スティーヴン・マンフォード、ラニ・リル・アンユム『哲学がわかる 因果性』(塩野直之・谷川卓訳)

因果性の哲学の入門書
因果性とは一体何なのか、ヒュームからスタートして、様々な哲学上の学説を紹介・解説していく。
筆者らが、傾向性主義の立場に立っているため、最終的にはその立場にたどり着くようにできている。
訳者解説にあるが、おおむね2〜5章がヒューム主義的な理論、6〜9章が反ヒューム主義的な理論を紹介している。


Very Short Introductionシリーズの翻訳
岩波はVSIシリーズについては、これまで「一冊でわかる」シリーズとして翻訳していたのだが、何故か突然「哲学がわかる」シリーズという新しいシリーズが刊行された。版型はほぼ同じだが、少し背が高くなった。


自分が過去に読んだVSIの翻訳
『科学哲学』サミール・オカーシャ - logical cypher scape
ディラン・エヴァンズ『感情』 - logical cypher scape
グレアム・プリースト『論理学』 - logical cypher scape
デイビッド・ノーマン『恐竜――化石記録が示す事実と謎』(冨田幸光監訳) - logical cypher scape

哲学がわかる 因果性 (A VERY SHORT INTRODUCTION)

哲学がわかる 因果性 (A VERY SHORT INTRODUCTION)

はじめに なぜ因果性なのか

第1章 問題 因果性のどこが難しいのか
第2章 規則性 結びつきのない因果性はあるか
第3章 時間と空間 原因は結果よりも前に起こるか
第4章 必然性 原因はその結果を保証するか
第5章 反事実条件的依存性 原因は違いを生じさせるか
第6章 物理主義 すべては伝達に尽きるのか
第7章 多元主義 異なる多くの因果性があるのか
第8章 原初主義 因果性は最も基礎的か
第9章 傾向性主義 何が傾向を持つのか
第10章 原因を見つける それはどこにあるのか

一言だけのあとがき

解 説(谷川 卓)
日本の読者のための読書案内(谷川 卓・塩野直之)
読書案内
索 引

第1章 問題 因果性のどこが難しいのか

因果性の存在を否定する立場として、弱いバージョンである還元主義と強いバージョンである消去主義がある
消去主義の一例として、ラッセルが挙げられていた。
ラッセル曰く、因果性には非対称性があるけれど、物理学には非対称性が出てこない、と。
まあ、これはいろいろと間違っているのだけれど、本書では因果性というのは非常に重要な概念であって、もし仮にラッセルの言う通り物理学に因果性が出てこないのであれば、むしろ物理学の方を改良すべきなのではないか、という

第2章 規則性 結びつきのない因果性はあるか

ヒュームの規則性説
あと、D・ルイスによるモザイクの比喩
規則性説の問題として、帰納推論への懐疑や、因果性が度し難く関係的性質になってしまうこと(ある特定の出来事の因果性を知りたいだけなのに、全時間にわたっての同種の出来事が関係してくる)、偶然の一致との区別がつかないことなど
規則性(恒常的連接性)だけでは因果性を説明できない

第3章 時間と空間 原因は結果よりも前に起こるか

ヒュームは、恒常的連接性だけではなく、時間的先行性と近接性が必要だと考えた。
しかし、この二つは、実は緊張関係にあるのでは、と。ビリヤード球がほかの球に当たって転がりだす事例において、原因となる球と転がりだす球はぶつかった時に動き出す(近接性)、しかし、原因が結果に先行するとするならば、原因というのは、球同士がぶつかる直前ということになる。
カントは、同時的な因果性を考えた
時間的先行性と近接性は、問題がある。

第4章 必然性 原因はその結果を保証するか

ヒュームの考える因果性に足りないのは必然性ではないか。
ヒューム主義者は、必然性は観念の中にしかなく(「水曜日の次は木曜日でなければならない」など)世界の側にはないという
そもそも、ヒュームが反対していたのは、アリストテレススピノザによる因果の必然化説で、ヒュームによる強力な反対により、以降、因果性の哲学ではヒュームの影響が強くなるが、最近ではまた復活してきている。
必然化説の中で、因果的状況の複雑性を重視するマッキーによる説も紹介されている
必然性は、自由意志と衝突するという懸念もある(ただし、偶然性も衝突する)
必然化説の問題として、加法的干渉の問題がある
加法的干渉=何らかの要素が加わることで、結果が起きなくなってしまうこと。必然性はこれによって妨げられないが、因果性は妨げられる。
本書は、因果的産出と必然化を区別する。後者は擁護できないとしても、前者まで否定して、完全にヒューム説になる必要はないという

