宇野朴人『ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン』1〜11

2016年夏アニメとして放映された作品の原作小説。
アニメが面白く、お正月などの期間に既刊分を読んだ。
おそらく作者は田中芳樹が好きなのでは、と思わせるような、ファンタジー戦記もの。
主人公のイクタ・ソロークは青年士官候補生だが、本当は軍人にはなりたくなく、いつでも怠けようとするが、用兵家としての天才的な能力を有しており、本人の望まぬまま「英雄」となっていく。

イクタ・ソロークを中心とした「騎士団」の物語として、話は進んでいく。
主人公イクタ・ソローク、そのよき相方とでもいうべきヤトリシノ・イグセムのほか、トルウェイ・レミオン、マシュー・テトジリチ、ハローマ・ベッケルの5人は、高等士官学校入学のための2次試験を受験するために同じ船に乗り合わせる。
しかし、その船が嵐に遭い漂流し、隣国であり敵国であるキオカ共和国に流されてしまう。さらに、同じ船には、何故か帝国の第三皇女シャミーユも乗り合わせており、イクタらはシャミーユを連れて国境越えをすることになる。
この国境越えの恩賞として、5人は帝国騎士の叙勲を受けることとなり、もっぱら「騎士団」と呼ばれることになる。異例の叙勲であるだけに、第三者からはやっかみの視線で見られながらも、5人とシャミーユは友情で結ばれていく。
だが、そもそも軍人にはなりたくなかったイクタにとっては、この叙勲はむしろ人生にとって最悪な出来事であり、一方、シャミーユにとってイクタは、自分が果たすべき役割にとってなくてはならない駒でもあった。


舞台となる、カトヴァーナ帝国は、小説に附属している地図を見るとインドのような形をした亜大陸を領土とした国で、北方に山岳部、東部に熱帯雨林を有し、それらが国境ともなっている。
皇帝がいるが、有力貴族たちによる傀儡となりはて、政治は腐敗の一途を辿っており、実質的な国家運営はほぼ軍が担っている。
貴族たちによって政治が腐敗した国、というのは、まあよくある話だけれど、地形や気候がインドっぽいというのはちょっと面白いところかも。


時代的には、19世紀前半から半ばくらいの感じだろうか。
タイトルに「ねじ巻き精霊戦記」とあるが、この世界には、四大精霊というものが存在している。
この世界の住人のほとんどが、1人につき1体の精霊と契約している。人間の肩にのるくらいのサイズの人形のような姿をしており、人語を解するがあまり多くは喋らない。光、水、火、風の4種類がいて、それぞれ発光する、水を作り出す、火を出す、風を起こすという能力を持つ。
この精霊たちは、まあちょっと便利な存在(水精霊についていえばいつでもどこでも浄水と氷を作れるので、ちょっとどころでなく便利なんだけど)という感じではあるのだけど、彼らがいることによって、我々の世界とはちょっと違う形で技術が出来ている。
例えば、銃や大砲については、火薬ではなく風精霊の起こす風を利用した兵器として実用化されている。
しかし一方で、物語中において、ライフリング技術が実用化され、戦列歩兵が次第に時代遅れの戦術と化していく様子など、我々の世界と同じような技術と戦術の変化も描かれている。
また、この世界では、アルデラ教という一神教の権威が強く、多くの人がその宗教的世界観の中を生きているが、アナライ・カーンという男が、神によらず世界のものごとを説明する方法として「科学」という考え方を作り出している。主人公のイクタは、子どもの頃にアナライのもとにいたことがあり、それを活かした「科学的」思考法が、彼の戦術の要となっている。
アナライ・カーンがやたらと手広く研究をしていて、彼とその弟子たちによって、あらゆる分野にわたって100年分くらいの研究をやってんじゃないかって感じがするけどw
精神医学関係が20世紀っぽくて、そこは違和感がある


カトヴァーナ帝国はまだまだ力を持っているけれど、全盛期は過ぎ去り黄昏の国となり、多くの人が行く末に不安を持ち始めている。
一方、隣のキオカ共和国は、多民族国家としての統一をなしとげ、技術のイノベーションも進み、帝国を撃ち倒す時を虎視眈々と狙っている。
そういう国際情勢。
第三皇女シャミーユは、皇族と貴族による腐敗政治の蔓延に対して、敗戦による世直しを考えるようになり、イクタであれば、決定的ではあるが国土を荒廃させるほどではない負け戦が可能になると白羽の矢を立てるのである。


