『シリーズ新・心の哲学3意識篇』(佐藤論文・太田論文)

心の哲学、特に意識にかかわる話題の論文集。その中から、予測コーディング理論を取り上げている佐藤論文と、現象的意識の統一性について論じている太田論文のみをとりあえず読んだ。

シリーズ 新・心の哲学II 意識篇

シリーズ 新・心の哲学II 意識篇

序論 意識をめぐる問題圏[太田紘史]
 1 現象的意識と説明ギャップ
 2 意識的知覚の科学的研究
 3 意識の統一性と自己の実態


1 意識的な知覚と内容

第1章 意識の概念と説明ギャップ──クオリアは分析可能か?[山口尚]
 1 歴史的背景──同一説と機能主義
 2 説明ギャップの問題──ジョゼフ・レヴァイン
 3 論点の一般的な整理(1)──心の哲学における論戦の地図
 4 論点の一般的な整理(2)──レヴァインへの応答の分類
 5 二元論とタイプB物理主義──クオリアの分析不可能性にもとづく議論
 6 タイプA物理主義──ギャップを気にしないことと「開示テーゼ」の問題

第2章 視覚意識の神経基盤論争──かい離説の是非と知覚経験の見かけの豊かさを中心に[佐藤亮司]
 1 序
 2 意識のグローバルワークスペース説とブロックの二つの意識
 3 論争の評価とブロックの立場の難点
 4 見かけの豊かさを説明する
 5 結 論

第3章 われわれは何を経験しているのか──知覚と思考、概念、意識研究の方法論[鈴木貴之]
 1 準備作業
 2 保守派とリベラル派の争い
 3 知覚と思考
 4 知覚経験の内容を明らかにするにはどうしたらよいのか


2 意識の構造と自己

第4章 意識経験の構造を探る──現象的統一性と因果的統合性[太田紘史]
 1 意識経験の統一性
 2 統一性の諸概念
 3 意識経験の構造──因果的統合性と現象的統一性
 4 意識経験の構造のモデル
 5 結 語

第5章 自我性を求めて──物語的自我・現象的自我・脳神経科学[福田敦史]
 1 はじめに
 2 物語的自我
 3 現象的自我
 4 脳神経科
 5 自我についてどのように考えればよいのか──まとめにかえて

第6章 意識的意志は誰にとって幻想なのか──意識的意志、自己、自由意志の関係について検討する[鈴木秀憲]
 1 『意識的意志の幻想』
 2 『行動と脳科学』誌での討論
 3 意識的意志と自己概念
 4 意識的意志と自由意志論
 5 結 語

読書案内
あとがき[信原幸弘]

佐藤亮司「視覚意識の神経基盤論争:かい離説の是非と知覚経験の見かけの豊かさを中心に」

タイトルのとおり、視覚意識の神経基盤は一体何かということをテーマとしており、複数の立場の中から、予測コーディング理論がもっとも優れていると論じている。
まず、グローバルワークスペース説vsかい離説の対立を紹介し、この対立が概念の捉え方の違いに起因しており、結着がつかないものだとまとめた上で、両者の議論から意識経験における「見かけの豊かさ」という問題に着目する。
そして、この問題を上手く説明できる唯一の理論として、予測コーディング理論を取り上げている(なお、その過程で「意識の高階説」も取り上げているけれど、この問題を説明できるけど他の問題ありという立場)。

心理学者のバースによって提唱された説で、科学者から広く支持をあつめる
意識とは舞台のようなもの、スポットライトに照らされた心的内容が、様々な機能へと「ブロードキャスト」される。このブロードキャストのメカニズム=グローバルワークスペース
デハーネによる整理
報告可能なものが、意識的処理
報告不可能なものは閾下処理、注意を向ければ報告可能なのが前意識的処理

