ウィリアム・ギブスン、ブルース・スターリング『ディファレンス・エンジン』(黒丸尚・訳)

言わずと知れたスチームパンクSFの古典
遙か昔に一度読んだことがあったのだが、全然内容を把握することができず、いつか読み直そうと思いながら幾星霜……。
ギブスン+スターリング『ディファレンス・エンジン』 - logical cypher scape2
最近、巽孝之『恐竜のアメリカ』 - logical cypher scape2を読んだら、『ディファレンス・エンジン』について触れられていて、「あ、そういえば」と思い出して漸く再読を果たした。
前回読んだ時の感想として「多分、一気に読むことが出来れば良かったのだろうけど、ぶつぶつと途切れながら、だらだらと読んでしまったので、全体像が把握できぬまま読み終わってしまった。」とあり、これがまさに敗因(?)なので、今度はなるべく一気に読んでしまおうと思ったのだけど、結局、今回も途中で別の本を読む期間を挟みながら読んでしまったので、またもや「あれ」となるところがなくもなかったが、前回よりは分かった気がする。
とはいえ、そもそもストーリーの把握しにくい作品のような気がする、知らんけど。
全部で6章なのだが、大きく分けると4つのパートに分けられ、それぞれ主人公が異なる。
第1パートは、シビル・ジェラードとミック・ラドリー(第一の反復)
第2パートは、エドワード・マロリー(第二の反復、第三の反復、第四の反復)
第3パートは、ローレンス・オリファント(第五の反復)
第4パートは、他と趣向が違っていて、様々な記事や手記などの引用から構成されていて、後日談やら何やらとなっている。
オリファントは、第1パートにも第2パートにも登場している。シビル・ジェラードとミック・ラドリーが引き起こした事件を、第3パートでオリファントが解明せんとするという話になっているのだが、じゃあその間に挟まっているマロリーパートは一体何だったのか。
マロリーパートは、確かにアクションシーンやスチームパンク的ガジェットの多いパートではあるのだが、一方で、どこに向かおうとしているのかがわかりにくい。というか、物語全体への関与度に対して分量が長すぎやしないか、という感じがしたのだが、しかしまあ、自分がちゃんと読めていないだけなのかもしれず、なんともいえない。
あと、実はこの作品全体が1990年に差分機関自体が書いたものだったのだ、というメタフィクション的なオチがあるが、話の内容以上にこのオチ自体が有名なので、読んでいて驚きを感じることはできず、それは仕方ないとして、じゃあこのオチにいたる伏線がどういう風に張られていたのかもいまいち把握できず、うーんであった。
巻末には、アイリーン・ガンによる「差分事典」という用語集が付されており、登場人物や歴史的事件、用語についての史実の説明がなされている。
これを読んでいると、この作品の背景にある大枠として、ラッダイト運動があることがよりはっきり分かってくる。
一方、後にオリファント森有礼らの日本人をつれてアメリカにおけるハクスリーのユートピア運動へと合流したことについても色々分かるのだが、ここらへんの作品自体との関係もいまいちつかめなかった。

第一の反復 ゴーリアドの天使

テキサスからロンドンへ講演旅行にやってきたヒューストン将軍
この世界で、アメリカは統一されておらず複数の国家が乱立している。ヒューストンはテキサス共和国の元大統領でイギリスからの支援をあてにしての渡英。
蒸気映像(キノトロープ)という技術が講演にあたって、今や必要不可欠で、ミック・ラドリーはこれの技師として将軍に帯同している。
物語は、そのラドリーがシビル・ジェラードという商売女とベッドをともにしているシーンから始まるのだが、実は彼女は、父親がある男の裏切りにあり、このような身にやつしている。その男はいまや有力議員となりつつあり、ラドリーは彼女をロンドンからパリに逃がすことを画策する。
ミックから預かったカードをパリへと小包で送る
ミックとヒューストン将軍はテキサス人に殺される。
ところで、ガンの「差分辞典」によると、シビル・ジェラードとこの議員エグレモントは、ベンジャミン・ディズレイリの小説に出てくる登場人物らしい。

