三島浩司『ダイナミックフィギュア』

熱いSFロボット小説。
香川県を舞台に異星生命体を二足歩行兵器で要撃するという話。
本を開くとまず、登場人物一覧があって、その次に香川県の地図が見開きで載っている。これだけでちょっとわくわくしてくるw
二足歩行兵器ダイナミックフィギュアパイロットは3人いて、それぞれ栂遊星(とが ゆうせい)、藤村十、鳴滝調という。主人公である遊星は19歳、十と調は22,3歳である。遊星のガールフレンドは公文土筆といい、さらに最年少登場人物である13歳の少女は、続初(つづき うい)という。この名前のなんという厨二っぽさw
とはいえ、登場人物全員がこういう名前なのではなく、三十代以上は香月純江とか佐々文也とかわりと普通なので、名前で世代の差が出ているのかと思ったが、この作品、他の組織とかのネーミングも結構すごい。ボルヴェルクとかフタナワーフとかセグエンテとか白き蝉とか。
それから、使われる用語もちょっと独特な気がする。あるいは、司令官・是沢銀路が作戦開始時に全部隊に向かって告げる「聞かれたし」から始まる是沢節とか。
この小説の文章そのものは、いたって普通で、凝った文体が使われているとかではないのだけど、使われている言葉のセンスが面白いなと思った。この言葉のチョイスが、近未来の日本を舞台にしつつも、パラレルワールド的というか異世界的な雰囲気を出している。


さて、とはいえこの作品の肝をなしているのは、やはり諸々の設定だろうと思う。
というか、設定が盛りだくさんでまとめるの大変w
地球は、カラスと呼称される異星からの渡来体の侵略を受ける。カラスは地球の軌道上に人工物の建設を始めたのだが、これが地球人類に対して「究極的忌避感」というものを引き起こすのである。ある距離よりは文字通り忌避感を覚えて近づくことができなくなる。肉体的にも不調をきたし、長時間接近していると命をも落とすという。この物体はSTPFと呼ばれる。
人類は、カラスに対してなすすべもなかったのだが、そこに第二の渡来体、クラマが現れてカラスを撃退する。しかし、STPFの一部が四国とニューギニアに落下。人類が入ることの出来ない化外の地がそこに生まれる。そして、このSTPFからはキッカイと呼ばれる異星生命体が現れたのである。
この化外の地とキッカイへの対策をとるのが、国連のソリッドコクーンと呼ばれる組織だが、四国の主権を失うことに抵抗する日本は、フタナワーフという独自の要撃部隊を作り、他国の介入を防いだ。
キッカイという生物は、個体のレベルではおよそ学習ということをしないが、牝種は死ぬ際に体内にある走馬燈という器官から、その生涯で手に入れた概念を他の個体へと伝える。そして、次世代の個体は、その概念を身につけて生まれる。例えば、キッカイは当初四本脚の個体が主流だったが、人間との接触を通じて二本脚の個体が主流となった。また、人間が物を投擲する姿を見せると、次世代からは投擲する個体が現れるようになる。
キッカイの対策としては匿翼の原則というものが大前提となっており、キッカイの前には決して翼を見せてはならないことになっている(ちなみに、野生動物はSTPFの究極的忌避感に耐えられず、四国から姿を消している)。もし、キッカイが四国から出るようなことがあれば、核が投下されることはほぼ確実視されており、フタナワーフはキッカイを化外の地に封じ込み、出てくれば要撃する。ただし、概念の流出を防ぐため、ただ殺すのではなく、殺す前に走馬燈を破壊しなければならないことになっている。
さて、軌道上のSTPFは軌道上を周回しており、上空にSTPFがくるとその下の地域にいる人びとは、究極的忌避感に苦しめられることになる。この時間を、弧介時間と呼ぶ。何故、そのような名前かというと、この時間には何故かテレパシーのように互いの思念が伝わってしまうのである。当然ながら、よい感情ばかり伝わるとは限らず、家族や恋人同士であっても、互いの負の感情が伝わってしまい不仲になってしまうことが多々あった。そのため、次第に人びとはこの時間になると自分1人だけになる狭い部屋などに閉じこもり、なるべく何も考えないようにして過ごすようになったのである。
ところで、このような弧介時間というものが生まれると共に、二種類の人間がいることが判明した。究極的忌避感に苦しめられる「ナーバス」と、究極的忌避感に苦しめられない「ダルタイプ」である。もっともダルタイプといえども、STPFのすぐそばまで行くことはできないので、相対的な差だとされているが、ある程度は化外の地にも入れるため、四国の要撃部隊は基本的にダルタイプで構成されている。ただ、ダルタイプというのは鈍感な人間であるとされ、人間関係においてもあまり配慮のできる人間ではなかったため、ナーバスから嫌がられているところがある。
さて、日本政府は北海道の大樹町にボルヴェルクと呼ばれる研究機関を設置。総括責任者卜部龍馬の下、STPFやキッカイの研究、そして、キッカイへの要撃を行う兵器、ダイナミックフィギュアの開発を行っている。
ダイナミックフィギュアは、次第に大型化を始めるキッカイに対抗するために二足歩行兵器である。ところで、この兵器の存在を周辺諸国は怖れており、五加一と呼ばれる5カ国と1政府の許可ないし承認がとれな
いと、出動させることができない。香川県内にクリティカルルームというものがあり、そこに許可ないし承認を行う外交官と日本側の外交官が詰めており、ダイナミックフィギュア出動を巡る交渉が行われているのである。


