石津智大『神経美学―美と芸術の脳科学』

タイトル通り、神経美学についての入門書
筆者は、ゼキのところで共同研究していたこともある研究者
もちろん、人文系の美学とは異なるところも色々あるが、しかし、人文系の美学とも接続可能な議論も色々なされていると思う。
後半で出てくる2つの美という提案は、人文系美学からはなかなか出てこないものだと思うけど、普通に美学理論の一つとしてありな気がする。

1 神経美学とは
2 視る美と聴く美
3 視えない美
4 うつろう美の価値
5 知識の監獄
6 変わらない価値はあるか?
7 快感と美観
8 ネガティブと美
9 醜さの力
10 創造性の源泉を脳にさがす
11 認知の枠組みと美
12 美の認知神経科学
引用文献
おわりに
神経美学の若きエース(コーディネーター 渡辺 茂)

1 神経美学とは

1.1 脳科学と美
1.2 主観と客観
1.3 主観性を脳からしらべる
1.4 神経美学の扱う範疇

2 視る美と聴く美

20世紀初頭の美術史家クライブ・ベルは、多様な種類の美しい作品の中で共通するものは何か問うた
神経美学的に言い直すと、共通して反応している脳の部位はどこか、ということになる。
肖像画、風景画、抽象画、写真、はたまた交響曲や現代音楽など、さまざまな芸術作品の経験時の脳の反応を調べていくと、内側眼窩前頭皮質が共通して活動していることが分かっている
また、美しさの体験の強さと、この部位の反応の強さも相関している
共通して活動している部位であって、この部位だけが美の経験を担っているわけではない、と注意書きもされている。

3 視えない美

数理的な美や道徳的な美など、知覚できないものに対する美的経験についても、やはり同じ部位が反応している


コラムには、背外側前頭前皮質を刺激すると、審美評価が強まったという脳刺激実験の話が

4 うつろう美の価値

4章・5章は、知識が美的判断にどれだけ影響するのか、という話
絵にどのようなキャプションがついているかによって、判断が変わることを示した実験とか
有名ヴァイオリニストに地下鉄駅で演奏させて、どれくらいの人がその演奏の価値に気付いたのかという実験とか
似たようなもので、クチコミが判断にどのような影響を与えるかという実験もある。人が肯定的に評価したものは自分もプラスに、否定的に評価したものは自分もマイナスに評価するようになるのだけど、言ってきた人が、自分の好きな人か嫌いな人かによっても変わる。嫌いな人が肯定的に評価した場合、マイナスに評価するようになるという現象も起きる。
まあ、さもありなんという話ではあるけれど、実験で示されると身もふたもないw

5 知識の監獄

同じく知識からの影響についての話だが、プロはどうなのかという話
プロは意識的に注意をコントロールしている

6 変わらない価値はあるか?

6.1 氷河期美術(アイスエイジアート)
6.2 単純なものから考える
6.3 運動の美と第5次視覚野
6.4 赤ちゃんは美を感じるか?
6.5 プリミティブアートと「頭足人

7 快感と美観

快には、生理的な報酬によるものと社会的・内的報酬によるものがある
前者は腹側線条体、後者は眼窩前頭皮質
美もこれらに対応するのではないか、と
前者は、顔や身体についての美や住居にかんする美で、文化の違いによらず判断が普遍的とされる
後者は、目に見えない美など

8 ネガティブと美

崇高や悲哀など、快ではない美(的カテゴリ)について
崇高さは、哲学者・美学者らにより快と不快の混合感情と言われてきたが、神経美学的にも、火山などの写真を見せた時。、快に反応する尾状核前部と負の感情に反応する被殻や海馬後部などが反応していることがわかっている
また、崇高さないし畏怖を感じる時、人は自分の社会的アイデンティティを意識するという心理学実験も紹介されている。この実験、畏怖を感じさせるための設定が、ティラノサウルス骨格標本の前に立つことだったのが、ちょっと面白い
悲哀に美を感じる時「距離」がキーになっている。
自分ではなく他人の痛みを認識するときの脳部位が反応している

9 醜さの力

ネガティブな美的カテゴリである醜
恐怖や嫌悪に反応する扁桃体が反応
また、島皮質も反応しているが、島皮質は(美に共通して反応する)眼窩前頭皮質と「シーソー」の関係になっている
恐怖に反応するとき、実際に身体は動かなかったとしても脳の運動野は反応する。
ところで、カントやメンデルスゾーンは、醜が吐き気など生理的な反応に繋がっていると論じる
崇高や悲哀には「距離」があったのに対して、醜は身体的な反応を引き起こし、距離を消し去ってしまうのではないか。それが醜の芸術がもつ力の源ではないかと論じている

10 創造性の源泉を脳にさがす

再現性がなかなかないので、創造性についての研究は難しくてあまりすすんでいない、としつつも、実際に行われた研究が紹介されている。
一口に創造性といっても、絵を描くこと、小説を書くこと、詩を書くこと、交響曲を作曲すること、即興演奏をすること、ダンスをすることなどそれぞれ異なっていると思われ、特に研究するにあたっては、小説を書くとか交響曲を作曲するとかの創造性は、対象にしにくい。
研究できそうなものとして、ジャズの即興演奏が挙げられている。
まあ、要するにfMRI使っても調べられそう、ということ(ある程度身体の動きが拘束されてもできる、比較的短時間できる)
この研究はTEDで紹介されていて、実際にミュージシャンがfMRIの中で即興演奏している映像を見ることができる。


11 認知の枠組みと美

フランシス・ベーコンの絵は人体は歪んでいるが、椅子などは歪んでいない
ところで、顔・身体の認知と物体の認知には違いがあって、前者は生得的ないし発達の非常に初期からあり上書きされない。後者は後天的で上書き可能
上書きというのは、変形された顔の画像と変形された椅子の画像を見せ続けた時に、脳が慣れたかどうか
ベーコンは、この2つの認知的コンセプトの違いをうまく利用しているともいえる


筆者は、この2つの認知的コンセプトを、第7章で論じた2つの快感情・2つの美と結びつけ、美を分類するための考え方を示している。

12 美の認知神経科学

12.1 真,善,そして美
12.2 生物的欲求と人間的品性