阿部豊『生命の星の条件を探る』

惑星システム科学の観点から、惑星がハビタブルになる条件について考察した本。ハビタブルな条件といえば、中心星との距離に応じて液体のH2Oが維持できる範囲を示したハビタブルゾーンが有名だが、当然ながら、液体の水があればいいというわけでもなく、生命の誕生にとって大陸の存在もまた重要な要素であることを論じている。
基本的に、前半では地球がどのようにして今あるような星になったかという観点から、後半では地球以外の惑星(太陽系内外)も考察の範囲に含みながら、生命の生存に必要な条件を示している。


地球という惑星が、現在のような姿になっているためには、結構シビアな条件だったり、偶然が重なったりしていることが分かる。太陽系誕生の歴史の中で、何かが少しずれていたら、地球は今のような姿にはなっていなかっただろう。
しかし、それはハビタブルな惑星の条件が厳しい、ということを意味してはいない。
地球と同じような姿・環境をした惑星は確かに滅多にはなさそうだが、地球とそこそこ似ているような惑星ならありそうなのではないか、と思われる。
ここで検討されている生命は、地球型の、つまりH2O水のもとで炭素をベースにした生物である。我々は、生命といっても地球の生命しか知らないので、まずはそこから検討を始めるということである。そして、そこから導き出されるのは、地球型の生命は地球に適応している、という全くもって当たり前のことなのだが、ただいくつかの条件については、地球とはちょっと違う姿をしている惑星の方が、生命の安定的な生存には向いているかもしれない、という話も出てくる。

序章 地球以外のどこかに
第1章 水
第2章 地面が動くこと
第3章 大陸
第4章 酸素
第5章 海惑星と陸惑星
第6章 惑星の巨大衝突
第7章 大気と水の保持
第8章 大きさ
第9章 軌道と自転と他惑星
第10章 恒星
結び 「ドレイクの方程式」を超えて
補遺 磁場は生命に必要なのか
解説 「信念」を「科学」に変える 阿部彩子

第1章 水

何故、水、特にH2Oの水でなければならないのか
・非常にありふれているということ
・それでいて、高温でも液体である、極性分子であるという「変な」特徴を持っていること
惑星の熱エネルギーは、太陽放射と惑星放射の収支で決まる
全球凍結状態にも暴走温室状態にもならないような惑星放射の条件は、約70ワット以上約280〜300ワット以下
H2Oの量は、現在の地球の海洋質量の8分の1程度あれば、液体の水は存在できる。

第2章 地面が動くこと

液体の水を保つには、温室効果ガスである二酸化炭素が適量保たれていることが重要な条件となる。
ウォーカーフィードバック(1980年代に提唱された、惑星の温度調節メカニズム)
・脱ガス(火山ガス)によって二酸化炭素が大気中に供給される(これは一定)
・風化によって海に流れたカルシウムイオンが炭酸と化合して、二酸化炭素を炭酸塩として固定する
・風化作用は、地表の温度によって速度が変わるので、これで調節される
プレートテクトニクスも重要、炭酸塩がプレートにのって沈み込み帯へと運ぶことで、二酸化炭素を供給している
プレート運動は速くなった時期があり、その時は温暖化する=中生代
プレートテクトニクスが確認されているのは、地球のみ
金星は、マントル対流はしているがプレートテクトニクスはない(ホットスポットの火山はあるが、沈み込み帯による地形が見当たらない)
プレートテクトニクスが何故発生するのかはよく分かっていない→液体の水によって岩石が柔らかくなることで起こるという説がある

第3章 大陸

海さえあればよいのか。実は、大陸が生命にとって必要な条件なのではないか。
大陸は、炭酸塩の保存庫として機能する
→大陸がないと気温があがり、60〜80℃となる。高温環境に適応している細菌もいるが、多くの生き物にとっては生きていける環境ではない(タンパク質が固まってしまう)
生命にとってリンは重要
生命の材料は、水素、炭素、窒素などその多くは、そもそも環境にたくさんある元素だが、リンはそうではない。
リンの供給源は大陸。
地殻には、大陸地殻と海洋地殻がある。大陸地殻は花崗岩、海洋地殻は玄武岩花崗岩は軽いので浮く。また厚い。
この花崗岩は現在地球でしか確認されておらず、これまたどうやってできたのかが謎。花崗岩についても、水の存在がかかわっているとも言われている。

第4章 酸素

効率的なエネルギー原として、またオゾン層として欠かせない酸素
酸素増大には、遺体の埋没が関係していたと思われる。つまり、遺体が酸化される前に埋没してしまうことで、酸素が残る。そして、埋没するためには大陸から風化されてくる土砂が必要だった。
また、地球史をたどると、全球凍結イベントのあとに酸素増大イベントが起きている。急速な温暖化→急速な風化→栄養塩の増加による生物の繁殖・光合成の活発化→風化による土砂の増加で遺体の埋没→酸素増大、と考えられている。
が、酸素増大におって、全球凍結が必須なのかどうかまでは分からない。

