川上紳一『全地球凍結』

地球科学の本を何か読みたいなーと思って、以前読んだ丸山茂徳・磯崎行雄『生命と地球の歴史』 - logical cypher scape2には、スノーボールアースの話が書いていなかったので、じゃあスノーボールアースの本でも読むかと思って手に取ってみた。
とはいえ、これもまた2003年の本なので、今となってはもう結構古いかもしれない。
この本が書かれた時期は、有力な仮説ではあるが、まだ定説という程にはなっていなくて、対立する仮説との間での議論が継続していて、課題などもあった時期のようで、内容もそんなような感じになっている。
地質学の世界では、プレート・テクトニクス説、K-Pg境界の絶滅(恐竜絶滅)の隕石衝突説に続いて、論争を巻き起こしたセンセーショナルな説のよう。
科学革命が進行中だと筆者が興奮気味に語っている箇所が何カ所かある。
氷河堆積物や縞状鉄鉱床、キャップ・カーボネートといった地層が提示する謎を一挙に解決することのできる説であることがポイントみたい(複数の証拠を一つの説で説明できるエレガントさをもっている)

第1章 「全球凍結仮説」の登場
1.とんでもない仮説
2.世界中で見つかる氷河堆積物
3.地層の奇妙な組み合わせ
4.縞状鉄鉱床の謎
5.炭酸塩岩の化学分析
6.「全球凍結仮説」とは
第2章 キャップ・カーボネート
1.キャップ・カーボネートの意味がわかった!
2.キャップ・カーボネートは急激に堆積した
3.堆積速度を推定する
4.化学分析
5.全球凍結事件は何回あったか
第3章 対立する仮説
1.地軸が大きく傾いていた
2.傾いた地軸の証拠
3.海洋深層水のわき出し仮説
4.メタンハイドレード解け出し仮説
第4章 反論からの検証
1.氷河堆積物の緯度分布を調べる
2.季節変化
3.キャップ・カーボネート、再び
第5章 気候変動論からみた「全球凍結仮説」
1.水惑星・地球
2.全球凍結現象を再現する
3.寒冷化の原因は何か
4.超大陸の分裂と氷河時代
第6章 生物科学と「全球凍結仮説」
1.生物科学からの挑戦
2.生物はどのように生き延びたのか
3.寒冷な気候と生物進化

第1章

1969年:もし地球が完全に凍結すると二度と温暖な状態に戻らないという計算結果が出て、以後これが常識に
1992年:カーシュビングが「全球凍結仮説」を提唱。しかし、わずか2ページの短い論文だったため、注目されず
1998年:ホフマンが、カーシュビングの「全球凍結仮説」を、データなどを付け加えて『サイエンス』に発表

  • 氷河堆積物

1960年代、ハーランドが原生代後期の氷河堆積物の分布をまとめる
さらに、古地磁気的研究を用いて、低緯度地域で堆積したと主張
(磁気の角度で緯度が分かる)
氷河堆積物→礫が混ざっている。ただ、それだけだと土石流によるものの場合もある。ドロップストーンというのが混ざっていると氷河作用による堆積物だと分かる

  • 炭酸塩岩(キャップ・カーボネート)

原生代後期の氷河堆積物には、そのすぐ上に炭酸塩岩が堆積している。氷河堆積物を覆う(キャップする)ように堆積しているので、キャップ・カーボネートと呼ばれる。
炭酸塩岩は、温暖な環境で堆積する。氷河堆積物との組み合わせが謎

  • 縞状鉄鉱床

酸化鉄の堆積物
シアノバクテリア光合成を始めて酸素が増え始めた、27億年前から19億年前頃の地層に堆積している。
その後、海が酸化的になって鉄イオンが溶けなくなると、このような堆積物はなくなった。
ところが、7億年前の氷河堆積物の中にもこのような鉄鉱床が現れる。
カーシュビングは、地球が凍結する→海中の酸素が乏しくなる→海水が還元的になって鉄イオンが蓄積→地球が温暖化する→鉄イオンが酸化沈殿すれば、この鉄鉱床が説明できると考えた=全球凍結

生物由来の炭素とマントル由来の炭素だと炭素同位体比が異なる。
普通の海中の二酸化酸素は、0‰
マントル由来だと、−5〜7‰になる
で、8〜6億年前に、大きくマイナスの値をとる事件が何回も起こっており、氷河堆積物の上下の炭酸塩岩層に対応


これらの謎を全て解決できるのが「全球凍結(スノーボールアース)仮説」だとホフマンが主張
寒冷化がある程度まで進むと暴走的に寒冷化が進み、数万年で全球凍結状態になる。氷点下50度まで下がる
これを温暖な気候に戻したのは二酸化炭素温室効果。現在の350倍の二酸化炭素が蓄積されると、融解が始まる。数千年で溶けるが、二酸化炭素はまだ残っていて温暖化が一気に進行し、50度まで気温があがる。

第2章

この章は、筆者がナミビアで行った調査結果などが中心に書かれており、ちょいと専門的なところもあって、読み飛ばし気味。
ナミビアには、キャップ・カーボネートの露頭がある
筆者は、ホフマンからナミビアのキャップ・カーボネートの堆積速度を調査しないかと誘われて、調査を開始
また、炭素同位体比、酸素同位体比、ストロンチウム同位体比などの調査も行っている


