年刊日本SF傑作選『極光星群』

宮内悠介「星間野球」

宇宙ステーションに滞在する2人の宇宙飛行士が、交代で地上へ降りる1人の枠をかけて、野球盤で対決する。
2人とも地上に帰りたいワケがある。そしてそれを互いに知っているし、お互いの性格などもよく分かっている。2人の野球盤勝負は次第にエスカレートしていく。イカサマすれすれで相手の裏をかく、それを受けて新たにルールをつけくわえる、そしてそのルールの裏をかく
それだけの話なのに、とても楽しい

上田早夕里「氷波」

土星の衛星にいる宇宙開発用人工知能のもとに、地球から新たな人工知能が送られてくる。
それは、地球のとある芸術家の人格をコピーしたもので、土星の環でサーフィンする時の音や感覚を記録するという目的で送られてきた。
さらに、隠された目的として、回収しそこなっていたサンプルリターンカプセルの回収というものもあった。
最後に、もともと土星の衛星にいた人工知能たちに、人の感覚データを与えて、地球へと戻っていく。
土星の環でサーフィンするというネタが非常に面白かったのだけど、短編の後半から、宇宙の微生物とか人類の宇宙進出とかの話になって、話がずれていった感じがしたのが残念。
ところで、火星で発見された微生物を使ってマウスに酸化鉄の皮膜を作る実験というのが出てきて、酸化鉄を自分の殻につかっている深海生物を思い出した。

乾緑郎「機巧のイヴ」

江戸時代を舞台にしたロボットSFミステリ
仁左衛門は、身請けしたいほどに惚れた女郎にそっくりの機巧人形を、幕府精錬方手伝、釘宮久蔵に作らせる。
その女には自分以外に別の思い人がいるようで、身請けした上で彼女を自由の身にして、自分はその機巧人形と暮らそうと考え、それを実行するのだが、次第に彼女と釘宮に騙されたのではないかという疑念を抱きはじめる。
最後に明かされるのは、実は仁左衛門の方が彼女が釘宮に依頼して作ってもらった機巧人形だったというオチ

山口雅也「群れ」

群れ型ロボットを開発している会社で人事部に勤める主人公は、社員が突然行方不明になるという案件を抱えていた。そして、会社で開発していた群れ型ロボットまでもが姿を消す。
何かの災害の前に動物たちが群れてどこかへ逃げるように、人間たちも「群れ」となっていく。
なんだろう、文体とかのせいなのか、ちょっと古いSFって感じがした。

高野文緒「百万本の薔薇」

旧ソ連を舞台にした作品。出世を急ぐ主人公は、グルジアにある「バラの町」で所長が死んだ件について調査を始める。

會川昇「無情のうた『UN-GO』第二話」

アニメの脚本

平方イコルスン「とっておきの脇差

マンガ

西崎憲「奴隷」

富裕層が奴隷を持っているのが当たり前になっている、ということ以外は、至って普通の現代日本を舞台にした作品。
ある専業主婦が、奴隷を買い、そしてその奴隷がどこかへ逃げるまでの話が淡々と書かれている。奴隷を売っている奴隷センターとか奴隷市場といったものが、ホームセンターなどのようなリアリティで描かれている。

円城塔「内在天文学

天体を観測している爺様とリオ、その2人のよく分からない話に付き合っている「僕」
彼らの観測に拠れば、オリオン座の位置が切り替わろうとしている。そしてそれは、人類が現在の認知的ニッチを追い出されようとしているからだという。
結構面白かった。
最後はボーイミーツガール(?)だった

瀬尾つかさ「ウェイプスウィード」

地球は温暖化で水位が上昇し、少数を除き、人類は宇宙で生活をしている。
主人公は、木星圏から地球圏へと留学してきた大学院生で、地球の海に生息する、ウェイプスウィードという群体生物の研究をしている。
地球上には、文明レベルを交代させた「島」がいくつかあり、その中では巫女の一族だけが高等教育を受けて、衛星軌道上の他の人類とかろうじて連絡をとりあっていた。
主人公のいる研究室は、なんとか地球への調査をすることが許され、主人公含むチームが地球へと降りるが、事故って主人公だけが生き残る。彼は、島の巫女と協力して、事故ったロケットを回収することになる。
木星圏から単身留学してきた主人公と、島で1人だけ高等教育を受けたことで島の人々の迷信深さに嫌気がさしている巫女の少女は、互いに意気投合する。そして、ウェイプスウィード、亡くなった彼女の母親、そしてAI化している彼女の「ばあちゃん」の謎を解明していくことになる。
ウェイプスウィードは、ミドリムシと細菌の共生体なんだけど、まあ実は知性を持っていて、とこうやってネタだけ書き出すと、ありがちな感じするけど、「大旋回」とかなかなか面白いし、世界観がしっかりできている感じがする。
著者が「いつかこの世界の長編を書いてみたい」とコメントしているが、読んでみたい。

瀬名秀明「WonderfulWorld」

世界の倫理観の変化をシミュレートしたりすることのできる研究ができました、という話
『NOVA10』に収録されている「ミシェル」の序章的な感じ

宮西健礼「銀河風帆走」

創元SF短編賞受賞作
ニュースペースオペラっぽいような感じ? わからんけど
銀河を公転する恒星の速度が急激に変化し、銀河が終焉へと向かっていくことを知った人類は、ノアの方舟よろしく遺伝情報や科学知識などを載せた宇宙船を、宇宙各地へとばらまいた
そんな船団の中の1つの話。マグネティック・セイルという、ソーラー・セイルをさらに進歩させた技術でもって、銀河風をつかんで別の銀河を目指す。
しかし、予想外のガンマ線フレアが起こって……。
宇宙ものとしては面白く読んだのだけど、3人の審査員の講評に、「(作者は)年季の入ったSFファンなんだろうな、と予想していた」「イーガン以降という視点からするととてもクラシカル」と書かれているように、読んでいてどこかしら古い感じを受けて、これを1989年生まれの人が書いているというのは確かに驚きだった。