佐藤翔『教養としての査読』

佐藤翔『図書館を学問する』 - logical cypher scape2に引き続き、友人である佐藤翔(みんつー)の単著
「教養としての」をタイトルに冠する本、初めて読んだかも
っていうか『教養としての査読』って改めてすごいタイトルだな
教養としての……査読?
あと、友人が「教養としての」本を書くことになるとも、思ってもみなかった。


それはそれとして、タイトルにある通り査読制度についての本
研究結果を学術論文などを通して研究者の中で情報共有していく仕組みのことを「学術情報流通」「学術コミュニケーション」などと呼んだりするらしいが、このあたりについての研究が、みんつーの専門なのかなあー、というイメージを個人的には持っている
なので、以前の本を読んだ際は、公共図書館がテーマということで、「そんなこともやってたのかー」というのが第一印象だったのに対して、こちらの本についてはむしろ「本業の本がでてきたな」という印象がある。実態は知らんけど。
(ところで、この本の内容自体はもともと『企業会計』という雑誌での連載がもとになっているという。これもまた、え、なんで図書館情報学研究者の連載がそんな雑誌に載ることになったの? という感じだが*1 )


僕個人は、研究者ではないので、学術論文を書くことはなく、当然、投稿したり査読を受けたりという経験も基本的にはない*2
というわけで、完全に学術情報流通の部外者ではあるのだが、科学や学術には一応興味関心を持っている立場の人間で、そういう意味では、上の方でタイトルにツッコミを入れてしまったが、あくまでも「教養として」査読制度について知りたい、というタイプの読者ではある。


そういう部外者にとっても、読みやすい内容となっている。
僕は、相対的には科学・学術に興味があるので、ここにあげられているトピック自体は聞いたことがあるものが多い(プレプリント・サーバとか、ハゲタカ出版とか、学術誌の価格高騰とオープン・アクセスとか)。
しかし、詳しいことは知らなかったし、その歴史的背景ともなるといっそう初めて読む話ばかりで、面白かった。

第1章 査読はなぜ生まれたのか

学術雑誌と査読の歴史
昔は、学者同士が手紙でお互いの成果について情報交換していたけれど、それだと大変なわけで、雑誌が誕生する。
で、次第に掲載する論文が増えていって、さらに専門に応じて細分化していって、という中で、編集者だけでは掲載の可否を決めるのが大変になっていって、専門家に依頼する仕組みができはじめる。
しかし、査読が定着したのって意外と最近のことなのだなあ、と
当初は、査読が始まってもそれは一部の論文に限られていて、アインシュタインが自分の論文を査読に回されて怒った、というエピソードがあったりするらしい。


戦後、「科学の指数的増大」が起こる
研究者や予算が増え、何より発表される論文の数が激増し、アメリカを中心に査読制度が定着する
査読を行う名目として、研究のよしあしは近い分野の研究者が一番よくわかる、というのがあるが、これはもともと、予算配分の際の政治介入を避けるために持ち出された理屈だったらしい。
(もともと査読は、レフェリーとも呼ばれていたけれど、こういう理屈がついてきたことでピア・レビューと呼ばれるようになっていったらしい)


査読は、科学者自身からは必要だと評価されている制度だが、実際に役割を果たしているのか
査読による効果ってどれくらいあるのか、ということだが、これについては、決してないわけではないけれど、すごくあるわけでもない、というなんともいえないものだった気がする。


ところで、「スチームパンク分野で有名なチャールズ・バベッジ」という一節が……
いや、確かにそうだが、いいのかその紹介で

第2章 時間がかかりすぎる:査読の問題①

第2章以降は、査読の問題とされるものと、それをどのように解決するかの試みが順に紹介されていく。
2章は、査読に時間かかりすぎる問題だが、この問題の原因は、査読してくれる人がなかなか見つからないというところが大きく、そのことについては3章で扱われる。
2章ではまず、査読者が見つかった後の話
大抵の査読者は、〆切をちゃんと守るが、まあ一部に守らない人もいるよね、という話で、査読を有償化したらどうなるか、という実験が紹介されている


