設計研最終回

議事録公開がずいぶんと遅かったので、今までのisedをかなり忘れてしまってますが(^^;
読んでいて感じたのは、鈴木健というのは一体どういう奴なのだろう、ということです。
それに対して、白田秀彰が「宗教」というのを言い出したのには納得した。
鈴木は「よりよい社会を作る」ことへの欲求がすごい強い。それは一体なんでなのか。キリスト教とか大乗仏教のようなもののようだ。
それに対して、東浩紀ってあんまりそういう欲求は強くないように思う。自分もそうなので、そういう意味でどちからというと東の方が理解できる。というより、鈴木健の言っていることは理解できるけど、モチベーションがあまり理解できない。
理研に比べて、設計研の方がポジティブな結論に落ち着いたのは、鈴木健のこの「よりよい社会を作ること」への欲求・モチベーションの強さがあったからのように思う。
内容面に関していうと、「複雑さを複雑なままにとらえる」「蛸壺の横へと橋渡しする」といった問題設定も理解しやすいし、理論面の部分も整理(用語の整理とか)されてるし、解決策も面白い。鈴木本人が主張しているように、実装面が一緒に提案されているから、面白いのだと思う。
ただ、どうしても違和感は残る。
鈴木健の言っていることが、ちょっと壮大すぎるところがあるせいからかもしれない。確かに実装面を考えているから、現実感はあるけれど、鈴木健の考えているプログラムが走っている社会というのを上手く想像することができない。


しかし、今回は(も)とても面白い議論だったと思う。
何というか、根本的な解決策*1が果たして出てきたかというと、そうではないと思うのだけど、そこへと向かう道筋の一つは作られたような感じがする。
こういうのが公開されているのはとてもよいことだと思うのだけど、さて一体どれくらいの人たちが読んでいるのだろうか。
鈴木健的世界が仮に理想の世界だとしても、それを実現するためにはかなりの数のプログラマやガバナンスに関わる人間を投入する必要があるはずで、そういう流れに果たしてなるんだろうか。
まあ、それはともかく、ギートステイトに向けてのよい予習ともなる議事録だったと思う。
ised設計研第7回

*1:何に対する解決だろう?現代社会の直面している問題に対する