P・W・シンガー『戦争請負会社』

P・W・シンガー『ロボット兵士の戦争』 - logical cypher scapeに引き続きシンガー。
こちらの方が刊行は先。
これまた現代における必読書
PMF民間軍事会社)というのは名前は知っていたし、アメリカで戦争の外注化が進んでいるのは何となく知っていたけれど、実際に読んでみると自分の想像以上であった。
イラク戦争において特に有名になったが、本書はイラク戦争直前に書かれており、90年代におけるPMFの事例が書かれている。アフリカ、バルカン半島中南米(というかコロンビア)あたりがメイン。あとはパプアニューギニアの事例も結構大きく取り上げられていた*1
ニュースだったり社会の教科書だったりで見知ったことのあるような、あるいはこの本で初めて知ったものもあるが、様々な紛争において既にPMFは大幅な関与をしており、こうした企業活動の影響抜きに紛争や安全保障を考えることができなくなっているということを突きつけてくる本である。
ただの雇われ兵士というレベルを超えて、ほとんど戦場の帰趨を決しているような場合もあるし、またPMF抜きでは今や戦争ができないほどに依存が進んでもいる。
第1部では傭兵の歴史と、PMFがいかにして誕生してきたか
第2部では、PMFを軍事役務提供企業、軍事コンサルタント企業、軍事支援企業に分類した上で、それぞれ、南アのエグゼクティブ・アウトカムズ社、アメリカのMPRI社、BRS社が取り上げられていて具体的に説明されていく。
第3部では、PMFの問題点が挙げられている。


米軍のようなデカイ軍隊も、色々な業務を外注化するためにPMFを雇っているわけだが、この本で取り上げられることが多いのはアフリカなどの小国の紛争の事例である。
冷戦終結後、超大国からの援助が得られなくなるなどした国が、反乱軍を鎮圧するために雇ったり、あるいは逆に反乱軍側が雇ったりもしている。その効果は絶大であり、一気に情勢が逆転している例なども多く挙げられている。
本書で取り上げられるのは例えば、シエラレオネアンゴラクロアチアといったあたりなのだが、読んでいてハッとしたのが、スリランカである。ここでは、90年代初頭の話として、スリランカがタミルの虎と戦うためにPMFを雇おうとしたが、そのPMFが米国政府との外交方針とのすりあわせのなかで、契約に至らなかったというものがあった。ところで、これは本書に書かれていないことだが、09年にスリランカ内戦はタミルの虎の敗北で終わっている。これはひょっとして、テロとの戦いアメリカとの外交方針が変わって、スリランカ政府とPMFとの契約がうまくいった結果なのでは、と思った。ただし、これは調べてないのでただの推測でしかない。実際には全く別の要因によるものかもしれない。とはいえ、本書を読んでいるとこのような推測にリアリティを感じてしまうのである。
PMFの規模は、いわゆる傭兵といったものにとどまらない(本書は、傭兵という個人事業とPMFという企業の違いを指摘している。また、国際法においては個人の傭兵しか規定がないことが、PMFへの規制が進まない要因となっているらしい)。大きいものだと、小国の空軍くらいは供給できるものもあるらしい(戦闘機数機とそれを運用するパイロット)。さすがに一国の軍隊を維持できるようなことはできないが、局地的な戦闘であれば十二分な戦力として機能するだろう。
いわゆる実戦部隊の軍事役務提供企業だけでなく、教育や情報を担当する軍事コンサルタント企業や、兵站を担当する軍事支援企業もある。
軍事役務提供企業や軍事コンサルタント企業は、元軍人によるものだが、軍事支援企業の場合、建設業などから軍事分野へと拡大してきた企業からなり、企業規模はこれら3種類の中では最も大きい。最も早く戦地に入り、最後まで戦地に残り、基地の建設と運用を行ったりしているらしい*2
また、自分たちが撤収した場合100日以内にクーデタが発生すると雇い主に警告していて、実際に彼らとの契約が切れた100日以内にクーデタが発生しているところがあったりする。
武器・兵器の国際的市場から供給が可能となっているので、リソースを常時維持しておく必要がなく、契約に応じて調達をしているのでフットワークが軽いらしい。
また、グローバルな規模で活動しているために、場合によっては本拠地を移動してしまうことも可能。例えば、エグゼクティブ・アウトカムズ社は、南アのPMFだが、現在は既に解散している。しかし、実態としては、PMFに法規制のかかった南アを離れて、別の国に別会社として生まれ変わっただけだと言われている。
企業同士のネットワークもあり、非軍事的な企業の傘下にいる場合もある。こうした場合、例えば同じ傘下の鉱山会社などを交えた複雑な契約が取り交わされることがある。つまり、報酬が払えないようなアフリカの小国との契約の場合、その国の鉱山の開発権を引き替えにするわけである。本書では繰り返し、雇い主の目的・利益とPMFの目的・利益が相反することを問題点として取り上げているが、上記のような契約は、その点で両者の目的が一致しうるものだともいえる。
また、国家以外の組織もPMFを利用している。国連や人権団体によるものもあれば、コロンビアの麻薬組織や中東のテロ組織によるものもある。
非国家組織が、かつては国家によって独占されていた暴力を、比較的容易に入手可能になっているのである。
シンガーは、必ずしもPMFを十把一絡げに断罪するようなことはないが、問題点の方が多いと考えているようである。ただし、それもPMFの存在そのものを問題視するというよりも、よりましな運用へと持っていくための指摘ともいえる。
PMFは軍隊といっても差し支えのないような組織ではあるが、しかしそれはあくまでも民間企業であるため、利益を優先して行動する。一方、PMFを雇うのは、国家であれ非国家であれ、何らかの政治的目的を実現する手段として雇っている場合がほとんどであろうかあら、ここに両者の目的の不一致が生じる可能性がある。
兵士の忠誠心や愛国心の問題、統制できるかといった問題もある。利益とならないとなれば、彼らはすぐに撤退してしまうかもしれない。また、残虐行為に関しても、その国の者ではないゆえに過度に感情的にならないから残虐行為には手を染めないといえる事例もあれば、逆にその国の者ではないからこそ、同国人の軍ではできないような残虐行為が出てきてしまうという面もある。
部分的にであれ、一度外注化を始めてしまうと、依存が始まってしまい、PMF抜きでは軍を維持できなくなることになっていく。そのような場合には、民営化のメリットであるコストを下げるという面がうまく機能しなくなってしまうかもしれない。
多くのPMFは、自分たちが規律ある組織であり正当性のある作戦にしか従事しないということを主張することで、長期的な信頼を得ようとしているが、そうであるならば、企業戦略としては全く逆に、麻薬組織やテロ組織との仕事を専門に扱うことで市場での地位を占めようとする企業も当然存在している。
一方、市場原理によることで、軍隊を運営するコストは下がっている。国連は、非常にコスト高であり、なおかつモチベーションの低い平和維持活動にPMFを導入することを考えているし、実際に部分的にはPMFを雇っているとのことである。
また、文民と軍人とのあいだに亀裂を走らせるという問題もある。
たいていの場合、国軍の兵士よりもPMFの兵士の方が給料が高く、またPMFは国軍の改革を行うために雇われる場合も多い。こうした場合、元々いた国軍側が反発するケースがあり、PMFを雇った文民との間に緊張関係が生まれてしまう。
PMFの存在が、軍人の道徳的地位を危うくするという見解もあるらしい。
PMFにおいてもっとも問題となるのは、国が軍事作戦を行う際の隠れ蓑として使われる点だろう。
一定額以下の契約の場合、議会に報告する必要がなく、議会の承認を得ることなく軍事作戦が実行できてしまうのである。また、人権侵害等の問題が生じた場合も、政府は責任を逃れることができるし、PMFの活動を規制する法律などが未整備であるために、PMFの兵士らもほとんど罰せられない場合が多い。裁判で敗訴したPMFの社長などもいるようだが、さほど高くない罰金刑で済んでいたりするようだ。
最終的にシンガーは、PMFを監視する法制化を早く進めるように提言して、本書をしめている。


