ブノワ・ペータース、フランソワ・スクイテン『闇の国々』

正確にはBDであってマンガではないけど、ブログ内の記事を分類するタグなのでマンガとつけておく。
BDは初体験、というわけでは実はなくて、『3秒』を読んだことはある。あともう一つくらい読んだことあるはずなのだが、メモってなくて覚えていない……。


闇の国々」という作品について、まえがきやあとがきに書いてあったことなどから、簡単に説明。
フランソワ・スクイテンは、メビウスとも並び称されるBDの巨匠だそう。ちなみに、ベルギーの人。
ブノワ・ペータースとスクイテンは幼なじみで、子どもの頃から一緒にお話とか作っていた間柄だったのが、大人になって再会してこの「闇の国々」シリーズを合作することになったとか。
ペータースは、ロラン・バルトの指導の下、『タンタンの冒険』について論文を書いており、BD研究と小説執筆をしたり、デリダの伝記を書いたりしている。
2人とも多才な人で、スクイテンはBDだけでなく建築やデザインの仕事もしており、またペータースは闇の国々関連で映像作品も作っている。


闇の国々」は83年に出版されて以降現在までに、12巻刊行されており、それが日本語版では4巻にまとめられ、今年の夏までに全て発売された。ただし、元のものと日本語版で順序は異なっている*1
今回読んだのは1巻。


闇の国々」シリーズでは、闇の国々と呼ばれる世界での様々なエピソードが描かれている。それぞれ、時代も場所も異なる話で、互いに関連はあるものの話としてはそれぞれ完結しているので、どの話からでも読めるようになっているみたい。また、シリーズ自体はまだ完結していなくて今後も続くみたいだけど、あとがきで2人のどちらかが死ぬか飽きるかしたら終わりって言っていた。
冒頭に、闇の国々の地図がある。巨大な半島みたいなところで、たくさん街がある。その中には、ブリュッゼルのように、こちらの世界と関係した名前もある。
闇の国々というのは、いわばフィクションの世界、ファンタジーの世界で、それに対して、こちら側の世界、現実世界があり、この2つの世界が時に繋がったりするということが描かれる。そして、例えば「塔」ではカラー、「傾いた少女」では写真を使って、こちら側の世界を描くなどといった手法が見られる。


1巻に収録されているのは、「狂騒のユルビガンド」「塔」「傾いた少女」の3編。
「ユルビガンドの狂騒」と「傾いた少女」は大体同じくらいの時代で、20世紀初頭を参考にした感じ
「塔」はそれよりさらに前の時代
巻末に年表があり、「狂騒のユルビガンド」と「傾いた少女」は記されているが、「塔」は年代不詳っぽい。「闇の国々」についての記録は、あちこち整合しないところがある旨は何カ所かに書かれていた気がする。

狂騒のユルビガンド

冒頭、上申書で始まる。いわゆるコマわりされたマンガフォーマットではなくて、文章と写真、イラストという形式で書かれている。
大半の部分はもちろん、いわゆるマンガのフォーマットだけれど、後半でもまた報告書的なものが挟まれている
ユルビガンドという街のユルバテクト(都市計画建築家・造語)のユーゲン・ロビックが主人公。
彼の都市計画の一部である第三橋梁の建築が、委員会から許可が下りず困惑している際、彼のオフィスに謎の格子状の立方体が現れる。この立方体は次第に成長していき、ロビックは「網状組織」と呼ぶようになる。
彼の部屋、家よりも巨大化しユルビガンド全体を覆い尽くしていき、川によって分断された北部と南部を結びつけることになる。
ユルビガンドは当初混乱に陥ったが、人々は次第にこの構造物に慣れ、それを利用して、街はむしろ活気づいていく。
しかし、網状組織の成長は止まらず、果ては街よりも巨大な格子となって広がっていき、ユルビガンドを去っていった。
最後に、イシドール・ルイによる報告書がついており、闇の国々の各地で目撃された網状組織や、それに対する解釈などが書かれている。訳注によると、このイシドール・ルイというのは、「闇の国々」番外編の主人公。
ユルビガンドに出てくる建築物は巨大で、ディストピアSFっぽい街並

