円城塔『Boy'sSurface』

SFマガジンで読んだときはよくわからなかった「Boy'sSurface」が、読み返してみるとなんとなく分かるようになってきたような気がする。
「YourHeadsOnly」はまだ読み直してないんだけど。


恋愛小説、恋愛小説と書かれているが、果たしてこれが恋愛小説なのかと問われると、首を傾げてしまう*1
小説というのには、大きく分けて二種類あると思う。
つまり、小説や言葉やフィクションについての小説とそうじゃない小説
これはおおむね、純文学と大衆文学(エンタメ)の区分に当てはまるように思う。
とはいえ、エンタメの中にも、小説についての小説というのはもちろんある。でも、それは文学と言ってしまっていいと思う。
さて、円城塔の作品というのは、早川のSFレーベルから出されているし、恋愛小説という宣伝文句もついていて、外側からみるとエンタメなのだが、読んでみるとこれはもう明らかに文学である。
つまり、小説ないしフィクションについての小説であり、言葉についての小説である。


『SRE』と同じく、フィクションが自動生成されていくことが一つのテーマになっているように思う。
そしてその自動生成というのは、言葉ないしある種の記号体系の自律性に基づいている。
レフラー球やらキャサリンやら特異点やら、というのは、そういうものを象徴していて、人間や現実とはてんで関係のないところで、勝手に動いている。
円周率が3.75へ上昇したり、花嫁と戦闘が始まったりするわけだが、それは言葉とか記号体系が現実とはリンクしない形で動きうる、ということでもある。
ただそれを読む側は、その言葉の使い方に、眩暈を感じてしまわざるをえない。
つまり、それは普通ならば、言葉とか記号体系というのを現実とリンクさせて考えているからで、そして言葉というのがそういう実践であるからこそ、言葉を見たときにその意味が分かる。
桜坂洋は、フィクションをシミュレーションだと呼んだが、確かにフィクションというのは、言葉や記号が現実とリンクしていることを巧みに利用し、仮想現実をシミュレートしているもののことなのかもしれない。
そしてそうであるならば、様々な系をシミュレートしうるかもしれないという仮定の上でなされる実験が、円城作品といえるのではないか。
延々と数学の話がなされてはいるが、だからといって円城塔の作品は、数学についての小説というわけではなくて、やはり小説についての小説なのだ*2


「GoldbergInvariant」は、別の数学体系との戦いという点で、イーガンの「順列都市」や「ルミナス」を想起させた。
主人公の名前が梧桐(ゴドー)*3諏訪哲史「りすん」のある重要な登場人物の名前も、梧桐だった。いや、ゴドーってなんか重要そうだと言うことが分かるけど、みんな使いすぎじゃない?(^^;*4
「Boy'sSurface」と「GoldbergInvariant」は、二つの話(というか一つの話の二つの側面)が交互に語られるようになっていて、各章の表題もうまく交互になるようにできている。後者の方は、その仕組みが作中で明かされるのだけど、前者はちょっと凝っている。
つまり、(0,0)とか(5,1)とか、座標で示されている。SFマガジンで読んだときは、頭の中でプロットしていった結果、なんだかよく分からなかったので、今回はちゃんと紙にプロットした。すると、規則的に並んでいるのが分かって嬉しかった。
「GernsbackIntersection」は、戦闘シーンが面白かったけど、各章の表題の意味はよく分からなかった。


円城塔作品の特徴というと、その文体というか文章の独特のリズムも挙げられるだろう。
普通の描写というものがかなり少ない。
数学的構造物が語り手だったりするので、そもそも語り手が一体どんな場所にいるどんな奴なのかさっぱり想像することができない、という意味で描写が少ない。
では、思弁がひたすら書かれているのかというと、ある意味では確かに思弁と言ってもいいと思うが、実際のところはどうだろうと思わなくもない。
しかし、そんな文章であるのにもかかわらず、勢い込んで読み進めることができてしまう。
正直何が書いてあるのかよく分からなくなったとしても、読むスピードは落ちないし、読む楽しみというのも落ちない。
時々、全然読めなくなるときもあるのだけど*5
とにかく妙なリズム感があって、それが円城作品をエンタメにしているかもしれない。


最近、読んだばかりだから、という理由も大きいのだけど、諏訪哲史と比較したくなったりもする。
見た目もやっていることも違うんだけど。
円城、諏訪、川上あたりのラインで何か考えたりできないか。
それにしてもピンク。

Boy’s Surface (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

Boy’s Surface (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

*1:そういう意味ではまだ読み込めてないのかもしれないなあ

*2:小説に限定されず、フィクション一般へと敷衍したくなるが、まあとりあえず言葉によるフィクション=小説ということで

*3:はてなキーワードによると、『ゴドーを待ちながら』のゴドーのスペルはGodot。一方、このゴドーはスペルがGodoh。微妙に違った

*4:「〜を待ちながら」とか

*5:それで、YourHeadsOnlyだけ読めてない