シャミーユが、敗戦によって国を立て直すという倒錯的な信念を抱くようになったのには、作中で理由というか事情があるのだが、それはそれとして、敗戦後に国が栄えた例として、やはりどうしても思い浮かぶのは日本で、あんまりファンタジーを戯画や寓話として読むのもよくないけど、日本の寓意があったりするのかなあと思ったりもする。モチーフの発想元というか。
英伝の場合、あからさまにアメリカとドイツなわけだけど。
一方、キオカ共和国は、決して共産主義国家というわけではないが、何となくソ連っぽいものを元にしつつ作ったのではないか、と思わせる部分もある。
あー、キオカは多民族国家なんだけど、併合された地域にあからさまに日本的な場所あるなー。


今のところの全体的な構成としては、以下のような感じ
それぞれの○○編という名前は、こっちで勝手に命名した。
国境突破編 1巻
士官学校編 1巻
北域動乱〜対シナーク族〜編 2巻
北域動乱〜対アルデラ国〜編 3巻
〈ここまでアニメ化〉
マシュー実家編 4巻
対キオカ海戦編 4巻・5巻
対キオカ鉱山戦編 5巻
クーデター編(過去編を内包) 5〜7巻
〈ここまで第一部〉
第2部序章的なもの 8巻
北東部対キオカ編 9〜10巻
内政改革編 11巻


北域動乱は、アニメでもとても面白かったし、原作でも面白い。
んー、今のところもっとも面白い箇所は北域動乱編のあたりかもしれない
とはいえ、感情的な山場はクーデター編となる。アニメ化以後に読み始めているので、ある程度ネタバレは食らっていたのだが、「いやいやそんなことあるわけないでしょw」と思い込みながら読み進め、そして号泣w
アニメ2期があるかどうかは結構望み薄だけど、まあ仮にあるとしたら、海戦は映像で見てみたいなーと思うところ。クーデター編も映像で見てみたいところ多々あるんだけど、そこで一度幕を締めるのは、まあ非難囂々になるだろうから、やりにくそうだなとも思ったり。
もし仮にアニメにするとしたら、第二部でいのすけがどのような声でどのような演技をするのかも気になる。


キャラクター
イクタ・ソローク
人に説明する時に、ヤン・ウェンリィとギーブを足して2で割ったような、という説明をしているw
用兵の天才でありながら、本当は軍人にはなりたくなくて、普段は飄々としたぼやき系キャラクターというあたりがヤン。一方、女と見るやすぐに口説き始めるあたりがギーブといった感じで。
なんでこいつこんなに軍事的才能があるかというと、父親がこれまた軍人らしくない自由な気風をもつ大将で、彼が自分のもとに科学者アナライ・カーン一派を擁していて、イクタは軍人と科学者の両方に育てられたから。子どもながらに、部隊を率いる訓練をさせてもらったこともある。
子ども時代の話、いわゆる過去編では、イクタとヤトリが何故これだけ強い絆で結びついているのか、そしてどのように用兵能力を培ったのかの一端が垣間見える。
その後色々あって、イクタは両親を亡くすことになる。ソロークは孤児院の名前。彼が女性、特に年上との女遊びが派手なのは、母親を亡くしたという影響があって、自分よりも年上の子どもをもつ女性とも関係をもつ。
この女遊びが好きというイクタの性格には、このように一応作中での事情があるのだけど、この疑似母子相関的なモチーフが別のキャラクター(白翼の聖母)でも出てくるので、作者の趣味なのかなとも思う(性的嗜好という意味ではなく、物語やキャラクター作りの上での趣味という意味。いや、もしかしたら性的嗜好もあるかもしれないけど。これに限らず、全般的に、これとこれを組み合わせてこれにしたんだなあというのが見えやすい作品ではある(わりと理詰めで各要素を明示してくる書き方))


ヤトリシノ・イグセム
本作のヒロイン。イクタの幼なじみにして魂の片割れ。
カトヴァーナ帝国は、建国後に軍閥時代があり、その後、「忠義の御三家」と呼ばれる、イグセム家、レミオン家、ユルグス家が、王権を確固なものとして、現在に至るという歴史がある。
そのイグセム家の一人娘である。
「白兵のイグセム」と呼ばれ、右手にサーベル、左手にマンゴーシュの二刀流で、一対多の白兵戦術を行う。とにかくめっちゃ強い。人というより兵器。
イグセム家は非常に保守的で命令には絶対服従で、かなり強靱な精神性を有しているのだが、イクタの父およびイクタは、ヤトリにはそのようなイグセム家の運命から解き放たれた自由な生き方をしてほしいと願っている。
原作では、居合いの達人みたいな奴と戦うシーンがあるのだが、アニメでは尺の都合でカットされている、のだが、元の絵コンテには描かれていて円盤の最終巻のおまけに収録されるという話なので、非常に見たい。