第5章 反事実条件的依存性 原因は違いを生じさせるか

規則性説と並んで、ヒューム的因果説と呼ばれる、反事実的依存性説
規則性説と反事実的依存性説はどちらも、因果性を偶然的関係とする点で同じ、その関係が、規則性か反事実的依存性かという違い。
ルイスは、反事実的因果性説を擁護
新薬の効果を確かめるために使われている、ランダム化比較試験は、反事実的依存性テストとなっている。
しかし、因果性があるかを確かめるのに反事実的依存性を利用するとの、因果性が反事実的依存性であると主張することは別である、と本書は注意を促す
因果性を反事実的依存性で説明するのは、むしろ順序が逆なのではないか、ということである(因果性があるからこそ、反事実的依存性がある、と)。
また、因果性があるが反事実的依存性がない場合と、因果性がないが反事実的依存性がある場合がある。前者は多重決定、後者は必要条件である。

第6章 物理主義 すべては伝達に尽きるのか

ヒューム的な因果説とは、因果という概念を分析するというアプローチであった。
それに対して、因果とは何かということを、経験科学に教えてもらおうというアプローチ
エネルギー伝達説として紹介している
物理主義者は還元主義者であることが多いが、物理主義と還元主義は不可分ではない。物理主義には創発主義という別の立場もありうる

第7章 多元主義 異なる多くの因果性があるのか

第8章 原初主義 因果性は最も基礎的か

この二つの章は、因果性の定義は本当にできるのか、ということへの二つのアプローチ
因果性に限らず、哲学の議論でわりと見かける論法だと思う。

多元主義

ナンシー・カートライト:ふつうは「引き起こした」などと言わない。「切った」「蹴った」「驚かせた」など無数の言い方があって、それぞれバラバラで、それをひっくるめて因果と呼んでいる
ウィトゲンシュタインの家族的類似性→シロスは、アンスコムの系譜の哲学者で、因果性を家族的類似性で考える
アリストテレスの四原因説も多元主義か?
因果性ではないものをどのように排除できるのか、因果性が多様だとしてもそれらが因果性であるとまとめているものは何なのか、という問題がある。

原初主義

因果性を他の何かで定義する、のではなく、因果性は原初的なものであると考える立場
分析に失敗したからと言って原初主義に頼るのは安易ではないか→しかし、何が原初的であるかはともかく、何らかの原初主義は正しいはず。そして、因果性は、私たちと世界の関係を考える上で非常に基盤的なものであるのも間違いない
そもそも、経験主義を成り立たしめているのも因果性では? つまり、知覚は因果なしには成り立たない。
ヒューム的な考えは、因果は直接知覚できない、というところから始まる
本当に、因果は直接知覚できないのか
観察者としてだけだと、確かに因果は知覚できないかもしれないが、行為者としてなら、因果を知覚しているのではないか。固有受容覚。
ヒュームは、意志と行為とを切り離し、意志のあとに行為がくるというのも、恒常的連接性に過ぎないと論じたが、そもそも、意志と行為を切り離しうるものなのか(ウィトゲンシュタインによる批判)

第9章 傾向性主義 何が傾向を持つのか

そして、いよいよ、本書の筆者であるマンフォードとアンユムの立場である、傾向性主義
彼らはまず、因果性について原初主義の立場をとる。
なので、傾向性主義は、因果性を傾向性に置き換えるという考えではない。
単に、因果性とは原初的な概念である、といってもそれだけでは説明としては物足りないのであり、実質的な説明として、傾向性主義がとられる。
因果性は、因果的パワーによって産出されるのだ、と考える。
そして、因果性の本性は傾向性だと考える。
傾向性主義は、アリストテレスに遡り、トマス・アクィナスによっても支持されたが、ヒュームによって退けられ、のち、ミル、ラッセル、クワイン、ルイスなど、因果をパワーだとする考えは、経験主義者たちによって嫌悪されてきた、という。
傾向性主義によれば、科学や技術とは、傾向性を解き放つもの
因果性があっても恒常的連接性がない場合、因果性があっても必然性がない場合を、傾向性は説明できる。
また、逆に、そもそも恒常的連接性は、因果性ではないということも主張できる。
パワーは、相互に顕在化することで、結果を算出する、
不在はパワーをもつか、不在がパワーをもつという主張は擁護しにくい、と本書は述べている。


『現代思想2017年12月臨時増刊号 総特集=分析哲学』 - logical cypher scapeに載っていた入不二基義「現実性と潜在性」は、傾向性について考えるのにヒントになるかもしれない。傾向性というのは潜在的なものなので。
同じく、加地大介「穴の物象性と因果性」は、不在の因果に関して、この本の筆者でもあるマンフォード&アンユムの立場に反して、不在も因果的パワーをもちうると論ずる。


ところで、傾向性主義の傾向性は、dispositionだが、時々、propensityの訳としても傾向性という言葉が使われていた。違いがよくわからない。

第10章 原因を見つける それはどこにあるのか

ここまで、因果の概念分析、もしくは存在論だったのに対して、最終章は因果性の認識論
統計
ランダム化比較試験
因果グラフ(ベイジアン・ネットワーク)
実験という名の介入
適切にコントロールされた実験
兆候によるアプローチ