田近英一『凍った地球 スノーボールアースと生命進化の物語』

スノーボールアースの本2冊目
当初は、とりあえずなんか1冊読んでおけばいいかと思ったのだが、川上紳一『全地球凍結』 - logical cypher scapeがわりとわからないところが多かったので2冊目読むことにした。
スノーボールアース仮説が注目を浴びるようになったのが98年で、上述の川上本が出たのが03年と、5年ほどしか経っていないところで書かれている。
一方、こちらの田近本は09年とそこからさらに5年経っている*1
こちらの本の方が分かりやすいし、メカニズムについてもより詳しく触れられていて、よい。また、より惑星科学的な観点から書かれている。


当然だが、大まかな内容としては川上本と同じ
スノーボールアース仮説が、地質学上の謎を一挙に解き明かす点で優れていること、当時の常識を覆すような説であったこと、この仮説が隕石衝突説と同様に地質学・地球科学を大きく発展させる重要な説であることなどの点も同様。
川上本との違いとしては

  • ウィリアムズ説(地軸が傾いていた説)への評価

川上本では、ウィリアムズの発見した季節変動に関わる証拠を、スノーボールアース仮説に対する課題として重要視していたが、田近本では、(おそらく川上本の執筆後に発表されたであろう)それに対する反論を紹介して、ウィリアムズ説を一蹴している。

  • 生物科学との関わり

おそらく、川上本が書かれた時点では、生物進化とスノーボールアース仮説との関わりは、既に色々示唆されていたもののまだはっきり書ける段階でもなかったのではないかと思われる。一応、独立した章を立てているものの、「こういう説もあるがまだなんともいえない」的な既述が多い。
田近本においても、必ずしも生物進化との関わりがはっきりわかったと断言できるような状況にはなっていないものの、川上本よりも詳しく書かれている。
マッケイ説(氷が薄かった説)についての評価もだいぶ違う。川上本が中立的ないしやや懐疑的なのに対して、田近本はわりと好意的。

マイナスになっていることについての評価も説明も、川上本と全く違う。
川上本ではマイナスになっていることがスノーボールアース仮説によって説明されているし、田近本によるとこれは、当初のホフマン論文で書かれていたことらしい。
しかし、田近本では、炭素同位体比の低下は、スノーボールアース仮説と矛盾する証拠だと述べている。
ここには、メタンハイドレードの話も入ってくる。川上本では、スノーボールアース仮説への反対説として出てきたメタンハイドレードが、ここではむしろスノーボールアース仮説を補強するものとして出てくる(ただし、これもやはりホフマンによる説)。
もしかしたら、5年の経過によって生じた違いとして一番大きいところかも?

  • 22億年前の凍結について

全球凍結は、7億年前だけでなく、22億年前にも起こっているらしい。
川上本では、22億年前の凍結について言及なかったはず。

  • ハビタブル惑星の条件という観点

これは筆者のバックグラウンドの違いかなという気がする。


読み終わってから気付いたのだけど
自分がスノーボールアース仮説に興味を覚えたきっかけとなった、アストロバイオロジー・シンポジウムでのスノーボールアース仮説の発表者が、この本の筆者だった。
第15回自然科学研究機構シンポジウム アストロバイオロジー ust実況 - Togetter


プロローグ

筆者のバックグラウンドなど
元々、天文少年で天文学科に進学するつもりだったが、進学ガイダンスの際に惑星科学と出会い、惑星科学科へ進学
地球と他の惑星をシームレスな観点から研究して、ハビタブルな惑星の条件について考えている
大気の進化についての研究を始め、地球環境の安定性がいかに保たれてきたか研究していたところ、ホフマンのスノーボールアース仮説の論文と出会う
ところで、このホフマン教授、川上さんにはスノーボールアース仮説のことを知らせずに「ナミビアの調査しないか」と声をかけ、田近さんには、(まだ面識のない状態で)突然『サイエンス』の別刷りを送りつけるということをしているみたい。
普通の科学者がどれくらいこういうことをやっているのか自分は全く知らないけど、ホフマンさんは人を巻き込んでいく(?)のが得意な人なのかなと思った(カリスマ性が強い、という記述もあった)。
まあこの本を読む限り、田近さんがより親しくなったのは、ホフマンさんよりもカーシュビングさんっぽいけど

第1章 寒暖を繰り返す地球

川上本は、ナミビアの話で始まり、ナミビアでの調査の話にも独立した章が割かれていたけれど
田近本は、南アの話から始まるし、南アでの調査の話もあとで出てくる


スノーボールアース仮説は、92年にカーシュビングが提唱し、その後98年にホフマンが『サイエンス』に投稿して一躍注目を浴びるようになる、わけだが、その間、カーシュビングはカンブリア爆発や火星からの隕石に見つかった痕跡についての研究をしていたらしい。とはいえ、並行的にスノーボールアース仮説についても研究し、97年には22億年前に起こった、もう一つのスノーボールアースイベントについても発表している


