E.H.ゴンブリッチ『美術の物語』

西洋美術史の入門として名高い1冊
実際、読みやすく丁寧でとても面白い
読み継がれる名著とはこういうものか、と
また、自分は美術については19,20世紀くらいしか知らなかったので、改めて通史を読んで勉強になった。


この本の特徴はいくつかあるが
「物語」としては、それぞれの時代や流派において美術の目的がなんであったか、ということを追いかける作りになっている。
ともすると、絵画などのよしあし・巧拙を「実物そっくりかどうか」で判断してしまうことがあるけれど、そもそも実物そっくりであることが美術の目的でなかった時代もある。というか、この本を読んでいると、おおむね交互に現れてくるという感じがある。
エジプトがスタートに置かれているが*1、エジプトでは「見たまま」ではなく「知っている」ことが描かれた。目とはこういうもの、顔の輪郭はこういうもの、足はこういうものといった知識に従って描かれていた。
その後、それが「見える」ものを描こうとする流れになったり、調和や均整を重視するようになったり、聖書の物語を伝えることが主眼となったりと変遷していく。
写実的に描くための技術も、時代を追うごとに色々と発見・発明されていくのだけど、単純に(より写実的になっていくという意味で)巧くなっていくという歴史ではない。
また、美術が美術として独立しているのではなく、社会等と繋がっていることを感じられる記述もある。そもそもが宗教的な目的で製作されていたことが多かったし、時代が下ってパトロンがいなくなってくると、画家が自由になることと経済的に困窮することが言及されている。


美術の物語全体を通しての筆者の捉え方がよくわかる部分を引用してみる。

これこそが美術だというものが存在するわけではない。作る人たちが存在するだけだ。男女を問わず、彼らは形と色を扱うすばらしい才能に恵まれていて、「これで決まり」と言えるところまでバランスを追求する。そして、さらに数は少ないけれど、生半可な解決ではけっして満足せず、安易な成果や表面的な成功をすべてかなぐり捨てて、労苦と苦悩に満ちた仕事に全身全霊を捧げる人たちがいる。(p.461)

トーテム・ポールや、ギリシャ彫刻や、大聖堂の窓や、レンブラントや、ジャクソン・ポロックをひとまとめにしたことで、まさにここに「美術」ありとの印象を生みだしてしまったのではないだろうか。しかし、それらの作品は、それぞれ別の時代、別の社会の産物であって、「美術」という名で一括される特別の存在などではない。画家や彫刻家達が、それぞれに別個の状況や制度、そして別個の流行に、どう応答してきたかがわかったとき、初めて「美術の物語」は意味を持つ。(p.484)


また、もう一つの特徴として、図版が豊富という点がある。筆者自身が明言している通り、図版を載せていない作品には言及していないし、図版の載っている作品については全て言及している。
自分はポケット版で読んだので、本文と図版が分かれており、行きつ戻りつしながら読むことになったが、栞紐が2本ついている作りになっており、読みやすさに気が遣われている。
一つ一つの図版に対する解説も丁寧で、絵をどのように見ていくかが分かる。
例えば、ここに目が向くようになっているとか、このようにして配置の均整をとっているとか、聖書や伝説に題材がとられている場合は誰が誰なのかも説明している等々
そして、どの作品に対しても、筆者の思い入れが伝わってくる。その時代の潮流とか考えを踏まえた上で、個々の作品の魅力・良さが語られており、「○○主義の絵だね」みたいなところで終わらない。
図版がカラーで掲載されていて、場合によっては拡大図なども付されており、本当に図版にも気を使っているのだが、それでも時折、印刷物ではなかなか伝わらない、本物を見ないとわからないのだけど、と申し訳なさそうに注釈されていたりもする。
また、他の時代の作品との比較も多く、時代による違い・変化にも注目が向かうようになっており、図版を頻繁に見比べながら読み進めることになるのも、楽しい。


