生井英孝『空の帝国 アメリカの20世紀』

20世紀アメリカの航空史について書かれた本だが、空軍に関する政治史を中心に大衆文化論を混ぜたような一冊。
筆者は、もともと写真を中心とした視覚文化論が専門らしい。本書も、歴史書というよりは文化論の視点から書かれた読み物という雰囲気だが、その分、面白い。
もともと、航空という観点から書かれたアメリカ文化史の本っぽいということで、面白そうだなと思って読み始めたので、その点では期待に違わぬものだったけど、もっと航空寄りの話を期待するとそういう本ではないのでやや注意。
最後の方は、ヴェトナム戦争湾岸戦争911についての話
元々、興亡の世界史シリーズに興味を持った時に、一番惹かれた本で、以前講談社kindle本セールがあった際に購入した。

第1章 ある日、キティホーク
第2章 ダロウェイ夫人の飛行機雲
第3章 翼の福音
第4章 ドゥーエ将軍の遺産
第5章 銀翼つらねて
第6章 将軍たちの夜
第7章 アメリカン・ライフと世界の旅
第8章 冷戦の空の下
第9章 幻影の戦場
第10章 憂鬱な真実
補章 キティホークを遠く離れて

第1章 ある日、キティホーク

章の前半は、19世紀から20世紀の変わり目、飛行船イメージの話や「大衆」、フロンティアの終焉論についてなど
章のメインは、ライト兄弟について
当時、グライダーなど航空機の研究をしていたのは学者などだったのに対して、ライト兄弟はたたき上げの技術者であり個人経営者だった。彼らは最終的に飛行機の技術をアメリカ政府に売ることを目的としており、学者と比較すると、秘密主義的なところがあった。
筆者は、ライト兄弟には「古さ」と「新しさ」が同居していたという。つまり、個人主義的で誰にも借りを作らず生きようとする態度は古風なアメリカ人気質であり、一方、発明を公共のためではなく特許ビジネスによる利益のために行おうとしているあたりは、20世紀的な「新しい」ところであった、と。

第2章 ダロウェイ夫人の飛行機雲

第一次世界大戦について
この章、飛行機の話よりもその前振りとしての第一次世界大戦の話の方が長いw
20世紀後半以降のイメージとは異なり、もともとは常備軍の少ない国だったアメリ
軽武装というのが国としてのアイデンティティだったらしい
しかし、その後、マハンの「海上権力論」により海軍が増強されていく。
陸軍は弱小のままであったが、それでも改革が行われ、その中で航空部隊も設置されることになる。
とはいえ、第2章では、むしろ第一次世界大戦が一体どのような戦争だったか、総動員体制がどのように確立されていったかにページを多く割いている     
最後に、第一次世界における飛行機のイメージを二つ挙げてしめくくっている
1つは、憧れの対象としての飛行機。 
当時に飛行機のエースパイロットは「撃墜王」などと呼ばれ、実際に貴族などもいて、一種の「騎士」のイメージを帯びていた。
もう一つは、不安や災いと結びつく飛行機
ウルフの『ダロウェイ夫人』において、戦争のトラウマを抱えた元兵士の登場シーンと飛行機の関係について。

第3章 翼の福音

戦間期の大衆文化と航空文化
この章は、文化論のトピック盛り盛りで楽しい。
飛行機好きだった稲垣足穂の引用から始まり、大戦間期を象徴するものとして飛行機と映画を挙げる。
戦間期は、さらに1920年代と1930年代とに分けられる。つまり、前衛芸術やジャズなどが花開いた20年代と大不況にあえいだ30年代であるが、近年の文化史では、20年代と30年代の違いよりもむしろ連続性が注目されているらしい。そこでキー概念となるのが「マシン・エイジ」
マシン・エイジの美学として「流線型」があげられる。
それから航空産業の話になる。民間航空輸送が始まって、パン・アメリカン航空など今につらなる航空会社ができている。背景には、第一次大戦が終わり軍需がなくなったことで航空産業不況が訪れてしまわないように、民需への転換をはかった政策があったらしい。
で、女性客室乗務員の話になり、そこからさらにこの当時の女性パイロットの話や、映画女優パイロット風の衣装を着ている写真とかが出てくる話
そして、チャールズ・リンドバーグの話
リンドバーグは、アメリカの田舎の純朴な青年というような人柄で人気が出たらしい。
この当時のアメリカにおける飛行機熱を、とある文化史家は「翼の福音」と呼んでいる
第一次大戦パイロット、あるいは「撃墜王」に憧れた少年たちが、曲乗り飛行士となって巡業したりしていた時代
また、飛行士に憧れる子どもたちの間で、飛行機模型ブームが訪れる。
あと、「翼の福音」というのもあながちただの比喩というわけではなくて、実際、飛行機が地方に訪れた際のイベントごとが、ちょっと宗教祭祀っぽい雰囲気だったりもしたらしい。