  • かい離説

グローバルワークスペース説(デハーネ):感覚皮質内の再帰的ループ+注意を受ける→グローバルワークスペースに入る=意識的となる
ブロック説:ローカルな再帰的ループだけで意識的
ブロックによる「アクセス意識」と「現象的意識」の区別
現象的意識は、デハーネがいうところの前意識的な領域
現象的意識の方が先に生じて、アクセス意識はその一部(現象意識の内容はアクセス意識を「オーバーフロー」する)
グローバルワークスペース説では、意識の神経基盤は前頭葉だが、ブロック説では、感覚皮質内の再帰的ループ
スパーリングの実験

  • 論争の評価

実験の解釈は、ブロックによるものも、反対者によるものも、客観的には等価であると筆者は論ずる。
両者の違いは、意識の基盤が、グローバルワークスペースにアクセス「した」神経表象か、アクセス「可能」な神経表象かの違いでしかない、という。
しかし、グローバルワークスペースにアクセスした神経表象の性質と、現象的意識の性質は異なるように考えられる。
例えば、プリンツは、ワーキングメモリー(≒グローバルワークスペース)と感覚皮質で処理される情報の違いに着目。識別できる色の種類(百万種以上)と、想起できる色の種類(十種程度)とが違う。

  • ブロック説の難点

また、ブロックは感覚皮質における再帰的ループが、意識の神経基盤だという。例えば、V4にかかわるループが色にかかわるコア神経基盤、MT(V5)にかかわるループが動きについてのコア神経基盤、というように。
しかし、現象学的には、色や動きは意識経験の中で統合されていて、バラバラに経験されるわけではなく、そのような統合のメカニズムについての説明がない。

やはり、グローバルワークスペース説に反対しているプリンツは、デビッド・マーが視覚処理を、低次・中間・高次の3つの階層に分けて論じたのをうけて、中間レベルを現象的意識に結びつける
(低次レベルは、局所的な特徴検出、中間レベルでは全体へと統合されるとともに、視点依存的、高次レベルは、視点に依存しない対象認知)
→意識は、中間レベルを含むとして、それに尽きるのか
→周辺視野の豊かさをすこうとしているが、実際には、周辺視野はあまり豊かではない

  • 見かけの豊かさのパズル

(1)経験者に、周辺視野の経験はきめの細かい低次の性質についての具体的な内容を含むように思われている。
(2)経験者は経験のあり様について謝らない。
(3)周辺視野の経験は、きめの細かい低次の性質についての具体的な内容を含まない。
p.106

3つの前提すべてを認めると矛盾する

  • 意識の高階思考説

哲学における意識理論の中では古株
現代的なものとしては、アームストロングによる提案(1981)
代表的なものは、ローゼンソールの高階思考説
高階思考が形成されると、一階の心的状態に気づき、一階の心的状態が意識的となる。ただし、意識的な経験内容をもつのは高階思考
一階の視覚状態は低解像度だが、高階思考は全てピントがあったものとして経験されている。
ローゼンソールとの共著者であるラウは、信号検知理論の観点から、一階の心的内容がま貧しいのに、高階思考が豊かな内容をもつことを説明しようとするが、筆者はこの説明が十分なものではないと指摘する。
また、高階思考説は、一般的にも問題点が知られている。

予測コーディングフレームワークは、ロンドン大学のカール・フリストンを中心にして提唱されており、感覚入力の原因について、ベイズ的な推論を行うメカニズムとして脳をとらえる立場である。(中略)本章では、哲学者でありながらこの枠組みに基づいて様々な研究を行っているヤコブ・ホーウィの研究に主に基づいて、予測コーディングフレームワークの観点から、感覚皮質のレベルで視覚経験の見かけの豊かさを説明する。(p.87)

プリンツが依拠するマーの階層モデルはボトムアップ的なモデル
トップダウン的なモデルとして予測コーディングフレームワーク

脳は与えられた感覚入力を最も良く説明できる世界内の対象と性質についての生成モデルを作り、それに基づいて新たな刺激についての予測を「生成」する。さらに予測コーディングフレームワークにおいては、このような推論的なメカニズムは階層的な構造を持っており、より上位の階層ほど、より長い時間尺度に関わり、またより全体的な特徴を表象するとされる。より上位の階層は下位の階層の表象内容を予測する下向きの信号を送り、その予測から外れた内容だけが予測エラーとして上の階層に送られる。このような形で、それぞれの階層が相互作用を行い、全体として与えられる刺激を最もよく説明できる一つの生成モデルを形成する。
P.117