トルウェイ・レミオン
「忠義の御三家」のうち、「銃撃のレミオン」と呼ばれるレミオン家の三男坊。
風精霊を用いた銃=風銃の使い手の一族、なのだが、トルウェイは命を奪うことに強い抵抗があり、親や2人の兄から心配されていたのだが、それでも軍人の道を進んだ。
イクタから、最新兵器であるエアライフルを渡され、狙撃兵部隊とそのための戦術を組み上げていくことを、自分の役目と考えていくようになる。
滑腔式銃からライフル銃への変化による戦術の進歩、というものを担うキャラクターなんだけど、狙撃兵のあり方はさらに現代っぽくもあり、そこがやや世界観との齟齬があるような気がしないでもないんだけど、そこらへんの実際の歴史をよく知らないので、なんともいえない。
イクタは、最終的にはヤトリに軍人を辞めさせようと思っており、そのために、剣やマスケット銃の時代からライフル銃・砲の時代への変化を利用しようとしている。それは、300年間イグセムの担ってきた御三家筆頭をレミオンへと移り変わらせるというものでもある。そこで、イクタは何かとトルウェイに活躍の機会を与えている。トルウェイも後々、イクタの意図には気付くのだけど、普通に感謝してるし、トルウェイ自身もそれを望んでいる。
これどこまでイクタが意図しているのかは分からないんだけど、英雄になりたくないイクタは、後々、この時代の歴史書が書かれる際にも、歴史の主役が自分ではなくトルウェイになるように振る舞っているのではないかとすら思わせる。
(もっとも、イクタは後世に「常怠常勝の智将」と称される元帥となるらしいので、そのような試みは失敗しているんだけど。ただ、エアライフルの設計者の称号は、うまいこと別の人間に押しつけ(?)てたりする)
(あと、イクタが英雄になりたくないのは、名声を嫌っているからというよりは、英雄の存在は、英雄以外が英雄に依存している状況の存在であり、本来の軍隊や社会は、適切な分業がなされているべきと考えているからだが)


マシュー・テトジリチ
軍閥名家テトジリチ家の長男。名家とはいいつつも、派手な功績があって有名というわけではなく、堅実な領土経営をしている家柄。
人並み以上には優秀なのだが、イクタ、ヤトリ、トルウェイという超優秀な人材の前には敵わず、そのことが彼のコンプレックスでもあるが、競争心の源ともなっている。
彼は「騎士団」の中での「凡人」という役割があって、「凡庸」であることをイクタに愛されている、というちょっと可哀想な役どころでもあるのだけど、凡人とは言いつつも、その負けん気の強さや上昇志向で努力家なところはすごくて、個人的にはお気に入りの登場人物。
イクタはまあ本当にマシューの凡庸さに助けられているのであって敬意を持っているのではあるけれど、しかし、やっぱりイクタの不遜なところではあるよなあと思う。イクタにとって真に対等なのはヤトリくらいなもので、他の人はどんなに親しい間柄でもやっぱりどこか格下というか。
それでも、北域動乱で対アルデラ本部国の殿に赴く際の「我が友マシュー」(特にアニメにおけるそれ)はいいシーンなんだよなー


ハローマ・ベッケル
衛生兵。「騎士団」の他の4人と違って、貧しい家の出。
衛生兵が主人公グループにいるって面白いなと思ったんだけど、RPGの回復役ってことでしょと指摘され、納得した。
ちなみに、彼女も士官なので、衛生兵部隊を率いる立場である。
ともあれ、彼女についての物語がちゃんと始まるのは9巻なので、それまではまあ、いるな、という感じ。ただ、彼女の正体自体は5巻で示されている。伏線というか、伏せるという程でもなく、ほぼ明示しているといってもいい。この作品、あまりほのめかすということはなくて、一から十まで全部説明する感じがある。


