森達也『下山事件』

明らかに普段読んでいる本とは違う傾向の本だけど。
最近、戦後史だか昭和史だかが気になり始めていて*1、本屋に行ったら目についたのでふと買ってみた。
こういう事件があったということも、森達也がこういう本を書いたということも、知ってはいたけど、ほとんど興味がなかった。
日本の戦後史が気にかかったのは、自分が戦後史についてほとんど何も知らないなあということに気付いたから。
下山、三鷹松川事件というのも、終戦直後に、国鉄周りで謎めいた事件があったらしいという程度の認識だった。
あと、ずっと昔に『奇子』を読んでいて、そういえば下山事件について描いてあったなあと思い出したけど、ほんとに昔に読んだので細かいことは覚えていない。


まあほんとに何も分かっていない状況だったので、とりあえずどんなものか分かればいいなあと思って読んでみた。
その目的は半分達成されたし、半分は見事に当てが外れた。
この本は、下山事件について書かれていると同時に、それについての調査の過程もまた書かれている。
そして、この調査は最終的に暗礁に乗り上げてしまうのだ。
この事件を調べていく上で、森達也の中に去来した思いや考えも深く刻み込まれている。
僕は、『A』『A2』を見て、森達也という人を気に入っていたので、森達也色が強くなったところで全く困らないのだけど、人によっては気に入らないかもしれない。
とはいえ、この事件の真相はいまだ闇の中に包まれており、そしてまた多くの関係者が既に死んでしまっている今、今後明らかになる可能性も低い。そのような事件について、客観的に書くことはおそらく不可能で、どうしても調べた本人の思いや考えが乗っかってきてしまうのではないだろうか。


下山事件とは、初代国鉄総裁である下山氏が、1949年、常磐線の線路上で轢断死体となって発見された事件である。自殺か他殺か、すらも判然としていない。
この本では、下山は謀殺されたと考えられている。三鷹、松川両事件と共に、その犯行を共産党のものと思わせることで世論を反共に向かわせつつ、捜査の結果、真犯人が暴かれるのを阻止するために警察には自殺と判断させて幕を下ろさせた、というのが基本的なシナリオである。
当時、GHQの民政局はニューディーラーで占められ、日本国内の左翼勢力を後押ししていた。
一方、GHQのG2は、日本の赤化を危惧していた。
いわば、GHQ内の派閥闘争の末として、起きた事件だったともいえる。
そしてそれ故に、事件は複雑に絡み合っている。
戦中に大陸で働き、戦後はフィクサーとなるような大物右翼や政治家がぞろぞろと絡んでくるのである*2


55年体制がまだ出来上がる前。
労働運動が盛んで、社会党連立政権なんてものがあった時代。
○○機関というのがやけに沢山出てくる。
調べている途中、「今はまだ話すことができない」とか「怖くて話すことができない」なんてセリフが当然のように出てくる。
ほとんど想像することの出来ないような社会、時代、事件だなあと思う。
そんな時代に生まれてこなくてよかった、と思うけれど、ギラギラして熱い時代だったのかもなあ、とも思う。


日本の戦後史に関して。
当然生まれていないが、一方で歴史としても習わない、中途半端な時代として僕の中にある。
個人的に一番よく分からないのが70年代。
40年代は占領期、50年代は高度経済成長期ないしAlways三丁目の夕日的時代、60年代は政治の季節、80年代はバブル前からバブル時代というイメージがあるけれど、70年代だけどうイメージすればいいか分からない。
政治の季節が終わって、むしろ社会的な事件が色々起きた時代、なのかなあ。三億円事件、68年、三島自殺、70年、あさま山荘、72年、ロッキード事件、76年


下山事件(シモヤマ・ケース) (新潮文庫)

下山事件(シモヤマ・ケース) (新潮文庫)

*1:きっかけは『犬狼伝説』、なぜか

*2:僕がどれくらい戦後史を知らないかというと、児玉誉士夫のこともよく知らなかったくらい