デイビッド・ノーマン『恐竜――化石記録が示す事実と謎』(冨田幸光監訳)

イグアノドン専門家による骨太な恐竜の入門書


丸善の「サイレンスパレット」というレーベルから出ている新書
こちら、オックスフォードのVery Short Introductionの翻訳
Very Short Introductionの翻訳というと、岩波から「1冊でわかる」シリーズというものが出ているが*1、そちらが人文系であるのに対して、こちらのサイエンスパレットは自然科学系のラインナップになっている。
Very Short Introductionに自然科学系のものもあるのは知っていたけれど、やっぱり「1冊でわかる」のイメージが強いから、Very Short Introductionで恐竜あったの?! って感じで、思わず手に取ってしまった


内容は結構濃いけれど、さりとてマニアックにはなってない、よい入門書
恐竜研究が、学際的な科学研究であるということを示すスタンスになっている
筆者の専門であるイグアノドンを中心に、様々な研究アプローチなどを紹介している


序章 恐竜:その事実とフィクション

グリフィンってプロトケラトプスの化石が元になったんじゃないか話

1 恐竜の概説

恐竜の学説史を、特にイグアノドンに注目しながら辿る
オーウェンってほんとにすごかったんだなと改めて思わせるのが、彼が恐竜は4つの室にわかれた心臓を持っていたかもしれないと推測しているところ
1920年代、恐竜研究は衰退していく。「切手収集」のようなもの、つまり物珍しいものを集める以上の価値はないと思われたからだった。
それが、1960〜70年代にかけて、古生物学が進化生物学に資するものだと考えられるようになっていく(例えば、グールドなど)
で、恐竜研究の復活については、第2章へ

2 恐竜ルネサンス

オストロムによるディノニクスの発見と、その弟子バッカーによる主張によって、従来の恐竜観が覆されていく
実は、バッカーの主張はオーウェンの主張と似ており、オーウェンのすごさがここでもでてくるのだが。
バッカーは、組織学を利用して、骨の薄片を観察して、哺乳類と似た構造を見出したり
生態学分野の知見を利用して、捕食者と獲物の比率が、外温性動物より内温性動物と同様であることを示したり*2した。
また、恐竜と哺乳類が同時期に出現し、そして哺乳類ではなく恐竜が覇権を握ったことから、恐竜が「のろま」であったとは考えにくいとも主張した
また、オストロムは、鳥類に特徴的な叉骨が多くの恐竜にもあることを発見する

3 イグアノドンの新視点

イグアノドン研究を例にあげながら、様々な恐竜研究の事例を紹介する

  • ベルニサール

1878年、ベルギーのベルニサールという炭鉱から40体近いイグアノドンが発見される。ルイ・ドローの研究によって、イグアノドンのカンガルーのような姿勢をした復元図が作られるなどした。
さて、このベルニサールに何故これだけ大量の化石が見つかったのか。
かつては、谷になっていてそこにイグアノドンが落下したのだ、という説があった。これは、自分も子どもの頃に読んだことがある。
まるで峡谷のように、中生代の地層が形成されているからなのだが、実際のところ、これはその下の古生代の地層が崩落してこういう形になってしまっただけで、もとから峡谷だったわけではない(なにか劇的なストーリーがあったわけではない)

  • イグアノドンの姿勢

カンガルーのような姿勢だと、尾は上向きに曲がる。
しかし、実際には尾はまっすぐであったか、あるいは下向きだった。
また、イグアノドンの特徴である親指の爪がある手だが、中央の3本の指は握ったりすることはできず、体を支えるような構造をしていることが分かった。
四本足に近い姿勢だったようだ

  • 性差

ベルニサールの発見で、イグアノドンには2種いることが分かったが、1920年代にルーマニアのノプシャがこれはオスとメスでは、という推論を行っている。とはいえ、恐竜の性別は分からないことが多いので筆者はこれを保留としている。
最近の研究だと、骨の組織から性別を調べるとかいうのをやっていたような気がするなあ*3

  • 軟組織

皮膚の化石
筋肉の復元
独特な保存状態にあった頭蓋骨から、頭骨内部の空間を復元

  • どのように食べたか

ドローは、イグアノドンには長い舌があってキリンのように食べていたと考えたが、今では否定されている。
歯や顎の構造から、どのように咀嚼していたか詳しく研究されていて、哺乳類と同じような「すりつぶし」を行っていたことがわかってきている

4 恐竜の系譜を解明する

恐竜の分類について紹介している章だが、分岐学について触れられていたり、系統解析と地理的分布の研究との関係が述べられていたりする。


5 恐竜と温血

恐竜は温血なのかどうか
地理的な分布、脚のつきかた、心臓、脳のサイズ、捕食者と獲物の数のバランス、骨の組織学、気候がもたらす生理的影響といった様々な観点から検討される
内温性ではないかという証拠も多いけれど、内温性か外温性かに関係ないものや、外温性に有利なものなどもある。

6 もし……鳥が恐竜だとしたら?

ドロマエオサウルス類と始祖鳥との類似、そして近年相次いで発見された遼寧省の羽毛恐竜(ダイノバード)
ここから、羽毛を持った小型獣脚類については内温性で間違いないだろうとする
とはいえ、全ての恐竜が内温性だったかということについては筆者は疑っていて、多くの恐竜は慣性恒温性動物だったのではないかとしている

7 恐竜の研究:観察と演繹

その他、様々な研究手法が挙げられる
足跡や糞
ティラノサウルス・レックスの「スー」が痛風だったとか(肉食によってかかる病気)
感染による腫瘍の痕跡のある骨とか
酸素の放射性同位体を用いた体温の研究(これまた内温性か外温性かの議論を生みだしたが、決定的な証拠にはなっていない)
そして、CTスキャンを用いた種々の研究
パラサウロロフスのトサカの内部構造から、共鳴器官であることを確かめたり
心臓の構造かもしれない鉄質のノジュール(塊)を見つけたり
化石の捏造について検証したり、
アロサウルス頭部の3Dモデルを作って、どのように食べていたか調べたり。
最後の奴は、頭骨がどれくらいの力にまで耐えられたかというのを調べたところ、あまりにも堅牢すぎることがわかった。一方、下顎はむしろ弱かった。噛む力は弱くて、頭をふりおろして攻撃したのではないか、と。
ジュラシックパークのようにDNAが発見されるということはないだろうが、ヘモグロビンに似た分子の痕跡を免疫学的手法によって同定したという研究はなされている


8 過去についての研究の未来

恐竜絶滅についての話

参考文献

参考文献にあがっている本の中で、何冊か既に読んだことのある本があったのが、なんとなく嬉しいw
未読の奴だと、『化石の意味』とか『化石の分子生物学』とかは気になってる



恐竜 化石記録が示す事実と謎 (サイエンス・パレット)

恐竜 化石記録が示す事実と謎 (サイエンス・パレット)

*1:ちなみにそっちだと自分は、グレアム・プリースト『論理学』 - logical cypher scape『科学哲学』サミール・オカーシャ - logical cypher scapeディラン・エヴァンズ『感情』 - logical cypher scapeを読んだ

*2:外温性動物だと捕食者と獲物の数が同じくらいなのに対して、内温性動物では捕食者の数がすごく少ない

*3:参照:「大恐竜展―ゴビ砂漠の驚異」 - logical cypher scape