ウィリアム・H・マクニール『戦争の世界史』(下)

下巻は、「戦争の産業化」「産業の戦争化」が中心的なになっていく。
指令原理と市場的行動様式という、2つの行動原理から、世界史の動きを見ていくマクニール史観
上巻では、1000年ころ、中国・宋において市場的行動様式がより強くなっていき、それが世界に波及したこと。しかし、中国では結局、指令原理が市場を抑え込んでいたのに対して、西欧では市場が指令を上回っていく。人類全体としては特異な現象で、これが近代以降の西欧の優越をもたらした原因になったのだとマクニールは論じている。18世紀、近代的な軍隊が成立していったところで上巻は終わる。
下巻は、19世紀から。
軍事と民間企業のつながりがより密接になっていき、軍拡競争が激化していく。
部分的には合理性が最大化していくのだが、全体としては非合理的な状態が生まれていくという。
市場が指令を上回るという傾向は19世紀末の帝国主義の時代にピークに達する。
そして、マクニールいわく、二つの世界大戦において、再び指令原理が市場的行動様式を上回ったのだという。戦争が長期化することによって「銃後」の支えが重要となる。大量生産方式による総力戦を支えるためには、国家によって経営された(マネージド)経済が必要となる。それは、戦時経済という戦争中の特殊な形態として始まったが、第二次大戦後にはそれが常態化する。


上巻の記事はこちら→ウィリアム・H・マクニール『戦争の世界史』(上) - logical cypher scape
ちなみにカバーの絵は、上巻と下巻あわせて一つの絵となっている。

戦争の世界史(下) (中公文庫)

戦争の世界史(下) (中公文庫)

(下巻)
第7章 戦争の産業化の始まり―一八四〇~八四年
第8章 軍事・産業間の相互作用の強化―一八八四~一九一四年海軍軍備と経済の政治化
第9章 二十世紀の二つの世界大戦
第10章 一九四五年以来の軍備競争と指令経済の時代

第7章 戦争の産業化の始まり―一八四〇~八四年

まずは、海軍の話
榴弾砲を載せ、装甲板を張り、蒸気推進の船の導入。フランス海軍がまず導入し、それをイギリスが追うという形で進行。英仏両海軍がヨーロッパ1,2を争う海軍で、それにロシアが続いた
クリミア戦争では、ナポレオンのロシア戦役の逆で、ロシアが補給に悩まされた。
セヴァストポリの戦いは、「第一次大戦のリハーサル」(塹壕戦だったから)
ライフル小銃が始めて使われた


ライフル銃
もともと、ライフル旋条は知られていたが、弾込めに時間がかかるので実用化されていなかった
ミニエーによって、弾の形が球状から先端がとがった形に変わってライフル銃が使えるようになる。前装式なので、訓練などあまり変えなくていい。
プロイセンは、後装式のライフル銃(ニードル・ガン)にこだわった
クリミア戦争によって
大量の銃や銃弾が必要になるが、従来の職人による工廠の生産では間に合わない
アメリカ式」と呼ばれる工業機械による大量生産がヨーロッパでも行われるようになる(コルトが博覧会に持ってきていた)
大量生産が可能になると、新しい設計の銃に切り替えるのが容易になる。


小火器の場合は、国営だったが、大砲製造は民間企業が突出
クルップ
アームストロング
輸出も行うようになる。1860年代までにグローバル兵器産業が生まれる。


プロイセン
ヴィルヘルム一世とビスマルクの陸軍改革
 ニードル・ガン→遮蔽物を縦にして射撃可能、発射速度が速い→教練の一新
 徴兵を拡大して陸軍の規模拡大
 モルトケ参謀総長に実効的な権限
電線による電信→中央集権的な指揮
鉄道→速くて大量の動員


ヨーロッパの軍事的優越による領域拡大
イギリスは「ふと気がづけばいつの間にやら」大英帝国を手にしていた
アヘン戦争などに特別な費用はかかっていない)
ヨーロッパの力が及ばなかったのは、アメリカ、日本、ロシア
11世紀中国によって始まった市場志向の行動様式は19世紀に絶頂を迎える

