生体の科学 Vol.73 No.1 2022年 02月号 特集 意識

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鈴木さん、渡辺(正)さん、大泉さん、土谷さん、乾さんと、門外漢でもよく見かける名前が並び、日本における意識研究者オールスターかもしれない、分からんけど。
普通に売ってる雑誌ではないが、筆者の1人である鈴木さんがツイートしていたのを見かけて知った、確か。
意識研究が一望できて面白い。
意識研究に関する本はチラホラ読んではいるけど、全然網羅的には読んでいないし、科学よりも哲学寄りの本の方が読んでいるので、こういう形で色々なアプローチのものが読めると、そういうのもあったのかーとなり、よかった。
土屋・宮田論文が面白くて、あとで土屋さんの本を読もうと思えたのが最大の収穫
あと、渡辺(正)論文が相変わらずの面白さ、以前読んだ著作のアップデート版となっていた。
その他、天野論文、山岸論文での脳波の話、Lau・Tam論文、宮本論文、渡辺(英)論文が面白かった。
ところで、医学書院のサイトから購入したのだが、その際、職業を記入する欄があり、選択肢が確か医者、看護師、医療技師、その他から選ぶようなものになっていて、医学書専門出版社感がすごかったw

Ⅰ.ヒトを対象とした実験的アプローチ

レビー小体型認知症の幻視,パレイドリア,実体意識性 西尾慶之

タイトル通りで、レビー小体型認知症では、幻視やパレイドリア、実体意識性の幻覚が見られるというもの
パレイドリアは、壁のシミとかに人の顔を見てしまう錯覚で、実体意識性は、近くが誰かにいると感じる幻覚

意識していることへの意識――意識の再帰性を考える 山田真希子

意識を、外界への意識、メタ認知再帰性意識に区別する
一般に、メタ認知再帰性意識はあまり区別されないが、本稿はこれを区別して、再帰性意識が他の動物には見られない、人間特有のものだろうということを論じている

身体的自己意識の認知科学 鈴木啓介・宮原克典

身体的自己意識
まずは幻肢とかラバーハンド錯覚とかの話
次に、内受容感覚との関係(離人症、心拍信号のフィードバックによるラバーハンド錯覚の誘発実験)
自由エネルギー原理からも、その種の説明が試みられている話(ところで、本稿は自由エネルギー「仮説」と書いていたが、free energy principleでは?)
また、LSDによる自我消失体験とデフォルトモードネットワークの活動低下

視覚情報処理のクロックとしてのアルファ波 天野 薫

背側と腹側でそれぞれ処理した情報を統合する時のクロックとして、アルファ波が使われているのではないか
主にそれを確かめるための実験について書かれた論文なので、内容は結構専門的だったが、脳波にそういう役割があるかもしれないのかーというのは面白かった

視覚的注意と意識 山岸典子

意識と注意は、心理学的に異なる概念とされるが、それを神経科学的にも裏付ける
注意:情報を選択的に処理する脳の機能。トップダウン型とボトムアップ型がある
意識:「覚醒」と「意識内容」の2つの次元からなる。注意と異なり意思によりコントロールできない
無意識にも注意を向けられることを示す実験
アルファ波は、意識には関係なく注意を向けているかどうかに関わる(注意を向けると減少)
ガンマ波は、意識内容の制御に使われている可能性がある
ここでも、脳波の話が出てきた

意識を理論化する際の課題 Hakwan Lau・Pui Chuen Tam

意識の理論を評価する際に着目される現象のうちいくつかは、認知機能との交絡があるから、注意すべしという話
睡眠時の夢を見ている状態と見ていない状態との比較や、両眼視野闘争は、交絡的要因に影響されている。
盲視、アファンタジア、周辺視は、情報処理能力の影響を比較的受けないので、意識研究においては、より重要な位置付けがされるべき現象