氷河時代の定義
大陸氷河ないし大陸氷床がある時代のこと
現在も、南極やグリーンランドに大陸氷河があるので、氷河時代である
氷河時代には、氷期間氷期があり、現在は間氷期
「氷河期」という言い方は、一番最近にあった氷期(7万〜1万年前)を指していることが多いらしい(学術的な用語ではなく、俗語のよう)
逆に、大陸氷河のない時代もあり、例えば中生代などが非常に温暖な時代であった


現在知られている氷河時代
約29億年前:ポンゴラ氷河時代
約24〜22億年前:ヒューロニアン氷河時代(原生代前期氷河時代
約7〜6億年前:スターチアン氷河時代およびマリノアン氷河時代(原生代後期氷河時代
約4億6000万年前:オルドビス氷河時代
約3億3000万年前:ゴンドワナ氷河時代石炭紀半ば)
約4500万年前〜現在:新生代後期氷河時代


このうち、全球凍結イベントがあったと考えられているのは、原生代前期と原生代後期の氷河時代である


ハーランドによる氷河堆積物の研究
→古地磁気学とプレート・テクトニクス理論の関係
→氷河堆積物は本当に低緯度地域で形成されたのか
→カーシュビングの褶曲テスト
→本当は、低緯度地域で堆積したことを疑っていたカーシュビングが、むしろそれを実証してしまう


地磁気の角度で緯度が分かる→のちに高温にさらされると磁気情報がリセットされる→磁気情報が最初のものか二次的なものか判定する必要がある→褶曲テスト


第二章 地球の気候はこう決まる

気候を維持するシステムについて
「太陽からのエネルギー」「惑星アルベド(反射率)」「大気の温室効果」の3要素によって決まる
これは地球だけでなく他の惑星でも同じ


地球がとりうる安定的な気候状態には、「無凍結状態」「全球凍結状態」「部分凍結状態(現在の地球)」の3つがある
「太陽からのエネルギー」をパラメータにとって、どれに安定するか見てみると、同じ値でも複数の安定状態がある
アルベドが異なる
→太陽エネルギーの低下によって、気候ジャンプが起こる
→雪氷圏の拡大→アルベドの増大→さらなる寒冷化=「アイスアルベド・フィードバック」という正のフィードバック効果


恒星は核融合反応をしているが、これは時間とともに起こりやすくなる=次第に明るくなる=過去の太陽はもっと暗かった
このような恒星の進化は20世紀前半には知られていた。が、地球の気候と結びつける研究はなかった(天文学と地質学の壁)
→1972年:カール・セーガンがこの二つを結びつける
→「暗い太陽のパラドクス」が導かれる
→このパラドクスがパラドクスなのは、大気組成が一定という前提のもと
→大気組成は変化してきた=「大気の進化」


二酸化炭素の循環
火山活動によって放出
「風化作用→炭酸塩鉱物として沈殿」「光合成→有機炭素が分解されずに埋没」によって固定(消費)
ウォーカー・フィードバック
→風化作用には温度依存性があり、地球の気候を安定化させる負のフィードバック効果をもつ(温暖化すると風化作用が促進され二酸化炭素濃度が低下するなど)


しかし、ウォーカー・フィードバックだけでは、地球環境の安定は説明できない(暴走しないというだけで高温状態や寒冷状態で安定してしまうこともありうる)
地球環境の安定=二酸化炭素の供給量が一定
→プレート・テクトニクスによる連続的な火山活動
金星や火星の火山活動は間欠的

第三章 仮説

カーシュビングとホフマンによるスノーボールアース仮説について
このあたりは、川上本と同じ
低緯度地域における氷河堆積物、キャップ・カーボネート、縞状鉄鉱床、炭素同位体比のマイナスシフトを説明できるものとしてのスノーボールアース仮説


地球の気候変動と二酸化炭素濃度は密接に関係し合っている
南極などのアイスコアに含まれた気泡、古土壌や植物プランクトン光合成による炭素同位体比などから、過去の二酸化炭素濃度が分かっている


二酸化炭素濃度の低下→緯度30度付近まで氷床が拡大するとアイスアルベド・フィードバックで一気に全球凍結状態へ
年平均気温がマイナス40度に(赤道でマイナス30度、極ではマイナス50度)
むろん、真冬にはもっと低下する
マイナス40度は、旭川や美深などで記録されたこともある。現在、最低気温の世界記録は1983年、南極ボストーク基地のマイナス89.2度
海が全て凍ってしまうか
→潜熱と地球内部の熱によって深海までは凍結しない。1000メートルまで凍結する
数百万年かけて、火山活動によって二酸化炭素が0.12気圧まで供給されると、氷が溶け始める→逆アイスアルベド・フィードバックが働き、数千年で全ての氷が溶ける
→一気に高温化。平均気温が50〜60度
現在、地球の最高気温記録は、1921年、イラクの58.8度
風化作用の活性化により、数百万年で二酸化炭素が消費される


