『アラビアの夜の種族』古川日出男

古川が紡ぎ出した、壮大なギャグ。
いや、ギャグと言い切るのは語弊があるかもしれないが、それでもやっぱり「これなんてギャグ?」とか言いたくなる。


物語としては面白いのだけど、小説として面白いかといわれるとそうでもない。
この箱物語の構造はそれほど楽しめなかった。
箱の中で語られてる物語は面白い。
友達が言ってた「ダンジョン小説」というのが一番括りとしては正しいのかもしれない(「ラノベ的」とか「ゲーム的」とか考えたけどちょっとしっくりこなかった)。
剣と魔法のファンタジーイスラム版といった感じ。
そして、読み進めるにつれて登場人物のセリフがどんどんはっちゃけていく点に、一番ギャグを感じた。
古川の文体芸というか。
最初、読者に読みやすい文体を差し出しながら、物語がのってくるとどんどん文体をねじ曲げていく。それで読者に無理矢理読ませてしまう。
ジンニーアのセリフとかサフィアーンのセリフとか、地の文との違和感が絶対あるはずなのに、何でか知らないけど読まされてしまう。
そういえば、Amazonの書評を見るとルビについてのコメントも色々あるようだ。そういうこともひっくるめて「これ大層な小説のようで、所詮単なるファンタジーだから」って笑ってるんじゃないかと思える。
ホント、メインの物語自体はごくごく普通に面白いんだけど、なんでこんな人を食ったような形式になっているのだか。
そんなわけで、この作品を絶賛する気にはなれない。
『13』の方が好きだ。
でも、ストーリーテリングとしては巧み。
設定とかベタベタだし、大筋の展開もやっぱりベタなんだけど、しかしこれだけの長さを飽きさせずに書き上げたのは凄い。
というか、これだけの長さがないと説得力もがた落ちなわけで、長さの勝利なのかも。


ネタバレ注意
さて、この本は、古川がサウジアラビアで見つけた“TheArabianNightbreeds”なる本の翻訳ということになっている。
なっている、というのは、当然の事ながらそんな本はないからだ。
それに関するネタバレは本文中にはないのだが(文庫版あとがきでも「翻訳書」と述べている)、これは何となく分かる。
これがこの作品最大の人を食ったギャグ。
でも、この部分は良くできていると思う。
ところで、この作品が古川の創作であることは、読んでいれば分かると思うのだけど、Amazonの書評見るとわりとベタに信じてると思しき人がいてびっくりする。
まあ読み終わった後、念のためググるくらいには、僕も騙されたわけだけど。
ちなみに、「アラビアの夜の種族」でググると、1,2番目がAmazonで3番目に出てくるブックレビューサイトがのっけからこれについてネタバレをしている。
<追記>
Amazonのレビューを一通り読んでみた。
「だまされておこうよ」と割と直接的に言っているレビューと、「翻訳だからこの文章でも仕方ないか」的なレビューが隣り合っているのがなんか面白い。
というか、翻訳だと信じているレビューは、ベタなのか釣りなのか。
賞賛と批判に二分されているのだが、その理由がなんとなく分かった。
古川は、『13』によるデビュー前にウィザードリィ小説でもデビューしている。上で「ダンジョン小説」と言ったり「ファンタジー」と言ったりしたが、TRPGのリプレイに一番近いようだ。
それに気付いている人は賞賛していて、それに気付いていない人が批判しているのではないか、と。
だから、「大風呂敷な設定に対して語られる物語がベタ」だとか「ルビが派手すぎる、セリフがひどい」とかいう批判に対しては、「お前ら釣られすぎ」って言いたい衝動にかられる。

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

アラビアの夜の種族 II (角川文庫)

アラビアの夜の種族 II (角川文庫)

アラビアの夜の種族 III (角川文庫)

アラビアの夜の種族 III (角川文庫)