「色を見る、色を楽しむ――ルドンの『夢想』、マティスの『ジャズ』……」ブリジストン美術館

ブリジストン美術館は以前から行きたいと思いつつ、実は初めて。
ルドンは以前ルドン展見てたから、それほど目当てではなく、まあマティスとか印象派とか見たいなあという感じで行ったんだけど
ブリジストン美術館すごいね
自前のコレクションでの展示なんだけど、17世紀から20世紀までの絵を一気に見せられて、おおってなった。
テーマである色については、各部屋の冒頭に解説パネルがついていて、わりと絵の具の歴史について書かれているような感じだった。
各作品については解説が特になくて、そこらへんもうちょっとつけてほしいなと思った。途中で、コレクションのカタログを読めるコーナーがあったのでそこでまとめて読んだりした。

印象派以前

レンブラントとかから始まる
18世紀以前に使っている黄色だったの絵の具が、19世紀だかに工法が廃れてしまって、幻になってしまったものらしい
コローの風景画とか

印象派

ルノワールの《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》、影が青い線で描かれるようになりましたね、とか
ドガの《レオポール・ルヴェールの肖像》は、顔だけが精密に描かれていて、シルクハットや胴体はささっと塗ってあるだけで非常に平面的になっている(カタログによると地塗りが見えてる)。顔だけが浮かび上がっている感じ。
ゴッホの《モンマルトルの風車》は、ゴッホと言われて思い浮かぶ一般的なイメージと違っていた。
カミーユピサロの《ブージヴァルのセーヌ河》に見入ったりしていた。印象派というのは本当に、空とか水面とかがきれいだよなあと思う。
普段、風景画ってあまり大して見ないのだけれど、今回は気に入ってよく見ていたのだけど、風景画を見るというのは一体何なんだろうなあと思ったりしていた。もし、絵を風景として観賞しているのだとすると、おそらく実物の風景の方が美しいのではないだろうかと思う。それは、印象派の描く空や水面が、実物の水面の光の反射を思わせる程にそう思う。しかし、とはいうものの、風景が美しく見えるためには条件が色々揃っている必要があるだろうし、そうした好条件たる一瞬を持続的に残すものであると考えれば、絵を風景として見るというのもありなのかもしれない。それにしても絵には額縁があったりして、やはり風景ではない。

印象派とポスト印象派

ブリジストン美術館といえば、モネの睡蓮で有名ですが、やっぱりすごいいい絵だった。この連作は以前、川村記念美術館でも見たことがあり、ブリジストン美術館でも見たいと思っていたものだった。
川村記念美術館で、モネの絵は離れて見るとよいと教わったので、今回も離れて見た。モネはやはりすごいなと思った。
近付いてみると、あんなにぼやぼやっとした絵だのに、離れると何故あんなにもはっきりと風景がイリュージョンとして立ち現れるのだろうか。
《睡蓮の池》、そして同じく有名な絵だけれど《黄昏、ヴェネツィア
近付いてみるとはっきりしないのに少し離れて見ると、ヴェネツィアの建物の輪郭線がはっきりしてくる。そして、水面の透明度、あるいは空のもやがかかったような感じ!
セザンヌのヴィクトワール山もよかった
ゴーガンはいまだに、そのよさが全く分からなくて、今回もふーんと通り過ぎた。
あと、スーラから影響を受けたシニャック。どうでもいいけど、スーラとシスレーどっちがどっちか分からなくなるのどうにかしたい。

フォーヴィスム

ヴラマンクとかルオーとかなんだけど、同じ部屋にアンリ・ルソーの絵もあって
17世紀のレンブラントから印象派まで順々に見ていって、不意にルソーの絵を見るとぎょっとした。何だこの絵はってびっくりする。なんだかんだいって三次元空間のイリュージョンとして描かれた絵が続いてきて、急にそういうのがなくなってしまっていて、不安になる。《イヴリー河岸》の人の並び方とかこの世ならざる感じをうける。でもそこに飛行船を飛ばしているのが、ルソーの天然っぷりとでもいうのか、何というかよいとこなんだけどw

ルドン

何だかなー、今回の展示会のタイトルにもあげられているルドンだけど、どうも全体の中で浮いていたような気がする。
タイトル見たときも、何故ルドンとマティスなんだ? と思ったけど、そしてそれがどう組み合わさっているか気になったのも見たかった理由だったけど。