第二の反復 ダービィ競馬日

生物学者エドワード・マロリーは、アメリカでの恐竜発掘を終えてイギリスに帰ってきた。弟と友人が参加しているガーニーのレースを見に来ていた。
そこで、暴漢に襲われている女性を助けるのだが、それはバイロン首相の娘にして機関(エンジン)の女王エイダ・バイロンだった。
マロリーは、彼女から謎のパンチカードを預かる。
一方、ガーニーレースでの賭けに大勝ちし、一躍金持ちになる。


このエドワード・マロリーは、作中では、雷竜(ブロントサウルス)の発見者とされており、それにより名声を博し、碩学の1人と遇されている。
ところで、マロリーにはエドウィクというライバルがいて何者かによって殺されている。
マーシュとコープのライバル関係をモデルにしているのだと思われる(実際には2人とも殺されていないが)。
マーシュとコープの化石戦争については、「差分辞典」にも記載がある。本作の舞台が1855年前後であるのに対して、実際の化石戦争は1870年代という違いがある。
なお、ブロントサウルスは、後に頭骨の付け間違いによって誤って新種とされただけで、アパトサウルスと同種だということが分かっているが、作中で、マロリーがエイダから預かったパンチカードを隠したのは、ブロントサウルスの頭骨化石の中であった。
なお、エドウィク以外にも、ピーター・フォークという博物館勤務の男が出てきて、彼もマロリーとの間に復元を巡って確執がある。


作中に出てくるガーニーというのは蒸気自動車のことで、マロリーの弟は、”
線流型”をした新型ガーニーに乗ってレースに参加した。全くの新型であったため、大穴扱いであり、マロリーも半ば気の迷いのように大金を賭けていた
なお、生井英孝『空の帝国 アメリカの20世紀』 - logical cypher scape2によれば、「流線型」は1920~30年代マシン・エイジのキーワードである。

第三の反復 裏取引屋

マロリーは、ジャーナリストを名乗るオリファントという男と会う。彼は、マロリーがアメリカで関わった武器の密輸の件で、テキサス人に命を狙われているという。マロリーは、エイダが襲われていた件をオリファントへ告げる。
マロリーは、暴漢の正体を突き止めるべく、統計局の犯罪人体測定部へと赴く
犯罪者のデータを蓄積しているところで、機関(エンジン)を使って検索して調べることができる。
ところで、この世界では、国民IDみたいなものがあってクレジット機能と繋がっているっぽい。
で、フローレンス・ラッセルという毒婦とキャプテン・スウィングという男の名前があがってくる。
以降、マロリーがどうにしかてスウィングを捕まえてやろう、という方向で話が進む


今度は、マロリー自身が襲撃を受ける。
マロリーには弟や妹が多くいて、妹が今度結婚するというのでそのためのプレゼントを買っていたところで襲撃に遭う。
オリファントがマロリーの護衛を依頼したフレイザー警部が登場する
助けられたマロリーは、オリファントの家に招かれ、そこで森有礼ら日本人グループと出会う。

第四の反復 七つの呪い

ロンドンは「大悪臭」という災厄に見舞われる。
読んで文字通りの災厄なのだが、これによりロンドンを離れられる者たちは次々と離れていき、ロンドンの治安が悪化していく。
こうした中、ラッダイトが反乱を画策しはじめ、マロリーはスウィングを捕まえるべく、ラッダイトの巣窟へと向かう。


マロリー自身は、政治的には急進派という立場で、現首相のバイロンバベッジ卿を支持している。機関による産業革命を推進する立場で、科学者とも親和的なので。
その後、弟が2人ロンドンへやってくる。1人はクリミア戦争に参戦した軍人でもある。マロリーやフレイザー警部がスウィングを捕まえるのに同行する。

第五の反復 すべてを見そなわす眼

オリファントは、ミックの事件を調べ、シビル・ジェラードを追ってパリへと向かう。

モーダス――提示されたイメージ

大悪臭の際に、バイロンが亡くなっているのだが、バイロンの葬儀の際の夫人の様子の話とか
エグレモント宛への手紙とか
ジョン・キーツオリファントに会った時のことを話したインタビューとか
森有礼の手紙とか
最後に、パリで講演していたレイディ・エイダに話しかけたフレイザーの話