高井研『生命はなぜ生まれたのか――地球生物の起源の謎に迫る』

この前、しんかい6500のニコ生を見て高井さんが面白かったので、読んでみたw (前から読もうと思っていた本ではあったけど)
そこかしこにネタを挟んでくる軽い文体で進むのだが、内容はかなり濃い
非常に面白い本だった


生命の起源についての自説を紹介している本なのだが、それに対するライバルの話もしていて、研究者たちが鎬を削っているさまが読み取れるのも楽しい。
また、周辺分野(地質学)などについては、著者は改めて本を読んだり同僚研究者に話を聞いたりして書いていたようなのだが、本文中で「今、わかった!」みたいなことが書いてあったりする
ネタ的な意味での面白ポイントもひろっていきたいが、そんなことをするときりがないので、以下はそういうのは削って、淡々と内容についてまとめておこうかと思う。それだけでも十二分に面白いと思うが、本書の面白さの全てを伝えるものではない。

第1章 生命の起源を探る、深海への旅

まず、筆者がインド洋でしんかい6500による調査をしたときのレポートから深海について
しんかい6500とよこすかでの生活については、以前見たニコ生のおかげで非常にイメージしやすかった
さて、何故インド洋なのかということで、深海熱水活動の調査史など
1979年に発表された論文がきっかけとなって、まずは東太平洋で発見が相次ぐ。次いで、大西洋、西太平洋へと調査域は広がっていった。東太平洋ではチューブワームなどがよく生息していたのに対して、西太平洋ではゴカイが多いと、多様性があることが分かった(ところで、チューブワームで3mもあるって知らなかった。1mくらいだと思ってた)
インド洋の調査は、2000年、JAMSTECによるものが最初である。その後、アメリカチームが、スケーリーフットという硫化鉄でコーティングされた腹足をもつ巻き貝を発見する。写真が載っているが、なかなかかっこいいクリーチャーである。

 

第2章 地球の誕生と、生命の誕生

地球最古の地質記録は、オーストラリアで発見されたジルコン鉱物で44億年前のものである
地球誕生から6億年までの地球の表面はマグマオーシャンとなっていて、この時代を「冥王代」と呼ぶ。この時期に、生命誕生の準備も行われ、あるいは生命も誕生していたかもしれない。しかし、この時期は隕石重爆撃期でもあり、生命が生まれても隕石の衝突ですっとんでいたかもしれない。そうなると、隕石の衝突がいつ頃終わったのかということが大事になる。42億〜39億年前頃ではないか、ということである。
筆者は、生命の誕生の中でも、生まれたとしてもすぐに滅んでしまった「一発屋生命」には興味がなく、我々に連なることになった「持続可能の生態系」の誕生について探求している。
地球最古の地層として、グリーンランドにあるイスア地方にある火成岩および堆積岩による地層がある。ここからは、「軽い炭素同位体比」というものが発見されている。「軽い炭素同位体比」は、生命活動があった可能性が高いことを示唆する。しかし、生命活動以外でも生じることがないわけではないので、決定的とも言い難い。
西オーストラリアのピルパラ地域の35億年前の地層から、最古の生物化石と思われるものが発見されている。これについては、ショップという研究者が最初に発表しているのだが、それは形態に依拠したものであり、のちに筆者の共同研究者である上野がより重要な証明を行っている。それは、メタンの炭素同位体比が軽いということである。メタンの炭素同位体比を軽くする要因は3つの非生物的要因の他に、一部のアーキアによる生物的要因がある*1。また、硫黄同位体比から硫酸還元細菌もいたのではないかとみられている

