上田早夕里『華竜の宮』

「魚舟・獣舟」*1と同じ世界を舞台にした長編。
短編の方では、世界設定とかはぐっと押さえてあるけれど、こちらはプロローグから全開w
この世界の舞台は、海面が隆起して多くの陸地が水没してしまった未来だけれど、プロローグはその水没よりも前の時代(つまりほぼ現在)で、科学者たちが水没が起こることを予想したあたりから始まって、それについての説明と水没以後世界がどうなったのかの解説がなされている。
で、物語は一章から。
海の方の面積が遥かに広くなってしまった時代で、外務省は在外公館とは別に外洋公館というものを海上都市に設置している。そこは在外公館より地位は低いが、海で起こるあらゆるトラブルに対処するトラブルシューターの役割を負っている。そんな外洋公館の一つで働く外交官、青澄誠司が主人公である。
海上民は数が増えるにつれて、陸上の政府に属さない生き方をし始めるようになった。国籍タグを有していないので、タグなし船団と呼ばれる。もっとも陸上の政府からしてみれば、タグなし船団はタグなし船団でしかない。
青澄は、タグなし船団にタグを受け入れさせるように命じられる。彼は、出世よりも現場でトラブルシューターをやっていくことに生き甲斐を感じている人間で、その点、陸上民でありながらも海上民への理解が深い。そのため、ただタグを押しつけるようなことはしたくないと思っている。
とにもかくにも、最大のタグなし船団を率いるツキソメと呼ばれる女性との交渉を始めることとなる。
しかし、汎アジア連合*2が、露骨にタグなし船団を始め、他の政府はそれを黙認するなど、陸上の政府によるタグなし船団への圧力は次第に高まっていく。
そんな中、青澄、ツキソメ、汎ア連合海上警備隊タイフォン上尉らは、海上民を守ろうと奔走する。
というわけで(?)、物語の大半はわりとこういったポリティカルな人間ドラマが中心になっている。
っていうか、タイフォンかっこいいよタイフォン
ただし、ポリティカルな問題だけではなくて、地球規模の大問題も彼らには襲いかかることになる。
再びホットプルームが活性化して、今度はほとんど人類が滅亡しかねないほどの気候変動が起こることが予想されるのだ。
そしてそのために、さらなる人類改造の案が提案される。
その計画のカギを握るのが実はツキソメであり、ツキソメの身柄を巡るバトルも起こる。


海上民が、<朋>として魚舟がパートナーであるように、陸上民には、アシスタント知性体というパートナーがいる。
青澄パート以外は三人称なのだけど、青澄パートだけは青澄のアシスタント知性体の一人称になっている。
人工知能は心を持つのか的な問題は扱われていないけれど*3、アシスタント知性体の使い方は面白かった。
パートナーである人間で相補的な性格になっていたり、外交パーティの場では、知性体同士が先に接触したりして情報収集をやっていたり。


人類の滅亡そのものは描かれないが、人類の終焉に向かっていく様が、やや駆け足ながら描かれる。
人類が終わるとしたら、一体どのように生きればいいのか、ということを青澄は考える。
個体の死ですらなかなか捉えるのに難儀している自分にとって、人類という種の終焉というのは本当に頭がクラクラしてしまう話ではあったが。*4
起きている状況自体は、そりゃあ人類の終焉だから悲惨なものだが、示されている価値観はわりと明るいもので、そういう点は気分は楽だったかもしれない。


人類の未来ということでいうと、海上民自体が結構遺伝子操作されていて、人類と違う種になりつつあるよう気がするが
それ以外に、ほとんど植物みたいな鉱物みたいな存在になってしまった、袋人という人々(?)も出てくる。
そして、来る災厄に耐えうるために、さらに海上民を遺伝子操作で変える案では、完全に海中生活型となってしゃべることもできなくなるので、ほぼ人類ではなくなってしまう。
一応、少数の陸上民をシェルターで保護し、いずれ災厄が去った時に元に戻すという計画で、それなんてナウシカって感じ*5

惑星科学の専門用語とか、海上民の自由な(しかし常に命の危険とも隣り合わせな)生活とか、海上都市とか、ポリティカルな駆け引きとか、楽しい要素は色々あった。
物語としてもそれほど不満はないんだけど、
これだけ長いものを書くのは初めてとインタビューにもあったけど、短編ほどの完成度は感じなかった。
あと、細かい話だけど、「素晴らしい勢いで潜行した」とかそういう感じで「素晴らしい」がよく出てくるんだけど、なんか違和感ある。


華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

*1:http://d.hatena.ne.jp/sakstyle/20101125/p1:title=]を参照

*2:中国を中心とした、東南アジア・南アジアの連合国家。この時代、多くの土地が水没したため、国はほとんどこうした地域連合となっている

*3:まあそんなのまでやり出したら収拾着かなくなる

*4:ネタバレになってしまうが、個体の死といえば、タイフォンの死ぬところはちょっと驚いた。いやまあ、確かにタイフォンが死ぬこと自体は驚かないけれど、そのタイミングかという感じがしたので

*5:こちらのエントリーでも、ナウシカの名を上げている。「華竜の宮」は風の谷の水域沈没第2部じゃなかろうか(いい意味で) - 万来堂日記3rd(仮)