そもそも、査読に時間がかかると何が問題なのか
というと、研究結果が公表されるまでに時間がかかるというのが問題で、先を超されてしまったり、あるいは、ほかの研究者がその研究結果を知っていればさらに次の研究に進めるのに、そこが停滞してしまうのではないか、という問題がある。
そこで、査読が通って雑誌に掲載される前に、それを他の研究者に公開してしまおう、というのがプレプリント
プレプリントってarXivとかのプレプリント・サーバで知っていたけど、元々は本当に印刷して手紙をやりとりする、ということをやっていたとは知らなかった。
それがインターネットの誕生でオンライン化できたのがプレプリント・サーバ
しかし、これも当初は、もともとプレプリントの文化があった分野でのみ広がり、ほかの分野ではなかなか定着しなかった、とか
例えば、医学分野は査読前の論文が公開されることに慎重だった、とか(それはそう、という気はする)。


arXivって元々コーネル大学で運営されていたのかー
ただ、特定の大学の予算で運営できるものではなくなってきたので、今は、利用者からお金をとっている。日本の大学・研究機関もコンソーシアムを作って利用料払ってるよー、と。
プレプリント・サーバだってタダじゃないので、そこらへんがなかなか大変だよ、という話

第3章 査読者が見つからない:査読の問題②

第2章でも触れられた、査読者見つけられない問題。


査読をするのもまた研究者、つまり論文投稿者でもある。
論文の投稿数に対してどれくらい査読を引き受けているか、という比率を見ていくと、欧米中心で、中印の研究者について査読実施数が少ない(なお、日本は比較的多めで、断れない人が多いのだろうというようなコメントがされている)
で、これは別に、中印の研究者が査読をサボっているわけではない
そもそも査読者をどうやって見つけるかというと、編集委員が自分の知り合いをたどって見つけていくか、業績の知られている研究者の中から見つけていくかする。
主要な学術雑誌は今でも欧米中心だし、編集委員も欧米中心となるので、そこから査読が依頼される研究者も欧米に偏る、ということである。
筆者は、今後、この偏りは解消されていくのではないかとしている。


査読というのは、雑誌に掲載するか否かを決めるために行っている
リジェクトされた研究者は、同じ論文を別の雑誌へと投稿する。
すると、その雑誌でも査読が必要になり、査読者探しが始まる
同じ論文に対しても何度も何度も査読を行うことになり、これがまた査読に時間がかかる要因になる。
で、査読結果を持ち越せればいいのではないか、というアイデアが出てくる
査読は、論文の妥当性などへのコメントをつけるが、雑誌への掲載可否の判断はあくまでも雑誌の編集委員が決める。査読結果が同じであったとしても、雑誌の編集方針によっては、掲載可否の判断は変わりうる。
上位の雑誌は掲載判断が厳しいが、下位の雑誌になると、同じ内容でも掲載できたりする。
同じ出版者の中で、上位雑誌に蹴られた論文を、査読結果とともに下位に回す仕組み=カスケード査読
別の出版者の雑誌にも査読結果を持って行ける仕組み=ポータブル査読


査読ってボランティアで行われている上に、査読したことに対しての評価は行われていない。
査読者本人にとってのメリットがない
→査読自体を業績化できればいいんじゃないか、という試みもあった→が、うまくいってない
誰が査読したかとかって基本的にクローズにされていて、しかし、査読を業績にするためにはそれをオープンにする必要があり……っていうあたりであんまりうまくいかないようだ。


査読が、科学研究のクオリティを担保する仕組みだとして、その仕組み、じゃあどうやって安定して回していくのか、というところで、なかなかなかなか(金にも業績にもならんわけだから、善意にだけ頼ってやっているんだな、というのが)