第8章 軍事・産業間の相互作用の強化―一八八四~一九一四年海軍軍備と経済の政治化

イギリスの建艦パニック
官営のウリッジ工廠では、高コストの鋼鉄砲を作れなくなる。海外販路を持つアームストロング、ヴィッカーズといった民間企業じゃないと作れない(一国からの注文だけだと工場を常時維持することができない。外国へも売ることで工場を維持するコストが賄える)
海軍将校からマスコミへのリークにより世論を煽り、海軍予算をつける
海軍では軍人と民間企業とのつながりが次第に密接に(陸軍は遅れた)
「強国二つ分の基準」
アメリカやドイツも海軍強化へ
海軍強化が大衆に人気の政策となり海軍予算がエスカレーション
海軍側が民間企業へ性能を要求するように
コマンド・テクノロジー(上からの注文による技術開発)によって速射砲が誕生
速力と火力の強いドレッドノート級へ
距離測定器、魚雷の射程距離、潜水艦などの技術開発


財政面の不確実化
技術進歩の速度が速すぎて、コストが予測不能
海軍は借金によって、議会が認めた予算よりも高い額を使用
1909年、ロイド・ジョージ累進課税(福祉増進のための予算だが)
民間側にとってもリスクに。また、海外への公開もしだいに制限が課せられるようになる
民間業者間の競争が次第に働かなくなる
合併が進み、イギリスの兵器工業は、アームストロングとヴィッカーズの二大企業の支配下
また、ドイツのクルップ、フランスのシュネーデル・クルーゾーとの間に、市場分割協定や特許を互いに融通する協定がなされ、国際的な兵器カルテル
マルクス主義の歴史家は、企業家が私益のために軍拡をすすめたと論じてきたが、マクニールは、公益と私益が複雑に入り混じっていたとしている。


部分的には合理的で予測可能になっていったのに、全体的には非合理的・無秩序に


ドイツ
イギリス海軍に対抗するべく海軍を強化するも、イギリスの方が上回る(最終的にドレッドノート級出現)
また、英仏、仏露、英露の協商がなり、ドイツの被包囲感が高まる。露仏との二正面戦争を戦うためには、ロシアが来る前にフランスを叩く、そのためにベルギーに攻め入るなど、計画が詰められていった
詳細なところまで計画が詰められたため、もし一度その計画が動き出したら途中で止めることはできなくなった

第9章 二十世紀の二つの世界大戦

二つの大戦はどうして起きたのか、3つのアプローチ
(1)勢力均衡
(2)人口動態
18世紀、英仏の人口増加が2つの革命を起こしたのと同様、中・東欧で人口問題
ロシアは、18世紀のイギリスと同様に、まだ移住可能なフロンティアがあった
問題はドイツ
マクニールは、18世紀フランスで革命が起きてそのイデオロギーがヨーロッパ中に広がったように、ドイツで社会主義革命が起きてそれがヨーロッパ中に広がるということもありえたかもしれないと述べている。実際には、排外主義イデオロギーによるもので、ヨーロッパに受け入れられることはなかったわけだが。
(別の個所に書いてあったことだが、中東欧でマルクス主義よりナショナリズムとなったのは、人口増加によってあぶれた層(教育は受けたが前の世代のように生きられない層)が農民出身で、その後農民の支持を集めるに際して、自分たちの利益を考えると、全部国有化されるようなのは好まれなかった、と)
中国の人口増加は、太平天国の乱に一度あらわれ、その後毛沢東へ。インドは、ガンディーへ。
日本の帝国主義も人口増加と相関
(3)経営された(マネージド)経済
マクニールが最も重要視するのは、この3番目である
20世紀は、大規模な動員のための方法が、再び市場から指令になったのだと。