主観的性質を、相似関係(幾何学的な空間)により説明する
これは、後述する土谷論文にも出てくる。面白い話だと思う


なお、筆者は最後に機能主義を支持する旨簡単に述べて論文を締めている

Ⅱ.動物を対象とした実験的アプローチ

意識の起源と進化 鈴木大地

『意識の進化的起源』『意識の神秘を暴く』のファインバーグとマラット
『動物意識の誕生』のギンズバーグとヤブロンカ
それぞれの理論の概要説明
なお、いずれの本も鈴木が翻訳している。
自分は以下を読んだことがある。
トッド・E・ファインバーグ,ジョン・M・マラット『意識の神秘を暴く 脳と心の生命史』(鈴木大地 訳) - logical cypher scape2
ファインバーグとマラットは、外受容意識や情感意識が成立するための条件をあげ、これらの条件を満たす生物が現れたのはカンブリア紀であり、この時期に意識が進化したと論じる
ギンズバーグとヤブロンカは、意識にとって無制約連合学習を重視し、これが現れた時期はカンブリア紀であると論じる

20年後の意識のアップロードに向けて――コネクトーム・学習・BMI・生成モデルの観点から 渡辺正

以前、渡辺正峰『脳の意識機械の意識』 - logical cypher scape2を読んだ際も、「”マッドサイエンティスト”や~」と思ってたけど、やっぱりマッドサイエンティスト感あるw
ところで、なんでこの論文が「動物を対象とした実験的アプローチ」くくりになっているんだろう。論文内には動物実験についての記載は特になかったはず(もっとも実際にはやってるはずで間違いではないのだが)。
まあそれはともかくとして、著作の後半でも書かれていた意識のアップロード方法について書かれている。
デジダル・フィーディング・クオリアで、コンピュータ上で脳をシミュレートした神経回路ネットワークを作り、その後、脳半球を接続するという話
先ほどの著作での段階では、接続用のBMIバイスはまだなかったはずだが、この論文読むと、ものができあがりつつあるみたい
また、意識アップロードの最終段階として、記憶の移植があり、著作の方ではまだ全然だったのが、こちらの論文ではその方法論が書かれており、かなりマッドw
脳とコンピュータを接続したい状態で、移植したい出来事を思い出せば、その出来事についての脳内ネットワークが活性化するので、その活性化した状態を記憶すればよい。
しかし、この方法で、自覚して思い出せる記憶しか移植できない。だが、思い出せない記憶というのも当然多くあり、そうしたものが人格にとって重要なはず。
ペンローズの実験で、脳の皮質を刺激すると、本人の意図にかかわらず、記憶が思い出されるというものがある。これを応用して、ランダムに皮質を刺激していけば、意図的に思い出せない記憶が次々と思い出されていき、記憶の移植が可能になるはず
なお、その際、被験者は走馬燈的な体験をしていることになるはず
脳に電極ぶっこまれてコンピュータと繋がった状態で、走馬燈見ながら、記憶をコンピュータにコピーするというシーン、SF的にはなんかベタな感じもするが、ガチで20年以内にやろうと考えてるのがすごすぎて、読んでて笑ってしまった。

盲視に関わる神経回路 高桑徳宏

マカクザルでも、その行動から盲視が起きていることが分かり、実験により神経回路を調べた

マカクザルとヒトの回顧的・展望的なメタ認知のための神経回路 宮本健太郎

マカクザルのメタ認知について
記憶を思い出す実験で、正解を選ぶと報酬が与えられるのではなく、回答したあとにその回答に確信があるかを高リスク選択肢と低リスク選択肢を選ばせることで判断し、サルのメタ認知について調べた
また、ヒトに対する実験で、内的確実性と外的確実性についての選択をさせ、2つの確実性を区別していることを調べた
それぞれ、大脳のどこが機能しているのかを確かめた


追記(20220330)
この宮本さんのチームの研究のプレスリリースがたまたま目に入ったのでメモり
www.riken.jp


前障と意識 吉原良浩

前障は、島皮質と尾状核の間にある薄いシート状の神経核で、クリックとコッホが意識の中枢であるという仮説を提唱している。
マウスに対して光遺伝学的な手法で実験し、前障が、安静時や睡眠時に活動し、脳活動を静止状態へと誘導することがわかった
本論では、前障が意識レベルのコントロールをしているのではないかということを示唆している
が、個人的には、意識の中枢といえるのがどうかこの実験だけだと全然分からないなあという印象
あと、クリックやコッホってちゃんと読んだことなかったので、前障とか知らなかった