第5章 海惑星と陸惑星

『アストロバイオロジー』誌に投稿され話題を呼んだ、筆者の研究が特に反映されている章
この本のメイン的なところ
水があればいい、多ければいい、というような形で言われることが多かったが、実際、どれくらいの量の水があるといいのかということについての考察
仮想の惑星を使ったシミュレートによる議論となる。
水のある惑星を「海惑星」と「陸惑星」に分類する
海惑星:地表の水のある部分が1つにつながっている=地表にある海によって水輸送が行われる
陸惑星:つながった海がない(湖しかない)=大気の循環によって水輸送が行われる
惑星全体の面積の半分が海になると海惑星となる
地球の水を今の10分の1まで減らすと陸惑星となる
過去の火星は陸惑星だったかもしれない。また、土星の衛星タイタンは、H2Oではなくメタンだけれども、陸惑星。


水は、比熱が高いので気候を安定化させると、中学や高校の教科書には書いてある。
しかし、それは短期的な話で、長期的にはむしろ不安定化要因となる。
暑くなると「水蒸気フィードバック」、寒くなると「アイスアルベドフィードバック」という正のフィードバックが働き、温暖化や寒冷化を加速させる。
地表が水がなくなるまで温暖化が加速するのを「暴走温室効果」、逆に寒冷化して水がすべて凍ってしまうのを「全球凍結」と呼ぶ。
もともと、水の量が多いと、水蒸気フィードバックやアイスアルベドフィードバックが働いて、暴走温室効果や全球凍結になりやすい。
太陽放射は時間が経つにつれて増大するので、長期的に温暖化していくのだが、このままだと、10億年後には地球は暴走温室効果状態になって、液体の水がすべて蒸発して、生命が住めなくなる。
ところが、もし地球が陸惑星だったなら、さらに30億年後までは水を保っていられる。
陸惑星は気候的には安定しているので、もしかしたら地球よりも生命の生存に適しているかもしれない。水の少ない陸惑星は乾燥しすぎて生命には適さないかもしれないが、比較的水の多い陸惑星ならば結構いいかも。ただし、低緯度に広大な砂漠が広がって、生命圏が南北で分断されているかもしれない。
地球の水の量が10倍になればすべての陸は水没するし、10分の1になれば陸惑星になる。10倍や10分の1というと大きな違いに聞こえるかもしれないが、地球全体の質量から考えると、0.023%が0.23%か0.0023%になるだけだから、大した違いでもないと筆者は述べる。

第6章 惑星の巨大衝突

惑星はそもそもH2Oをどのように獲得したのか。
この章ではその前段階として、惑星形成理論とジャイアンインパクト説が解説されている。

第7章 大気と水の保持

大気や水の捕獲
「捕獲大気」と「脱ガス大気」
最初から気体であるものを重力でつかまえるのが捕獲大気、固体を捕まえてそこから脱ガスして大気になるのが脱ガス大気。水も同様。
地球の大気は、脱ガス大気
固体の供給源として考えられているのは以下の3つ
1)彗星
2)小惑星帯付近からの隕石
3)地球軌道付近の微惑星
彗星は、木星でつかまることが多くて、地球までなかなかこない
小惑星帯付近の物質は、同位体比が違う
地球軌道付近はどうか
惑星形成理論によると、スノーラインというのがあって、スノーラインより内側は乾燥している、スノーラインは太陽系だと火星と木星の間にあるので、地球軌道付近ではあまり水がないと考えられてきた。
しかし最近、微惑星形成以前のガス円盤の時には、塵による日陰ができて円盤の中の温度が下がり、氷が凝結していた可能性があるという説も出てきた。


水はいつ供給されたか
43億年前には海が存在していた可能性があり、38億年前には存在していたことが分かっている
H2Oは地球の形成と同時に供給されたという説と、ほぼできあがったあとに供給されたという説がある。
後者がずっと支持されてきた。
1)地球軌道付近はスノーラインより内側だから
2)ジャイアンインパクトで大気や水を失ったはずだから
3)地球のH2Oの量は非常に少なく、あとから獲得しても十分だから。
これに対して、(1)は既に述べた理由で必ずしもあてはまらなくなり、(2)については筆者の研究によって、ジャイアンインパクトが起きても大気が地表に残ることが分かった。
逆に、彗星や隕石によってH2Oが供給されたと考えると、元素の組成などが現在の地球と一致しないという問題がある
ジャイアンインパクト→マグマ・オーシャン→海→ジャイアンインパクト→マグマ・オーシャン→海を繰り返しながら、形成されていったというシナリオ
地球型惑星を2つに分類する
それは、マグマ・オーシャンの冷却の過程で、H2Oが残らず失われてしまうかどうか。地球は、比較的速く冷えるのでH2Oが残り海ができるが、H2Oがなくなるまで冷えずにマグマ・オーシャンが残るタイプの地球型惑星もある。それが金星。この差をわけるのは、太陽放射=恒星からの距離
火星は、ジャイアンインパクトはなかったが、太陽放射が少なくて、H2Oが凍ってしまった。かつて、液体の水が流れていた後があるが、どうしてそのような環境になったのかはよく分かっていないし、何故かその環境は維持されずに消えてしまった。