第一次世界大戦
誰もが短期で終わるものだと思っていた
ドイツのフランス侵攻は当初予定通りに進んだが、すんでのとこでフランスが持ちこたえ、西部戦線の膠着状態が生まれる
フランス
石炭と鉄鋼産地をドイツに占領される。初期に大量動員し、遮蔽物のないところで突撃を繰り返し、人手不足に
大量生産方式への移行(ルノーが台頭
労働力が、成年男性労働者から女性、子供、外国人、負傷者へ移行
当時、フランスの軍需大臣は社会党の政治家で、テクノクラート的で社会主義的な立場にあった
石炭と鉄鋼産地はドイツに占領されたが、資源の多くを英米から輸入できた
ドイツ
成年男子の多くはまだ動員されておらず、弾薬の備蓄も多く、当初は通常体制のまま
逆に、輸入に頼っていた資源をイギリスに封鎖された。物資配分のため、政府によるカルテル法人
代替品を見つけた対応したが、硝酸塩だけは代替がなく、窒素固定プラントが作られた
ヴェルダン攻略の失敗、ソンムの戦いルーマニアの英仏側での参戦がドイツを追い詰める
イギリス
当初から長期戦を予期
志願兵を募ると予想以上に多くが集まり、砲弾が不足。軍需省が作られ、軍需大臣ロイド・ジョージにより、軍事動員


1916年以降
大量生産方式の導入(特に米仏)

軍需品のみならず一般消費向けのものも大量生産されるようになる
「注文による発明」の守備範囲拡大
以前は海軍のみだったが陸軍でも適用されるようになる。もっとも目覚ましい実例は戦車
海軍と違って保守的だった陸軍も変化。人馬に頼っていたものが、自動車に変わる。騎兵から航空機と戦車へ。
人間社会の変化
男女の動員と福祉の重要性(職員食堂、託児所、住宅、スポーツクラブ)、労組の役割拡大、前線における医療と衛生、消費物資の配給→社会主義的な国家


統治する者と統治される者の二分状態は、勝利への確信によって正当化される
ロシア革命
ドイツは、ヒンデンブルクによりさらに戦争遂行努力を強化
勝利まであと一歩のところまでせまった
イギリス、フランス、アメリカの超国籍的な、計画的な経済の統合
アメリカ兵の武器をフランスが作るなど
本格的な統合は第二次大戦から


戦後、常態への復帰がスローガンとなったが、1930年代の経済危機への対応は、第一次大戦の戦時経済と近いものがあった
日本とロシアの農村は、市場的な方法に転換しておらず、「封建的」なものを維持していたので、それが指令による経済と相性がよく、有利に働いた


第二次大戦
超国籍的経営

ドイツ:ヨーロッパの広い範囲を占領したため、外国人労働者が増える
ソ連:もとより超国籍的であり、さらに英米経済圏と結びついた
日本:大東亜共栄圏
英米:特に強い結びつき。経済計画、資源配分、軍隊の指揮において情報共有。
科学知識の武器設計への応用
フィードバックがより頻繁になされるようになる。
改良を何度も行うか、(改良は控えめにして)量をたくさん作るか。英独は質を優先、米ソは量を優先する傾向
兵器設計が、兵器単体からシステム全体へ(輸送のために規格を統一するなど)
福祉と戦争の連結
栄養学の発達、医療の発達(ペニシリンDDT)、捕虜収容所

第10章 一九四五年以来の軍備競争と指令経済の時代

戦後、指令による経済が常態化
超国籍的な組織は、ドイツと日本が消えたことで、2つに
「自由世界」と共産世界について、マクニールは、どちらも指令による経済である上では同じであって、違いは程度の差だという。
最終章であるこの章では、米ソの核開発競争、宇宙開発競争、NATOワルシャワ条約機構国民国家以外の集団的アイデンティティの現れなどが論じられている。
80年代の本だなあと思ったのは、核ミサイルの次の兵器として「殺人光線」が折につけ触れられていること(SDI計画のことかと)。マクニールは、レーザー兵器が近いうちに取って変わるのは間違いないと思っていたようだ。