Ⅲ.理論的アプローチ

意識の数理的な理論はどのように実験的に検証されるべきか? 大泉匡史

従来の神経科学が、外界の刺激Sと神経活動Rとの間に成り立つ変換則を明らかにすることだったのに対して、意識の理論が明らかにすべきは、神経活動Rとそれによって生じる意識Cとの変換則
その上でまず大問題なのは、意識(クオリア)Cをいかに定量化するか
そこで、類似度・関係性によって定量化するというアイデアが提案される(このアイデアは、次の論文筆者である土谷の提案)。
神経の構造とクオリアの構造が同型であることを示すことができれば、意識の数理的な理論が作れたことになる

感情クオリア構造とその神経基盤の解明に向けて 土谷尚嗣・宮田麻里子

クオリアの特徴づけに、クオリア同士の関係性を使うというアイデア
関係性によって何かを定義するのはクオリアに限らず行われることで、数学の圏論において、「米田の補題」というものによって保証されている
これを、視覚の色クオリアに適用した実験を行っている
視野の中心と周辺視野で、経験される色は同じかどうか、という実験。ランダムな場所に2つの色を提示し、それらがどれくらい似ているか答えてもらう。その結果、中心でも周辺でも、色クオリアは同じ
今後、感情や痛みについても、関係性によって特徴づけができるのではないだろうか、と
また、神経活動との関係を明らかにするためには、動物実験も必要になってくるが、動物にどのように類似度を答えさせるかが問題になる。
ところで、最近では、動物に確信度を答えてもらうことで動物のメタ認知を調べる実験が可能になってきたが、例えば、3つの中でどれが仲間外れか聞く、という手法であれば、動物に対しても応用可能な形で類似度が調べられるのではないか、と。


土谷は最近『クオリアはどこからくるのか?』という本を出していて、この本の存在自体は知っていたのだが、統合情報理論の本っぽかったのでちゃんとチェックしていなかった
統合情報理論は以前トノーニの本(ジュリオ・トノーニ/マルチェッロ・マッスィミーニ『意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論』 - logical cypher scape2)を読んでいて、いわば意識のレベル(覚醒や睡眠)についてはよさそうだけど、意識の内容・質つまりクオリアについては説明できなさそうだな、と思っており(実際、統合情報理論自体が自らのことをそのように位置づけていたと思うけど)、ならあまり自分の関心とはつながらないかな、と
で、ちょっと違うけれど、クオリアを空間構造として捉えるというのが、鈴木貴之『ぼくらが原子の集まりなら、なぜ痛みや悲しみを感じるのだろう』 - logical cypher scape2 で出てきた内容理論の話と似ているような気がして、この土谷クオリア構造論にがぜん興味が出てきたところ。

自由エネルギー原理――内受容感覚に基づく意識の神経基盤 乾 敏郎

ほぼ、自由エネルギー原理の説明
意識については、最後の方で少し論じられており、内受容感覚の精度の向上により意識が生じるのではないか、という話をしている。

深層学習ネットワークにおける錯視 渡辺英治

錯視研究の新たなアプローチとして、深層学習ネットワークを用いた人工神経回路を使うというもの
筆者は、PredNetという予測符号化を実装した深層学習ネットワークを用いて、そのネットワークが錯視図形から回転知覚を再現するかを実験
ヒトと同様の図形で錯視が起きることが示された。
それだけでなく、ヒトが錯視を起こさない図形の一部でも錯視が起きていて、これはエラーなのだが、それらの図形には、ヒトでは検知できないわずかな錯視的要素が実は含まれていた。
その他、フラッシュラグ効果という錯視をめぐって、時間説と空間説という2つの仮説が対立しているのだが、PredNetを用いた実験で空間説を検証した。