島尾敏雄「離脱」色川武大「路上」古井由吉「白暗淵」(『群像2016年10月号』再読)

島尾敏雄「離脱」

『群像2016年10月号(創刊70周年記念号)』その1 - logical cypher scape2で以前読んだことがあるのだが、この記事を見直してみると

島尾敏雄「離脱」(1960年4月号)
夫婦の話
ずっと勝手してた夫が妻からいろいろ

と非常にそっけないメモしか残っていなかったw
読み直してみたところ、まあ、まさにこの通りの内容ではあるのだが、島尾敏雄の伝記的事実をある程度知った今読むと、かなり解像度が上がった。
東京の小岩に住んでいた頃の話で、島尾の浮気が発覚し、妻との関係が悪化。関係回復を図ろうとしている時期の話。
妻からの烈火のごとき詰問にあい、「すみません、すみません」と低頭しながら、聞かれるがままに答えていくのだが、そういう状況にあっても、できれば細部は誤魔化したいと思っている心情が書かれている。むろん、その態度はすぐにばれる。
妻が突然自殺してしまわないかということを恐れ、反省しきりであり、その改心自体は本心なのであろうが、「これからの自分を見て欲しい」という夫と、これまでの10年間がこの3日間でチャラになるわけじゃないからなと言ってくる妻との齟齬みたいなのが、読んでてキリキリするといえばキリキリする。
全くの第三者視点に立つと、妻が明らかに正しいのだが、こうヘナヘナになってしまう夫の心情も分からないでもない。
妻の機嫌がよくなって関係が回復していくのかなと思わせた直後に、再び、詰問が待っている。
また、精神的に参ってしまっている妻は時々激しい頭痛の発作がおこり、それをおさめるために、冷水をかけてほしいとか、頭を殴って欲しいとか頼んでくるし、また、街中を彷徨したりする。終盤は、妻のこの発作に付き合う様子が描かれていて、このあたりは、単なる夫婦喧嘩の域を超えて壮絶なものがある。
ところで、息子の「伸一」*1と娘の「マヤ」も出てくる。2人ともまだ幼く、母親の突然の変貌にただならぬものを感じてはいるが、状況がよくわかってはいないという感じ。マヤが失語症になる前なので、幼児語ながら言葉を喋っている。

色川武大「路上」

やはり、『群像2016年10月号(創刊70周年記念号)』その4 - logical cypher scape2で以前読んでいるのだが、その時のメモは以下の通り

色川武大「路上」(1987年6月号)
読んだけど、どんな話だったか思い出せない
なんか、昼ご飯どこで食べようかと彷徨っているシーンとかがある

色川は『戦後短篇小説再発見18 夢と幻想の世界』 - logical cypher scape2で読んだ「蒼」が面白かったので気になった。
本作は、夢と現実とが入り混じるような作品で、確かにあとで一体どんな話だったか思い出そうとすると難しい作品かもしれない。
昼飯をどこで食べようかさまよっているシーンもある。
「けれども、私の一生は、路上を歩き続けただけのようなものだった、という実感は消えない。」というフレーズがあって、それがテーマといえばテーマか。
冒頭はおそらく夢で、材木置き場だらけの道を歩いていたら母校と思われる学校に入って行って、教師が謎の理科の授業らしきものをしている。
夢から覚めるとホテルの最上階の部屋に寝ているのだけど、このシーンも現実かどうか怪しくて、というのも、ホテルの部屋が滑り出して、中庭に落下して、そしてまた戻っていくのだ。
それから、例の昼飯を食べる店を探して、いろいろな店に行くのだが目当ての店はしまっていて、初めて入る店に入って食べてみるけど、ビールを注文しようとするとそんなものはないとにべもなく断られたりする。
そして、店を出ると、再び材木置き場があって、自分の身体が材木に変化してしまったところで終わる。
かなりシュールといえばシュールな話だったかもしれない。

古井由吉「白暗淵」

これまた以前、『群像2016年10月号(創刊70周年記念号)』その5 - logical cypher scape2で読んでいるが、その時のメモは下記の1行のみ

古井由吉「白暗淵」(2006年9月号)
空襲で母親が死に、親戚のもとで育てられることになった主人公の話。

特に読み返すつもりもなかったのだが、ふと目に留まって読み始めたら、するすると一気に読んでしまった。
わりと文のテンポがよいからかもしれない。
主人公、坪谷の子供のころの話と、大人になってから回想しているシーンが交互に進む。
先の引用にあるとおり、空襲で母親が死に、親戚のもとで育てられることになったという話なのだが、自分も死にかけて九死に一生を得た、というのが最初の記憶で、その後、聞き分けのよい子だとわりと褒められながら育てられる。
それから、高校時代の英語の女教師から何人かの生徒と課外で創世記の話を聞いた話、大学の時に知り合った友人と年に何度か安酒場で酒を飲みながら哲学話のような話をした話が続く。最後に、坪谷もその友人も就職してから再会して、あの頃は身の程知らずのことを語ったなと言い、坪谷は女から子ができたことを宣告された、というところで終わる。
話のあらすじだけ追うと特に面白みがないのだけど、人生の空虚な(?)感じと時々挟まれる俗っぽい感じ(女教師との関係や最後や)とのバランスとかテンポ感とかがよかった。

*1:実在する島尾の息子の名前は伸三