1999年の地質学会で、筆者はホフマン、カーシュビングと初めて会う(磯崎行雄が両者と親しかった関係かららしい)
この学会には、川上紳一も参加していたとのこと
ホフマンは、オーラとカリスマ性のある人物で、マラソンを2時間半で走り、北極圏で熊と戦いながら調査したというエピソードのある人物、らしい
カーシュビングは、ユーモアを愛する快活な人物で、日本人研究者と結婚していて、家族は大阪在住、だとか。

第四章 論争

  • ウィリアムズの、地軸が傾いていたという説に対して

地軸が大きく変動するのは、惑星では珍しくない(地球は、月の存在によって安定している)
しかし、軸の傾きが大きい場合
季節のコントラストが大きくなる→冬は日照量が極端に少なくなるが、夏は逆に日射量が大きくなる→氷河は成長しないのではないか
ウィリアムズが挙げた、季節変化によって形成された地層について
→日変化でも同様の構造が形成されうる
→ウォーカー*2:全球凍結時も季節コントラストがあった
氷河堆積物が低緯度地域に集中し、高緯度地域に見られない問題
→この時期、超大陸ロディニアは赤道を中心にして位置し、そもそも高緯度地域に大陸はなかった

  • 生物はどう生き延びたのか

田近本では、スノーボールアース仮説への反論として、生物科学からの「生物が絶滅してしまう」という反論を、「もっとも説得力のある批判」としている。
川上本では、この時期に生きていたのは原核生物としているが
田近本では、この時代既に、真核藻類が誕生していたことが大きな問題としている。
また、分子時計による推定では、多細胞生物も既に生まれていた可能性すらあるという。
ホフマンは、海底火山のようなホットスポットで生き延びたのではないかとしている

ハイドが提唱した、大陸は氷河に覆われたが、赤道の海洋は一部凍結を免れたという説
カーシュビングやホフマンの提唱した説を、これに対して「ハード・スノーボールアース」と呼ぶ
生物の観点から見ると都合がよいが、スノーボールアース仮説のそもそもの長所を失う、と、このあたりは川上本とほぼ同じ

    • マッケイ説

氷が実は薄かったのではないか説
南極の実際にある湖では、雪が降らないために氷の透明度が高く、太陽光を通すので水の温度が下がらず氷が薄い
また、昇華、潜熱によっても熱の流れが生じる
赤道域がマイナス45度よりも高ければ、氷の厚さが30メートル以下となり、光合成が可能、と。
とはいえこれに対して筆者は、高緯度地域の分厚い氷河が赤道域にも流れてきて、結局厚くなってしまうのではないか、という
ただし、現在の地中海やメキシコ湾などのような内海であれば、そのような氷河の流動もなく、薄い氷が維持できたかもしれないとも述べている

    • なぜ全球凍結したのか

炭素同位体比の低下の問題点
氷河時代の直前に低下している→光合成活動の停滞によるものと考えられていた
→しかし、寒冷化していたならば、風化活動も光合成活動も停滞して、そもそも二酸化炭素が固定されない
→火山ガスによる二酸化炭素の供給があったならば、むしろ温暖化する
メタンハイドレードが全球凍結をもたらした仮説
メタンハイドレードは、炭素同位体比が非常に低い
→分解するとメタンを放出。メタンは二酸化炭素の20倍の温室効果を持つ(5500万年前にこれによる絶滅が生じている)
メタンハイドレードの持続的な分解=海水の炭素同位体比の低下と温暖化が生じる
→温暖化によるウォーカー・フィードバックで二酸化炭素量は減少
メタンハイドレードの枯渇によるメタンの消失、二酸化炭素はすでに低下→急速な寒冷化
とはいえ、「持続的に」メタンハイドレードが分解され続けたのかという点で問題があり、筆者は懐疑的


第五章 二二億年前にも凍結した

原生代初期のスノーボールアースイベントについて
カーシュビングが提唱
南アの、洪水玄武岩*3に覆われた氷河堆積物とカラハリ・マンガン鉱床に注目した研究
この時期に洪水玄武岩が噴出するような火山活動が起きた理由は不明だが、これの存在によって氷河堆積物の年代が分かる
また、マンガン鉱床は、縞状鉄鉱床とよく似たメカニズムで形成されたと主張(凍結中に海洋に蓄積されたマンガンが、融解後、一気に酸化)
さらに、酸素濃度に関わる生命と地球の関係について、カーシュビングは主張を展開する
太陽の光が弱かった時代、地球の温室効果二酸化炭素ではなくメタンが担う
→シアノ・バクテリアの登場→急激な酸化→メタンが消費されて、寒冷化*4
→全球凍結の継続中に、鉄、マンガンの他にリンも海洋に蓄積
→融解後、シアノバクテリアが爆発的に繁殖
→酸素濃度の急激な上昇と、鉄・マンガンの酸化・堆積