第4章 バイアスが入る:査読の問題③

  • 確証バイアス

自分と同じ考えを正しいと思ってしまうバイアスだが、動物体系学(分岐分類学、進化分類学、表形分類学の各派で争ってる)ではバイアス弱いという結果
これは、雑誌の採択率の高さによるのではないか、と(投稿される論文が安定している。採択率が低い雑誌は、修正前提で投稿されたりする。そうすると査読も雑になったりするとか)
最初、そこはガチで対立してるから、逆に気使ってるのかな、とか思ってしまった。

  • 保守主義
  • 学際研究へのバイアス
  • 出版バイアス

仮説が否定されたとか、有意な差が出なかったとか、そういう結論の研究はそもそも論文にならないがち、論文になっても査読で弾かれがちっていうバイアス


ダブル・ブラインドが有効なんじゃないの、と思うけど、実際にはさほど効果がないらしい
というか、読んでいると筆者が誰かはわりとわかっちゃうらしいし、プレプリントがあると検索してそのものズバリ見つかってしまうとか。
あと、ブラインドしてもしなくても査読結果そんなに変わらないという話
ダブル・ブラインド査読は人文系ではわりと広まっているけれど、理工系ではそうでもないらしい

第5章 査読における「不正」:査読の問題④

  • パクり/ゴーストライティング/粗製乱造・コピペ

査読する人による不正
後者2つは、査読コメントは基本的に公開されないがゆえに起こる

  • ハゲタカ

査読あり雑誌を謳いながら、実は査読しないで何でも載せるとかそういう。
オープンアクセス誌は、読者からではなく投稿者から掲載料をとるというビジネスモデルなので、とにかく投稿者を集めればいい、となってしまう。
ところで、ハゲタカ出版のハゲタカという言葉、英語ではpredatoryのところ、日本語訳として採用された言葉で、この言葉のチョイスには批判もあるらしい。
さて、筆者はハゲタカ出版について、単に「粗悪」なだけのものと「邪悪」なものを区別している。
前者は、拙速に雑誌を立ち上げようとして結果として査読プロセスが疎かになってしまった雑誌で、これらの雑誌の中には、後日、体制を整えてちゃんと査読をやるようになった雑誌もあるらしい。
一方、後者はそうではなくて、意図的にやっている、詐欺的な雑誌である。
ところで、こうしたハゲタカ出版についていうと、創刊当初は投稿者を集められるとしても、結局悪い評判がたてば誰も投稿しなくなるのではないか、と思われていたが、実際にはそうはなっていない。
実のところ、投稿者側もこれを利用しているという側面があるらしい。
ハゲタカ出版の主要な顧客は、発展途上国の研究者たちで、業績として国際誌への投稿を求められていて、かつ、それを求めている評価側が雑誌の見極めができていない、というところで、ハゲタカ出版についての需要と供給の一致があるらしい
実際、ハゲタカ出版の所在地は発展途上国であることが多く、本来は、そうした国の中で閉じてる市場なのだが、「国際誌」を標榜せざるをえないがゆえに、時々、欧米の研究者が「被害者」としてひっかかってしまうだけなのでは、という見方が書かれている。
だからいい、という話でもないとは思うが、投稿者側がわかった上でそういう雑誌に投稿しているなら、まあ詐欺というわけではないでしょ、ということか

  • 査読ハック,査読リング

査読者と執筆者の間につながりがあって、査読を執筆者自身に書かせるとか、執筆者に有利な査読を書くとか、そういう奴
査読者推薦制度というのがあって、これは、編集委員では当該領域の専門家が見つけられないとか、あるいは査読頼もうとした人と執筆者の間に利益相反があるとかいうときに、執筆者自身に査読者を推薦してもらう仕組みだが、まあ、完全に善意に頼ってるからハックされるとそりゃあね、という奴。
組織的に互助会みたいなのをつくると査読リングになる
発覚しにくいタイプの不正

