竹中夏海『IDOL DANCE!!!』

サブタイトルは、「歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい」
全くもって正しいですね。世界の真理だ。


ぱすぽ☆アップアップガールズ(仮)の振付師である竹中が、ダンスという視点からアイドルを語る本。
そもそもアイドルダンスというジャンルはあるのか。
これまで、アイドルが踊っているのであれば、それがジャズダンスだろうとヒップホップダンスだろうと何だろうと「アイドル(の)ダンス」であり、そもそもそういうジャンルだとは思われていなかった。また、ダンス業界からはあまり注目されていなかった。
この本は、それに対して、アイドルダンスというジャンルがあるのだと主張し、その特徴を挙げていくものだ、とひとまずは言うことができる。
だが、この本はそれにとどまるものではない。振付師としてアイドルをいわば育てる立場から、アイドルとは何かについて考える本ともなっている。
今まで自分は、アイドル論というジャンルは読んでこなかったので、従来のアイドル論と比べてどうこうということは言えないけれど、竹中さんの、スタッフ的な視点とファン的な視点がうまく組み合わさって、アイドルをどのように見ていくかということが語られていてとても面白かった。

第1章 アイドルダンスの2大特徴

「歌詞と振付のリンク」と「振りコピ」を2大特徴として挙げている。
同じ人が同じパフォーマンスを繰り返し見るのは、他のダンスにはないアイドルダンスならではの現象で、それこそが振りコピなどに繋がっているという。
さて、まずは歌詞と振付のリンクについて。
これは、キャンディーズの「年下の男の子」にも見られるように、以前からあるものだが、これは曲の世界観を伝えるのに使われる。そして、歌詞に書いていないことまでも伝えられる。例えばPerfumeの『チョコレイト・ディスコ』では、ボウルを抱えて泡立て器でかき混ぜる振付がある。歌詞には、チョコを作ったという描写はないが、この振付によって、チョコを手作りしたのではないかということまで想像することができる。
歌詞と振付のリンクとしては、フラダンスが挙げられるが、フラダンスは文字がなかった文化の中で発展したもので、言葉と振付が一対一対応している。一方、アイドルダンスにはそのような対応はない。フラダンスのように、文字に代わりに使うという目的がないからだ。
では、何故歌詞とリンクする振付が出てくるようになったのか。
これが2つ目の特徴である「振りコピ」に繋がってくる。
アイドルダンスは、真似しやすいことが重要で、歌詞とのリンクはそのための一つだからだ。
では、何故アイドルダンスは真似しやすいのか。
アイドルの観客層は、他のジャンルのダンスと違って、ダンス経験者がほとんどいない。だから、振りコピをしてもらうために、真似しやすい振付が使われる。振りコピは、会場で盛り上がりを表現する手段の一つとして使われている。
しかし、初見で真似しやすい振付とは、つまり簡単ということで、パフォーマンスのレベルを下げてしまう。もちろん、観客はみんながみんな振りコピするわけではないので、バランスが重要。
ぱすぽ☆は、アイドル自身もダンス未経験者が多かったため、敢えて難易度の高いものにすることで、真似しやすい振付は少なくなるが、パフォーマンスの粗が見つけにくいものにした。
一方、アップアップガールズ(仮)は、ハロプロエッグ(研修生)出身だったので、客席も参加しやすい振りで、アイドル自身の技術の高さもわかるものとした。
さらに、「すぐ真似できる」だけでなく、何度か見て練習できない振付は「踊ってみた」へと繋がる。
そのように振付を覚えてもらうようになると、覚えるために振付の意味へと意識がいく。それが先ほどの歌詞とのリンクと関係してくる。歌詞とリンクしていた方が、当然覚えやすい。振付を覚えようとすると、歌詞とリンクした振付の意味が発見される。
振りコピは、「振付師からアイドル、ファンへの伝言ゲーム」だと竹中はいう。これによって、振付師は直接教えた何倍もの人に自分の振付を踊ってもらうことができる。これは「なんて贅沢な現象なのだ」と述べている。
さらに、映像作品におけるダンスについても述べられている。
PVはアイドルにとって名刺であり、PVでしかできないダンスもある。
小道具を使うものなどが代表的だが、Perfumeは特にPVだからこそというものが多い。映像作品としての完成度が、ファン層を広げられた要因だろう、と。