ホックスタインとアヒサー「視覚の逆転階層理論」(2002)(予測コーディングフレームワークと相性のよい理論とされている)
→意識的な知覚はまず最初に要約的な内容(=ジスト)が成立し、その後、注意を向けると詳細な内容が得られる
→急速連続視覚提示実験や、色や形などの統合における錯覚的な事例などの経験的な証拠がある

視覚経験、全体的な内容をもちつつ、中心視野についてはさらに詳細な内容をもつ。
周辺視野について、豊かな内容はもたないが、周辺視野も中心視野と同様の要約的な内容をもつので、貧しさに気づかれない
上位モデルにおいては、周辺視野について、「そこに木がある。木には、きめ細かい色と形がある」という要約的な内容が持たれているが、注意を向けない限りは、その色や形についての詳細な下位モデルは形成されない。
高階思考説との違い:高階表象を用いていない
ブロック説との違い:神経基盤は、感覚皮質の特定のループではなく、感覚皮質全体の相互作用
プリンツ説との違い:神経基盤は、中間レベルだけではなく、低次から高次までの感覚皮質全体

(1)意識と無意識の区別
グローバルワークスペース説では、意識か無意識化を、報告可能性によって区別した。
予測コーディングフレームワークでは、弱い報告可能性によって区別可能。デハーネが前意識的とした範囲も現象的意識に含むと考える。一方、閾下処理については、デハーネ説と同様。
(2)高次性質の知覚
カテゴリー的な性質を知覚することを肯定的に含意する
視覚の逆転階層理論によれば、最初に知覚されるジストはカテゴリー的性質によって構成されている
(3)植物状態の患者の意識状態
アクセス意識がなくても、意識が生じている可能性を含意


ちなみに佐藤は、『ワードマップ心の哲学』(一部) - logical cypher scapeで、予測誤差最小化理論(ここでいう予測コーディングフレームワーク)の項目を執筆している。


参照:
「視覚意識の神経基盤論争:かい離説の是非と知覚経験の見かけの豊かさを中心に」 佐藤 (2014) - えめばら園

太田紘史「意識経験の構造を探る──現象的統一性と因果的統合性」

意識研究において、いまだあまり探求されていない「統一性」という現象的意識の特徴について、概念的な整理と経験科学的探求のための筋道を探る。
意識経験は、統一性という特徴をもつ。
赤だけの経験、音だけの経験、肌寒さだけの経験というものはなくて、意識経験において、それらは一体となったものとして経験されている。
このような特徴は、心の哲学や意識の科学研究で指摘されるところではあるけれど、いまだ十分に理解されているところではなく、本論では、まず概念的な整理(それはどのような統一性なのか)がなされている。
例えば単に「同時に起きている」ということではない。
また、「対象的統一性」「空間的統一性」「論理的統一性」「内観的統一性」といった、統一性概念を整理したうえで、意識の統一性はそのどれにも分析されないとして、意識の統一性を「現象的統一性」と呼ぶ。
現象的と因果的というのは異なるという点について注意したうえで、
現象的原子論と現象的全体論との対立について論ずる。
この二つの立場は、現象的意識の要素が統一されているのは偶然か必然か、ということで区別される。
分子論については「ミクロ意識」という見解、全体論については、ベインによる「フィールドモデル」という見解が紹介される。
前者については、意識の統一性というよりはむしろバインディング問題についてではないかと論じられている。
後者については、統一性を担う「フィールド」なるものを措定する考えだが、それは強すぎるのではないかということが論じれている。
そのうえで、グローバルワークスペース説をもとにしながら、穏健な全体論の方向性を筆者は支持しているようである。


なお、太田は『ワードマップ心の哲学』(一部) - logical cypher scapeにおいて、意識の統一性についての項目を書いており、バインディング問題と統一性の問題の違いや、本論では扱わなかった通時的統一性について触れている。