シャミーユ・キトラ・カトヴァンマニニク
カトヴァーナ帝国第三皇女殿下
既に述べた通り、敗戦によって帝国の腐敗を一掃しようという企みを内に潜める皇女。幼い(初登場時12歳)ながら、なまじ頭がいいために、悲観的に育ってしまった。映像記憶能力を持っている。


ジャン・アルキネスク
キオカ共和国の若き天才軍人。若白髪の見た目と不眠不休で働くことから「不眠(ねむらず)の輝将」と呼ばれる。
イクタのライバルとして立ちふさがる。
共和国の理念を理想として奉じ、その覇権を広げることに一片の疑いも持っていない。天才タイプで自由人といえば自由人(年功序列を気にしない等)なのだけど、体制そのものへは強い忠誠心を抱いている、というちょっと面白いキャラクターだと思う。
まあ、8巻あたりを読むと、どうも裏がありそうではあるが


ナナク・ダル
カトヴァーナ帝国内に暮らす山岳民族シナーク族の族長。ダルはシナークの言葉で「頭領」。
跳躍しての横回転と縦回転を自在に繰り出す回転剣術を振るうのだが、アニメにおけるこれの映像化が非常によい。
ナナクvsヤトリは、アニメで見て「すげー」と思ったんだけど、原作読んだら、結構原作に忠実だったということが分かり、2度びっくりしたというか。
イクタらと同世代の少女で、幼い頃にイクタと知り合って以来、イクタを慕っている。
2010年代のファンタジーアニメで、まさか指詰めのシーンがあるとは思わなかった。

スーヤ・ミットカリフ
イクタが初めて率いることになった小隊の先任曹長
イクタたちよりも年上だが、まだ若い女
帝国も共和国も、何故だか、軍隊における男女平等が非常に徹底されている。アメリカのSFドラマ『ギャラクティカ』っぽい。
イクタは過去に、そうとは知らずにスーヤの母親と関係を持っていたことがあって、そのため、最初はスーヤから非常に嫌われるが、次第に慕われるようになる。
基本路線は、比較的ハードなファンタジー戦記物として読める本作品だが、ヤトリ、シャミーユ、ナナク、スーヤのイクタ・ハーレムものとしても読めるようにもなっている。さすが、ラノベ。イクタの本命はヤトリで、これは他の女性とヤトリとではまったく扱いが違っていて、それに対して、シャミーユ、ナナク、スーヤが叶わぬ思慕を抱いているという構図になっている。ただ、一方で、ハロに対してはセクハラまがいの口説きを繰り返し(そして困られたりスルーされたりする)のに対して、この3人に対してもイクタはそういうことをしない。それでいて、それ以外のところでは女遊びが派手、というのが面白い


トリスナイ
帝国の宰相。現皇帝を廃人同然とさせて操っている。
クーデター勃発時には真意の見えない行動で、各勢力を翻弄した。
こいつの怖ろしいところは、私利私欲を持っていたり、皇族への害意を持っていたりするのではなく、狂信的なまでに皇族へ畏敬の念を抱いているが故に、皇族までを手玉にとって行動するというところ。
まあとりあえず敵。


文章
よく言うと、めちゃくちゃ分かりやすい文章
悪く言うと、あまりにも説明的な文章
という感じ。
美文ではないかもしれないが、リーダビリティは高い。
アニメは結構情報詰め詰めだったり、説明の省略があるので、わかりにくいところがあったが、原作小説はそういうのを一切感じさせない。


アニメとイラスト
アニメ化時に、原作読者からはキャラデザへの不満が出てたけど、実際原作のイラストとアニメのキャラデザはかなり絵柄が違う。
アニメから入ったために、逆に、原作読んでると挿絵イラスト見て違和感覚えてしまう。特にシャミーユ。


精霊
精霊って一体何なの、という話は本線にはあまりかかわってこないが、時々差し挟まれる。
クーデター編における説明や描写から、ロストテクノロジーであることが分かる(作中で、アナライ・カーンも同様の仮説を立てている)。
つまり、精霊=小型ロボット。
ファンタジー世界で実はSFだったという設定、なんかこう時代は巡るなあって感じがする(いったん廃れてたけどまだ甦ってきた感)。
読者の間では、カトヴァーナ帝国の形が、インドそっくりなので、未来の地球ではないかという推測もある。
ただ、キオカ共和国の方(バングラディッシュからラオス・タイにかけてと思われる地方)の地形がだいぶ違っていて、インドシナ半島と思しき箇所がインド亜大陸と思しき箇所と同じくらいの大きさをしている。