第4章 ドゥーエ将軍の遺産

アメリカ空軍建軍の父の一人とされるミッチェルについて
飛行機が戦争に使われたのは第一次大戦からだが、当時、まだどの国にも空軍という独立した軍はなかった。しかし、これが西欧諸国では、第二次大戦までに独立した軍となっていく。一方、アメリカで空軍が独立したのは、実は戦後の1947年。それまでは陸軍の中の航空部隊だった(第二次大戦中に相当の独立性は確保したようだが)。
で、アメリカ空軍の創立にあたっては、ミッチェルとアーノルドという2人の軍人が立役者だったと言われているのだが、この章では、主にミッチェルが取り上げられている。
この人はいわば異端児みたいな人で、航空戦力の重要性をアピールするために、軍艦を爆撃して沈没させる公開実験とかをしている。
第一次大戦でヨーロッパへ赴いた際にイギリス空軍の人と交流して、航空戦力の重要性を学ぶ
で、ヨーロッパの空軍やミッチェルの理論的背景となったのが、イタリアのドゥーエ
彼は、航空戦の独自性を、戦略爆撃に見いだす。

第5章 銀翼つらねて

この章は、主に第二次世界大戦について
アメリカにとって、第二次世界大戦は、外の敵に勝つことと内の敵(人種差別)に勝つことの両面があって、黒人部隊の話など
それから、軍の女性部隊(WACなど)の話も。
戦略爆撃と無差別爆撃
なるべく昼間の精密爆撃にこだわった米軍が夜間無差別爆撃へと移行していく

第6章 将軍たちの夜

戦略爆撃と原爆投下について
日本人からすると、東京大空襲をはじめとする爆撃と広島・長崎への原爆投下は、延長線上の出来事であるが、アメリカ空軍側がらすると、別の論理で動いた話だったらしい。


アメリカ空軍とカーティス・ルメイ
アーノルドとルメイはともに、戦闘そのものにはあまり興味がなく、作戦を練るのが好きなタイプ。だが、政治や外交には疎い
空軍の子供っぽさ


戦争と平和プロパガンダ
プロパガンダと爆撃のスペクタクル
シカゴの地下鉄駅の天井に多数の模型飛行機を設置したディスプレイや、『ライフ』誌に掲載された真珠湾攻撃を報じるイラスト
爆撃をする飛行機の視点にたって、高揚させる
戦争プロパガンダに用いられるイメージが、ヒーローから兵器へと変わった第二次大戦


終戦間際から戦後にかけて、「1つの世界」論が広まる
飛行機によって、世界の距離が近くなったという、いわゆるグローバリズム
戦争と平和の両義性

第7章 アメリカン・ライフと世界の旅

海外旅行と冷戦オリエンタリズム


世界を体験してきた帰還兵。
マーシャル・プランに盛り込まれた観光旅行。アメリカ的な価値観を広めるための海外旅行の推奨
かつての戦地を巡る、しかしオリエンタリズムな視線盛り盛りの海外旅行

第8章 冷戦の空の下

ヴェトナム戦争について
大戦後、早くも時代遅れになりつつある爆撃機をしかし空軍のアピールに使うルメイ
戦争が終わり軍縮の雰囲気もある中で、陸海空軍の対立
これまでの戦争とは違う戦争としてのヴェトナム戦争
ヘリボーンなど

第9章 幻影の戦場

レーガン政権とミサイル防衛」「湾岸戦争」「ユーゴ空爆」について
ヴェトナム戦争への反省を経てのワインバーガー・ドクトリン、のちのパウエル・ドクトリン(ヴェトナム戦争時の若手将校は、軍の上層部の権力争などに不満を抱いていた。このドクトリンは、勝ち目のある時だけ戦争しろ、国内で反対される戦争はするな、戦争するときは戦力惜しまず一気に叩け的な内容)

第10章 憂鬱な真実

911について

補章 キティホークを遠く離れて

ドローンについて