倉谷滋『形態学 形づくりにみる動物進化のシナリオ』

形態学から進化発生生物学(エヴォデヴォ)へ至る流れを、動物の起源は何かという問いから辿る本
文豪ゲーテの形態学から始まって21世紀のエヴォデヴォまで、全ての動物に共通の型/遺伝子/祖先は何かという探究
とても面白かったけど、難しかった
エヴォデヴォって何ぞやというのは何年も前から気になっていたのだけど、結局何の本も読んできてこなくて、新書でエヴォデヴォの本が出たということを聞いて手に取った。
このサイエンス・パレットシリーズって、Short Introdcutionシリーズの翻訳出してるレーベルだけれど、これは翻訳ではなく日本人研究者による著作


たまたま、更科功『化石の分子生物学』 - logical cypher scapeと連続して読んだが、関連している項目もいくつかあった。例えば、どちらもまえがきで天使に言及している。
今まで、進化論や古生物学、分子生物学の新書などは読んでいたが、発生分野は初めて。高校時代以来触れてこなかった分野だと思うし、高校時代も発生はあまり面白くなかったところだけれど、この本を読むと、なかなかとんでもない分野らしいということを窺うことができた


前半は、形態学の歴史を追う形となる。形態学は、文豪ゲーテに遡る分野で、19世紀は経験的な部分と観念論的な部分が混ざり合う。
後半は、エヴォデヴォに入っていって、より分子的なシステムについての説明になっていく。
全体的に内容が濃いので、後半になるにつれて、次第に本全体の流れをつかみそこねそうになったが、あとがきを見ると、筆者の動機が書かれていて、こちらを最初に読めばよかったと思った。


1 形態学のはじまり
キュヴィエの動物観/進化と分類学/ジョフロワ/ゲーテと分節幻想/オーウェンの描いた原動物/ハクスレーの一撃

2 形態学と進化
動物多様性の「整理」の仕方/進化と発生の切っても切れない関係/分類学と形態発生/反復/フォン・ベーア――原型と胚/ヘッケル/進化発生学と反復/反復――現在の理解/発生負荷――もうひとつの理解/脊椎動物のエラ/構造のネットワーク/遺伝子発現は何を語るか?

3 遺伝子の教えるもの ―― 進化発生学の胎動
相同性とは/相同性と系統/形態的特徴の相同性と遺伝子の相同性/相同性と発生機構

4 進化する胚
発生システムの浮動/コ・オプション/ボディプランをつくる遺伝子群――ツールキット遺伝子/分節に位置価を与える遺伝子群――ホメオティックセレクター遺伝子群/発生コンパートメントとモジュール性

5 動物の起源を求めて
全動物の祖先を復元する?/体節の起源は?/ヘテロクロニーとヘテロトピー/幼生形態から脊椎動物を導く/動物すべてを説明する

1 形態学のはじまり

動物は、様々な形をしているが、しかし一定のパターンがあり制約もある。何か共通の型がある

  • キュビエ(1769〜1832)

機能的制約から形態の共通性をみる。動物を大きく4つに分類。ただし、この4つはそれぞれつながりや共通性はない。キュビエは変異や変化を嫌っていた

  • ジョフロワ(1772〜1844)

位置関係から形態の共通性をみる→現代の相同性につながる考えももつ。
節足動物の上下をひっくり返せば脊椎動物のパターンと同じになる→キュビエが、つながりはないとしていた4つをつなげる「統一理論」→キュビエと対立

ドイツでフランスの論争を聞き、ジョフロワに声援をおくったとされる
「原型」を探究(例えば、花のない「原植物」、形の本質)、「頭蓋骨椎骨説」
「原型」とは現在の視点からいえば、共通祖先ということになるが、この当時はまだ「進化抜き」でやっていたので、観念的なものだった

ゲーテから影響を受ける
椎骨が「繰り返し」「変容」することで脊椎動物の形態ができる
→椎骨の連なりからなる「原動物」の絵を描く
「相同と相似」の定式化。相同とは同一の器官に由来するものだが、ここでもまだ「進化的」なものではない。

  • ハクスレー(1825〜95)

オーウェンの仇敵
進化と発生の考えを持ち込む。観念的な「原型」ではなく、共通祖先あるいは発生初期の胚として捉える。
進化と発生を平行的に捉える「反復説」的な考え方
胚を観察し、頭蓋骨が椎骨からできあがるわけではないことを示し、ゲーテオーウェンの「頭蓋骨椎骨説」を反駁

2 形態学と進化

発生と進化に何らかの平行性を見出す思想=広義の「反復説」
第1期:18世紀後半ドイツ、メッケル
第2期:べーア(1792〜1876)、ヘッケル(1834〜1919)
20世紀中盤以降、反復説自体がタブー視
21世紀以降復活:ドゥブール(1955〜)

  • べーア

ウォルフ(前成説を否定し後成説を提唱)に影響を受ける
様々な動物の胚を比較→それぞれが最もよく似ているのは、発生初期ではなく中期
縦軸に時間、横軸に発生の多様性をとった場合、中期にもっとも多様性が少なくなる、砂時計のようなモデルになる。この砂時計のくびれにあたる時期を、「ファイロティピック段階」、その時期のパターンを「ファイロタイプ」と呼ぶ
べーアは、キュビエに影響を受け、進化論を認めなかったので、キュビエの分類学と対応させた
また、3胚葉を見出し、胚葉説を提唱

