『中国動漫新人類』遠藤誉

中国における、日本動漫(マンガとアニメ)の受容のあり方について書かれた本。
というわけで、クールジャパン系の本かとも思うかもしれないが、さにあらず。
そもそもこの本の著者は、1941年生まれの女性物理学者で、日本のオタク文化とは全く縁のない人物である*1。中国で生まれ育ったために、中国人留学生の受け入れをずっと担当してきており、オタク通ではなくむしろ中国通の人間である。
というわけで、作品についてや文化*2についての分析はそれほどなされていないし、やや知識不足と感じないわけでもない*3


中国で、日本動漫がどのように受容されているのか
あるいは、中国でこれだけ人気があるのは、海賊版流通のためであるという考察など、前半部分もなかなか面白くはある。
ただ、この本はむしろ、後半が真骨頂である。
中国の若者といえば、反日デモのイメージが強いだろうが、日本動漫を愛する気持ちと反日感情が、中国の若者の中でどのような関係にあるのかということが、後半では書かれている。
その中で、中国において「反日」がいかに形成されていったのかということが追いかけられていて、ここが面白い。
中国人のメンタリティとして描かれているものが、日本人のメンタリティとして語られるものとよく似ているか、それをさらに強めたものであることが、驚きであった。
例えば中国人にいわせると、日本人は白黒はっきりつけさせる傾向が強いらしい。
そして、著者が「大地のトラウマ」と名付けた傾向が、まるで日本のイジメの構図のように見える。
つまり、誰かが大きな声を出すと、それよりさらに大きな声を出さないと、逆に攻撃されてしまうというのである。彼らは、一種の同調圧力と不安に駆られて、一気に一つの方向へと流されていくのだという。
また、2005年の反日デモアメリカでの慰安婦非難決議は、中国政府の「暗躍」があったのではなく、むしろ在米反共の華僑華人がきっかけとなって起きた動きだという。
彼らは、国共内戦天安門事件の際に、大陸から逃れた人たちで、中国政府には一貫して批判的であるらしい。
華僑華人というのは、全世界にいて、かなり強固なネットワークを有しているそうだが、必ずしも中国政府と意向を一にしているわけではない。台湾問題などもそこには絡んでくる。
著者自身が、幼い頃に大陸で育ち、国共内戦による混乱の中、兄弟が餓死するなどの状況を体験している。中国に対するアンビバレンツを本文中でも漏らしている。
そのことを考えるならば、そのような著者の感情的な部分を差し引いて読む必要はあるかもしれないが、ほとんど知らない話だったので、非常に興味深かった。


ところで、台湾と中国の関係というのも、また面白い。
もちろん両者は対立しているわけだが、経済的、文化的には繋がりがある。
日本動漫が中国大陸に入っていくときにも、その初期においては、まず台湾で翻訳されたものが入っていったらしい。
台湾と中国は、例えば音楽のヒットチャートも重なっているらしいし*4、あるいは福嶋は、近年のアジア文学の代表作家として、日本の西尾、中国の郭と並んで、台湾の作家を挙げていた*5
台湾、中国、さらに韓国も加えていいかもしれないが、かなり文化的には繋がっている感じがする。もちろん、韓国や中国の映画やドラマは日本にも入ってきているし、その逆も然りであるから、その繋がりの中に日本を加えてもいい。ただ、やはり断絶も感じる。日本の作家の動向を知るように、中国の作家の動向を知ることはない。
そこらへんの、アジア圏における文化の繋がりというのも、なかなか気になるところである。


追記(080506)
「“多くの日本人は胡錦涛国家主席と花見や卓球をしたがっている”事が判明…中国メディアのアンケート調査で(痛いニュース(ノ∀`))」
本書を読むと、これが中国政府が胡錦涛訪日に向けた国内向けの準備なのではないか、と考えたくなる。
以下、本書から抜粋する。

(07年4月、温家宝来日の際、中央電視台は「岩松看日本」(ニュースキャスター岩松が日本を見るという番組)を放送していた)
これはすなわち、温家宝首相来日により、また憤青たちが暴れないように、そしてそれにつられて一般庶民が暴動を起こさぬよう、この時期を選んだものだろうと、推測できるからだ。
(中略)
このテレビシリーズは、温家宝が無事に日本訪問を果たすために中央電視台が敷いた「赤絨毯」であった。
(403〜404ページ)

現政権は、その教育*6の結果、生まれてしまった中国国民の中の「反日派」の無軌道な行動ぶりに逆に苦慮しているのが現実だ。中国のとってきた愛国主義教育が、もはや政府の政治方針とずれを生んでしまう。そんなねじれに今、中国の指導者たちは頭を悩ませている。
(407ページ)

2007年、夏ごろだっただろうか。春だったかもしれない。日本で言うなら、NHKニュースに相当した中央電視台のニュースが、必ずと言っていいほど、ニュースの真っ最中に2分ほど突如時間を割いて「紅色記憶」という番組を挟むようになっていた。
(「紅色記憶」は、中国共産党が侵略国日本といかに勇敢に戦ったかを解説する記録番組であるが、何故そのような反日的な番組をいれるのか、作者は訝しむ)
そう思って見ていたところ、ふと気がつくと、「紅色記憶」がなくなっていた。それはちょうと、「中国共産党第十七大会」(十七大)が終わった時期と一致していた。それからは来る日も来る日も、ニュースのほとんどは「十七大精神」に関する内容に変わっていたのだ。
(中略)
これ*7もまた「十七大精神」を受け入れるための心理的準備を国民にさせるための洗脳活動であったということになろう。それはすなわち、ここまでしないと、中国庶民が中国共産党を受け容れないということを意味していることになるのかもしれない。
(408〜409ページ)


件のアンケート結果を見ると、アホすぎワロタwwと言いたくなるわけだが、そして実際にアホすぎだと思うのだが、
そういうデータを流すことによって、反日デモを起こすのを防ごうとしているのかもしれない。
何故反日デモを防ぎたいかというと、それが反政権デモに変わってしまう可能性があるから。
中国では、もちろん政権批判などほとんどできないわけだが、反日であれば「愛国無罪」というスローガンを掲げることで行うことができる。そして、「訪日するような現政権は軟弱だ」などといった政権批判も可能になる、というわけ。

中国動漫新人類 (NB online books)

中国動漫新人類 (NB online books)

*1:この本を書くに当たって、孫から『スラムダンク』を借りたなどとも書かれている

*2:オタク文化、またそれだけでなく映像文化なども

*3:そもそもが、日経BPの連載企画なので、そのような観点は必要ないわけだが

*4:これは、台湾に留学していた友人からちらっと聞いた話

*5:参照:http://blog.goo.ne.jp/f-ryota/e/6e2ae23e4ded6fca8ae199b5bf25c03e。韓国の作家をあげていないのは、そもそも福嶋が韓国作家までフォローできていないためだと本人は言っている

*6:江沢民政権による愛国主義教育

*7:「紅色記憶」