宮田隆『分子からみた生物進化』

分子進化学の入門
もともと『分子進化学への招待』というタイトルで出ていた本の改訂版
分子進化学とはその名の通り、DNA、RNA、タンパク質といった分子を用いた進化学
この分野では、木村資生の中立説があまりにも有名
この分野の本をほとんど読んでなかったので、知らないことが多くて、一方で最近読むようになった生物進化の本と当然ながら繋がるところもあり、面白かった。


目次

  • 分子進化の基本的な概念と分子進化のしくみについて

第1章 ダーウィンと近代進化学の幕開け
第2章 遺伝のしくみ
第3章 DNAで進化をみる
第4章 遺伝子がもつ進化の情報を探る
第5章 分子進化の保守性
第6章 分子進化速度
第7章 インフルエンザウイルス=進化のミニチュア

  • 分子進化機構に関する最近の発展

第8章 オスが進化を牽引する
第9章 類似を配列をコンピュータで探す―バイオインフォマティックスへの礎石―
第10章 コピーによる遺伝子の多様化

  • 分子レベルの進化と表現型レベルの進化をむすぶソフトモデル

第11章 眼の分子進化学
第12章 高次のレベルからの機能的制約
第13章 カンブリア爆発と遺伝子の多様化―形態進化と分子進化の関連を探る―
第14章 器官と分子の起源

  • 分子系統進化学

第15章 分子系統進化学とは何だろう―分子がかなえたダーウィンの夢―
第16章 生物最古の枝分かれ―最大の分類単位はいかにして発見されたか―
第17章 真核生物誕生の謎
第18章 見直される真核生物の系統樹―「単純から複雑へ」はいつも正しいか―
第19章 多細胞動物の分類と系統―体腔という名の理想像への反抗―
第20章 脊椎動物の進化
第21章 哺乳類の進化―形態と器官にみられる収斂進化
第22章 われわれはどこから来て、どこへ行くのか

複数の章をまとめる大きなタイトルは、「はじめに」から引用した

分子進化の基本的な概念と分子進化のしくみについて

ダーウィンはevolutionという言葉を使ってない(進歩や前進を含意するから)
当時、種が変化することは受け入れ始められていたが、種が増えるということを言ったのはダーウィンが最初
1960年代 分子進化学誕生
1962年 ズッカーカンドルとポーリング「分子時計
1968年 木村資生「中立説」
1970年代 遺伝子工学技術の発展による「ミニレボリューション」
1977年 ウース「古細菌
1997年 ペーボ、ネアンデルタール人ミトコンドリアDNAのクローニング成功


突然変異は個体の変化、進化は種の変化
他の種のDNAと比較することで、DNAから進化の情報を引き出す
アミノ酸配列の相違から、置換数を推定する
同義置換と非同義置換
機能的制約
偽遺伝子
突然変異は一定の割合で起きる。その中で、有害なものはなくなる。有益なものはそもそも少ない。有害でも有益でもない、つまり中立な変異が広がっていく、というのが中立進化。
自然選択の場合は、適応的なものが広がっていくという考えだから、そういうことは起こらない。
で、調べてみると、分子レベルだと確かに中立進化が起こっている。
遺伝子暗号というのは、塩基がタンパク質をコードしているのだが、縮退といって、塩基の綴りが違っても同じタンパク質をコードしているものがある。だから、突然変異で塩基の置換があっても、そこから作られるタンパク質は同じ、という場合がある(同義置換)。こういう変異はもちろん中立なので、中立進化説が正しければ、集団に広まっていく。

分子進化機構に関する最近の発展

オス駆動進化説
精子卵子では、精子の方が数が多い。なので、突然変異も多い。なので、分子レベルの進化は、オス側から引き起こされていること多いだろうという説


遺伝子を重複させることで、新しい遺伝子を作る→遺伝子族


分子レベルの進化と表現型レベルの進化をむすぶソフトモデル

自然選択説と中立説については、表現型、形態レベルでの進化は自然選択、分子レベルでの進化は中立進化ということになっているようだが、さらにこの形態レベルの進化と分子レベルの進化がどのような関係にあるかが今後の課題である、というのを木村資生が言っていたらしい。
で、本書では、その課題に対する仮説として「ソフトモデル」を提唱している。
「形態レベルでの進化と分子レベルでの進化はどのような関係にあるか」では、問いが大雑把なので、カンブリアの大爆発に着目して、これを「形態レベルでの多様化と遺伝子レベルでの多様化は同時に起こったのか」と問い直す。
カンブリアの大爆発では、生物の形態が一気に多様化した。では、遺伝子もまた同様に多様化していたのか。
結論からいうと、実は遺伝子は多様化していない。カンブリア紀より前の時期に既に作られていた遺伝子を利用して、形態の多様化が起きている。
生物は、今あるものを組み合わせて新しいものを作る。これについては遺伝子も同じで、既にある遺伝子を様々に利用している。
同じ1つの遺伝子を複数の用途に使ったりしたり、コピーして別のものに作り替えたり、と。
○○の遺伝子みたいな言い方をよく聞くけれど、やはりこういう言い方は誤解を招く。一対一対応はしていないからだ。
このあたりは、ゲアリー・マーカス『心を生み出す遺伝子』 - logical cypher scapeを読むと分かる。
あと話題としては違うけれど、エピジェネティクスあたりも、遺伝子がどういうふうに働いているか知るのにはよい。



遺伝子は遺伝子重複と遺伝子混成で、短期間に集中して多様化する
遺伝子の多様化は10〜9億年前
カンブリア爆発は6億年前


肺・浮き袋の進化は、遺伝子重複による進化と似ている


既存の酵素をタンパク質として再利用(分子版の前適応)

分子系統進化学

進化が「単純から複雑へ」だと思っていると、寄生性の生物とかについて、系統の推定を間違う
分子系統樹でも、同様のミスをする可能性はある。
分子進化速度が速い(増殖が増えて突然変異が増える)と、系統樹の枝の長さが長くなる。枝の長さで、どっちが古いか判断するので間違う。


古細菌、細菌、真核生物の近縁関係はどうなっているか問題


真核生物の起源は
ド・デューブ、細胞壁の消失が重要なイベントだったと指摘
マーギュリス「細胞内共生説」
細胞内共生がどのように起きたかについて二つの仮説
・細胞が他のバクテリアを呑み込んだ
・マーティンとミュラーの「水素仮説」(共生関係が元々あった)



多細胞化はいつ起きたか


多細胞動物の進化と分類
体腔の複雑さに応じて分類。単純なものから複雑なものへ進化したと考えられていたが、分子進化学的に研究するとそうでないことが分かった


脊椎動物でも似たようなことが
例えば爬虫類。側頭窓の数で、無弓類、単弓類、双弓類と分かれている。単弓類であるカメは一番古い系統と考えられていたが、実は双弓類のワニと近縁だった


哺乳類の収斂進化
真獣類と有袋類収斂進化を起こして、系統が違うのに似た形態になっているのはよく知られているが
真獣類も、大陸毎に収斂進化をしていた


化石からはDNAがとれない
しかし、97年、ペーボらはネアンデルタール人ミトコンドリアDNAのクローニングに成功
ただし、化石からDNAがとれるのは、せいぜい数万年前、寒冷地に保存されていることが今のところ条件


ピルトダウン人事件