24億〜20億年前に、酸素濃度が急激に増加したことが知られている
←「炭素同位体比の正異常」「硫黄同位体の知る超に依存しない分別効果」の発見


東大の地球惑星科学専攻の改組→カーシュビングを任期付き教授として招聘
→全球凍結も酸化も、全地球的な現象なので、南ア以外でも証拠が見つかるはず
→カナダでの調査
マンガンの異常濃集を発見

第六章 地球環境と生物

地球と生物の共進化
先にあげたシアノバクテリアと全球凍結以外の例)ゴンドワナ氷河時代
→植物の誕生→大陸の安定化→風化作用の促進/植物の有機物が分解されにくく埋没する→寒冷化
このとき埋没した植物が「石炭」=石炭紀


真核生物の誕生
酸素濃度の増加→ミトコンドリアとの共生
最古の真核生物=グリパニア→19億年前
原生代初期のスノーボールアースイベントのあとに生まれたのでは?


原生代後期のスノーボールアースイベント
分子時計によれば、多細胞動物が既に生まれていると推定
化石記録ではどうか
ドウシャントゥオ層から発見された胚化石→マリノアン氷河時代の直後(約6億年前)
分子時計の推定と矛盾するが、分子時計の推定は仮定や解析方法を変えると違う結果が得られる場合もある
ちなみに原生代後期以降の氷河時代と生物の進化は以下の通り
10億年前:分子時計によって推定されている多細胞動物の起源
7.5〜7億年前:スターチアン氷河時代(全球凍結)
6.5億年前:マリノアン氷河時代(全球凍結)
5.9〜6.3億年前:ドウシャントゥオ層の胚化石
5.8億年前:ガスキアス氷河時代(全球凍結していない氷河時代
その直後:エディアカラ生物群
原生代ここまで
顕生代ここから
5.4〜4.8億年前:カンブリア爆発

第七章 地球以外に生命はいるのか?

系外惑星のハビタブル・ゾーンについての考察
ここ、他の系外惑星の本とは観点が違っていて面白い
まず、ハビタブル・ゾーン、いわば水が液体でいられる範囲について
金星や火星もかつて水があった可能性はあるが、それぞれ太陽との距離の関係で今はない。なので、太陽系のハビタブル・ゾーンは、金星より外側、火星より内側なのだが、火星についていうと、温室効果の働き方如何によってはハビタブルになる可能性があるみたい
また、中心星の明るさの変化によってハビタブル・ゾーンも移動する
そもそも、ハビタブル・ゾーンにある地球であっても、全球凍結を経験している。
プレート・テクトニクスによる二酸化炭素の供給がなければ、表面が液体の水で覆われない場合もある。
ところで、筆者はむしろスノーボール・プラネットに注目するのがよいのではないかと述べる。
地球質量の0.4倍以上あると、海が全て凍結することはなくて、深海には液体の水が維持される。エウロパカリストはこれと同じ状態の可能性がある。火山活動があるとすれば、熱水噴出孔の近くで好熱菌が存在している可能性はある。
さらに、地球質量の4倍以上になると、中心星の明るさや公転軌道にかかわらず、絶対に海は凍結しない、らしい。
つまり、地球質量の4倍以上であれば、ハビタブル・ゾーンという条件に縛られることなく、液体の水を内部に維持しているかもしれないということである(むろん、スノーボール・プラネットなので表面は凍ってるけど)


凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)

凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)

*1:09年といっても1月だし、まえがきの日付は08年になっているので

*2:ウォーカー・フィードバックの名前の由来になったウォーカー

*3:洪水のように噴出する火山活動によって堆積した玄武岩。日本列島の5倍の面積の玄武岩が噴出するとか、そういう超大規模の火山活動。地球史では度々見受けられるが、人類は幸運にもいまだ目撃したことはない。大絶滅の話とかで度々見たことがあるなあと思った。デカントラップとかシベリアトラップとか。磯崎行雄が、P-T境界絶滅は、プルームの冬で起きたのではないかと言っている。丸山茂徳・磯崎行雄『生命と地球の歴史』 - logical cypher scapeによると、キンバーライトだと好都合なんだけど、実際にP-T境界で発見されているのは、玄武岩キンバーライトじゃないらしい

*4:前述のメタンハイドレード説と同じメカニズム。提唱されたのはこちらのが先