  • 論文工場

著者枠の販売とかやってる闇業者があるらしい。その研究に何も参加していないんだけど、お金払って、著者名に入れてもらうという……
筆者を追加する変更とかだと、ノーチェックの雑誌があるので、そういうことが可能になるらしい。
で、単に著者枠売るだけでなく、執筆そのものを代行するというものもある。
データとか文章とか使い回して、大量に論文を作っているらしい。
ちゃんと査読されると当然バレるので、ハゲタカとか査読の緩い雑誌とかに投稿するのだが、それだと高値で売れないから、もう少しちゃんとした雑誌に投稿する場合は、査読ハックとかが行われたりする。


本書の中では特に書かれていなかったが、LLM使えばもっと大量に論文作成できてしまうよなあ
というか、実際、そういうことが起きていて査読が崩壊しつつある、という話を見た覚えがあるが……。

第6章 掲載誌が高すぎる:査読の問題⑤

学術雑誌の価格高騰というのはずっと以前からいわれている話
電子ジャーナルのいわゆる「サブスク」化でいったんおさえられたが、再び高騰はすすんでいる、と。
それへの対抗措置がオープンアクセスで、研究助成とかの条件でオープンアクセスへの義務化を施すなどして、オープンアクセスへの移行を進めようとしている
オープンアクセスには、学術雑誌の出版者が発行しているオープンアクセス雑誌と、研究者自身が研究機関のサーバとかで自分で公開するというのの、両方を指す言葉らしいが、
前者の場合、お金を払うのが、読者から投稿者へ移りはしたけど、結局、読者=投稿者=研究者であって、どっちの場合もそのお金を払うのは大学・研究機関なので、結局、そこまで出費を抑えられるわけではないのではないか感ある。
で、出版者側があの手この手で手数料とろうとしてくる話がいろいろ書かれている章だった、と思う。


第7章 査読の問題を解決する試み
査読にまつわる問題については、査読がクローズドなことによって生じているところがあるので、解決策として、オープンにする、というのがある
ところで、そのオープンってどういう意味でのオープンなのか、というところでいろいろな種類のオープンがあって、色々分類して、具体的にどのような試みがなされているか紹介している
それから、AI(LLM)に査読やらせてもいいんじゃないか、という話も当然あって、そういう試みもなされているらしい。
まあこれはこれで、それなりにあり、というところらしい。


あと、査読付きプレプリントというのもある。
プレプリントで公開されている論文に査読してもらって、査読コメントもそのまま公開する
ライフサイクルという名前の雑誌がそれをやっていて、ここでいうライフサイクルは研究分野の名前ではなく、研究プロセスのライフサイクルのことを指しているらしい


あとがきにおいて、査読にまつわる問題をなくす究極の方法として、論文を書かない、というものがあげられている。
査読の問題が生じる原因は、論文数が増大していることにあるので、論文がなくなれば解決ということである
まあもちろん実際にはそうならないわけだが、その上、いまや生成AIもあるもんだから、こんなものでは済まないくらい増えているのだろう。
本書では、上に書いたとおり、AIによる査読については書かれているが、AIによる論文作成については触れられていない。
今や、研究者もAIに論文を読ませて要約とかさせているわけだから、論文をAIが書き、AIが査読し、AIが読むという時代もやってくるのかもしれない。
まあ、それによって研究の質が担保されるのであれば、それはそれで別にかまわんっていうこともあるだろうけれど

*1:試しに今月の『企業会計』の目次をwebで確認してみたところみんつー以外の連載は「行動経済学で考える偉人の選択」「経理担当者のための「Excel × AI」講座」「そこが知りたい! 暗号資産をめぐる会計Q&A」「事業成長に効く! サブスク会計学とFP&A」「戦前日本における減価償却の誕生」「会計時評」である。いや、どう考えてもみんつーだけ浮いているでしょ、これは?!