虐殺器官』において、PMFの営業担当が国防省に対してプレゼンを行うシーンがあり、主人公が軍事作戦が非軍事的な言葉で語られることに、一種の感動を覚えるシーンがある。
個人的には本書を読んでいて、政府とPMFとの契約の多くが入札を通じて行われているという点に、似たような戸惑いと面白さを覚えた。


グルカ・セキュリティって名前がかっこよすぎてやばい


そういえば、最初と最後でシンガーは、これは少し前までは虚構と思われていただろうが、決して虚構ではないと述べている。
これは『ロボット兵士の戦争』でSFが現実になったというようなことを言っていたのと近い。
PMF無人化も、戦争におけるある方向性を示しており、これ近代的な国民戦争が完全に変質を蒙っていることを意味する。
戦争が、国家間のものではなく、対テロ組織のものを指すようになったのと同様の変化であり、この変化を掴めていないと、現代の戦争をおそらく把握することができないのだろう。
PMF無人化も、戦争をより人道的に行うための手段として洗練されたものであり、それによって戦争はより起こりやすくなっている。
PMF無人化も、自国民を危険にさらさないという点で、開戦のリスクを大きく下げることに一役買っているのである。
総力戦のようなことはおそらく起こらなくなっているだろうが、一方で戦争はより常態化してしまうかもしれない。

戦争請負会社

戦争請負会社

*1:巻末にパプアニューギニア政府とサンドライン社の契約書が載っている。

*2:全然関係ないけど、軍事支援企業なら『第六大陸』ができるのかもしれないと思った