第3章 生命発生以前の化学進化過程

生命の定義についてざっと見てから、生命の起源について宇宙生物学的観点から見ていく。
生命誕生以前の、化学進化、有機物がどこで誕生したかということについて。
宇宙で化学進化が進行したのではないかという説があり、これにはホモキラリティ問題を解決することができるという長所がある。筆者はこれを推している*2
これを「化学パンスペルミア説」と呼ぶが、一方で真性なパンスペルミア説はどうだろうか
古典的な遠い宇宙から来てというのはほぼ無理。一方、近年、火星や金星で生命が誕生したのではないかという説がある。特に火星説を主張しているのが丸山茂徳である。地質学分野の大物で、筆者がリーダーをしているJAMSTECのプレカンプリアンエコシステムラボラトリに属する地質学者、上野(招聘研究員)、渋谷、西澤も丸山の弟子や学生だったという。
筆者は、火星で生命が誕生したり、それが隕石で地球へやってきたことじたいはありとは言うが、一方でそれが地球生命の起源になることについてかなり疑問視している。
化学進化について、もっとも有名で支持者が多いのは、地球上で進行したと考える「有機のスープ説」である。ユーリとミラーの実験が有名だが、ここで使われていた太古の地球の大気とされる成分は、どうも怪しいらしい。とはいえ、太古の地球の大気の成分が一体どんなだったのかは今でもよく分かっていない。
化学進化が地球上で進行したという説は、他にも色々とあり、それぞれ進行したのだろうと考えられるが、それら総決算の場となるのが深海熱水活動域であろうと考えられるのである。
最後に、原始大気や原始海水の組成についていくつか触れられている。

第4章 生物学から見た生命の起源と初期進化

カール・ウーズ(筆者にとってスーパースターらしい)について
彼には二つの成果がある。ひとつは「アーキア古細菌)を発見したこと」、もう一つは「全生物の進化系統を探る方法の確立」である
ウーズは、リボゾームRNA塩基配列を調べることで、全生物の系統樹を作り上げ、一見したところよく似ている大腸菌(細菌)とメタン菌(古細菌)が、大腸菌とヒトくらいに全然違う種類の生物だということを発見したのである。
さらに、その全生物の系統樹の研究を進めることで、各生物の系統樹上の位置が分かるようになり、全生物の仮想的共通祖先についての議論が可能になった。
ここから、共通祖先となるような生物は、超好熱性だったのだろう、ということが考えられ、そうした主張をする代表的な研究者として、カール・シュテッター(が変人であるということ)と大島泰郎が紹介される。
ところが、反「共通祖先は好熱性」派というのが、分子生物学の方にいて、論争になっているらしい。この論争は結構難しいらしく、筆者は途中でついていけなくなったという。彼らは、RNAワールド仮説からそうした主張をしていると考えられるのだが、筆者からすると、RNAワールド説はあまり「力」がない。当時の環境を考えると、最古の生命がRNA「だけ」である必然性がないし、RNAだけではエネルギーを獲得することができないからだ。
筆者は一貫して生命を、生命単体ではなくエネルギー循環も含めた生態系として捉える立場をとっている。その立場から実にあっさりと、しかし説得力をもって、超有名なRNAワールド説を一刀両断しているのはなかなか痛快。