*2:基本的には、と書いたのは、『フィルカル』への投稿論文が1編あるから。『フィルカル』は査読あり雑誌だが、僕が投稿した当時はまだ査読制度が整っていなかったのではないかと思う。編集委員の方からのコメントはもらったが、査読は受けていなかったと思う

太田紘史・山口尚「反機能主義者であるとはどのようなことか」/佐々木健人「現象的意識とアクセス意識」/スーザン・ブラックモア『意識を語る』(ネッド・ブロックについて)

心の哲学で有名な哲学者としてネッド・ブロックがいる。
アクセス意識と現象的意識との区別で知られ、その点で、グローバル・ワークスペース説への反対者でもある。
参考:
スタニスラス・ドゥアンヌ『意識と脳』(髙橋洋・訳) - logical cypher scape2
『シリーズ新・心の哲学3意識篇』(佐藤論文・太田論文) - logical cypher scape2
上記の通り、グローバル・ワークスペース説であるドゥアンヌの本を読んだことがきっかけで、ブロックについても関心がわいたのだが、ブロックの著作は邦訳がなさそう……
で、検索して出てきた以下の論文をざっと眺めた

太田紘史・山口尚「反機能主義者であるとはどのようなことか」

この論文では、ブロックの立場を紹介しつつ、筆者らがブロックへの反論コメントも書いている。

  • 1 機能主義とは何か、何が問題なのか――クオリア欠如

ブロックは、反機能主義者であり、中国国家の思考実験を用いて批判している

  • 2 意識の概念を数え上げる――現象的意識とアクセス意識
  • 3 二つの意識の神経基盤

現象的意識とアクセス意識とを区別し、意識を研究している哲学者や科学者の多くが、この二つを概念的に混同している、と指摘する
また、ブロックは、スパーリングの実験の例を挙げて、経験的にも区別可能だと論じ、神経基盤についても論じている。

  • 4 表象主義を批判する――逆転地球、スペクトル・シフトそして身体感覚

ブロックは、表象主義も批判する
表象主義は、クオリア(意識の現象性)を表象と連関させることで物理主義を守る
ブロックは、逆転地球の思考実験や性差・人種差などによるスペクトル・シフトの事例から、表象主義を批判する。

  • 5 意識のハーダー・プロブレム

ブロックは、タイプB物理主義を支持する
タイプB物理主義は、消去主義的な「タイプA物理主義」や現代科学と相容れにくい「二元論」に対して、中道的な立場であり、これを支持する哲学者は多い。
しかしブロックは、(自身この立場を支持しながらも)タイプB物理主義は、アンチノミーに陥っていることを指摘する。
それが、タイプB物理主義のみが直面する「意識のハーダー・プロブレム」である。

佐々木健人「現象的意識とアクセス意識」

アクセス意識と現象的意識の区別については、これも参考に読んだのでメモっておく。
現象的意識はアクセス意識をオーバーフローする、といっていて、現象的意識はアクセス意識にはアクセスしきれない豊かさを持っている、とする。
その上でスパーリングの実験をどう解釈するか、色々議論がある。

スーザン・ブラックモア『意識を語る』

ずっと昔に読んだ本なのだけど、そういえばと思って引っ張り出してきた。
スーザン・ブラックモア『「意識」を語る』 - logical cypher scape2
というか吉田正俊・田口茂『行為する意識』 - logical cypher scape2を読んだ際に、そういえばヴァレラがブラックモア本に載っていたな、と思って、ヴァレラだけ読み返してもいた。
ところでこのブラックモア本の訳者である山形は、あとがきで、ヴァレラを結構ボコボコに批判しており、その批判自体はそれなりに妥当なような気はするのだけど、一方で、山形が(別のところで)評価している谷淳は、ヴァレラと方向性が近いと谷自身が言っていたりして、ここらへんは不思議な関係だな、と思う。