と、設定だけでも結構たくさんあり、というか上に述べた設定は、とりあえず最初に最低限抑えておくべき部分だけで、もちろん他にも色々あるのだが、さらに登場人物もそこそこ人数がいて、それぞれ物語がある。
それぞれに魅力的なので個々に紹介したいところが、それをやるのは大変なので、多分やらない。
下巻に入ると、この作品はロボットアクションものというよりは、実は親子の物語だったのだということが分かってくる。
物語的に、上巻と下巻ではっきりとした違いがある。上巻は、設定説明とキッカイと戦う物語なのだけど、下巻になると、敵は必ずしもキッカイではないのではないかとなり、ダイナミックフィギュアに隠された秘密が明らかになり、カラスやクラマといった異星生命体とのファーストコンタクトものとなっていき、上述したように親子や家族の物語となっていく。
以下、ネタバレしていく。
ダイナミックフィギュアの従系オペレータ*1である遊星は、ボルヴェルクで訓練を行ったのち、ダイナミックフィギュアのシキサイと共に四国へやってくる。そこで、是沢銀路をはじめとする司令艦パノプティコンのメンバーたちと共にキッカイと戦う。
上巻の後半は、優秀な司令官である銀路とエースパイロット遊星の活躍が描かれていく。
一方で、フタナワーフ調査部隊「白き蝉」の話も並行して進む。この調査部隊というのは、化外の地に入っていってキッカイを調べる部隊で、当然ダルタイプで構成されている。元自衛官というメンバーもいるが、全く一般人だった者も含まれている。香川県は4つの管区に分けられ、それぞれの管区に調査部隊がいるのだが、白き蝉はその中でももっとも成績の悪いチームでもある。この白き蝉の隊員の佐々文也というのが、運悪く化外の地に置き去りにされてしまうのだが、誰もが死んだと思ったのが生き延びて帰ってくる。彼は、キッカイを食べて生き延びたのである。結果、彼はダルタイプ以上に忌避感への耐性を身につけ、のち、卜部龍馬によって弧介型と呼ばれるようになる。
また、遊星は東京にいたガールフレンドの公文土筆を四国へと呼び寄せる。彼女は、事故のせいでほとんど声が出せなくなったため、人間関係に非常に消極的になっていた。しかし、人間関係を植物同士の棲み分けや遷移をモデルに捉えるという独特の理論を持っていた。
上巻のクライマックスは、大要撃戦のさなかにおける、銀路の死である。
この銀路の死というのが、上巻と下巻を鮮やかにわける。下巻からは、ダイナミックフィギュアを用いて日本を覇権国家にしようともくろむ政治家が司令官としてパノプティコンに乗り込んでくるわけだが、そんな奴が優れた指揮をできるわけもない。そして、公文土筆は、クラマを神と仰ぐ宗教団体の一員でフタナワーフにスパイとして潜り込んでいた畝本と共に姿をくらましてしまう。さらに、その脱出行の際に警備員を殺害したとして、彼女は指名手配されてしまう。優秀な司令官を亡くし、またエースパイロットに過酷な試練が襲いかかり、要撃作戦の歯車が次々と狂っていくことになる。
これを修復させ、物語の大団円へと向かわせるのは、死んだ銀路の魂をそれぞれがどのように継いでいくかとか、自分の親や過去との関係をどのように決着させるかとか、まあ言ってしまえば、各登場人物がそれぞれに背負った熱い想いによって解決していく。
冒頭で、「熱いSFロボット小説」と書いたが、色々なSF的設定があったり、ダイナミックフィギュアを巡る国際的な政治関係があったり、渡来体との人類や神を巡る思弁的な話が展開されたりとか色々あるのだけど、最終的には、やっぱり人間の想いと魂が大事になってくるということで、「熱い」とした。


ダイナミックフィギュアは実はまだ未完成品で、クラマから入手した素材ニーツニーを装備することで、核すら無効化する超兵器ワン・サードになる。ワン・サードは一体で世界の3分の1を制することができるという意味。ダイナミックフィギュアはシキサイ以外に、カムカラとカチョウフウゲツがある。カチョウフウゲツはニーツニーを装備して実際にワン・サードとなるが核ミサイル攻撃を受け、核を無効化させるも相打ち的な感じで使用不能になる。カムカラもその後ワン・サードになるが、シキサイはニーツニーが足りなくてならなかったはず。
人類が勝手に味方だと思っていたクラマの方が危険な存在で、公文土筆はクラマとのコミュニケートに成功しその危険性を知るのだが、結局抑えきることが出来ず、神という概念を入手したクラマは、地球に調和をもたらすべく「毒」となる人間の大量殺戮を始める。
遊星は、土筆との決着をつけ、さらにクラマとの最終決戦に挑む。遊星、最後死んだっぽいけど明言はされてない。


佐々が、いいんですよ佐々が。
香月純江が、佐々と結ばれた後が性格が一転してしまうのが、え、なんでって思ったけど、そこにもちゃんと理由があって納得させられる。
あと、安並風歌という天才科学者がいるのだが、彼女にも色々あって、最終的に是沢節が安並節へと変化しながら受け継がれるというのもよいシーンだった。
壱枝さんの見せ所もかっこいいし、錦戸の奔走もよいし、とにかく、キャラクターの物語がよかった。
最初はそうでもないんだけど、後半になるにつれて、色々深みが出てくるというか。あまり区別のつかなかったパノプティコンのオペレーター陣も、最終的にはそれぞれキャラが立ってくる。

ダイナミックフィギュア〈上〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈上〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈下〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈下〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

*1:従系というのは、遠隔操作のこと。十と調は、主系パイロットでダイナミックフィギュアに取り付けられたコクピットに直接搭乗する。遊星はナーバス、十と調はダルタイプである