色々とメモりたいところは沢山あるけれど、ちょっと時間がとれないので、各章で取り上げられた固有名詞等だけメモっておく。
ひろいきれてない部分もあるかもしれないが。

  • 序章‐美術とその作り手たち
  • 1 不思議な始まり― 先史、未開の人びと、そしてアメリカ大陸の旧文明

ヨーロッパの洞窟壁画
マオリの木彫り
ナイジェリアのブロンズ像
ニューギニアの仮面
イヌイットの仮面
アステカの彫像

ピラミッド
古王国第4王朝の彫像
墳墓の壁画
アメンヘテプ4世の時代の肖像
ミュケナイの剣
メソポタミアの竪琴
メソポタミアレリーフ

  • 3 大いなる目覚め – ギリシャ 前7世紀‐前5世紀

ドーリス式
短縮法の発見
フェイディアス
ミュロン

  • 4 美の王国 – ギリシャとその広がり 前4世紀‐後1世紀

ラクシテレス
ベルヴェデーレのアポロン
ラオコーン
風景画の出現

コロッセウム
ウェスパシアヌスの胸像
燃える炉の中の3人のユダヤ

  • 6 歴史の分かれ道 – ローマとビザンティン 5世紀‐13世紀

シリカ
グレゴリウス一世
ビザンティンの祭壇画

  • 7 東方を見てみると – イスラム、中国 2世紀‐13世紀

アルハンブラ宮殿
顧がい之

  • 8 るつぼの中の西欧美術 – ヨーロッパ 6世紀‐11世紀

アールズバートンの聖堂
リンディスファーン福音書
アーヘン大聖堂
バイユーのタペストリ

  • 9 戦う教会 – 12世紀

ロマネスク様式

ゴシック様式
ナウムブルク大聖堂の彫像
ニコラ・ピサーノ
ジョット

  • 11 宮廷と都市‐14世紀

シエナ
シモーネ・マルティーニ
国際様式
ウィルトン・ディプティック(ウィルトンの二連祭壇画)

  • 12 現実をとらえた美術‐15世紀前半

ブルネッレスキ
遠近法の発見
マザッチョ
ドナテッロ
スリューテル
ヤン・ファン・エイク
ヴィッツ

  • 13 伝統と変革 I ‐イタリア 15世紀後半

アルベルティ
マンテーニャ
ボッティチェリ

  • 14 伝統と変革 II ‐アルプス以北 15世紀

ロッホナー
フーケ
ロヒール
ファン・デル・フース
シュトース
印刷術の発明
ショーンガウアー

  • 15 勝ちとられた調和‐トスカーナとローマ 16世紀初頭

ブラマンテ
ダ・ヴィンチ
スフマート
ミケランジェロ
ラファエロ

サンソヴィーノ
ベッリーニ
ジョルジョー
ティツィアーノ
コレッジョ

デューラー
グリューネヴァルト
クラーナハ
アルトドルファー
ヒエロニムス・ボス

  • 18 美術の危機‐ヨーロッパ 16世紀後半

マニエリスム
チェッリーニ
パルミジャニーノ
ブーローニュ
ティントレット
エル・グレコ
ホルバイン
ブリューゲル
カロ

  • 19 さまざまなヴィジョン‐ヨーロッパのカトリック世界 17世紀前半

バロック様式
カッラッチ
カラヴァッジョ
レーニ
プッサン
クロード・ロラン
リュベンス
ヴァン・ダイク
ベラスケス

  • 20 自然の鏡‐オランダ 17世紀

ハルス
ヤン・ファン・ホーイエン
レンブラント
ステーン
ライスダール
フェルメール

  • 21 権力と栄光 I ‐イタリア 17世紀後半‐18世紀

ベルニーニ
フリーヘル

  • 22 権力と栄光 II‐ フランス、ドイツ、オーストリア 17世紀後半‐18世紀初頭

ヴェルサイユ宮殿
ヴァトー

  • 23 理性の時代‐イギリスとフランス 18世紀

セント・ポール大聖堂
ホガース
レノルズ
ゲインズバラ
シャルダン
フラゴナール

  • 24 伝統の解体‐イギリス、アメリカ、フランス 18世紀

ゴシック・リバイバル
ギリシャリバイバル
コープリー
ダヴィッド
ゴヤ
ブレイク
ターナー
コンスタブル
フリードリヒ

  • 25 永久革命‐イギリスとフランス 19世紀

ロンドンの国会議事堂
アングル
ドラクロア
コロー
ミレー
クールベ
ロセッティ
マネ
モネ
ピサロ
ドガ
ホイッスラー

  • 26 新しい基準を求めて‐19世紀末

アール・ヌーヴォー
オルタ
セザンヌ
スーラ
ゴッホ
ゴーガン
ピエール・ボルナール
ホードラー
ロートレック
ビアズリー

  • 27 実験的な美術‐20世紀前半

フランク・ロイド・ライト
グロピウス
ムンク
コルヴィッツ
バルラッハ
ココシュカ
カンディンスキー
マティス
ピカソ
クレー
ファイニンガー
ブランクーシ
モンドリアン
ニコルソン
カルダー
ムーア
ルソー
シャガール
ウッド
キリコ
マグリット
ジャコメッティ
ダリ

シュヴィッタース
ダダ
デュシャン
ポロック
クライン
スーラージュ
ケメニー
スタール
マリーニ
モランディ

フィリップ・ジョンソン
ジェームズ・スターリン
ルシアン・フロイト
カルティエブレッソン
ホックニー

    • 変わりつづける過去

発掘の歴史


1950年の初版では27章までだったよう。その後、1966年の11版で追記が付され、さらにその後、その追記が28章となったらしい。(1966年版では「モダニズムの勝利」までで、1989年版から「モダニズムの退潮」以降が付け加えられたっぽい)
「はじめに」も、初版のものに加え、1971年の第12版、77年の第13版、84年の第14版、89年の第15版、94年の第16版、2006年のポケット版それぞれの序文が付け加えられている。それぞれの版で、図版や索引などで改訂があった模様。ポケット版は著者の死後に出されている。

美術の物語

美術の物語

*1:正確にはさらにそれより以前の先史時代、あるいは非西洋の美術が最初の章だが、西洋美術の伝統という意味ではエジプトがスタート