内井惣七『ダーウィンの思想』

ダーウィンが如何にして進化論を考えるに至ったのか、ということがまとめられている。
進化論そのものの解説としてもコンパクトにまとまっているけれど、それが実際にダーウィンがどのように考えていったのかがわかる。
まずはビーグル号の話と、地質学者ライエルからの影響。ビーグル号というガラパゴスだけど、南米とかオーストラリアとかも回ってるのね。実はそっちでの体験の影響が結構大きい。そして、ガラパゴスでのフィンチやゾウガメに関しては、ダーウィンは実はあんまり詳しくは調べてなかったらしい*1
ライエルからの影響は、科学的な態度や方法論。ライエルとの違いは、人間を特別視しないこと。
ダーウィンにはヒュームからの影響もあるらしい。内井は、資料が少ないのであんまり確かなことは言えないといっている。ハイエクはその影響は確かだ、とか書いてたけど。
この本のメインは、ダーウィンの分岐の原理について。
自然淘汰の原理と共に、いわば進化論の二大原理だと内井が目するものである。
ニッチごとに適応度のピークがあって、そこに転がり込んでいくから種が分岐していくっていうのは、なるほどーと思った。これは全然知らなくて、途中まで何の話かよく分からなかったのだけど、適応度のピークに転がり込んでいくっていうイメージが「おおっ」って感じだった。
id:shorebirdさんによると、ここの説明は不充分なところがあり、また必ずしもダーウィンのウォーレスに対する革新性を示しているとはいえないらしいけれど、異なるニッチの異なる適応度のピークへ向かうというのは、やはり「ダーウィンの慧眼」らしい*2
ところでこの章の最後で、今西進化論を今西という名前を出さずにdisっていて吹いたw
で、人間と進化の話。
ライエル、ウォレス、ハクスリー、エーサ・グレイといった人たちが、人間と進化についての本を1860年代に相次いで出版する。彼らはみな、進化論を認めるのだが、それを人間に適用するのだけは避けるのである。グレイにいたっては、自然淘汰と目的論(創造説)を折衷しようとしだす始末なのである。
そこで、ダーウィンは人間だって進化の産物なのだと主張する本を出版するに至るのである。
この章で面白かったのは、いわゆる心的な語の扱い方。それらを、動物に対して使うことを行動主義的な動物学者は論点先取だとして嫌うわけだけれど、人間にだけしか使わないのもまた逆の意味での論点先取ではないのか、という指摘があって、はっとした。最後に、類人猿の研究をしているド・ヴァールが紹介されるが、ド・ヴァールは類人猿の研究に当たってマキャベリ君主論』を参照したという。そしてサルたちの行動を記述するのには、心的な語を使わざるを得ないとしている。


内井惣七『空間の謎・時間の謎』 - logical cypher scape2
内井惣七『進化論と倫理』 - logical cypher scape2


ところで、「絶滅」って誰が提唱したんだろ。
生物種が絶滅するっていう考えがないと、進化論とかも出てこないしねー。
ライエルは既に前提にしているっぽい。
キュビエかオーウェンかなー。ってこれだな。

ジョルジュ・キュビエは1796年に現生のゾウと化石のゾウの違いを発表した。彼はマストドンとマンモスが現生のいかなる生物とも異なると結論し、絶滅に関する長い議論に終止符を打った。1788年にはジェームズ・ハットンが非常に長い間、連続的に働く漸進的な地質プロセスを詳述した。1811年にはキュビエとアレクサンドル・ブロンニャールはそれぞれパリ周辺の地質について研究を発表し、地球の先史時代研究の先駆けとなった。キュビエは化石に見られる動物相の変移を説明するために天変地異説(激変説)と複数回創造説を提唱した。1840年代までに地球の膨大な地質学的時間は大まかに明らかになっていた。1841年にジョン・フィリップスは主な動物相に基づいて古生代中生代新生代に区分した。このような新たな視点はセジウィックやウィリアム・バックランドのようなイギリスの保守的な地質学者からも受け入れられた。しかしキュビエらは生命の発展の歴史を度重なる天変地異とそれに続く新たな創造によると考えた。バックランドのようなイギリスの地質学者の中の自然神学の支持者はキュビエの激変説と聖書の洪水のエピソードをむすびつけようとした。1830年から33年にかけてチャールズ・ライエルは『地質学原理』を著し、激変説の代替理論として斉一説を提唱した。ライエルは実際の地層は天変地異よりも、現在観察されているような穏やかな変化が非常に長い時間積み重なって起きたと考える方が上手く説明できると論じた。ライエルは進化に反対したが、彼の斉一説と膨大な地球の年齢という概念はチャールズ・ダーウィンら以降の進化思想家に強く影響した。


進化論 - Wikipedia

キュビエがはっきりさせたってことかな。
まあ化石とかあるんだから、絶滅って考え方自体は古くからありそう。絶滅というか、謎の生き物の化石があると。
ここらへんの地質学・古生物学史とかも一度おさえておきたいな。
斉一説とか転成説とか。
キュビエ、オーウェン、マンテル、バックランドとかは恐竜好きだった頃によく見た名前だから懐かしいんだけど、子どもの頃の知識だからちゃんと知らないんだよな。
恐竜学者というと、あとマシューとコープとかー。
話がそれすぎた


追記
thinkeroidさんに教えて貰った

The concept of extinction, at least in Western cultures, was accepted only about 200 years ago. Before that, it was assumed that each species was permanent and had existed for as long as the earth had. But as more fossils of unusual animals were unearthed, the idea that groups of these animals were still living in remote areas became untenable.
(中略)
Naturalist Georges Cuvier, working in Paris around the beginning of the 19th century, realised that many fossils were of forms that no longer existed. The fossil record showed that whole groups of animals had become extinct in Europe and elsewhere.
(中略)
In the late 1830s, Richard Owen in England made the British public aware of extinction, and extinct animals.


The concept of extinction – Te Ara Encyclopedia of New Zealand


*1:フィンチの重要さにはあとで気付く

*2:http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090829#1251522749