後藤和久『決着!恐竜絶滅論争』

いい本だった、これー
2010年に発表された、恐竜絶滅は小惑星衝突説で論争に決着が付いているとの論文を発表した41名の研究者たちの1人である地質学者による本。
恐竜絶滅の原因が、小惑星衝突によるものだということは、専門家のあいだでは定説になっているのだが、反対論者たちのプレスリリースが相次ぐことによって、非専門家に対して「まだ議論が分かれているのだ」という印象がついてしまっていることを危惧した研究者たちによって、件の論文は発表された。
この本も、同じ動機に基づいて書かれており、小惑星衝突説についてと、その反対説の問題点、そして何故このようなことが起きたのかということについて書かれている。
恐竜絶滅論争についてだけでなく、科学の論争に決着が着くというのはどういうことなのか、そして科学とメディアの関係についてまで触れられていて、面白い一冊。


筆者は、1977年生まれとまだ若く、研究者として活動を始めた頃には、実はこの恐竜絶滅の原因を巡る論争はもう下火になっていたという。ちなみに地質学者で、地質学ってこんなに面白いよってことを度々書いているのがなんかいいw
彼の友人で、件の論文の主著者であるペーター・シュルテもやはり同じ世代。ただし、彼は指導教官が反衝突説論者であったらしい。

まず、白亜紀末の大絶滅において、何があったのか。5つの特徴があげられる。
1)光合成生物が絶滅し、腐食連鎖にいた生物は被害が小さい
2)K/pg境界*1直後の様子。ニュージーランドでは植物の絶滅率が低いが、やはり直後には光合成植物が一時的に存在しなくなり、菌類が繁殖
3)淡水の生物は絶滅率が低い
4)酸に弱い石灰質の殻を持った生物が大規模に絶滅
5)地域差を見ると、北米付近で絶滅率が高い


衝突説は80年に発表され、基本的な考えは当時から変わっていない。
イリジウムの異常濃集からたてられた仮説だったが、その後、様々な場所でイリジウムの濃集が発見され、91年にメキシコでチチュルブ・クレーターが発見されたことで、決定的となる。


衝突説への反論は大きく分けて3つ
1)恐竜は徐々に絶滅した(漸進説)
2)火山噴火説
3)衝突と絶滅は無関係(無関係説)
1)と3)は、衝突が絶滅の原因であるということに反対する説で、絶滅の原因については火山噴火だとしている。
この本を読んでいくと、衝突説が出てくるまで、大量絶滅は漸進的に起こるものであって突発的に起こる*2ものではないと考えられていた。また、他の時期の絶滅が火山噴火が原因によるものだから、白亜紀末の絶滅も火山噴火が原因と考えられていた。
しかし、様々な証拠が衝突説を支持するようになり、噴火説側はそれらの証拠を次第に説明できなくなっていった。反対者の中には、衝突そのものがなかったと主張する人もいたのだが、この主張はかなり以前に賛同者を失い消えてしまった。衝突説反対者も、衝突があったこと自体は認めざるをえなくなる。
衝突説は、反対者から次々とツッコミがくるのでそれに反論することによって、より様々なことを説明することができる説へとなっていった。一方、反対説は、衝突説のここがおかしいよねって主張はするけど、じゃあ火山噴火なら衝突説と同じように説明できるのか、という部分がどんどん足りなくなっていく。
絶滅が漸進的か突発的かという点については、化石資料が少ないと漸進的に見えてしまうというシニョール・リップス効果というものが知られており、資料が増えるにつれて突発的であることが支持されている。
また、無関係説は、明らかに何度も検証されている証拠が「見間違い」と一蹴されていたり、直径10キロの隕石が衝突しているのに津波も何も起きていないということになっていて不合理。火山噴火は、デカン高原に噴出した玄武岩デカントラップ)が証拠とされているが、このデカントラップが噴出した時期と絶滅の時期がちょっとずれていたりして、絶滅をうまく説明できない。


