更科功『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』

人類700万年の進化史について書かれた本
読む前は、ホモ属の話だと思っていたが、サヘラントロプスから始まっていた。まあ、分量的には、ホモ属の話が多いけど。
最近は、人類史関係の新発見も色々とあって、断片的には色々と読んだりしているのだけど、全体の流れを通しで読む機会が個人的にあまりなかったので、よかった。自分の中で古い知識がアップデートされていなかった箇所も見つけられたし。
また、進化論的説明の仕方についての考え方みたいなものが分かるように書かれている感じがして、よかった。
進化においては、とにかく「子どもを多く残した」ものが生き残っていくのだ、ということが繰り返し述べられているし、また進化的な説明について、単に「スジが通っている」だけでは十分ではないということにも何度か触れられている。その上で、本書の中で肯定的に紹介されているシナリオについて、間接的証拠があって蓋然性の高いものなのか、単にそのように推論されているだけのものなのかも、そこそこ明示されている。もっと言えば、参照元が分かるようになっていればよかった。
Amazonのレビューをのぞいたらば「たとえ話が無駄に多い」みたいなのがあって、それを念頭に置いて読んだせいかもしれないが、そのあたりは確かに、ページ数を使っているわりにはちょっとわかりにくいたとえ話はあった。
ちなみに、著者は更科功『化石の分子生物学』 - logical cypher scapeを書いた人で、分子古生物学者

はじめに
序章 私たちは本当に特別な存在なのか
第1部 人類進化の謎に迫る
 第1章 欠点だらけの進化
 第2章 初期人類たちは何を語るか
 第3章 人類は平和な生物
 第4章 森林から追い出されてどう生き延びたか
 第5章 こうして人類は誕生した
第2部 絶滅していった人類たち
 第6章 食べられても産めばいい
 第7章 人類に起きた奇跡とは
 第8章 ホモ属は仕方なく世界に広がった
 第9章 なぜ脳は大きくなり続けたのか
第3部 ホモ・サピエンスはどこに行くのか
 第10章 ネアンデルタール人の繁栄
 第11章 ホモ・サピエンスの出現
 第12章 認知能力に差はあったのか
 第13章 ネアンデルタール人との別れ
 第14章 最近まで生きていた人類
終章 人類最後の1種
おわりに

第1章 欠点だらけの進化

直立二足歩行していたかどうかは、頭蓋骨に脊椎がつながる穴=大後頭孔のあきかたでわかる
イースト・サイド・ストーリーは間違い」ということが書かれている
この「イースト・サイド・ストーリー」という呼び方は知らなかったのだけど、この仮説自体は知っていて普通にそうだと思っていた
大地溝帯の東側が乾燥して草原となり、樹上生活を続けることができなくなった類人猿が直立二足歩行を行うようになった、という仮説。イブ・コパンによって1982年に提唱されたが、本人もすでに撤回しているとのこと
この説では、直立二足歩行だと太陽光を浴びる面積を少なくできること、遠くを見渡せることがメリットであるとされているが、そもそも直立二足歩行にそのようなメリットがあるなら、他の草原で生きる動物も直立二足歩行になってないか、と
進化の中で、直立二足歩行になったのは、人類になる系列だけ。
直立二足歩行は遠くまで見渡せるけれどその分目立つし、脚が遅いので、見つかると逃げられない
最古の人類とされるサヘラントロプスが、大地溝帯の西側で発見されたこと、そしてその環境が草原ではなく疎林であったことから、イースト・サイド・ストーリーは今では否定されている。

第2章 初期人類たちは何を語るか

初期人類として、約700万年前のチャドの地層から産出したサヘラントロプス・チャデンシス、約600万年前のケニアの地層から産出したオロリン・ツゲネンシス、約580〜520万年前のエチオピアの地層から算出したアルディピテクス・カダッパ、そして、約440万年前のエチオピアの地層から算出したアルディピテクス・ラミダスが挙げられている。
発見されている化石の数が多いことから、この章では主に、アルディピテクス・ラミダスの話がされている
解剖学的特徴と住んでいた環境について