キャップ・カーボネートの堆積速度、化学的性質、年代といった要素から、「全地球凍結」仮説の証拠固めをしていく過程について書かれているが、この仮説を支持する証拠もあがっているが、それと同時にこの仮説と矛盾する証拠もあがっていて(ストロンチウム同位体比など)、ここらへんはまさに現在進行形って感じの既述が多く、わかりにくかった。

第3章

対立仮説が3つ挙げられている

  • ウィリアムスの地軸傾き説

低緯度地域で氷河堆積物が堆積していたということに対して、地軸が54度以上傾いていると赤道面に氷床ができるということを主張した説。
1975年に提唱されたもので、地軸を傾けたメカニズムが全く不明なので、当初は退けられていたが、80年代のジャイアント・インパクト説や、気候摩擦といった現象でもしかしたら地軸傾くかもしれないという話になって復活
ウィリアムスは80年代に、原生代後期の地層に、季節変動の証拠となるものを発見。
季節変動の証拠は、全球凍結仮説には不利であり、地軸傾き説には有利

海洋循環が停滞すると、酸素が欠乏した深層水ができ、その後循環が再活発化すると、その深層水がわきだしてきて炭酸塩岩が堆積するというもの
キャップ・カーボネートの化学的性質をこれで説明できるというもの
1995年頃、ノルやグロッティンガーが提唱
周期的な大量絶滅もこれで説明できると主張していた
ただし、海洋循環がどのように停滞・活発化するか不明で、96年以後続報がない

2001年、ケネディらが提唱
炭素同位体比のマイナスシフトを説明するものとして主張されている。

第4章

対立仮説のうち、「全球凍結仮説」と同様に、気候問題を包含しているのは、ウィリアムスの説のみ
ウィリアムスの説とどちらが正しいのか
氷河堆積物の緯度分布を調べる
→古地磁気学による「大陸の復元」。大陸がどのように移動してきたのかを、磁気を調べることによって復元する
→まだどっちが正しいか決定的なことはいえてない
季節変動
→全球凍結仮説にとって課題


メタンハイドレード解け出し仮説との比較
キャップ・カーボネートの地質的な構造・特徴(ガスエスケープ構造やカルスト地形のような浸食面)が、どちらの説と整合的か
→全球凍結仮説が有利か


ウィリアムス説は、キャップ・カーボネートや炭素同位体比、縞状鉄鉱床について説明できない
メタンハイドレード説は、氷河堆積物には触れずに、キャップ・カーボネートについて説明する
組み合わせれば、両方説明できるようになる。ただ、地軸の傾きとメタンハイドレードの解け出しの間に関連性はないように思える。

第5章

1969年の研究(全球凍結は起こりえない)
地球のエネルギー収支について計算→温暖解、不安定解、寒冷解の3つの解があり、温暖解と寒冷解は安定しているので、ここに落ち着くと抜け出せなくなる→現在、地球は凍結していないので、過去においても地球は凍結していなかった
「暗い初期太陽のパラドックス
地球が誕生した頃、太陽の明るさは現在の70%程度と計算される→何故寒冷解で安定しなかったのか


60年代は、エネルギー収支だけで計算しているが、気候システムは実際はもっと複雑
より多くのパラメータを考慮し、地球をメッシュで区切って計算する様々なモデルが開発され、シミュレートされるように。
2000年、チャンドラーによる研究(NASAの大気大循環モデルを用いて、全球凍結状態になるかどうか検討)
二酸化炭素濃度が低下すると起こる
(ウィリアムス仮説には否定的な結果)


二酸化炭素濃度は何によって変動するか
光合成有機物の堆積による循環
火山活動による循環
時期的に、超大陸の形成・分裂と重なっている。これが、火山活動に影響して、炭素循環に影響を与えたかもしれない。

第6章

ラブロックのガイア仮説=地球と生命は共進化して、地球環境を生命にとってすみよい環境に維持し続けていたというもの
→全球凍結仮説はそれに真っ向から対立
全球凍結したとき、生命はどのように生き延びたのか
ハイド→一部は凍結を免れていて、そこで生命は生き延びた→縞状鉄鉱床の形成の説明がつかなくなる
マッケイ*1→赤道地域の氷の厚さは10メートル程度で、氷ごしの光で生き延びた→実際に氷が薄かったどうかわからない


カンブリア紀の爆発
酸素の増大によってこの爆発的進化はもたらされたかもしれない
カーシュビングは、全球凍結以後、植物プランクトンが大繁殖して酸素濃度が高まり、これが生物進化と関連していると主張
何度か繰り返し起こった全球凍結事件による適応放散と自然淘汰が、急激な進化を促したかもしれない?


後半は結構、「かもしれない」的な話が多かった
ただしその分、筆者の「今まさに研究が進んでいる熱い分野」だという興奮の度合いも大きかった。


全地球凍結 (集英社新書)

全地球凍結 (集英社新書)

*1:火星からの隕石に微生物を発見したと主張したNASAの研究者