修復士ジョヴァンニ・バッティスタというおじさんが主人公
塔の中で1人暮らしして、崩れた部分を修復しているのだが、来るはずの巡察使がいつまでたってもこないので、基部へと向かうために下へと降りる。しかし、途中からパラシュートを使って降りようとするのだが、何故か上昇気流にのって上にあがってしまう。
ジョヴァンニが住んでいたところと違って街になっているそこで、エリアスという謎の男性とミレナという女性と出会う。ジョヴァンニはエリアスの絵や本を読んで、知識をたくわえる。エリアスの絵だけがカラーになっている。
そして、ジョヴァンニはミレナと共に開拓者がいるはずの塔の上を目指す。
しかし、頂上には誰も何も残ってはいなかった。再び塔を降りる際、ジョヴァンニとミレナは絵の世界の中へと入り込んでしまう。そこから画面はフルカラーになるのだが、ジョヴァンニとミレナだけは白黒のまま。そこの戦争を戦うシーンで終わり
ブリューゲルなどへのオマージュがあるのだが、オーソン・ウェルズに対するものもある。
イシドール・ルイによるスクイテンとペーターズへのインタビューというものも載っており、その中でオーソン・ウェルズが「塔」に出演したという話をしている。

傾いた少女

最初に、主人公の少女メリーの見た夢が見開きカラーで何枚か描かれている。そのうちの1枚が表紙
この作品は、少女メリー・フォン・ラッテン、天文学者アクセル・ワッペンドルフ、画家オーキュスタン・デゾンブルのパートが交互に進む。その中で、デゾンブルのパートは写真によって作られたロマン・フォト(写真漫画)となっている。
メリーは家族とともに訪れた遊園地でジェットコースターに乗った際、体が常に傾いてしまうようになる。家族に疎まれ寄宿学校にいれられるが、そこでもいじめにあい、逃げ出す。そしてサーカス団で働くようになる。ある時、ワッペンドルフという学者なら力になってくれるかもしれないという話を聞いて、マイケルソン山の天文台へと向かう。
マイケルソン山の天文台で天体観測を続けるワッペンドルフは、目には見えない謎の天体がすぐ近くにあるという仮説をたて、有人の砲弾でその天体を探索する計画をたてる。まさにその計画が現実化するおり、メリーがマイケルソン山へやってくる。メリーが傾いている理由は、その天体からの影響によるもので、メリーはワッペンドルフとともにその天体へと向かう。
1898年、画家のデゾンブルは批評家らの評価から逃れるように、人里離れたオブラック高原へと赴く。そこで廃墟同然の屋敷を買い取り、その壁に球体の絵を描き始める。
メリーとワッペンドルフが訪れた天体には、デゾンブルの描いた球体によって埋め尽くされていた。そしてそこに、デゾンブルもまた訪れる。メリーとデゾンブルは出逢い、心と体を通わせる。
しかし、ワッペンドルフはそれぞれの世界に戻ることを説き、デゾンブルはそれに従い自分の世界へと戻ってしまう。
その後、デゾンブルはメリーと離れてしまったことを悔やみながらも球体の絵を完成させる。
一方、メリーは父親の後を継いで、ミロスの首長となる。
ちなみに、この作品の中でベルヌ作品の登場人物が名前だけ出てきたりしている。

ペータースインタビュー

訳者によるインタビュー
ヴェルヌ自身も「闇の国々」作品に出てくるらしい
メリー・フォン・ラッテンについて。初めてこの登場人物を登場させたあと、メリー・フォン・ラッテンを名乗る人物から手紙が来るようになって、闇の国々について書かれていた。このことが、シリーズ全体のメリーの重要性にも関わっている。このエピソード自体がやらせなんじゃないかと言われたりするが、本当の出来事。ロレーヌ地方のドゥメルスという町に、本当にこういう名前の人が住んでいる、らしい。
日本の漫画でよく読んでいるのは、谷口ジロー


闇の国々 (ShoPro Books)

闇の国々 (ShoPro Books)

*1:最初から全部刊行できるかどうか分からなかったからだと思われる。また、後述するようにそれぞれの話が半ば独立しているので順序が変わっても読める