津原泰水『ブラバン』

一連の津原泰水騒動の中、新潮社が宣伝していたのをきっかけで知り、手に取った
自分が今まで読んだ津原作品は、主にSF・幻想系の短編と『バレエ・メカニック』のみで、完全にそういうジャンルの人だと思っていて、実は今回の騒動まで、他のジャンルでも書いている人だというのを知らなかった。
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ちなみに、本作は2006年に刊行され、当時ベストセラーとなり、文庫化された後「新潮文庫の100冊」にも何度も選ばれていたらしい。全然しらんかった……
この『ブラバン』は、あらすじも面白そうだったし、今まで読んだことのある津原作品のイメージともかけ離れていたので、気になった。


高校時代、吹奏楽部だった主人公が、25年の時を経て、ひょんなことから当時のメンバーを集めてブラバンを再結成することになったという話で、
高校時代の回想と現代とを行ったりきたりしながら話は進む。


今更、誰に向かってもの言ってるんだという話だが、べらぼうに小説がうまい
どうやってこんな風に書けるのか、という構成をしている
回想が大部を占める作品だが、この回想が時系列に沿っているわけではなくて、かなりあっちいったりこっちいったりして進むのだが、それでいて混乱することなく、話は進行していく
この構成の巧みさがすごい

ブラバン (新潮文庫)

ブラバン (新潮文庫)

「音楽は何も与えてくれない」

主人公の他片はそう述べる
高校3年間という時間をある熱量をもって音楽に注ぎこみながら、25年経ってなお、楽器を続けている者はほとんどいない。しかし一方で、みなどこかで音楽にとらわれ続けてもいる
この小説は、青春小説なのかと言われると、いわゆる青春小説ではないし、音楽についての小説かと言われると、それもまた少し違うんだけど、青春と音楽と人生についての小説なんだよ、としか言いようがない
「音楽は何も与えてくれない」という言葉は、音楽漬けの青春を送っていないと出てこない

1980年

主人公が高校に入学したのは1980年で、80年代のティーンエイジャーの雰囲気についても描かれている風俗小説としても読める
単純に、どういう音楽が流行っていたのか等の記述も面白いが、音楽に対する関わり方とかも面白い。
そもそも、主人公たちのいる典則高校が、いわゆる2番手の高校でそこそこ進学校ではあるけれど、勉強よりもリベラルさを売りにしているような高校、というのがミソかなという気もする。
80年代とは言ったけど、1980年の話なので、まだ80年代というよりは70年代寄りの話で、作中でも、主人公が80年代バブル期の音楽文化にはあまりのれなかった的なことを言っているところがあった気がする。
8~90年代の「サブカル」とは違うんだけど、たぶん、そこにつながるような文化系のカルチャーの空気感があって、それはもう、今には残っていないような感じのものだと思う。
例えば、洋楽への憧れがあって、それを必死にむさぼっている感じがあるんだけど、ジャンル的にはかなり混ざっていて、クラシックでもジャズでもロックでも何でも聞く、そういうある種の「教養」があり、しかし、そういった態度がまだ「サブカル」という形で名指されるまでは至っていない、というか
あと、もう1つ、思ったのは、吹奏楽部の男女比
響け!ユーフォニアム』を見てもそうだし、自分の経験的にもそうだが、吹奏楽部というと、女子比率が非常に高い部活というイメージがあるのだが、本作で描かれる吹奏楽部は、わりと男女比が1:1に近いような雰囲気で描かれている。
で、酒飲んだり合宿時に女風呂覗こうとしたりする男子グループがいて、そういうのも、あまり現在の吹奏楽部男子のイメージではないなーという感じはする
クラシックvsジャズの対立があって、ジャズをやらせない顧問とジャズをやりたい一部部員たちというのあって、それがある事件を引き起こすことになる。そういった教師と生徒との対立は青春ものにありがちだけど、ただ、それを吹奏楽部でやったりするんだーというのは、80年だからかなーというのがある
ヤンキー・不良的なものが、わりとカジュアルにある、というか。
そうか、サブカル少年的な文化教養をもちつつ、行動がやや不良的なのが、なんとなく独特なのか
(一方、見た目は完全にヤンキーなんだけど、中身はまじめな吹奏楽少年、というのもいたりするのだが)
あ、あと、先輩のことを「〇〇先輩」ではなく「〇〇さん」と呼んでいる。
確か、この「〇〇先輩」呼びってわりと最近になって生まれた奴なんだよね? 