ピカソと20世紀美術

ピカソは7点くらいあって、やっぱり自分は分析的キュビスムの絵に惹かれるんだけど、前半の風景画をじっくり見た後にこれを見ると、ピカソは大変なことをやったんだなという感じがした。セザンヌ的な試みを押し進めるとキュビスムになっていくわけだけれども、抽象絵画にはいかずにやはり何かを再現(指示denote!)した絵を目指してたり、また平面にせずに新聞紙を貼ったり絵の具の痕跡をがりがりと残してたりするのが、すごい何か頑張ってる感じ(?)がある。他の絵は、特に戦後の絵とかは、好きなようにやってますよーって感じなんだがw
個人的な、ピカソは1910年代の分析的キュビスムだけ好きっていう好みの偏りもあるかもしれないけど。
ただ、元々自分は「現代アート」みたいな方が好きで、美術とか見始めたのだけど、今回はなんだかマネに圧倒されて、「抽象画かっけー」みたいな気分にはならなかった。分析的キュビスムの絵をみて、大変だなという感想を抱いたのは初めて。
そういえば、ルソーっぽい絵が描きたかったのだろうかと思ったものが1点あった。
他にシャガール、ミロ、キリコがあったけど、ふーんだった

マティス

マティスの中では、《青い胴着の女》がよかった。太くて丸っこい線で、丸っこい形態が繰り返されつつ、お椀みたいな青いキャミソールがくっきりと浮かび上がっている。ルノワールの《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》と比較したくなってしまう。どちらも椅子に座る女性で、青い服を着ていて、背景は赤と黄色で塗られている。そういう意味では似ている。しかし、全然似ていない。ルノワールの絵には立体感があるけど、マティスにはないし。
それから、今回の目玉であるマティスの『ジャズ』
切り絵なんだけど、躍動感がすごいある。そして、色彩がポップ。これも絵には違いないだろうけど、絵画というよりはデザインという感じになっている。うーん、絵とデザイン、何が違うのかうまく説明できないけど。例えば、『ジャズ』は額縁がとても簡素なものになっている。今まで飾ってあった絵とは違う種類のモノが置かれている感じがする。
ルソーは、今までの絵とは違うけれど絵という種類という意味では同じだった。

追悼 ザオ・ウーキー

全く知らない人だったけど、これがすごくよかった。
中国で生まれ育ち、20代の頃にフランスに渡り、アンフォルメルにも参加した画家。今年亡くなったため、追悼ということで一室全て彼の作品だった。
60年代以降の絵がよくて、特に《15.01.61》《07.06.85》《風景2004》がよかった。
もともと画面にひっかき傷みたいな記号みたいなものをつけた絵だったのが、奥行き感のある絵になっていく。
《15.01.61》は茶色っぽいもやもやっとしたものが真ん中にある絵で、《07.06.85》は青い大きい絵で、《風景2004》は緑色の大きい絵(小並感)
70年代あたりから、中国の水墨画的な雰囲気が加わってきて、抽象画なのだけど風景画のように見える。全く別の世界の風景を描いているようで、SFっぽくもあった。サイバー空間とかそういう異世界。そう考えると《風景2004》の緑色はグリーンバックの色に見えてくる。

日本の近代洋画

ここまでですっかり、脳のリソースをとられてしまっていて、この部屋は流してしまった。他のお客さんもそんな感じだった気がするのは気のせいか。
古賀春江シュールレアリスムっぽい、岡鹿之助はルソーっぽいとか思ったりする中、やっぱり藤田嗣司と佐伯祐三は何か目にとまるような感じがした

古代美術

ここもざっと流したけど、同じく絵といっても、全然違うものだよなあと思ったりした。
そもそもキャンバスとかじゃなくて、壺とかに描かれてるし。で、壺の真ん中に人の絵が描かれてるけど、口とか取っ手とかは装飾的な模様が入っていて、それはマティスの切り絵のようなうねうねっとした感じで


今回、展示会タイトルはルドンとマティスだけど、ブリジストン美術館が初めての自分は、マネとウーキーが一番印象に残った。
展示会のテーマは色だったが、自分内テーマは風景画だった。
普段見る展示会は、作家や流派によって絞られたものばかりだったので、通史的に17世紀から20世紀まで絵を見ていくというのはなかなかなくて、そうやって見ていくと、絵って一体何なんだろうねと思わされた。