ネッド・ブロックについていうと、ブロック自身の立場がどういうものかについては、上の太田・山口論文を読んだ方が詳しくわかると思うが、中国国家の思考実験がサールの中国語の部屋に影響を与えたかもね、みたいな話がこちらのインタビューには書かれていたりする。
あと、授業で逆転クオリアとかについて説明すると、2/3くらいの学生は理解してくれるし、ブロックの幼い娘も分かってくれたというが、一方で、どうしても問題をうまくつかめない感じの学生もいる、と。デネットとかもそのタイプなんでは、とブロックは言っている(ただブロックは、デネットと意識については全く意見が異なるが、自由意志については同意できるともいっている)。
このブロックの話を聞いていたブラックモアが、じゃあデネットはゾンビなんですか的なことを聞き出すのが、このインタビュー本の面白いところだが。
ところで、これは自分の勇み足かもしれないけれど、山形もどちらかというとそのタイプなのでは、と思わないところがないでもない。


ところで、この本にはケヴィン・オレーガンという人もでていて、ドゥアンヌ本の謝辞にいたな、と思って眺めてみたら、感覚運動理論の人だった。
あ、ステファン・コイファー、アントニー・チェメロ『現象学入門』(田中彰吾・宮原克典訳)(一部) - logical cypher scape2でオリガンとして名前載ってるな。
感覚運動理論、ちょっとよくわからない話だよな


グローバル・ワークスペースのバースのインタビューについて、NTT出版のwebにあったらしいのだが、流石にもうなくなっていた……

スタニスラス・ドゥアンヌ『意識と脳』(髙橋洋・訳)

サブタイトルは「思考はいかにコード化されるか」
意識における「グローバル・ニューロナル・ワークスペース」説を主張している筆者による、意識の科学についての本である。
元々「グローバル・ワークスペース」説というのがあり、それを神経科学的に発展させたものとして「グローバル・ニューロナル・ワークスペース」説という呼び名になっている。
意識とは、脳内における情報共有のことである、というのがグローバル・ワークスペースという考えである。


本書は、意識あるいは無意識にかんする様々な実験を多く紹介していて、そこが一つの特徴かな、という気がする。
あと、意識の神経相関(本書では意識のしるしと呼ばれているが)についてもがっつり書かれていて、意識と対応する脳活動はこれだ、というのががっつり論じられている。
このあたりから、植物状態の人に実は意識があるかどうか調べる、というような話へもつながっている
基本的には、いろいろな心理学実験をやって、fMRI、EEG、MEGで測定するということをやっている人だけど、コンピュータ・シミュレーションによる研究もやっている


脳活動の話としては、外部からの刺激がないときにも自発的な活動がなされている、という点にも注目して、結構重要視していることや、
アトラクターによる自己組織化、というような説明もたびたび出てくることなど、力学系っぽいような話もしているのだなあ、というのが意外だった
(前者はデフォルトモードネットワークのことなので、必ずしも力学系というわけでもないかもしれないが)