第5章 エネルギー代謝から見た持続的生命

ここまでのまとめ
・化学進化は熱水環境だけで起きたわけではないが、宇宙、隕石衝突、地殻で起きた化学進化は熱水環境で集約された可能性が高い
・超好熱菌の性質は原始的な生命の性質を反映している可能性が高い。つまり、高熱環境で持続的生命が生まれた可能性が高い
・冥王代から太古代における生命活動の地質的証拠は、熱水活動と関係のある環境で見つかってる
→生命の起源と熱水活動は関係がある可能性が高い
深海熱水活動は、実は多様。温泉に色々な泉質があるのと同じ。あるいは、ラーメンのダシにたとえている。つまり、岩石と海水(鶏ガラとか豚骨)がどういう条件でどれだけ煮込まれたかで性質(味)が変わるのだ、と。
そして、熱水の性質が違うと、それに応じてそこにいる生態系も異なっていることが分かっている。
筆者の研究は、「地球生命がいったいどのような深海熱水活動域からどのように始まっていったのか」を探ることにある
より具体的には、「最古のエネルギー代謝とは何か」となる
ここでまずATPとエネルギー代謝の説明。発酵、呼吸、光合成がある。
おそらく、最古の生命が生まれた環境には有機物がたくさんあったので、一発屋生命たちはそうした有機物を発酵させてエネルギーを獲得していたのだろうが、それはすぐに尽きてしまって終わってしまう。そこで誰かが、無機エネルギーから呼吸に近い方法でATPを獲得する方法を見つけたのだろう
ここで再び系統樹から考えてみると、水素を使う、メタン生成か硫黄還元か鉄還元が怪しい、ということになる
次に、二つの説が重要となる
ヴェヒターショイザーの「パイライト表面代謝説」(鉱物の表面で起こる化学反応が原始生命の代謝を支えたという説)とド・デューブの「チオエステルワールド説」(エネルギー代謝で通貨的に使われるチオエステルという物質が原始生命がATPの代わりに使ったという説。チオエステルは深海熱水活動域に豊富にある)である。
これらの説を統合して最古のエネルギー代謝は水素を使ったメタン生成か酢酸生成であるという説を練り上げたのが、マイケル・ラッセルであり、フェリーとハウスである。そして、このラッセルたちこそが、筆者の研究グループの最大のライバルである。
進化生物学的な立場からは、水素と二酸化炭素によるメタン生成、水素と二酸化炭素による酢酸生成、一酸化炭素からのメタン生成か酢酸生成のいずれかの可能性が高い
地質学的な条件からはどうか。原始海水などの研究から、水素と二酸化炭素、硫黄、水素と硫黄、水素と三価鉄、水素と硫黄の組み合わせが主な候補となる。
というわけで、超好熱性の水素と二酸化炭素によるメタン生成が、最古のエネルギー代謝の最有力候補となる。


第6章 最古の持続的生命に関する新仮説

最古の持続的生命の生き残りはどこかにいないのか
当時の環境と異なり現在の地球は酸素に汚染されてしまっていて、当時の環境に適応した生命は生き残っていない。
しかし、熱水の流れ込む地殻の中に、そうした生命が生き残っているのではないか。筆者はこれを「ハイパースライム仮説」と呼ぶ。
そこで筆者は熱水噴出口から熱水を採取して、そのような生命がいないのかを探したが、日本海周辺では全然見つからなかった。それが、インド洋へ行ったところ、見つかったのである。
インド洋と日本海との違いは何か。
水素の濃度が異なっている。インド洋の高濃度水素の原因は何か。マントル上部を構成する超マフィック岩が水と反応して水素を発生させているようだ。これを筆者は、ウルトラエッチキューブリンケージ仮説と呼ぶ(超マフィック岩(ウルトラマフィック)のウルトラと、熱水活動、水素生成、ハイパースライムの頭文字である3つのHがリンクしているという意味)。
最後の章では、この仮説を提唱して、現在検証を進めているということが書かれているのだが、それに至るにあたって、東大の沖野准教授との出会いや、学会で仮説を発表するまでの流れがドラマティックに描かれている。
学会で仮説を発表する経緯としては、大西洋の熱水活動域を調査していたチームが、筆者から見ると大味のロジックで盛んに大西洋に最古の生命の生き残りがいると喧伝しはじめたので、それに対抗するべく、プロレスの「悪玉」役よろしく学会に乗り込んでいったのだ、といったようなことが書かれていたりしている。

他の書評紹介

新しい創傷治療:生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る
定説と筆者の説がどこが違うのかという観点から
『生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る』高井 研(幻冬舎新書) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG
高井研「なぜ生命は生まれたのか」 進化論で笑え! - 万来堂日記3rd(仮)
僕の余力がなくて、この本がどんなに笑える本なのかということが全く紹介できなかったが、この二つの書評はその部分もちゃんと紹介している。

生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る (幻冬舎新書)

生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る (幻冬舎新書)

*1:メタン生成できるアーキアは一部のアーキアに限られるということで筆者は勝手に「崇高なアーキア」と呼んでいるw

*2:というか、どうもこの本を書くためにこの分野を勉強したようなのだが、その最中にズドンと心に落ちるものがあったらしい