第3章 人類は平和な生物

第4章 森林から追い出されてどう生き延びたか

この2つの章で、直立二足歩行がどのように生じたのかの仮説が述べられている
まず、チンパンジー類と人類の違いとして、人類は犬歯が尖っていないということがあげられる
犬歯は、闘いに使われる。人類は、類人猿の中では珍しく一夫一婦の社会へ移行したことにより、群れの中での争いが減り、武器としての犬歯がなくなったのではないか、と。
そのうえで、直立二足歩行は、自由になった腕によってえさを持って帰るために進化したのではないか、という食料運搬仮説が提示される
ここで、筆者は、「仮説はスジが通っているだけではダメ」という。食料運搬仮説は、話としてはスジが通っているが、証拠はない。
ここで、傍証として出てくるのが、人類は一夫一婦制の社会になっていたのではないか、ということ。多夫多妻の社会の場合、食料を運んでくると自分以外の子供にも与えてしまう可能性があるが、一夫一婦ならば、そうはならない。これならば、直立二足歩行が進化していくということがありうる。
まあ、この説明も証拠があるわけではないが、とりあえず現時点では可能性が高い仮説だろう、と

第5章 こうして人類は誕生した

ナックル歩行の話とか

第6章 食べられても産めばいい

アウストラロピテクス属の話
発見史とか(ピルトダウン人の捏造のあとだったので云々とか)
土踏まずができて、歩くのが初期人類よりうまくなっているとか
居住環境が草原に移っているのだけれど、さきに述べたように直立二足歩行は草原では不利。
これに対して、食べられてもいい、もっとたくさん産めば、ということが述べられている
人類は、他の類人猿と比べて多産
アウストラロピテクス属からは、頑丈型猿人とホモ属の2系統が進化する
分岐する前のアウストラロピテクス・アナメンシスやアファレンシス、アフリカヌスを華奢型猿人とも呼ぶ
頑丈型猿人としては、アウストラロピテクス・エチオピクス、ボイセイ、ロブストゥスがいる

第7章 人類に起きた奇跡とは

石器の誕生
約250万年前、アウストラロピテクス・ガルヒがオルドワン石器を最初に使い始めたとンみられる
同時期、同じ東アフリカにいた、アウストラロピテクス・ボイセイは石器を使っていなかった
その後、華奢型猿人はいなくなり、ホモ属だけが石器を使い、そして脳が大きくなっていく
なお、初期ホモ属の分類はあまり定まっていないらしい。ホモ・ハビリスとホモ・ルドルフェンシスはどちらもホモ・ハビリスであるとか、ホモ・エレクトゥスの中でも、アフリカのものはホモ・エルガステルという別種としてわけるとか
直立二足歩行になったことで手が自由になり脳が大きくなった、と言われることがあるが、直立二足歩行を始めたのが700万年前なのに対して、脳が大きくなり始めたのが250万年前なので、450万年の隔たりがある。
250万年前で、なんでか石器を使い始めた。その結果、肉を食べることができるようになった(この頃はまだ死肉漁り)。これによってエネルギーをより多くて手に入れることができるようになって、脳を大きくすることが可能になった、と
で、ここにきてようやく直立二足歩行のメリットが生きてくるようになった、と
それが長距離走
けものフレンズ』やってた頃、人類の特徴は長距離に強いこと、というのは結構あちこちで見聞きしていたのだが、直立二足歩行はエネルギー効率がよくて長距離に向いているらしい
で、肉を探すには、長距離を移動する必要がある。
遠くにある死骸をいちはやく発見し、走って肉をとりにいき、他の肉食動物が来る前に手で持って運んでしまう、と。
さらに、長距離を走るとなると、体温調節が必要になる。効率よく体温を下げられるのは汗で、汗による体温調節をするために無毛化していった、とも考えられる、と
このあたりもまあ、「スジの通った話」ではあるが、なかなか確証のある話でもないという雰囲気ではあるけれど、面白かった。

第8章 ホモ属は仕方なく世界に広がった

出アフリカの話

第9章 なぜ脳は大きくなり続けたのか

脳化指数という指数が出てくるけど、なんかアドホックな感じもするんだけど、どうなんだろう
ちなみに、この脳化指数を比べると、150万年前までは人類ではなくイルカが1位だった、とのこと

