『言語哲学重要論文集』

八木沢敬『意味・真理・存在 分析哲学入門中級編』 - logical cypher scape2を読んだ勢いで読んだ
八木沢本を先に読んでてよかった。

第一部 言語哲学の誕生

フレーゲ「意義と意味について」(野本和幸訳)

言わずとしれた超有名論文。1892年。
改めて、フレーゲは色々なこといってて面白い、というかすごいなーと思った。
(「明けの明星」と「宵の明星」など)

ラッセル「表示について」(松坂陽一訳)

言わずと知れた2。1905年。
一番最後に、他人の心や物理学における粒子は、表示句によってのみ知られる存在者で、直接見知っている存在者と区別されるというような話をちらっとしてた。
(「現在のフランス国王は禿である」など)

第二部 指示をめぐる謎

ドネラン「指示と確定記述」(荒磯敏文訳)

1966年。
確定記述には、指示的用法と帰属的用法がある。
指示的用法があることの指摘は、ストローソンにおいてされているが、ドネランはストローソンによる説明は誤りとする
指示的用法において、その記述を満たす存在がいない場合でも、指示が失敗するとは限らない。有意味となる。
(発話者の認識に結びつけた点が、ドネランの功績。「指示の新理論」へと繋がっていく)
(「スミスの殺害者は正気ではない」「彼女の夫は彼女に思いやりがある」など)

カプラン「Dthat」(野本和幸訳)

1970年、ワークショップのために書かれたもの。
タイトルにあるDthatは、直示的用法を示すためにカプランが導入した新語。
記述を直示行為によって説明する。
直示詞を含む文について、可能世界を用いて分析(文の意味を、ある時点、ある可能世界に対して真理値を付値する関数として)
de reとde dictの違いなど
(「あるスパイが怪しい」など)

エヴァンズ「指示の因果説」(池田さつき・佐藤康之・松坂陽一訳)

1973年。
クリプキの考えを「因果説」へと練り上げる。
クリプキ説ではうまく説明できない事例を「マダガスカル」の例を用いて示す(名の表示が時代の経過によって変化すること)
→源泉とその支配性によって説明する
(「マダガスカル」「ナポレオン」「ターニップ」など)

第三部 可能世界と命題的態度

ドネラン「偶然的でアプリオリな真理と固定指示子」(四津雅英訳)

1977年。
クリプキは固定指示子の指示を固定することによって、偶然的でアプリオリな真理が得られると考えたが、ドネランは、偶然的真理はアプリオリに知ることはできないと論ずる。
ある文が真理を表していることを知ることと、その文が表している真理を知ることは違う
ある文が偶然的に真であることを取り決めることはできるが、その真理を知ることにはならない。
今後の課題:de re的な命題的態度を帰属させるための条件を探求すること
(「海王星クリプキ)」「ニューマン1(21世紀に最初に生まれた子ども)(カプラン)」など)

クワイン「量化子と命題的態度」(丹治信春訳)

1956年。
命題的態度をの関係的意味と概念的意味を区別(de reとde dictに対応)
関係的意味は、命題的内部へ外部から量化していることを問題視→命題的態度を命題と信じる人の二項関係から、対象と属性と信じる人の三項関係へと捉え直す
→「信じる」という語の多義性
クワインは、「内包は暗黒の産物」とか言っていて、内包をとても嫌がってる
(「誰かがスパイであるとラルフは信じている」、「キケロ」と「タリー」など)

クリプキ「信念のパズル」(信原幸弘訳)

1979年。
固有名についての、ミル見解とフレーゲ見解の対立。
クリプキはミル見解を支持しているけれど、信念の文脈において共指示的な名が真理値を換えずに交換できないことが、一般にミル見解を退けフレーゲ見解を支持するものとなっていた。
そこでフレーゲ
交換不可能な事例とされるのと同様な事例が、交換可能か不可能かということとは関係なく起こりうること、
また、フレーゲ見解においても、そのような事例を必ずしもうまく説明できないことを示すことによって、この件について、ミル見解とフレーゲ見解のどっちが正しいのかはいまだいうことができないと論ずる。
(「ジョーンズは「キケロは禿である」と信じて「タリーは禿ではない」と信じている」
「ピエールはLondres est jolie.ということに同意し、London is not pretty.ということに同意している」など)