瀬名秀明『EveryBreath』

セカンドライフみたいな仮想世界《BRT》が広く行き渡った未来が舞台の、親子3世代に渡る物語。
今まで瀬名作品の主人公は基本的に、作家か研究者だったのだけれど、今回初めてそうではない職業の人が主人公になった気がする、女性だし*1
ラジオドラマの原作版として書かれているので、ラジオというものが重要なアイテムとして使われる。
あと、多分瀬名の趣味で、飛行機もそれなりに重要なものとして出てくる。
その他、アイテムやエピソードの数が、ちょっと多すぎる気がする。
一応伏線としては大体回収されているのだけど、個々のエピソードの分量が物足りない。
《BRT》の設定のいくつかにしろ、ブレスの話にしろ、なんかもう少し掘り下げられるんじゃないか、と思うんだけど、それをしていない。
文音の話とかも、なんか中途半端というか、わざとらしいというか、そんな感じがしてしまう*2
おそらく、ラジオドラマということもあって、あんまりぐりぐりと掘り下げなかったのかもしれない。
人工生命話とか、《BRT》のレイヤーの話とか、SF設定とか織り交ぜた話にできたはずだし、あるいはもっとメタフィクショナルな(?)仕掛けも作れたような気がする。
そういう意味で不満はある。
しかし、後半はそういう不満をおさえて面白くなっていた
ラジオドラマだから掘り下げなかったという点もあるだろうし、あるいはそういうテクノロジーが普及した上での社会や人間を書こうとしたので、テクノロジーについての解説は極力抑えたのかもしれない。
後半では、主人公の娘、主人公の孫娘が視点人物になっていくのだが、少しずつテクノロジーが進化していって、それに対する受け取り方も変わっていっている。


仮想世界とか人工生命とか、今更説明するまでもないといえば説明するまでもないんだけど
共鳴とかレイヤーとかは、オリジナルの概念なので、もう少し説明してくれた方がよかったと思う。
各レイヤーが一体どうなっているのか、そういうのを考えると、なかなか面白いことは面白い。


基本的に、瀬名の好きなものをうまく詰め込めるだけ詰め込んだのかな、という感じもする。
飛行機とか、科学コミュニケーターとか。
ラジオはラジオドラマの原作だからだとして。
どうして、金融工学なんだろうか。
あと生徒会小説なので、生徒会嫌いの人には薦められないw

エヴリブレス

エヴリブレス


追記(080401)
ITmediaNewsに瀬名秀明のインタビュー記事が載っていた。
『EveryBreath』の紹介と共に、ケータイ小説初音ミクについて瀬名の思うところが述べられている。
面白かったので、いくつか抜粋したい。

「輝度というワンパラメーターを変えるだけで質感は変わる。『クオリア脳科学の難しい問題』などと言われていたが、人間が感じるリアリティは、たったワンパラメータで変わってしまう。Second Lifeの世界にもそのパラメーターさえ入れば、ものすごくリアルになるかもしれない。そういう世界を目の当たりにしたときに、僕らは何を考えるのだろうか」

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/31/news010.html

Breathのアバターは、本人が操作しなくても「本人がやりそうな行動パターン」を繰り返して生活。現実世界で本人が死んだ後も、生き続ける。
 物心つくころにはBreathが当たり前だった若者――杏子の子ども世代――は、そんな世界を当たり前のように受け入れる。成長してからBreathを知った杏子は、アバターと自分とを切り離し、アバターの“人生”を尊重しようともがく。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/31/news010.html

非同期的なインターネットと、同期的なラジオ。「現実と仮想世界で同じラジオを聞いていたら、気持ちがクロスするような瞬間が、あるのではないのか」

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/31/news010.html

メインの舞台は東京だが、奈良県大和郡山市沖縄県宮古島、米国も登場する。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/31/news010.html