第10章 ネアンデルタール人の繁栄

ホモ・ハイデルベルゲンシスは、アフリカからヨーロッパやアジアへ広まったが、ヨーロッパの集団がネアンデルタール人へと進化
アフリカに残ったハイデルベルゲンシスの集団から、ホモ・サピエンスが進化
ネアンデルタールは、約30万年前にあらわれて、約4万年前に絶滅
絶滅時期については、以前は3万年前と言われていたが、約4万年前でほぼ確定してきた、とのこと
脳の容量が平均で1550ccとかで、人類の中では一番でかい(ホモ・サピエンスは平均で1350cc)

第11章 ホモ・サピエンスの出現

ミトコンドリア・イブの話は、更科功『化石の分子生物学』 - logical cypher scapeにもあった
ミトコンドリア・イブは別にヒトの起源である女性のことではない
例えば、今現在生きている女性のうち誰かは、数世代後の人類にとってのミトコンドリア・イブになる。
人類の起源はアフリカであるという仮説に対して、ミトコンドリア・イブがアフリカにいたというのが矛盾しない、という話。逆に、もしミトコンドリア・イブがアフリカにいなかった場合、先の仮説が棄却されることになるので、その意味で、ミトコンドリア・イブがアフリカにいたのかどうかが重要(ミトコンドリア・イブがアフリカにいることから、人類の起源はアフリカである、はいえない)。

第12章 認知能力に差はあったのか

手先はネアンデルタール人の方が器用だったかもしれないが、新しいものを生み出すのはホモ・サピエンスの方が、とか
あとは、やはり象徴にかかわること
ネアンデルタール人が象徴化行動をとっていたとする証拠はほとんどない
それから、埋葬について。埋葬していたというのはあるのだけど、花をたむけていたという話は今では否定されているらしい。花粉とか自然にもつくだろうという話で。かつて、たかしよいちの本で読んだんだけども。
言葉は少しは話せたかもしれない、とか

第13章 ネアンデルタール人との別れ

ホモ・サピエンスネアンデルタールは何が違ったのか
共存期間について、かつては1万年ほどといわれていたが、今では7000年ほどに下方修正されている。また、ホモ・サピエンスは2度にわたってヨーロッパへ進出しており、2度目に進出してきたホモ・サピエンスにかんしていえば、共存していた期間はもっと短い
さほど、共存していたわけではないらしい。
技術の進歩というと、ホモ・ハイデルベルゲンシスの時に槍が作られるようになり、ネアンデルタール人の時代には槍が日常的に使われるようになった。一方、ホモ・サピエンスでは、投槍器が作られるにいたったらしい
ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスより体格がよく、それは必要なエネルギーが多いことを意味する。狩猟技術が発達してくると、これは不利な要素となる。
寒冷化によって、ネアンデルタール人は数を減らしていき、一方、ホモ・サピエンスは寒冷化をものともせず拡大していったようだ。
ただ、この本では、ホモ・サピエンスに限らず、生き残ったのは、何らかの理由で子どもの数が多かったから、ということであって、必ずしも優れていたからとは限らない、ということが何度も書かれており、ここでも、例えば中東で起きた寒冷化においては、ホモ・サピエンスの方が滅びたケースがあったことが指摘されている。
ネアンデルタール人の脳の大きさについて
筆者は、あとには残らないような能力があったのではないか、と推測している。
例えば、記憶力がとてもあったのではないか、とか。言葉がまだあまり発達していなかったので、記憶力が必要だったのでは、と。
このあたりもまあ証拠のない「お話」ではあるけれども、面白いところではある。
ホモ・サピエンスとは別の知能や能力を発達させた別の人類としてのネアンデルタール人というのは、なんとなくロマンを誘う存在なのかもしれない。
スティーブン・ミズン『心の先史時代』 - logical cypher scape

第14章 最近まで生きていた人類

ホモ・フロレシエンシスについて島嶼化の説明など
100万年前に、ウォレス線を越えたジャワ原人ホモ・エレクトゥス)が島嶼化で小型化したのだろう、と
フロレシエンシスも5万年前には絶滅していたらしいので、ホモ・サピエンスとの共存期間はそんなに長くないっぽい
それから、ネアンデルタール人やデニソワ人とホモ・サピエンスの交雑の話について
さまざまな環境に適応する遺伝子を、ホモ・サピエンスは交雑で手に入れたのではないか、とか