地球の水の量、質量の0.023%はどのようにして決まったか。
分かっていない。偶然としか言い様がない。
ところで、この地球の水の量は、水が多いといえるのか。
表面の7割を水が覆っているという点では「多い」
しかし、質量に占めるH2Oの割合という点では「少ない」天王星海王星は7割がH20
系外惑星の観測で、現在分かるのは質量と半径なので、そこから密度が分かり、密度が分かるとH2Oをどれだけ含んでいるか分かる。しかし、この観点でいうと、地球は全然H2Oがない星ということになる。
それから、液体の水が存在できるハビタブルゾーンと、氷が凝結するスノーライン以遠というのは、基本的に重ならない。だから、ハビタブルゾーン内でも水を供給するメカニズムがないと水惑星にはならない。

第8章 大きさ

  • 地球より小さい星

重力が小さい→大気が保持しにくい
表面積が大きく冷めやすいので内部のマントル活動・火山活動が維持できない→脱ガスが少ない
内部が冷えると流体核ができない→磁場ができない
これらの理由により、大気を維持しにくい
代表例は火星

  • 地球より大きい星

太陽系内で、岩石の惑星では地球が最大だが、系外惑星では、地球よりも大きいスーパーアースがよく見つかっている。スーパーアースは地球質量の10倍ほど。岩石惑星のサイズの限界。
大きい惑星は水素が多い→酸素が出ても反応して水になるので、酸素がたまりにくい
大きい惑星は、幾何学的理由で海が深くなる。
重力が大きいため、高い山が支えられず、地形の起伏は小さい。
スーパーアースは、重力が大きい、陸地が少ない(ほぼ全面海の可能性が高い)、酸素が得にくい→微生物くらいしかいなさそう……。
実際はわからないけど。

第9章 軌道と自転と他惑星

公転軌道が楕円に近いか、円に近いか
楕円軌道になると、中心星か離れたり近付いたりが極端になる。
ただ、ハビタブルゾーンかどうかは平均気温で決まるので、実はあまり影響を受けない。ただ、季節変動の大きな気候となる。
自転軸の傾きについて
仮に傾きが0だと、アルベドが大きくなって全球凍結が起こりやすくなる。
傾きが大きいと、全球凍結は起こりにくいが季節変動は大きくなる。
地球の自転軸の傾きは23.5度だけど、筆者らの実験に寄れば、季節の変化が地球と同じくらいでなおかつ地球より凍結が起こりにくい惑星は、「自転軸の傾きが45度の海惑星」との結果が出たらしい。
月はいつも同じ面を地球に向けているけれど、もし仮に、地球が太陽にずっと同じ面を向けていたらどうなるか。
昼の面と夜の面とで気候の差が極端になりそうだが、大気循環があるので、実はそこまででもない、とか。住みやすくはないけれど、住めないこともない、とか。


もし月がなかったらどうなるか
歳差運動がなくなり自転軸の傾斜変動が大きくなり、現在の氷期-間氷期変動よりも大きな気候変動が起きる。
もし木星がなかったらどうなるか
地球にもっとたくさんの彗星がふってくる
もし木星土星天王星がそれぞれ今の木星の2倍の大きさだったら(巨大惑星が3つ以上あったら)どうなるか
地球の軌道が乱れ、系外にとばされるか、太陽に落下するかしていたかもしれない。

第10章 恒星

恒星の大きさと寿命の関係
恒星の組成について

補遺 磁場は生命に必要なのか

筆者は、磁場を生命の星にとっての条件とは考えていないので、補遺という扱い
太陽系では、磁場は地球以外の惑星にもある。具体的には、水星、木星土星天王星海王星には磁場がある。火星と金星にはない。
流体核のダイナモ作用で磁場が発生する。
木星土星では高圧下の水素が、天王星海王星では高圧下の水が、伝導性の液体となって磁場が発生している。水星は、なんであるのかよく分かっていない。
地球の磁場と太陽の磁場が、宇宙からの放射線に対するシールドとして作用する。
しかし、地球は磁場の向きがたびたび逆転しており、逆転の際には磁場が弱くなる。しかし、この磁場が弱くなった時期に、生命に大きな影響があったような痕跡がない。
だから、磁場と生命の関係はよく分からないし、必要条件ではないのではないか、というのが筆者の考え。
あと、この章で、火星の大気が磁場をもたないために失われた説がある、と書かれているけれど、これはつい最近、NASAMAVENが確かめてた。太陽風が大気を奪っていた、と。NASA Mission Reveals Speed of Solar Wind Stripping Martian Atmosphere | NASA


生命の星の条件を探る

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