瀬川卓郎『アイヌ学入門』

考古学からアイヌ研究を始めた筆者によるアイヌ研究の本
筆者の専門は考古学だが、この本では、言語学や遺伝学などの知見もあわせて参照されており、多角的に現在のアイヌ研究の動向をうかがうことができる。
この本でアイヌは、縄文文化を色濃く受け継ぎながらも北東アジアの中で交易の民として文化を形成してきた民族とされる。
書かれていることほとんど全ての項目について知らなかったことばかりなのだが、特に驚いたこととしては、元と戦っていたことや奥州藤原氏との関係だろうか。

序章 アイヌはどのような人々か
第一章 縄文 一万年の伝統を引く
第二章 交易 沈黙交易エスニシティ
第三章 伝説 古代ローマからアイヌ
第四章 呪術 行進する人々と陰陽道
第五章 疫病 アイヌ疱瘡神蘇民将来
第六章 祭祀 狩猟民と山の神の農耕儀礼
第七章 黄金 アイヌは黄金の民だったのか
第八章 現代 アイヌとして生きる

ざっと各章について紹介すると
第一章では、東北に残るアイヌ地名から、東北及び北海道で「ペツ」地名が多い地域と「ナイ」地名が多い地域があり、アイヌが進出した時期の違いを反映している、と。北海道だと、だいたい北半分と南半分に分かれるのだけれど、これがアイヌの中でのグループの違いとも相関しているらしい。
あと、アイヌとは文化的にも全然違うグループだったオホーツク人の話とか。
第二章の「沈黙交易」とは、世界各地で見られる交易の方法で、互いに直接声を交わすことなく交易を行うことで、北海道アイヌと千島アイヌのあいだに見られるとのこと。千島アイヌは、島嶼部に住んでいたこともあり、伝染病への警戒が強くて、沈黙交易を行っていたと。
第三章の伝説で取り上げられるのは、コロポックル伝説のことで、コロポックルというのはどうももともとは千島アイヌのことをさしていたのではないか、と。そこに、プリニウスの『博物誌』から中国経由で日本に伝わり『御伽草子』の中の一エピソードとなった小人島のモチーフが加わって、コロポックル伝説になったのではないか、と。
第四章から第六章については、アイヌの宗教等における日本からの影響や類似など。アイヌのケガレ祓いの儀式が、陰陽道の影響を受けていたのではないかという筆者の仮説などが論じられる。筆者は陰陽道との類似点を指摘するが、一方、江戸時代の和人からはこの儀式はかなり奇異なものに見えたようで、日本からの影響を受けつつもアイヌ独特の文化となっていたことがわかる。
ところで、そもそもケガレの概念は、もともとはあまりアイヌっぽくないのではないかと筆者は述べている。というのも、古代まで遡るとアイヌにはミイラ習俗があったのである。
第七章では、北海道の金について述べられている。
そもそもアイヌは、一般的にイメージされる狩猟採集民ではなく、交易民であり、鷲の尾羽などが重要な輸出品となっていたらしい。日本とアイヌとの交易を、蠣崎、のちの松前藩が独占して、それでどうしてシャクシャインの戦いが起きるのか、というような話も書いてあるのだが、話を戻して、黄金の話。
ここらへんも筆者の仮説のところもあるのだけど、尾羽以外に黄金についても北海道から日本に輸出されたものがあるのではないか、という話。奥州藤原氏は、東北の金鉱によってその権勢を誇るようになるが、金資源のさらなる獲得を目指して北海道にも技術者を送り込んでいたようなふしがあるとのこと。
この本は、縄文の古代から始まって、中世や近世・近代あたりが主だって扱われているが、最後の章は現代のこととなる。ここだけ少し他の章とは趣きがことなり、筆者の知り合いのアイヌへのインタビューとなっている。



日本(和人)からの文化的影響が色々あったことがわかるが、そういう影響の中でのアイヌ文化の独自性というものがわかる
ニヴフやウイルタなど、他の周辺民族との関係についてももっと書いてあったらいいなあ、と思った(オホーツク人や千島アイヌの話など十分勉強になったが)。

アイヌ学入門 (講談社現代新書)

アイヌ学入門 (講談社現代新書)