グレッグ・イーガン『ひとりっ子』(一部)

グレッグ・イーガン『シルトの梯子』 - logical cypher scapeを読んだので、読み返してみることにした。
もう読んだの10年くらい前なのか。自分のブログ記事があんまり役に立たないw

ひとりっ子

ひとりっ子

行動原理

妻を強盗に殺された男が復讐を行う話
殺すときに決意が鈍らぬよう、インプラントを買ってきて、命は重くないと感じるように脳を改変する
インプラントによって自由意志は何も変わらないとかそういうことを考える話なのだが、最後に、妻の命についての考え方が変わってしまったというオチがつくのが、ショートショートっぽい

ふたりの距離

これもまた、ショートショートっぽいというか
恋人(パートナー)がどんな気持ちを持っているのか、自分と同じような経験をしているのか、ちょっと独我論っぽい悩みをもっていた主人公が、身体の交換などをして、相手がどのように感じるのかを体験しようとする。
色々試すが、なかなか解決するものではなく、ついには記憶を融合させて、人格をモーフィングさせるようなことをするのだが。
「ひとりきりで永遠を生きたいとはだれも思わない」というのが、冒頭と結末とで意味合いが変わってしまう。

ラク

歴史改変もので、アラン・チューリングC.S.ルイスをモデルにした人物が登場する(ロバートとジャック)。
10年前の読書メモには、オラクルについてほとんど記述がなくて、10年前に自分がどんな感想を抱いたのかが分からない。
訳者あとがきで、チューリングとルイスである旨書かれているし、当時の自分でもチューリングとルイスくらいは気付いたと思うんだけど、あまりピンと来なかったんだろうか
ただ、10年前の自分は多分アンスコムのことは分かってなかった気がする。
タイトルの「オラクル」は、オラクルマシンのこと。
別の世界線*1からやってきたヘレンにより、未来の量子力学(といっても、この時代に知られていた知識からでも導き出すのが可能なもの)について教えられたロバートは、次々に新技術を開発していく。
ロバートが人工的な脳の研究を進めていると知ったジャックは、キリスト教的価値観から彼の研究に脅威を感じ、公開討論会を挑む。
ジャックの方には何故かペンローズ(と思われる人物)がアドバイザーとなって、「機械は思考することができるか」という議題が提起される。ペンローズ(?)の入れ知恵によって、ゲーデル不完全性定理を持ち出して機械の思考不可能性を説くジャック。
悪魔の話を延々されるのではと思っていたロバートは、思いのほか相手のレベルが高いことに、逆に闘志を燃やすのだった。

ひとりっ子

多世界解釈を、自分の生き方にとって非常にシリアスな問題として思い悩む主人公。
暴漢に襲われていた男を助けたことで、自分に自信を持つことができた彼は、気になっていた女の子をデートに誘うことに成功し、そして、時が経ち、彼女と結婚する。
夫婦揃って量子力学の研究者だが、主人公は色々なプロジェクトを任期付で渡り歩く非常勤で、妻の方は大学教員となっている。
2人とも多世界解釈を支持しているが、特に主人公の方は、自分の個人的な生き方にとって重要なものだと考えている。
つまり、多世界解釈が可能だとしたら、あの時、暴漢から男を助けなかった自分もどこかの世界に実在しているからだ。
あの時の選択によって、自分は今、幸せな人生を送ることができる。しかし、あの選択をしなかった自分も多世界のどこかにいるのだとしたら、不幸せな人生を送っている自分もいるのだとしたら、人生における選択とは一体何だというのか。
彼は、シングルトンプロセッサの研究を行うようになっていた。環境からの重なり合いを遮蔽し、分岐しない計算機だ。
一度流産を経験してしまった2人は、その後、AIを搭載したアンドロイドを養子として引き取ることにする。ボディを交換することで乳児から成長していくことができる。その時代、少しずつ広まりはじめていたが、法律上は人権を認められておらず、ロビー活動が行われていた。
2人は、自分たちの子どもとなるAIに、シングルトンを搭載することに決めていた。
多世界に分岐することなく、本当の意味で自分の選択が可能になるように、と。
2人の娘の名前はヘレン。

*1:世界線」という言葉は使ってないが