吉田直『トリニティ・ブラッド』

2001年から2004年に出てたラノベ。著者が早くに亡くなってしまったため、未完のままとなっていることは知った上で読んでいたが、読み終わってやはり続きが読めないのが惜しいと感じる作品。
“大災厄”以後、文明レベルが衰退した世界。教皇庁が各国を支配しつつも、世俗諸国がその支配から脱しつつあるという中世〜近世にかけての雰囲気のヨーロッパを舞台にしつつ、一方で“大災厄”以前のロストテクノロジーが数多く登場し、戦闘シーンにおいては近代兵器や未来兵器が活躍しまくるという、いかにも一時期のラノベっぽい、SFやファンタジーの要素を色々と詰め込んだ作品。
主人公であるアベル・ナイトロードは、ヴァチカンの巡回神父を装っているが、その実は教皇庁国務聖省の特務機関Axの派遣執行官であり、普段は貧乏にあえぐ「バガ神父」であるが、戦闘シーンにおいては愛銃であるリボルバーによる天才的射撃の腕を見せ、さらには「クルースニク」という特殊能力(?)も有している。そんな彼と共に旅をするのは、見習いシスターであるエステル。アベルの普段の「バカ」っぷりに呆れながらも、惹かれていき、一方で彼が「クルースニク」の正体や過去について隠していることを気にしている。と、これまた、いかにもラノベっぽい感じ。
この世界には、人類から吸血鬼と呼ばれる「長生種(メトセラ)」という種族がいて、人類(長生種から短生種(テラン)と呼ばれる)を脅かしている。とはいえ、教皇庁による討伐などが功を奏して、今はほとんどの長生種が帝国(かつてのオスマン・トルコあたり)におり大規模な戦争は起きていない。とはいえ、人類の暮らす領域にもまだ多くの長生種が隠れ住んでおり、時折トラブルが起きている。
ところで、この長生種というのは、特殊な細菌と共生することによって超人的な能力を手に入れた人びとで、かつては同じ人類だったのだが、長い時を経て短生種と長生種(吸血鬼)とに分かれていがみ合うようになってしまっている。アベル・ナイトロードは、ロスト・テクノロジーによる超兵器を操作する際に「国連宇宙軍中佐」などと名乗っており、ファンタジーっぽい世界設定でありつつも、その背景には、SF的な歴史設定が控えている。

長編シリーズであるR.O.Mシリーズと、短編シリーズであるR.A.Mシリーズを交互に刊行していくスタイルで
R.O.Mは、アベルエステルが、Axの任務により人類圏だけでなく、帝国にまで旅をして、エステルが長生種を吸血鬼という化け物ではなく、共存すべき相手だと思うようになっていくシリーズであり、
R.A.Mは、アベルエステルが出会う数年前から二人が出会う直前までの時間軸における、Axの物語である。
Axの敵は、吸血鬼の犯罪者組織であったり、教皇庁へと反旗を翻した聖職者達であったりするのだが、その陰にはいつも、薔薇十字騎士団という秘密結社の存在があり、最終的には“騎士団”を壊滅することが目的である。
Axの上司であるカテリーナ・スフォルツァ枢機卿は、その異母兄であるフランシスコ・デ・メディチ枢機卿と政治的に対立しているのだが、Axもその対立にも巻き込まれることがあり、フランシスコの率いる異端審問局とは、時に争い、時に協力しあう複雑な関係にある。
Axの派遣執行官と、異端審問局の異端審問官は、それぞれ独特の個性と特別な戦闘能力を有しており、彼らのキャラクターこそがこの作品の魅力となっている。


聖書やら小説やら映画やらからの引用が、固有名詞の元ネタとして使われているのが結構あったり、あるいは各登場人物のセリフや単語には、英語、フランス語、ドイツ語、ラテン語トルコ語などのルビがふってあったり、その手の厨二病的な仕掛けが大小問わずたっぷりと詰まっていて、そこらへんも楽しい。


R.O.Mシリーズは、エステルの意外な出自が明らかとなり、彼女の旅が終わるという、一応きりのいいところまで終わっているが、R.A.Mシリーズは最終話の前編というところで終わってしまっている。
その後、シリーズ最終話までのプロット、前日譚にあたる900年前の出来事についてのシリーズのプロット、その他設定資料集をまとめたものが刊行されており、一応全体でどのような物語となるのかということは分かるようにはなっているが、当然ながら不明となっている部分の方が多くて(あのキャラクターは一体どうなったのか、とかとか)、色々気になって仕方ない。


巻数が多いので、とりあえずR.O.MとR.A.Mの1巻