南谷奉良「洞窟のなかの幻想の怪物―初期恐竜・古生物文学の形式と諸特徴」東雅夫・下楠昌哉編『幻想と怪奇の英文学4』

恐竜・古生物学文学研究の論文
同じ著者による恐竜・古生物文学研究の記事としては、以下もある。



最近、福井県立大学に恐竜学部ができるというニュースがあった時に、とある古生物学者の方が、ぼくの考えるさいきょうの恐竜学部的な感じでこんなツイートをされていた。

この方は古生物学者なので、実際の文学研究にどのようなイメージ・認識をもたれているのかはよく分からないが、「そういえば、実際に恐竜文学の論文が最近出てたんだよなー」と思い出して読むことにした。


恐竜・古生物学文学の研究をしている人はあまり多くない、というかほとんどいないのではないかと想像しているが(この方も専門はジョイス)、近年、文学研究の中で動物表象についての研究がちょいちょい出てきている雰囲気は感じる。
実をいえば自分の知人(というか友人の友人くらいの距離だが)でも、動物表象を対象とした研究者がいる。



本論は、サブタイトルにある通り、初期恐竜・古生物文学の特徴について論じたものである。
で、そもそも「(初期)恐竜・古生物文学」とは一体何なのか、ということがまず問題だろう。
まず「初期」という意味では、ここでは、ベルヌの「地底旅行」(1864)からドイルの「失われた世界」(1912)までの、およそ半世紀の間に発表された作品群が対象となっている。
恐竜や古生物が登場するフィクション作品のリスト、というのはいくつか存在しているようなのだが、上述の半世紀というのは、ちょうど見逃されやすい時期であり、実際、作品数も少ないようだ。
そもそも恐竜・古生物文学というのも学術的な定義があるわけではなく、恐竜以外の古生物は当然として、怪獣なども含んでしまわざるをえない面がある。そんなわけで、作品リストはいくつか存在しているが、作品選択にあたってはリスト作成者の趣味に依存してしまうところもないわけではない、と。
そんなわけで「初期恐竜・古生物学文学」なるものを明確に示すのは難しいのだが、それでも筆者は、複数の作品リストをもとに、対象となる作品27作をリストアップしている。
本論では、これらの作品群において複数作品に該当する諸特徴について論じられている。


まず1つは、「発見された手稿の形式」ということ
これはゴシック文学の常套手段でもあり、語り手の信頼性を揺るがし、信じられそうもない物語を受け入れやすくするための装置となっている。
もう1つは、洞窟ないし地下世界が舞台になっていること
弱い光に照らされて、怪物は部分部分しか見ることができず、キメラ的に記述されることになる。
かつての古生物学の科学的記述でも、既知の動物の部位をつなぎあわせるような記述がなされていたことがあり、それを文学も踏襲している
また、言葉では言い表せない、というような形容がなされていることも多い、と。