以上、上の僕の記事では説明不足であっただろう設定などの話が、まとまってあったので、引用した。

ケータイ小説は小説ではない」――文体の特異さや表現の稚拙さをあげつらい、そんなふうに批判する人もいる。だが瀬名さんはそうは思わない。「瀬名の小説はSFじゃないと言われ続けてきたので(笑)」
ある種の理想を示す言葉のカテゴリーでは、あまりに一般的で「売れている」ものは、仲間はずれにされていくという。「あるロボット研究者が言っていたことだが、人口に膾炙(かいしゃ)したロボットは、ロボットと言われなくなる」

飛行機のジャイロや自動販売機もロボットと呼ばれていた時代があった。当時のロボットの意味範囲を現代に当てはめると、自動洗濯機や自動車もロボットに入るはずだが……

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/31/news010_2.html

これは、瀬名ならではの指摘だと思う。
「小説」や「SF」や「ロボット」という言葉は、理想像に対して用いられるので、発言者の理想から外れてしまうものは、そう呼ばれなくなってしまう、ということ。

「でも、電子書籍になり、文字の大きさが自在に変えられるようになると、その作家がやっていることは意味がなくなる。壮大な無駄なのでは、と言われる日が来るかもしれない。とても難しい問題なので、今後も動向を見守りたい」

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/31/news010_2.html

ここでいう「その作家」というのは、京極夏彦のこと。
文がページをまたがないように、文字数をコントロールして書いているという例の話のこと。
フォント、文字数、レイアウトなどのブックデザインは、今度どう変わっていくのかは、確かに考えなきゃいけないことだな。

今回の小説はTOKYO FMが版元。小説にはラジオを出すこと、TOKYO FMが参加している「Second Life」とリンクするような仮想世界を出すこと――が決まっており、その枠組みの中で物語を組み立てていった。
(中略)
「小説は、ある場面は彫り、ある場面は粘土を付け足し『このシェイプでいい』と決めてやっと物になる。TOKYO FMで本にするという前提があれば、ここを削ったほうがいい、こねたほうがいい、という判断する際の根拠になる」
(中略)
「作家が一番自由なのは、デビュー作を書いている時だろう、きっと。新人賞の締め切り以外、何の制約もない。何年かけて書いてもいい」

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/31/news010_2.html

加えて瀬名は、二次創作もやってみたい、と言っている。

「エヴリブレス」に登場するアバターは知能を持つ。本人のPCをスキャンし、趣味や嗜好を反映した上で、バーチャルな世界で人間関係を作り、永遠に生き続ける。

「エヴリブレスは、永遠の世界の中で本当に恋愛できるだろうか、ということを書いてみた小説」

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/31/news010_3.html

アバターが仮想世界の中で勝手に動いている、そしてそれらの時間ごとに「レイヤー」というものが分かれていく、というのが《BRT》の肝となっている。
人工知能とか仮想世界の話は色々あるけど、その点で『グラン・ヴァカンス』と似ているなあと思った。物語は全然違うけれど、永遠に生きる人工知能という設定が。
瀬名がイーガンばりの仕掛けを用いた、というのは、多分この設定のことだと思う。
仮想世界では、時間的、空間的な制約がなくなるということ。
そういう世界が一体どんなものなのか、ということは、結構想像を絶する。
そんな想像を絶する世界まで、この小説が連れていってくれるかというと、物足りない。
ただ、この小説は、SFとか読まない人にも読んでもらえるように、恋愛小説という形で書いたと言っているので、その範囲で考えると十分成功しているともいえる。


瀬名秀明に聞く「仮想世界」「ケータイ小説」「初音ミク」 (1/3)
瀬名秀明に聞く「仮想世界」「ケータイ小説」「初音ミク」 (2/3)
瀬名秀明に聞く「仮想世界」「ケータイ小説」「初音ミク」 (3/3)

*1:でも、後半で研究者になってるや

*2:なんか説明台詞的なものが出てきてしまうのは、これに限ったことではないかもしれないが