Nick Zangwill "Formal natural beauty"

以前、動物の美学について、Glenn Persons "The Aesthetic Value of Animals" - logical cypher scape2を読んだが、それに引き続いて動物の美学関連論文
上述のパーソンズ論文でも紹介されていた、ザングウィルの形式主義について
ザングウィルは、そもそも芸術作品の美的性質について形式主義の立場をとっているようで、本論文は、自然観賞についての形式主義を擁護する論文となっている。
さらにその中で、自然を生物と非生物とに場合分けして論じている。
基本的には、カールソンの認知主義(本論文の中では反形式主義と呼ばれ、カールソンよりさらに広い立場も含むが)への反論となっており、カールソンがいうような美もあるけれど、そうではない美もあるでしょ、というような内容になっている。
形式主義を、形式美だけを認める極端な形式主義と、形式美「も」認める穏当な形式主義とに分けて、後者を擁護している。
カールソンの立場は厳しすぎる、実際の自然美の鑑賞は他のありようもあるでしょ、というザングウィルの直観ないし動機には共感するのだが、議論が説得的だったかはちょっと微妙かもしれないという感想
ただ、動物についての議論で、面白いかもしれないというポイントはあった
後半はあまり飲み込めていない

1.Varieties of Anti-formalism and the Qua Thesis
2.Methodological Reflections
3.Qualess Biological Beauty
4.Inorganic Natural Beauty
5.The Frame Problem
6.The Magnification Problem
7.Active Appreciation

1.Varieties of Anti-formalism and the Qua Thesis

美には、形式美(自由美)と非形式美(従属美)があり、
全ての美が非形式美だというのが、非形式主義
全ての美が形式美だというのが、極端な形式主義
両方あるというのが、穏健な形式主義


形式主義について、自然物がそれが属する種類として美的性質を持つ、という「として説Qua thesis」があるとして、それの弱いバージョンと強いバージョンとに分ける。
強いバージョンは、科学的なないし常識的な自然種カテゴリーとして
弱いバージョンは、自然物として
いずれも、「常に」成り立つというのが、「として説」
これに対してザングウィルは、「多くの場合」成り立つ(が、そうでない場合もある)という立場
カールソンは、生物についてならカールソンに部分的に同意するが、非生物については全く同意しない

2.Methodological Reflections

3.Qualess Biological Beauty

生物は、その生物の種であることに依存しない美的性質を持つ
ここでザングウィルが出してくるのが、水中で泳ぐホッキョクグマの美しさ、という例を出している
カテゴリに依存しない美を見いだしているのだ、ということ言うために、
そこに「驚き」があることを指摘している。
ホッキョクグマというカテゴリーから期待されるのとは異なる美的性質が見出される驚きがあるのだといいう
(ここでは、泳ぐホッキョクグマは、エレガントではなく力強いということが述べられている)


個人的には、動物の美の中に、カテゴリーに依存しない美があるという結論には同意したいのだが、この論証(?)が全然説得的に見えない。
カテゴリーの元で見ているから驚きが生じるのではないか、と。

4.Inorganic Natural Beauty/5.The Frame Problem/6.The Magnification Problem

非生物的な自然については、全て形式美だという
それで生じる問題について色々擁護している
全体と部分とで美的性質がバッティングする場合とか、フレーム問題(鑑賞する範囲をどのように決めるか)とかとか

7.Active Appreciation

カールソンは、自然というのは絵画と違って能動的鑑賞をするものだという話をしているらしいが、それは、自然が絵画と違って平面ではなく立体だからで、だから形式的美じゃないみたな話があるらしいが、立体でも形式的美はあるよ、みたいな話をしているっぽい