インタビュー1

この本は、各章の最後に、それぞれの章と同じくらいのボリュームでインタビューが入っていて、これが結構重要。
1つ目は、筆者と日本女子体育大学で同期で、現在「珍しいキノコ舞踊団」でコンテンポラリー・ダンスをしている梶原未由へのインタビュー。
まず、コンテンポラリー・ダンスと「珍しいキノコ舞踊団」(以下キノコ)について。キノコは、コンテンポラリーの中ではエンターテイメントの強いところらしい。アートにはエンターテイメントが、エンターテイメントにはアートが必要と梶原はいう。
ダンスの人もアイドルダンスを見るべき。
Perfumeは基本的にストリート系ダンスだが、『不自然なガール』のバックダンサーはコンテンポラリー的(当初、竹中はバックダンサーはMIKIKO以外による振付と思った程)。Perfumeは別ジャンルのダンスをバランスよく混ぜていて、もはや「Perfumeダンス」というジャンルにしてほしいくらい、とか。
アイドルとアイドルファンの近さ。「認知」などアイドルがファンの名前を覚えるということに梶原は驚く。キノコは、客席に混ざって踊ったり、客にも踊ってもらう時間をもうけるなどして、ステージと客席を近づけているという。
一方、竹中は、アイドルが「特別な存在」でなければいけないということを重視しつつ、一方客席が参加できるような距離を維持しなければならないことの大変さをいう(箱がどんなに大きくなっても振付を客にレクチャーするPerfume
アイドルダンスの特徴としてのフォーメーション。グループの中で個性をいかに出すか。
また、客席との一体感だけでなく、スタッフとの一体感も重要だという話。

第2章 アイドルは視覚を刺激する

アイドルのダンスは、競技ではないので技術が高ければいいわけではなく、見て楽しませるものであるという点から、ダンスと関わりつつもダンス以外の視覚的要素について取り上げていく。
まずは、衣装。
そのグループっぽさとしての衣装(AKBなら制服スタイル、少女時代ならスキニーパンツやショートパンツ)
メンバーの個性を出すための衣装(メンバーカラーなど)
振り付けに生かす衣装(回るときにスカートが広がったり、パンツやスカートの裾を持ち上げたり、サスペンダーを揺らしたり)
女性ファンが真似をして着たくなるような衣装(ライブで同じ格好をしてくるなど)
次に、小道具。
ぱすぽ☆の扇子や、女子流が使ったチアリーダーのポンポンやヒマワリなど
続いて、身長差
キャラクターの位置付けを身長差で示す事ができる。
シンメトリーや高低差を取り入れてるグループとして、「成長期限定ユニット」のさくら学院
フォーメーションやポジショニング
ぱすぽ☆は10人(後に9人)という大所帯だが、こんなに人数が必要なのかと思わせない、誰か一人欠けたら違和感のあるようなフォーメーション
日本では、韓国と違って「センター」が必ずいる。一方で、「推し」がいるのでファンは必ずしも中心ばかり見るとは限らない。ファンは、推しの立ち位置を考えて見る場所をとる。そのことを意図したポジショニング。そして、それが定着してからは、敢えて上手と下手を入れ替える演出。
最後に、ステージの視界
一階席しかない会場、2階席もある会場、吹き抜けのあるショッピングモールなど。どの角度から見ても発見のあるステージング

インタビュー2

東京女子流の全体統括佐竹義康と、衣装担当の笠井奈津枝へのインタビュー。
竹中は、女子流の楽曲、振付、衣装、PVがどのような順序で制作されているのか、という点からインタビューを進めていく。これらの世界観やイメージがよく合っているからだ。
結論からいうと、曲によって違い、また結構その時々に応じて、ギリギリで決まっていくようだが。
一方、グループのコンセプトは最初からきっちり固められており、そのコンセプトにあわせてメンバーが集められた、と。活動休止も当初から予定されていたことで、元々メンバーが幼かったことと長期的な活動のために、勉強し直すタイミングが必要だと組み込まれていたらしい。
長期的な活動を見据えて曲を作ったため、結果的にメンバーの年齢とのギャップが出た。そのギャップが受けたが、そのこと自体は想定外。
スタッフが、元々アイドル畑ではなかったため、あまり「アイドルっぽさ」には拘っていない。衣装なども、作品やステージの演出の一環として作っている。しかし、「女子流っぽい」というグループコンセプトには拘っているので、売れるまで黒髪ストレートは維持。メンバーからは、いつになったら染めてもいいのか聞かれるが、「まだ全然売れてない」と言っているらしい。
しかし、作り込んでいるようで作り込んでいないのが女子流。
USTによる配信を積極的にやっているが、これは裏表を作らないため。裏表を作ると、売れたときに本人達が苦しくなる。だから、裏も全部見せるようにした、と。
このインタビューは、東京女子流について色々と分かるという点でも面白いのだが、このインタビューを通じて筆者である竹中のアイドル観がどういうものかということも出てくる。

