スタニスワフ・レム『短編ベスト10』

ポーランドの読者、編集者、レム自身によって選ばれた短編集。
本国では、15編選ばれているが、5編については既に邦訳があるため、未邦訳のものだけを選んだのがこの『短編ベスト10』
邦訳済みの作品は、『完全なる真空』と『泰平ヨンの未来学会議』に収録されている。
基本的には、読者投票の順序で掲載されているが、「仮面」と「テルミヌス」については、読者投票では順位が低かったが、編集者とレムが選出したもの。
表紙イラストは、『闇の国々』のフランソワ・スクイテン


レム読むの実は初めてだったりする。*1
基本的には、寓話調だったりユーモアがあったりする文体・雰囲気のものが多い。時折、読みにくいものもあるが、おおむね内容は分かりやすい。沼野充義による解説でもちょっと言われてたが、カルヴィーノっぽいかもしれない。

三人の電騎士
第二十一回の旅
洗濯機の悲劇
A・ドンダ教授 泰平ヨンの回想記より
ムルダス王のお伽噺
探検旅行第一のA(番外編)、あるいはトルルルの電遊詩人
自励也エルグが青瓢箪を打ち破りし事
航星日記・第十三回の旅
仮面
テルミヌス

三人の電騎士

氷晶人の財宝を奪いにきた電騎士を撃退した賢者の話
3人とあるけど、電騎士真鍮は3行でリタイア、電騎士鉄は10行でリタイア。3人目の石英は賢者の策にかかって死ぬ。電騎士は、掛け算以上のことを考えると頭脳の計算機が熱くなる。すると、氷が溶けて落ちる。死ぬ。

第二十一回の旅

泰平ヨンシリーズ。
二分星という星に赴く。着いた早々、陳列ケースや化粧台の畑が広がっている。ビオティクス工学が進んで、生物と人工物が組み合わさっている。
ヨンは、とある修道会の人々に保護下に置かれる。そこで、この星の歴史や思想を学ぶ。
人体改造がとにかくきわまった星で、ゆかいな挿絵もあったりするが、とにかく様々な人体改造が何千年のあいだに、揺り戻しと先鋭化を繰り返しながら行われてきた。身体が2つ生えてるとか、脚が何本も生えてるとか。
自然な肉体、という考えがとうに消えてなくなっている。この修道会の人たちもほぼ機械の身体で普段は全身を覆って隠している。ヨンは、いわゆる普通の肉体をしており、二分星ではそういう姿を見せてしまうのがまずいので、この修道会の人はヨンをかくまってくれた。
少しずつこの星のことを学びながら、ヨンは彼らと神学論争を繰り広げるのだが、なかなか要領をえない。
ところで、彼らはすでに食事を必要としていなくて、ヨンのために食事を用意してくれるのだけど、テープレコーダーのデザートか、なんかとにかくそういうものばかり出て、自分だけしか食べないし、ヨンが困っているところが結構あったりするのが面白い。
ヨンの疑問は、何故伝道を行わないのか。
それに対する答えは、技術的には完璧な伝道を行うことは可能になっている。だが、それは無意味なのだ、と。すでに全能であるからこそ、活動しない。このとき出てくる話は、イーガンの「しあわせの理由」っぽいところがある。あらゆる精神状態をあらゆるデータから作ることができる。だから、信仰を欲すればどんな信仰にもできてしまう。


ヨンの一人称が「私」(関口訳)

洗濯機の悲劇

泰平ヨンシリーズ
洗濯機メーカーが洗濯機に様々な機能を付加しているうちに、ロボットになっていって、増殖機能もついて社会問題化していく。色々と法律を作って対処しようとするのだが、野良家電が他の家電を襲ったり、ついには人類に対する叛乱事件も起きたりする。
そんなある時、ある人間が宇宙に行って自らを改造する。何か宇宙空間に存在する巨大なロボットあるいは小さなロボットの群体になるのだが、こいつの権利を巡って裁判が起きる。
人なのかロボットなのかあるいは天体なのか、一体どういう存在であるのか、ということが法廷上で弁護士との論争という形で議論されていくのが面白い。
これをヨンが傍聴しているというもので、そこに様々な専門家がいて意見を述べるのだが、専門家の中にロボットが混じってるぞという話になって、金属でできている奴がいたら追い出せーということを繰り返していたら、なんと最後に残ったのはヨンだけでした、ちゃんちゃんというw


この作品以降、ここに収録されているヨンシリーズのヨンの一人称が「我が輩」(芝田訳)

A・ドンダ教授 泰平ヨンの回想記より

泰平ヨンシリーズ。
世界が終わった後のアフリカのジャングルを彷徨うヨンとドンダ教授。どうしてこういうことになったのかという回想形式。
ヨンは宇宙旅行で名声をえて、色々な役職につくことになって、名誉職だと思ってついたのにアフリカの小国のセレモニーに行くことになって、そこでドンダ教授に出会う。
この人、ランブリア国でスヴァルネティクスという謎の学問を教えているヨーロッパ人なのだが、非常に怪しい。
ヨンとドンダ教授はランブリアから逃げ出さなきゃいけないことになって、隣国のグルドゥワユへ行く。そこでヨンは、ドンダ教授を手伝って、呪文の類をコンピュータへ入力する作業を行う。
そして、ついに実験が成功したドンダ教授から語られるのは、情報の質量化理論だった。質量とエネルギーが同一なように、情報もまた質量と同一であり、一定以上の情報を詰め込むと質量が増えるのだという。そして、情報化社会の現代の文明は、情報が臨界を起こすと予言する。
スヴァルネティクスという学問は、実はフェイク。
アフリカの大学に行く羽目になったドンダは、そもそもその大学で何を教えればいいのかというものも決まっていなくて、スヴァルネティクスという名前だけあった。だが、これについて調べても調べてもでてこなくて、どうも名前だけしかないということが分かったので、内容をでっちあげた。それが、呪文や魔法をコンピュータ化するというもの。それで予算とコンピュータを入手していた。