80年代から90年代までは、健全な論争が続いてたのだが、大勢が決した00年代以降、少し様子が変わってくる。
衝突説側としては、大体正しいことが分かってきたので、新たに説が発表されなくなった。
一方、反対説はそれ以降も説を発表し、それをプレスリリースで発表したりネットで発表したりした。無論、そのこと自体は自由なのだが、これによって論争について知らない普通の人たちは、まだ論争が続いている、あるいは衝突説が反駁されたと思うようになってしまった。
同じ地質学者からもそのような声を聞くようになり、ペーター・シュルテや筆者らは、これはまずいと感じ始める。
そこで、地質学者だけではなく、古生物学者や惑星物理学者、惑星化学者などなど、様々なジャンルにわたって衝突説の支持者を集めて、衝突説がどのように大量絶滅を説明し、また反対説の何が問題なのかを解説するレビュー論文を発表することにしたのである。


さて、筆者は、この論文の書き手が、自分のような若手から60代の人まで世代が多岐にわたっていること、そして、初期に衝突説を発表した研究者が含まれていないことに注目する。つまり、衝突説は多くの支持者がおり、特に若い世代へと引き継がれた説であるということである。
一方の反対説の論者は、80年代から顔ぶれが変わっておらず、例えばペーター・シュルテのように、反対説のもとで学びながらも衝突説を支持する者が出てきたように、若い世代からの支持を得ていないのである。


さて、何故反対論者はそれだけ反対にこだわったのか、ということについても考察されている。
それは「シンプル・イズ・ベスト」にこだわったからだという。
地球は、白亜紀末を含めて過去に5回の大絶滅を繰り返している。これらの絶滅は周期的に起きているとも言われ、また白亜紀末を除くと全て火山噴火を原因とした絶滅となっている。
5回の絶滅を全て同じ原因で説明したいというのが、当時の研究者たちにはあり、実は衝突説側も、5回の絶滅が全て衝突で起きたのだと主張していた時期があった。さらに、絶滅に周期性があるのではないかということが言われ始め、この周期性についても説明しようとしはじめる。この頃、ネメシス仮説が出てくるのだが、これは色々と証拠と矛盾しており*3、衝突説側は結局周期性や他の大絶滅を衝突で説明することを諦める。
一方噴火説は、白亜紀末さえ説明できれば全ての大絶滅を噴火で説明でき、また玄武岩噴出は他の時期の絶滅とタイミングがあうので、これに固執した。しかし、結局うまく説明できずじまいだった。
大量絶滅ごとに色々なパターンがあったのではないかという考えが現在は有力であるという。
また、周期説も、いまでは疑問がていされているとのことである。


小惑星衝突が、恐竜絶滅の原因となったことはほぼ間違いない。
しかし、定量的な解明はまだなされていない。
衝突の規模であったり、あるいはどれだけの期間光合成が停まっていると絶滅に繋がるのか、など。
実際に白亜紀末にどのようなことが起こったのかということについては、まだ今後も研究の余地が大いに残っているとのこと。


決着! 恐竜絶滅論争 (岩波科学ライブラリー)

決着! 恐竜絶滅論争 (岩波科学ライブラリー)

*1:白亜紀と古第三期の境界。ちなみに、今まで恐竜絶滅は6500万年前と言われていたが、今では6550万年前といわれているらしい

*2:地質学的には、突発とか一瞬で絶滅というのは、数千年から数万年のスケール。1000年で3センチ程度しか堆積しないので、分析の限界。例えば、この間に激減したんだけどまた回復したとかがあったとしてもそれは読み取れない。また、絶滅は小規模なものであればいつでも起きている(背景絶滅)。中規模な絶滅も中生代を通じて何度か起きている。大絶滅というのは、科や目レベルの絶滅

*3:ネメシス仮説では彗星だが、白亜紀末に衝突したのは小惑星