第3章 ぱすぽ☆のダンスができるまで

この章では、竹中自身の来歴と、竹中が初めて担当し、今も担当を続けているぱすぽ☆について。
竹中は、幼少の頃からモダンバレエを始め、高校時代にはチアダンスに出会っているので、ダンスのバックボーンは、バレエとチアということになる。
ただ、彼女は中学当時、親戚の子どもを集めてダンス発表会をしたり、演劇部を実質ダンス部にして後輩達をユニット分け、選抜メンバーにしたりなどしていたという。自分で踊るよりも、振付・指導に徹していたということで、当時から現在の仕事につながるような傾向があった、と。
高校で出会ったチアダンスでは、客席との一体感に感動し、そのことがアイドルダンスの仕事を進むのに繋がっている。
日本女子体育大学舞踊専攻へ進学し、様々なジャンルのダンスの授業を受け、チアダンスの指導も続ける。この時点で、ダンスの振付師になりたいとは思っていたが、どのジャンルがいいかは見つけられず、それを大学で探していたのだが、結局見つけられずに卒業。
そして、2007年、紅白歌合戦Berryz工房のダンスを見たときに、アイドルダンスを発見する。
客席も一緒になって盛り上がるエンターテイメント性の強いダンスで、またそれぞれのアイドルの個性を引き立てるものであるという点から、自分が探していたものはこれだ、とこの道に進むことに決めた。まあそういう仕事を実際にできるかは縁だから気長に待とうとしていたところ、「みんなで作るアイドル」というコンセプトのぱすぽ☆を知り、事務所にメールを送ったところ、アイドルの振付師としての仕事を始めることになった、と。
ぱすぽ☆の話。
まず、ぱすぽ☆は、メンバー10人中ダンス経験者は2人だけ。ガールズロックを一貫してやっているが、実は当初のダンスレッスンの影響である、とか。
10人というのは、どのようなフォーメーションをしても隠れる子が出てくるので、どんどん動かすようにした。なおかつ、ダンス未経験者が多かったので、そのような全体の動きしか武器がなかった。
また、歌詞と振り付けのリンクは、フォーメーションにも及んでいる。
そして、メンバー自身にも自由にアレンジさせている。
大人がやらせるのではあまり面白くならない、本人達が「面白い」と自発的にやる方が、見てる方にとっても面白いはずだ、と。
また、これは後のインタビューに出てくる話だが、個性について。それは作るものではなく、元からある特徴を誇張・強調するものだ、とも。
これは各章、あるいは各インタビューでも竹中が繰り返している、アイドルの客は、パフォーマンスを見に来るのではなくアイドルを見に来ている(他のジャンルのダンスとの違い)、だから「どう踊っているか」ではなく「誰が踊っているか」が重要なのだという思いからだろう。
そして、竹中のアイドルについての考え。
現在は、「アイドル=偶像」という考え方ら、実像に近いものになっているのではないか、と。
応援していたアイドルが、十数年後に「実はあれは嫌だった」などというのはがっかりするだろうから、後から思い返しても「アイドルって面白かった」というような時間を過ごせるようにしたい、と。だからこそ、自分に嘘をつかないような、実像に近いのがいいのではないか、と。

インタビュー3 ぱすぽ☆玉井杏奈インタビュー

ここは、ぱすぽ☆についての具体的な話と絡み合っているので、要約しにくいのだが、アイドルグループにおける個々のメンバーの個性の話や、ダンスの振付をどのようにするかといった話がなされている(玉井がダンス経験者であることもあって、実際に曲の振付やフォーメーションなどを玉井自身が考えているのがあるらしい)。
また、玉井がもともとアイドル志望ではなく、竹中からもこの子は途中でもうアイドルをやめると言うのではないかと思われていたのだが、どうアイドルしているのかという観点からの話もある。

さいごに

アイドルとは何か。
アイドルとは「職業」をあらわす言葉ではなく、「ヒロイン」などと同義語なのではないか。だとすれば、アイドルっぽい要素を持っているかどうかが、アイドルであることを決めているわけではなく、もっと多様なアイドルがいていい。
そこで、既に述べたように、実像に近いアイドルがもっといていいだろうと述べる。これが、ぱすぽ☆だ。
その一方で、アップアップガールズ(仮)は違っていて、彼女たちは幼い頃からハロプロエッグとして活動しているので、アイドルが生活の一部になっている。そうしたグループもあっていい。
そうした色々なグループがいるのが、最近のアイドルの面白いところなんだと締めくくられている。

IDOL DANCE!!!: 歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい

IDOL DANCE!!!: 歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい