津久井五月『コルヌトピア』

植物と都市、そして庭園のSF
人と居場所を巡る物語、かもしれない
「コルヌトピア」と、文庫化に伴い、その後日譚(15年後を描いた)「蒼転移」が書き下ろしで収録されている。


ビルディングが植物で覆われた未来都市、というのは絵的にはありがちだが、新宿と銀座でビル正面の採光が違うとかディテールがあったり、また、作中世界では当たり前になっている技術について、詳しい説明は省略されていたりして、この世界が当たり前のものである感が出ている。
シンガポールで育ち、大学から東京にやってきた主人公は、東京に違和感を覚えている。
植物学者のヒロインは、個人的な研究動機が社会との繋がりを持てずに悩んでいる。
架空の技術によって作られた未来社会を描く作品でありつつも、その技術そのものよりも、その社会で生きる登場人物たちの葛藤に寄っている作品と言えるかもしれない。が、その向かう先がやはりこの技術がもたらす未来のあり方と関わってもいる。


どこがどうとは説明しがたいのだが、何となく瀬名秀作品的な雰囲気を少し感じた。なんかヴィジョナリーなところがかもしれない。

コルヌトピア (ハヤカワ文庫JA)

コルヌトピア (ハヤカワ文庫JA)

コルヌトピア

2084年の東京が舞台。
フロラと呼ばれる技術により、植物が計算資源として使われている。フロラがどのような技術なのかの説明はそれほど多くないが、ヒストン修飾を利用しているらしい。ヒストン修飾について、特に説明がなく、「SF読者はエピジェネティクス当然知ってる前提か」と慄いたw
21世紀半ばに震災が東京を襲っており、フロラを用いることで情報都市として復興した。23区をぐるりと巨大なグリーンベルトが囲んでいる。
主人公の砂山淵彦は、フロラ設計会社に勤務しており、フロラの「ランドスケープ」を「レンダリング」できる。
この、ランドスケープレンダリングの詳細はあまりよく分からないのだが、フロラとなった植物のネットワークが織りなす情報のパタンを、感覚することのようだ。「角(ウムヴェルト)」というアンテナをうなじにつけ、それを通して行う。特殊能力というわけではなく、多くの人がこれを出来るようだが、淵彦やその同僚は、レンダリングしたランドスケープを分析して、フロラの不調などを調べる仕事をしているようだ。


グリーンベルトで起きた事故の調査で、淵彦は植物学者の折口鶲と出会う。
彼女は、まだフロラ化することができていない植物=異端植物を研究している。異端植物の多くは園芸植物で、彼女の母親が庭園作りを趣味としていたことが影響している。


さらに、淵彦が大学1年の夏、認知療法を受けるために滞在している施設で出会った少年ツグミも加えた3人が主な登場人物


人間と植物、植物と昆虫や小動物、あるいは植物と都市の関係を考える上で、庭園をモデルとして考えているのが面白いなあと思った
この作中世界の東京では、でかいグリーンベルトと巨大緑地作ってそれをドーンと計算資源として利用するということをやっているので、全然庭園的ではないんだけども、淵彦との出会いを通して、鶲は、人間と植物の共生のあり方として庭園というモードをとる必要があるのでは、と考えるようになる。

蒼転移

コルヌトピアから15年後の2099年
大学3年生のアンナは、鳥類学のレポートに、異常大量発生の始まったムクドリを選ぶ*1
アンナは、先生から、4年のキョーコと一緒に調べるよう指示する。キョーコは恋人とともに、ムクドリランドスケープを調べ、卒研にしようとしていた。
都市のフロラがムクドリに影響を与えているのではないかという仮説を追う3人だが、アンナは、群れからはぐれるムクドリがいることが気になっていた。ハスキーボイスがコンプレックで友人のできない自分
淵彦と鶲も登場する(鶲は、キョーコの恋人の指導教官として名前だけ出てくる)。
この15年の間に異端植物によるフロラネットワークが構築されたことが分かる。

解説

ドミニク・チェンが解説を書いている。
発酵メディア研究者という肩書きになっているんだけど、そういう肩書きでしたっけ?
前半では、生命をコンピューティングに用いる研究の事例を色々と紹介して、植物をコンピューティングに使う本作のアイデアが突飛ではないことを示している*2
で、後半に出てきた話が面白くて、本作のレンダリングについて、似たようなことを農業従事者もやっているのではないかとして、ワイン農家についての民族誌的研究を挙げている。情感的にブドウとの関係を作る
また、チェン本人の研究である発酵メディアについて。ぬか床にセンサーを入れて、ぬかと会話ができるような技術を作っているらしい。
人間と自然の関係をどのように認識するか、様々なアプローチが紹介されていて、本作のサブテキストとして、とてもよい。

*1:ところで、コルヌトピアの淵彦の出身校やアンナが通っているのは、おそらく東大

*2:ただし、ヒストン修飾が云々というのに近い例はなかったと思う