青春のロシア・アヴァンギャルド――シャガールからマレーヴィチまで

今年、20世紀の美術とか音楽とかについての授業をとっていて、
この前行ったバウハウス展も、今回行ったロシア・アヴァンギャルド展も、その授業で教えてもらったもの。
ロシア・アヴァンギャルドに関していえば、その授業で聞くまで、ほとんど何も知らなかったわけで、よかったなあと思う。


ロシア・アヴァンギャルドは、革命起こったり戦争起こったりソ連ができたりという激動期のロシアにおける芸術運動で、ネオ・プリミティヴィズム、立体未来派、スプレマティズム、ロシア構成主義といったものを内部に含んでいる。


ネオ・プリミティヴィズムは、ロシアの看板の絵や版画の絵のデザインにインスパイアされて描かれたもので、最初は、少しデフォルメされてるけど構図とか描いてるものは普通の絵だよねってところから始まって、次第に幻想的ないし抽象的になっていっている。
例えば、シャガールの《ヴァイオリン弾き》。屋根の上のヴァイオリン弾きがモデルだけれど、ヴァイオリン弾きが中央に大きく描かれていて、家とかは小さく描かれている。その構図は、最近だったら、ポスターとかでよくありそうだなという感じではあるけれど、現実的な風景の構図ばかり見てきた当時の人たちにとっては、なかなかインパクトがあるのではないかと思う*1
あと、シャガールにかんしていうと、色合いが独特というか、滲んだようになっている青とか灰色とかが多いと思うんだけど、他にもそういう色を使っている画家が結構いて、ロシアの特徴なのかなあと思ったりした*2
オリガ・ローザノヴァの《汽車のあるコンポジション》は、汽車を真ん中に描いて、その周りを水色とピンク色の曲線が描かれていて、抽象的な幻想的な感じであった。オリガという名から分かるとおり、女性であるが、ロシア・アヴァンギャルドは結構女性画家が多かった。
それから、ブルリュークという人が結構面白かった。
ネオ・プリミティヴィズムというよりは、もうかなり抽象で、しかもコラージュもやっている。わりと幾何学的に色をならべた画面に、金属部品をはっつけている。でも面白いのは、その画面の中に、ネオ・プリミティブ風の農婦の顔や兵隊が描かれていること。
それから、勢いでわーっと描く人らしく、油絵の具があちこちで固まりになっていたりして、そういう意味で非常に立体的。こういうのは、生で見て面白いなあ、いいなーと思う。筆致とかは、生で見ないとなかなか分からない。
この人は、のちに日本に来て、そこからアメリカに亡命していったらしい。で、日本を描いた絵もある。


ネオ・プリミティヴィズムは、ロシアの居酒屋の看板の絵とかをもとにして絵を描いていたわけで、それじゃあロシアの居酒屋の看板はどんなんだったんだろうか、と興味が惹かれる。
ピロスマニという画家が紹介されている。この人はまさに当時、看板の絵を描いていた人。看板じゃない絵も描いていて、たぶんそっちのが主な仕事で、そっちが展示されていたんだけど、素朴というかおかしみのある表情を描く人だなあと思った。


そして、マレーヴィチである。
この人はずっとロシアのいたのだが、パリなどの動向に敏感に反応し、ネオ・プリミティヴィズムから立体未来派*3を描くようになり、スプレマティズムという画風に到達することで、外国から影響を受ける画家からオリジナリティのある画家となる。
そして、このスプレマティズムというのは、完全な抽象画*4の始まりでもある。抽象絵画というのは、マレーヴィチの他に、カディンスキー、モンドリアンあたりが始祖らしいけど、カディンスキーもロシア人。ただ彼は、パリに留学したり、バウハウスの先生やったりと、ロシア国外での活動の方が多い感じ。この展覧会でも、カディンスキーは、全く抽象でないネオ・プリミティヴィズムの絵が1枚展示されてるだけだった。
背景に色を沢山使って、さらに形態をどんどん単純化させていく。
ポスターに使われている《農婦》は、もはや人間と言うよりも人形かロボットのような形態にまでシンプルになっている。
そして、スプレマティズム。これがかっこいい。
僕がこの展覧会を見に行こうと思ったのも、授業でみたスプレマティズムの絵がかっこよかったから。
とはいえ、マレーヴィチのスプレマティズムの作品は2点しかなくて、ちょっと残念だった。
他の画家の同様の作品がさらにいくつかあったけれど、授業で見た、かっこいい絵は見れなかった。
マレーヴィチの十字架のスプレマティズムの絵も、なかなかいいのだが。


『アエリータ』という、ソ連SF映画の冒頭3分が上映されていた。ちなみに、『戦艦ポチョムキン』の2年前くらいの作品。
火星の科学者が地球がが見える望遠鏡を作ったとかなんとか、そういう話。
さっき、マレーヴィチの農婦の絵が、ロボットみたいといったが、衣装デザインがまさにロボットのような感じなのである。今から見ると、なんか学芸会の工作のような衣装なのだけど、デザインはなかなか。それから、セットなんかもロシア・アヴァンギャルドの画家が作ったとか。
セットといえば、ロシア・バレー団のセットを作るようになった画家というのも、結構いた。


その後も、ネオ・プリミティヴィズムだったり、それをさらにキュビズム風に抽象化したような作品だったり、シャガールみたいな絵が続く。
工場で働く労働者を描いた絵があって、今から見ると、何か機械文明批判のように見えなくもない絵なのだけど、その労働者はうっすらと笑っていて、ソ連の労働者礼賛プロパガンダ的な文脈にあったらしい。
手元の年表によると、
1920年、ブルリューク、日本へ亡命(さらにのちにアメリカへ)
1921年、カディンスキー、ドイツへ亡命
1922年、シャガール、フランスへ亡命
とある。
ロシア・アヴァンギャルドは、ソ連で新しい芸術と称揚されていたのだが、スターリンによる弾圧が始まるのである。こののち、ソ連では社会主義的リアリズムだけが認められるようになる。
そんななか、マレーヴィチは具象へと回帰。
展覧会の一番最後に、自画像と妻の肖像が展示されているのだが、何というか全く普通の肖像画で、全く面白くないのである。
スプレマティズムまで到達した画家が、何故こんな普通の肖像画を描くに到ったのか、僕は不勉強でよく知らないし、本人には本人なりの理由があったのかもしれないけれど、なんとなく寂しい感じがした。


「青春のロシア・アヴァンギャルド」公式サイト

*1:というか、当時はまさにそういう絵がどんどん出てきた時期であるわけだけど

*2:もちろん、そうでない画家もいるんだが

*3:フランスのキュビズムとイタリアの未来派をあわせた画風

*4:モチーフとなっている具体物がない