困惑させている。
Qfwfqは、そういう感じで突拍子もない賭けをしかけたりして、大勝ちしていくスタイルがで、それに対して学部長は保守的で、基本的にQfwfq逆張りをするだけなので、まあ普通に負けるのだが、後半では勝敗が逆転していく。

恐龍族

Qfwfqが恐龍だった頃の話。
しかし、恐龍の時代ではなく、恐龍が絶滅してしまった後、Qfwfqだけが山奥で絶滅を免れて生き延びた時代。山を下りてくると「新生物」たちと出くわして、一緒に暮すようになる。
新生物たちの間では、恐龍が古く恐ろしい存在として噺の中に出てくるが、しかしもはや誰も見たことがない。Qfwfqは正体がばれるのを恐れながらも、新生物たちの中に次第に馴染んでいく。
また彼は、新生物のフィオール・ディ・フェルチェと親しくなっていく。彼女は夢の中で恐龍を見るのだが、それがまた本当の恐龍とは違うので、Qfwfqは複雑な心情を抱く。
また、港町からフィオール・ディ・フェルチェの兄であるヅァーンが帰ってくる。当初、ヅァーンは、余所者であるQfwfqへ不審を抱くが、力比べをしたあとはむしろ信頼するようになる。
色々事件なり何なりが起きる度に、新生物たちの間で広まる恐龍の噺と態度は変わっていく。新生物たちが恐龍を持ち上げるようになると、Qfwfqは密かに恐龍はそんなよいものではなかった、新生物たちの方がよほど優れているのにと思うし、逆に、新生物たちが恐龍を冗談の種に使うようになると、自分だけが恐龍の優れたところを忘れないようにしなければと思う。
結局、恐龍にも新生物にも嫌気がさして1人になるが、別の土地からやってきた新生物の一群に、遠く恐龍の血をひいている混血のムスメがいることにQfwfqだけが気付く。
そのムスメの子が「ぼくは新生物だ」と言うのを聞いて、安心して去って行く。

空間の形

平行線を飛び続けるQfwfqウルスラとフェニモア中尉
Qfwfqとフェニモアは、ウルスラを巡って恋のライバルにある。
直線は文字へと変わり、メタフィクションになっていく。

光と年月

望遠鏡をのぞいていたら、1億光年先の惑星に《見タゾ》のプラカードが挙がっているのを発見する。
果たして計算してみると、2億年前に確かに見られるとまずい醜態をしていた日があったことに気付いて、さてどうやって反応するべきかと色々やきもきしたり、その情報が宇宙中に広がっていったりなんだりする話

渦を巻く

軟体動物だった頃の話。彼女に恋をする。
また、分泌物を出して貝殻を作るようになる。
短編だが3節に分かれており、そのうち第2節は、5億年後の世界(=現代)について描かれている。様々な場所に自分や彼女が遍在しているようなことが言われており、ここまでの物語の最後に相応しい。かなり長い1文が出てきたり、ポンポンとカメラ位置が変わっていったりといった点も面白い
第3節では視像(イメージ)についての思弁というか。視覚器官が発生したからイメージが生じたのではなくて、見られるに値するものが生まれたから視覚器官やイメージが生じたのだというようなことを論じていて、要するに、それは自分の作った貝殻であって、イカとか捕食動物が目を進化させたのはそれの付随なんだ、と

訳者あとがき

Qfwfqカルヴィーノは別人であるというていで語られるあとがき