広島

舞台は広島であり、登場人物たちもみな(一人を除き)広島弁で話す(たびたび挿入される「はあ」というのが一体どういうものなのかが全然つかめなかったが)
さて、広島が舞台だからといって、そこに即座に原爆のテーマを見いだそうとするのは間違いだろうし、この作品も決して原爆小説ではないのだが、ちょっと原爆との関係を想起してしまいそうなところがある。
それが、主人公の他片が中学時代に好きだった、白血病の少女の存在である。
年齢的に、原爆とは直接関係ないのでは感はあるので、現実的にこの子が原爆の影響で白血病になって亡くなったのかどうかは不明なのであるが。
もう一つは、広島に来訪しているローマ法王のエピソードである
ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が1981年に来日し、広島にも訪れている。他片は、クリスチャンでもある友人の来生と、授業をさぼってそれを見に行く。
後述するが、この白血病の少女とローマ法王のエピソードは、この作品を他片という人物の物語として読むときに、キーとなる出来事と思う。なので、原爆と絡めるかどうかは別として、この2つを特筆すべきポイントとして挙げるのは、ありだと思っている。

皆本、桜井、少女、安野先生

この物語のあらすじを要約するのはひどく難しい
登場人物が非常に多く、それぞれの物語がそれぞれに展開されていくからだ。
とりあえずここでは、他片とその周辺の女性4名との関係を取り上げてみたい。
まず、他片が吹奏楽部に入るきっかけとなった皆本である
彼女はバスクラリネットだが、当初、コントラバスであった。しかし、ケガのため、コントラバスが弾けなくなった際に、半ば無理矢理に他片を吹奏楽部へ入部させたのである。
大人になった彼女は、クラブのママとなり、そして事故によって亡くなってしまう。
この小説は、彼女の訃報から始まる。

バスクラリネットの死を知ったトロンボーンとアルトサクソフォンは、ちょっとしたパニックに陥った。互いがあまりに動揺しているものだから、二人は遂にバスクラリネットの秘密に気づいてしまった。四半世紀を経て。