ムルダス王のお伽噺

心身があまり強くない国王。叔父の謀反をいつもおそれている。
身体を巨大化させる。都が脳となる。
夢の中で叔父が謀反を起こす。起きている部分と寝ている部分があって、都の中で叔父が謀反を起こしているような描写となっている。夢の中の叔父を倒すためにさらに夢を見て、と夢が何重にもなっていって起きれなくなる。

探検旅行第一のA(番外編)、あるいはトルルルの電遊詩人

詩をつくる計算機を作ったトルルルの話

自励也エルグが青瓢箪を打ち破りし事

珍しい動物が好きな王様が、青瓢箪のようなどう猛なホモという動物を連れてこいという。
直接言及されていないが、おそらくこの青瓢箪とは人間か人間のような生き物で、この世界の人間は、何か機械仕掛けの存在っぽい。
エレクトリーナ姫が青瓢箪を見に来たとき、青瓢箪が姫の胸の鍵を奪う。姫は動作を停止してしまう。鍵を返して欲しくば、宇宙船をよこせ、と言って、鍵を持ったまま脱出する。
王様が、取り返せと命じて、色々な人たちが取り返しに行く。宇宙を舞台にしているはずだが、昔話・おとぎ話のような雰囲気で進む。なんとか人の住むところに行って云々とか。
みんな失敗するなか、自励也エルグだけが見事に青瓢箪を倒して、鍵を奪い返し、姫も無事復活する。のだが、実はエルグはすごい鍵職人で、姫の鍵を作っただけで、青瓢箪を倒しには行ってなかったというオチが最後の数行でぱっと明かされて終わる。

航星日記・第十三回の旅

泰平ヨンシリーズ。
風刺的寓話
ヨン、オー師に会いに行こうとしてピンタ星ピンタ国の警察につかまる。魚的生活をして新たな存在に進化するのだという思想に支配されて、みんな水に半分つかった生活をしている。ブクブク呼吸とかをしている。
しばらくはヨンも半ば面白がって、服役しながら、ピンタ国を見ているのだが、最後には逃げ出す。
今度はパンタ人につかまる。こっちは、個人というものがない。すべて、役割だけ振られていて、毎日違う役割を負う。弁護士が来るが、明日には別の人間が同じ弁護士という役割で来るだろうという。
こんな仕組み誰が作ったのかと聞いたら、オー師だ、と言われて、オー師に会いにいく気が失せる。

仮面

宮廷の美しい女性の一人称で進むのだが、記憶が混乱していたり、外界と内面がぐちゃぐちゃしていて最初の方は何が起きているのか分かりにくいのだが
王様との関係とか、恋人になった(?)男性との関係とか
女性はなんかアイデンティティの不安みたいなのに苛まれていて、身体の中に異物感がある。その異物感がきわまって、ナイフで自分の身体を裂いてみたら、中から機械が出てきて、実は自分は人間ではなくて、死刑執行機械でその男性を殺すために生まれてきた存在だったのだーと分かる

テルミヌス

こちら、他の短編とは雰囲気を画する作品で、文体なども含めて、一番SFっぽいSF
冒頭のロケット打ち上げシーンの描写がとても美しい
航宙士ピルクスが、古いロケット貨物船で、火星へ向かう話。
クライアントに依頼されて、そのロケットの雇われ船長になるという感じっぽい。ちなみに、操縦士とか技士とかクルーは他にも何人もいる。
ロケットの内部の描写の古いSFっぽい感じがなかなかたまらない。航海日誌とかを紙とペンで手書きで書いてるし。核反応炉で動いてるっぽい。今から見るとアナクロな感じだけど、おそらく当時の科学を反映して書かれていたんだろうなあという気がする。
ピルクスは、壊れかけたロボット、テルミヌスを見かける。
古い航海日誌をめくっていたら、かつて大きな改修を行われていたことを知る。さらに調べてみると、自分が生まれる前に起きた、教科書にも載るような大きな事故に遭ったロケットが、まさにこのロケットだということに気付く。勇気ある航宙士モムセンが亡くなった事故。ロケットの名前は「コリオラン」、今は「青い恒星」に名前を変えている。
ロケットはもう随分と古くて、思うように加速度を出せないが、じわじわと加速しながら、なんとか火星に向かう軌道に乗る。
眠れない夜、ピルクスは不気味な金属音が、モールス信号だと気付く。それは「モ・ム・セ・ン・応・答・せ・よ」と。壊れかけたテルミヌスが、無意識で(?)記録していた事故当時のやりとりだった。

*1:正確に言えば、『マインズ・アイ』ホフスタッター、デネット編著 - logical cypher scapeに収録されている2本は読んだことある