  • ヘッケル

進化系統樹を描いた人
ベーアの理論+進化論=ヘッケル
脊椎動物の仮想祖先として、2胚葉しかもたない刺胞動物を選ぶ→この仮想の共通祖先を「ガストレア」と呼ぶ*1
ただし、胚発生の段階に2胚葉の段階はない。また、このような生物は化石記録としては発見されていないが、仮説としては今も生き残っている。
ベーアが、ファイロティピック段階を「原型」として捉えていたのに対して、ヘッケルはそれを認めつつも、より深層の類似性があると考えていた→ベーアよりも、より抽象度の高いパターンの一致を求めていたが、それ故に、実際には観察されていないイメージを描くことがあった
→このことが、ヘッケルの評価を低くした。のちに英米で反ドイツキャンぺーンとつながり、反復説がタブー化


20世紀後半、進化発生学

  • ホックス遺伝子群の発見

左右相称動物の分節化をきめる。ショウジョウバエとマウスの両方で発見されたことが、当時衝撃的

  • ドゥブール

ホックス遺伝子が、脊椎動物では咽頭胚期(ファイロティピック段階)で発現することを発見

  • 「内部淘汰」理論

80年代にサンダーが提唱、90年代にルドルフ・ラフが広める
砂時計モデルを説明する
初期:細胞間の相互作用は大局的だが数は少ない→変異しやすい
後期:細胞間の相互作用は多くなっているが、局所的→変異しやすい
中期:細胞間の相互作用が大局的で、数や種類も多い→ちょっとした違いも致命的になりかねないので、変異しにくい→一定の型に収束する

  • 「発生負荷」理論

70年代、リードル提唱
「見かけ上の反復」を説明する
咽頭弓(魚におけるエラ)の発生→エラを必要としない動物にもみられる→もともとエラ以外の役割があって、その器官をもとに別の器官ができる→一から作り直すのは大変なので、複雑な器官にはこのような発生拘束がある
とはいえ、祖先に存在していたからといって複数のエラを反復する必要はない→「発生過程は必ずしも、進化をそのまま反復はしていない」

3 遺伝子の教えるもの ―― 進化発生学の胎動

相同性について
ランケスター(1847〜1929)によって、進化現象として明確に位置づけられる
シュービンら「深層の相同性」→形態だけでなく、発生機構や遺伝子にみられる相同性


分岐学
ヘッケルの「反復説」と相性がよい
進化を段階(グレード)としではなく枝(クレード)として見る
共有派生形質を共有する群=単系統群=クレード
原始形質を共有する群=側系統群=グレード→無意味な概念ではなく、進化発生学的には有用な概念


遺伝子が相同なら形態も相同か
→そう単純ではない
目の進化
「目がない」といえば一つだが、実際には「レンズがない」「角膜がない」「網膜がない」等々あって、これらを全てカウントして最節約性を使うと大変なことになる
目の発生には、マスターコントロール遺伝子が必須(遺伝子一つの違いで、形態的には大きな違いにもなりうる。エピジエネティック・ランドスケープも参照)

4 進化する胚

  • コ・オプション

遺伝子の使い回し
甲虫の「角」→形態的にはもととなるような(相同となるような)器官がない
実際には、付属肢の発生に使われる遺伝子が使われている
「深層の相同性」であると同時に、形態的には「新規形質」となる

  • ツールキット遺伝子

ジョフロワは、前口動物と後口動物が、上下ひっくり返すと同じパターンとなると考えたが、実は遺伝子の発現も逆転している
動物門をこえて広く用いられる、保守的な遺伝子を「ツールキット遺伝子」と呼ぶ
例:眼
Pax6が、マスターコントロール遺伝子としてショウジョウバエにも脊椎動物にも見られる
ただし、Pax6の分岐イベントは進化的に1回しか起きなかったかもしれないが、「器官としての眼」は、系統ごとに独立して何回も起きた
「深層としての相同性」はあるが、「形態としての相同性」はない

位置価を決定する遺伝子群
形態的相同性と遺伝子の相同性が顕著な相関を見せる例
ホックスコード:前後軸にそったホックス遺伝子群の発現パターン
ゲーテ形態学的な「繰り返し」と「変容」のうち、「変容」の分子的実体
ボディプランの設計図もDNAに書き込まれているのでは、と期待するが、ホックス以外には見つかっていない

5 動物の起源を求めて

ズータイプ
ウルバイラテリア(全動物の共通祖先としての仮想動物)
ヘテロクロニーとヘテロトピー

あとがき

筆者の「頭部問題」との出会い
京大の生物学教室で、前期に無脊椎動物学、後期に脊椎動物学を受講して、昆虫と脊椎動物の頭部に類似性があることを見つけて、「深遠さ」を感じてはまりこむ
数年後にホックス遺伝子が発見されることになるが、院生時代の筆者は分子生物学には向かわず、19世紀の文献を漁る日々を送る
しかし、分子生物学の進展とともに、形態学はエヴォデヴォとなり、頭部問題は再び最先端の問題になった、と。


*1:今では、ガストレアは原腸胚のことをさすが