なお、この秘密をめぐって物語がドライブしていくのかなと思いきや、全12章中第3章までにはこの秘密をめぐる部分はおおむね決着をみる
ただ、このトロンボーンの小日向先輩と、アルトサックスの君島先輩との関係や、かなり後半の方に出てくる沖縄出身の部員普天間とのエピソードなどから察するに、吹奏楽部内の人間関係を考える上で、なかなかのキーパーソンだった可能性はあって、その彼女の死というのは、結構効いているのだろうなと思わせる。
他片は、皆本に対して恋愛的な好意を抱いていたわけではないが、同類の匂いをどこかに感じ取っていたと言っている。
この小説を動かしはじめるのは皆本だが、物語のきっかけとなるのは、桜井である。
他片から見て1年先輩にあたるトランペットで、東京から転校してきたため、登場人物の中で唯一標準語を話す。
25年後のバンド再結成は、彼女が持ち込んだ話である。
彼女は、自分の結婚式披露宴のために、当時の吹奏楽部メンバーを集め再び演奏をしたいと企てるのである。
他片は、なんとなく一緒になって人集めをすることになる(文化祭でのとある事件でも、本来は誘われた側なのに、なんとなく首謀者扱いされたりと、そういうところがある)。
高校時代、他片が意識していた相手でもある(しかしこれも、別の先輩から、もしお前が付き合うなら桜井がいいのではないか、と言われたからであって、最初から主体的に意識していたわけではない)。
桜井は、広島弁を話さず、また3年の卒業をまたずしてまた転校していってしまった、ある意味では部外者的存在で、それゆえに、他片も意識したのだろうし、また再結成という非現実的な話に協力してしまうようにもなったのである。
(先の先輩が、他片に桜井をすすめた理由は、他片にもどこか部外者的なところがあったからだと後に述べている)
物語の最後、バンド再結成がほぼ確実になってきたところで、しかし、桜井の結婚話が桜井側の不手際により破談してしまう。
他片はそのことで桜井を責める。
他人からあまり感情的だとは思われていない他片が、「僕は本来感情的な人間ですよ」といって桜井を叱るシーンであある。また、他片は、自分の過去の恋愛が自己表現の失敗により失敗してきたと考えているのだが、ここでも、自分が自己表現に失敗した、と述べている。
しかし、このシーン、読者から見ると失敗のようには見えない。
むしろ、ずるずると青春をひきずってしまってきた部分との、何らかの決別のようにも見える(それは他片にとってもそうだが、おそらく桜井にとってもそうなのではないか)。
(また、他片が桜井を意識していたことを知っている友人が、桜井と一緒になれる可能性も1%はあるんじゃないかと焚きつけるシーンがあったりするのだが、これがそういう奇跡の(?)物語ではないのだ、ということを示してもいる)
さて、他片の周辺の女性として挙げる3人目が、先ほども言及した白血病の少女である。
彼女は、他片が中学時代に意識していた子なのだが、それほど関わりがあったわけではない。
さらにいうと、作中で2回しか登場しない。
1回目、何か思い出したかのように、この少女について触れ、しかし、今度2度とこの少女については言及しないのだと宣言する。
個人的には、ここのところ「すごいな」と思ったところで、明らかに他片という人物のパーソナリティにとって重要なエピソードについて、「ここでしか言わないからよく覚えとけよ」と作者から言われた気分だったw
だが、2度と言及しないという宣言は、物語の後半で破られる。
高校時代、同性愛者の先輩に迫られ逃げ出した他片は、安野先生のことを思い出し、同じ日に見たローマ法王のことを思い出し、そして、この少女のことを思い出すのである。彼女の生きていた世界・時間と、死んでしまった世界・時間とが、ずいぶんと離れてしまったということに、ふと思いをはせるのである。
最後に挙げる女性は、安野先生である。
彼女は、吹奏楽部の1980年度の顧問である。クラシック主義者で厳格な若い教師であった彼女は、他片のことを嫌うようになり、他片も彼女を避けるようになる。
そんな彼女は、ある時妊娠し、翌年には学校を去ることになる。
25年後、安野先生も再び他片の前に現れるのだが、しかし、それはひどい飲んだくれとしてであった。音楽関係の仕事で細々と食いつなぎ、夜は場末の店で泥酔するような生活をする彼女と偶然再会し、半同棲のようなことを始めるのである。
他の登場人物が、おおよそ、高校時代と現代との間に何があったのかが分かってくるのに対して、彼女の25年間は作中でほとんど明らかにされない。
他片が、本人から聞いてないからで、ある種の「信頼できない語り手」感がある*1
そもそも、何故他片が安野先生と寝るようになったのか、というのも、全然明示的ではない。
他片は、わりと饒舌な語り手なところがあるのだが、安野先生がらみの重要そうなところについては徹底的に回避しているきらいがある。
彼女の過去とつながる箇所はひとつだけあって、他片の友人であり、いまや一流ビジネスマンとなり、再結成に対しては不参加を決め込んでいる来生である。
来生は過去長いこと、安野先生と交流があり、手紙のやり取りをしていたようなのである。
なお、この手紙を発見した他片が、ふと想起するのが、またもローマ法王のことである。


皆本と桜井は、それぞれ他片とどこか似ている者同士であり、またそれぞれ、(高校時代は皆本に、現在においては桜井に)振り回されてもいる。
しかし、かといって、それ以上の関係はそこには生じない。
一方、白血病の少女は、他片の恋愛の原経験に位置し、安野先生は、現在における恋人的位置にある。そして、どちらにも何故かローマ法王戦争と平和に関する説教)が関連付けられている。
と、整理してみたが、正直、だから何なんだと言われると分からなくて
特に、安野先生の過去と来生の関係が、結局なんだったのか、自分にはさっぱり読み取れなかった(安野先生はリストカット癖があり、来生はそれを知っている。なお、来生は吹奏楽部の後輩と結婚している)。
ただ、こうやって整理すると、この話、音楽と青春が起点にはなっているけれど、単に音楽小説とも青春小説とも言い難い作品だということが分かると思う。

