ジョン・ヴァーリィ『へびつかい座ホットライン』

未来の太陽系を描く「八世界」シリーズの長編作品
同シリーズの短編集は読んだので、満を持して長編を手に取った。
発表順はよく知らないが、作品世界内の時間順序でいうと、この作品がシリーズ内では一番後の時代にあたる。
短編集とは雰囲気が違う感じなのは、短編集は基本的には八世界に住む普通の人々の生活から物語が描かれているのに対して、こちらはいきなり死刑囚の話から始まって、わりとスケールの大きい話となっていくから(最終的にはファーストコンタクトものとなる)だろうか。


主人公のリロは、もともと食品工学の技術者だったが、次第に法律で禁止されている遺伝子技術についても研究をするようになって、死刑判決が下る。
執行の直前に、トイードという政治家から取引を持ちかける。トイードはルナの大物政治家でもあり、一方で、地球解放党を率いている。
地球は遥か昔にインベーダーによって侵略を受け、地球上の人類は滅ぼされた。当時、月に植民していた人類だけがかろうじて生き残り、その後、人類は地球以外の惑星へと広がっていた。これが八世界である。地球解放党は、地球をインベーダーの手から取り戻そうというグループである。
ただ、インベーダーというのは、木星のようなガス惑星出身とされる正体不明の知的生命体で、人類に対して特に何のメッセージもなく、地球上の人工物だけを軒並み破壊したのであり、人類の科学力では太刀打ちできる存在ではない。
イードは、ヴァッファという名のクローン兵士(男のヴァッファと女のヴァッファがいる)を何人も従え、リロを死刑から助け出すかわりに、地球解放党のために働かせようとする。ちなみに、八世界ではクローン技術自体はありふれたもので、たとえ死んでも自分のクローンに記憶を移し替えることができるが、人口抑制政策がとられており、同じ遺伝子をもった個体が同時に複数存在することは禁じられている。
リロは、地球解放党の訓練を受けさせられた後、木星の衛星軌道上にある小天体ポセイドンに連れて行かれる。そこには、リロと同じような元死刑囚の研究者や技術者がトイードのために働かされていた。木星には、インベーダーと同様の(ただしまだ原始的な)ガス生物がおり、主にはインベーダーを倒すための兵器研究を行わされている。彼らはこれまでも何度か脱走を試みてはいたが、ヴァッファ達によって阻まれ続けてきていた。
リロはそこでキャセイと出会う。キャセイは、教員資格を剥奪された元教師で、元死刑囚ではないが、教師の資格再取得と引き替えにトイードに連れてこられていた。リロはキャセイに惹かれ、さらに他のメンバーとともに脱走を企むようになる。(キャセイジョン・ヴァーリィ『さようなら、ロビンソン・クルーソー(〈八世界〉全短編2) - logical cypher scapeの「ビートニク・バイユー」にも出てくる。見た目は変わっているがおそらく同一人物)
ところで、この世界では、セックスのことを「コップ」「コップする」と呼んでいて、かなりカジュアルになされる。互いに同じ宇宙船に乗って何日間か以上一緒にいると、とりあえずコップしている感じ。いわば敵ともいえるヴァッファともコップしてることがあるので驚く。
この世界では、太陽系外縁に量子ブラックホールというのがぽつぽつあって、そこからエネルギーとってきたりしているのだけど、ポセイドンのエネルギー源としても使われていて、これをうまく動力源にしてポセイドンごと脱走しようと試みる。
で、その際にリロだけ、ブラックホールへと落ちてしまうのだが、ワープゲートみたくなっていて、地球へとジャンプする。そこには、わずかに野生生活を送る人類が生き残っており、リロは(月で生まれ育っているために)身長が高いことから原住民からは女神として扱われながら、放浪生活を送ることになった。
一方、リロは逮捕される前に、自分のデータを土星の輪の外縁部に密かに保存しており、友人のシンプであるパラメーター/ソルスティスに託していた(ちなみに、ジョン・ヴァーリィ『さようなら、ロビンソン・クルーソー(〈八世界〉全短編2) - logical cypher scapeの「イークイノックスはいずこに」の主人公)。クローンとして復活したリロは、ポセイドンやキャセイの記憶は全く持ち合わせていないのだが、キャセイに乞われて、脱出計画を成功へと導く。彼らは、トイードに全てを全世界に公表すると脅して、脱出に成功。一方、トイードも見た目を一瞬で変えて姿をくらます。
ところで、それとはさらに別に、リロがブラックホールに落ちて死んだことで(もちろん、地球へジャンプしたことを誰も知らないので)、トイードはリロのクローンを作って再びポセイドンへと向かわせるのだが、途中で行く先が冥王星へと変わる。トイードは、ヴァッファ、リロ、そして冥王星でスパイを行っているクローンのキャセイに他の仕事を行わせようとしていた。
それは、へびつかい座ホットラインから送られてきたあるメッセージについてだった。
へびつかい座ホットラインとは、へびつかい座の方向から太陽系近傍へ向けて発信されている強力レーザーで、そこには様々な科学知識についての情報が発信されていた。インベーダーによる侵略を受け、地球以外で生きていかざるをえなくなった人類は、ある時、へびつかい座ホットラインの存在に気付き、その情報を元に多くの科学を発達させていった。シンプはその最たるものである。
しかし、へびつかい座ホットラインの発信者については今まで分からず仕舞いであった。
そして、そのへびつかい座ホットラインから、これまでの情報の対価を要求するようなメッセージが送られてきたのである。
リロは、冥王星で出会ったキャセイ(お互い、自分のクローンがポセイドンで親しかったことなど露知らず)と共に、へびつかい座ホットラインへ向かうための宇宙船を探す。もともと、トイードの命令に従うことしかできないヴァッファだが、この任務ではそれだけでは対応できないため、次第にリロに頼ることが出てきて、リロもそれを最大限利用するようになる。
風変わりなホールハンターのジャヴリンが、彼らを乗せることに同意する。人嫌いのホールハンターの中で、珍しく彼らの同乗を認めただけでなく、侵略前の地球出身だと名乗り、また宇宙船自体が効率を無視した古風なデザインの作りをしていた。さらに本人も無重力状態にあわせて身体を改造している。
ジャヴリンが言うには、機密であるはずのへびつかい座ホットラインからの情報もホールハンターの間では筒抜けで、件のメッセージについても知っていた。そして、へびつかい座人が太陽系の近くまで来ているはずなので会いに行くのだという。ジャヴリンの力を借りることで、リロとキャセイはトイードから解放される。
そして、へびつかい座人とのファーストコンタクト、地球にジャンプしていたリロとの合流、リロにもたらされる未来の記憶、アルファ・ケンタウリ星系の農園でのラストシーン