石川博品『後宮楽園球場』

前々から「今度読もう」「今度読もう」と思っていて、ある時、「今が今度だ」と思ってポチったら、まさにその日に「打ち切りが決まったらしい」という情報を知る羽目になって、タイミングがいいんだか悪いんだかという感じで読んだ本


女装して宮廷のハレムに潜り込んだ少年が、ハレムの美少女達と野球をするという物語
とにかく野球をする、以上。
これはなんかきっとすごい小説なのであるが、自分はこのすごさをうまく把捉しきれなかったところがある。
耳刈ネルリは作品のカオスさをそのままカオスだぜーって出してきて、テンションも高いので、読んでいるこっちも「わーい」ってそのまま楽しめるのだが、こちらの作品は、本来カオスなはずの設定をまるっきり当然であるかのように出してくる。
で、1巻としては話はきりのいいところになっているものの、全体的に見れば、話が終わっていない。
なので、「これは一体今後どうなるんだ?」という思いが強い。
打ち切り情報がガセだといいんだけど……。


大白日(セリカン)帝国というところが舞台。
真教徒の白日人の国で、イスラム帝国がモデルと思われる。キリスト教徒と思われる義教徒、ユダヤ教徒と思われる唯教徒なども出てきて、共産体制の中国をモデルにしていたネルリの作者らしい舞台設定。
とはいえ、ただイスラム風なわけではない。
帝国のハレムは、12の殿舎に分かれており、それらの殿舎にはトップに香の君とか暁の君とか光の君とかいった女君がいて、その下に女御・更衣がおり、上臈・中臈・下臈といった階級になっていて、ちょっと日本風だったりする。
一方、章題は、「第一章 女装少年出仕」「第四章 深更密会浴場」といった感じで、(二字熟語が並んでいるだけだけど)ちょっと漢文風になってたりする。
登場人物たちの名前も独特で、「香燻(カユク)」「蜜芍(ミシャ)」「蒔羅(ジラ)」などとなっている。
ハレムに集められた2000人もの宮女たちはみな、いつか皇帝(スルタン)の寵愛を得ることを目指しているのだけれど、どうやって目指すかというと野球
12の殿舎はそれぞれ12のチームになっていて、上臈・中臈・下臈というのは、それぞれリーグになっている。
白日人というのがめっぽう野球好きであるのだが、男子禁制のハレムの中では少女達が野球をしている。


主人公の海功(カユク)=香燻は、幼い頃に両親を亡くし、従兄の伐功(バルク)と共に物乞いや物盗りなどをしながら生きてきた14歳の少年。女の子っぽい容姿であることを利用して、女装してハレムへと潜り込む。目的は、皇帝を殺して親の仇を討つこと。
ハレムに入った香燻を待っていたのは、下臈としての労働(風呂掃除や女君のための食事の準備など)と、同じ下臈である蒔羅たちとの生活、そして野球であった。
もともと野球少年であった香燻は、ハレムでの野球にのめり込んでいく。


女装ばれないのかという点については、口がきけないことにして筆談をしていることと、敬虔な真教徒は女性同士でも裸を見せないということでもって、一応かわしている。
ハレムで女しかいないので、他の少女達の裸はまあわりと出てくるし、風呂掃除したりするので薄着にもなるし、乳だの尻だのといったことは結構描かれている。描かれてはいるのだが、必ずしもエロくはない。
香燻が、裸を見て戸惑ったりするシーンや、性欲を抱いているシーンもあるのだけど、エロいハプニングが起きたりなんだりというようなことは基本ない。


とにかく、メインは野球なのである。
とはいえ自分は、野球については全然分からないので、そこらへんの面白さを十分に味わえなかった。
読んだあとに感想をググったりしていた中で、わりと多く言及されていたのが、試合が3イニング制になっているということ。
まあ、これがこの作品における野球と普通の野球との違いだということくらいなのは分かるのだが、このようなルール改変を行うことによってダラダラした展開にならなくなっててうまいという指摘は言われるまで分からなかった。あと、二塁手の話とか打撃の神様のあれは野球の神様からきてるネタだとかも、もちろん分からん。
分からん分からんとは言ったけど、面白いことには面白い。
ネルリでもなんかあったような気がするけど、モブのセリフ(この作品では野次)とか面白いなあと思うし
あと、乱闘が結構多いw
リーグでぶっちぎりで強いチームを、主人公チームが負かすというのも王道展開ながらよい


野球自体は真面目にやっているのだが、何故か敵チームに猿が出てきたり獣娘が出てきたりする。
ここらへん、主人公も、なんだあいつはって驚きはするのだけど、わりとすぐに馴染むというか、そのあたりの匙加減が絶妙
さらに最後の試合では、超能力が出てきたり、宇宙人が出てきたりもするのだが、それでも一応、野球の試合はちゃんと試合しているというすごさ。
吸血鬼もでてくるし、あとこの世界には火吹き竜とかもいるみたい。


主人公の香燻は、親の敵である皇帝を暗殺するべくハレムに侵入している。
しかし、彼のそうした殺意は、少女達との生活と野球の中で、毒気が抜かれていく。
仮に女君まで出世して皇帝の閨に入ることができたとしても、そこで暗殺するのは無理ってのが、前半の方では読者には分かるようになっているし
また、共に暗殺計画をたてた従兄の伐功は、都を離れる。
さらに、同じくハレムにいる宮女の中に、やはり皇帝暗殺を目的にしている者たちがいることを香燻は知るのだが、皇帝を暗殺することが怖いと思い始めていることに自分で気付く。
暗殺よりもむしろ野球仲間への絆、宮女としての生活が、彼の中で次第に大切なものになっていく。
また、蜜芍という少女へも惹かれはじめていく。


最初に「これは一体今後どうなるんだ?」と書いたけれど、それはハレムで野球って一体なんだそれ、とか、超能力とか宇宙人とか一体なんなんだ、とかではなくて、この主人公である香燻の思いが一体どうなるんだという点。
彼は暗殺を目的にしてハレムに忍び込んでいる。しかし、早くも彼の動機はそこから外れはじめている。だから、どこへ向かっていくのかな、と。