その他の登場人物

小日向さん、用賀さん、辻さんの先輩グループはやはり印象的
辻さんは、やはりかっこいいなあというのがあり、25年後の現在のパートにおいても、もうサックス吹けなくなってたわけだけど、感動的なエピソードになっている、というか
用賀さんは、悪いことやるとき大体いて、癖があって、なかなかよいw
現在の仲間集めにおいて、最後にふらっと入ってくるのが用賀さんというのも、またよい


他片に好意を寄せていたらしい、後輩の柏木
柏木回路と他片が読んでいるちょっと変わった思考回路の持ち主だが、なんか独特の実在感がある


他片と小学生からの友人4人組の中の1人、幾田
高校時代、4人組の中ではもっとも音楽にのめりこんでいて、MTRを買って多重録音をするなどしていた彼だが、大人になってから鬱か何か精神疾患になっている。
その彼が、しかし、バンドに参加するようになってくるところも、なかなかグッとくるところである。


高校教師になった永倉のエピソードも、なかなかよい話で、「こっちが永倉の背中をおっかけてたんじゃ」みたいなことを言うシーン、グッとくる。


一方で、そういう救いが全然ないエピソードなのが、普天間で、後半のほうで突如差し込まれてきて、「えー」ってなるんだけど、世の中そういうこともあるもんかもしれないなーとは思わせる。


登場回数は少ないが、高見沢さんという、のちにグラビアアイドルになったという先輩が出てくる。それほど芸能活動は長続きせず、25年後においては芸能界から引退していて、バンドに参加することになる、というのも何というかちょっと面白いなと思う。
ところで、この年齢でグラビアイドルっているのか? と思ったのだが(主人公の他片と同じ年齢のアイドルだと中森明菜松本伊代がいるっぽいのだが、グラビアアイドルではないし)、岡本夏生とかが年齢的には近いのかもしれない。


他片が入ったとき、唯一、コントラバスを担当していた川之江さん
登場人物紹介に「女性なのにジョン・レノンに似ている」と書かれており、正直、なんちゅう紹介文だとは思うのだけど、どういう感じなのか、想像できてしまうのがずるい。

その他

放送部と軽音部のあいだでの、文化祭でのステージ枠の話や機材レンタルの話(とそれをめぐって過去にトラブルが起きて仲が悪くなっているという説明)などが、めちゃくちゃよくありそうな話で、思わず笑ってしまったw


楽器についての蘊蓄説明がそこかしこに書かれていて、それもまたとても面白いのだけど、オーボエの扱いの難しさの説明を見て思わず「みぞれ……!」ってなってしまったw

追記

そういえば、『ブラバン!』は入試問題にも使われていたりするらしいんだけど、どうも、父親にフェンダーエレキベースを買ってもらうシーンとかが使われているらしい。
いやしかし、あのシーンって、かなり前の方で主人公が30代くらいの時に生活苦でそのベースを手放してしまったというフリがなされていて、それの伏線回収みたいなシーンなので、あのシーンだけ切り取って読ませるとどんな感じになるんだろうなー
つまり、父親の子に対する思いを知ることのできた感動的なエピソードであると同時に、「でもこのベース、20年くらい経ったら金に困って売っちまうんだなー、辛えなー」っていうエピソードでもあるので。

追記その2

NOV1975 本 吹奏楽ブラバンではない(お約束)
https://b.hatena.ne.jp/NOV1975/20190604#bookmark-4669602898650966946

このブコメを見て思い出したのだけど、作中では、安野先生初登場シーンが、まさに「吹奏楽ブラバンではない」という話で、生徒が「ウィンドアンサンブルはもっと小編成だし、シンフォニックバンドだと管弦楽団と区別つかないし、そもそも言葉は通じたらいいのでは」という旨の反論をするも、「間違いは間違い」と突き返し、安野先生がどのような先生なのかを示すエピソードとして使われている

*1:ここでいう「信頼できない」は、他片の人格や能力に不信があるという意味ではなく、読者が作品世界を知る上での情報ソースとして信頼できないという意味