グローバル・ワークスペースについては、意識の中でもアクセス意識についての理論となっている。
筆者は、アクセス意識こそ意識だと考えているので、筆者の立場的にはそれで問題ないわけだが、例えば、哲学者のネッド・ブロックはアクセス意識と現象的意識を区別し、アクセス意識の説明だけでは意識の説明としては十分ではない、と
個人的な感想としてもそこが気になるところで、グローバル・ワークスペースは、意識のある側面についてはうまく説明しているような気がするが、意識の現象性にはやはり届いていないのではないか、という気がした。
ところでこの本のサブタイトルは「思考はいかにコード化されるか」であるが、この思考のコード化というのは、意識の内容がどのように神経系で表現されているか、ということで、これは現象性と関わってくる話題のように思う。
ただ、サブタイトルとされているものの、また、本書内でも何カ所かで分けて言及されているものの、この思考のコード化の仕組みについては、わかるようなわからんような、という感じではあった、個人的には。
思考のコード化として、ビル・クリントン細胞とかがあげられていて、確かにそれも意識や思考の内容なんだけど、意識の現象性というのは、クリントンという概念を見ているわけでなくて、白髪の白さとかを見ているわけで。
少なくとも知覚のモダリティの違いの話とかが必要な気がする。我々は、色を見て、音を聞いて、匂いを嗅ぐわけであって、色を聞いたり、音を嗅いだり、匂いを見たりはしていない。なぜ、こういう現れをするのか*1
ところで、意識には、現象性だけでなく統一性という特徴もある。
グローバル・ワークスペースは、この統一性という特徴に着目して意識を説明しようとしているところはあって、それは、エーデルマンやトノーニとも共通しているところかな、と思う。
で、この統一性という特徴を、脳内の様々な領域の情報共有として描いている感じなんだけど、そうすると逆に、意識における多様な現れ方(色は見えるものとして、音は聞こえるものとして(さらにそれぞれの色や音はそれぞれ少しずつ違ったものとして、意識の中で現れる)=現象性がよくわからなくなってしまうのではないか、という気がした
脳内の情報というのは、神経ネットワークの電気信号であり、それが同期することで統一性が実現できるのだとして、逆に、電気信号がどうして色や音として経験されるのか、ということで、それがハードプロブレムなんじゃないかな、と思う(色も音も匂いも脳内では全部電気信号になっていて、それがどうやって経験においては色や音や匂いになっているんでしょうね、という話)。


この本もしばしば、ウィリアム・ジェームズが引用されているなあ
ただ、ジェームズの考えに依拠しているとか支持しているとかいうよりは、意識の特徴付けの例として挙げている感じかなあ。
あとは、ヘッブが結構重要な感じもあるなあ。
ヘッブのこと、ヘッブ則でしか知らなかったが、本書では、それ以外の概念が出てくる。

序 思考の材料
デカルトの挑戦/最後の問題/意識を解明する/見ることと見ないこと/主観を科学に変える/意識的思考のしるし/意識の未来

第1章 意識の実験
意識のさまざまな側面/最小の対比/ライバルイメージ/注意の瞬き/意識的知覚をマスクする/主観の優位

第2章 無意識の深さを測る
無意識の開拓者たち/無意識の作用の基盤/脳の暗い側/意識なしの結合/無意識にチェスをプレイする/声を見る/無意識の意味?/無意識の大論争/無意識の算術/意識の働きなしに概念を結合する/無意識的な注意/見えないコインの価値/無意識の数学/睡眠中の統計処理/識域下のトリック

第3章 意識は何のためにあるのか?
無意識の統計処理、意識のサンプリング/持続する思考/脳のチューリングマシン/社会的な情報共有装置

第4章 意識的思考のしるし
意識のなだれ/意識のなだれはいつ起こるのか/意識は外界に遅れをとる/意識が生じる瞬間を特定する/意識ある脳の点火/意識ある脳の深層/脳のウェブ/ティッピングポイントとその前兆/意識的思考を解読する/幻覚を誘導する/意識を破壊する/思考する物体

第5章 意識を理論化する
意識は広域的な情報共有である/モジュール性を超えて/進化したコミュニケーション・ネットワーク/意識的思考を彫琢する/思考の形状/意識の点火をシミュレートする/多忙な脳/脳のなかのダーウィン/無意識のカタログ/主観的な状態

第6章 究極のテスト
心はいかに失われるのか/皮質ゆえにわれあり/閉じこめられた蝶を解き放つ/意識による新奇性の検出/皮質をピングする/自発的な思考を検知する/臨床介入に向けて

第7章 意識の未来
乳児の意識/動物に意識はあるのか/サルの自己意識/意識は人間に独自のものか/意識の病/機械の意識

索引/原注/参考文献

序 思考の材料

意識についての科学の三要素

  • コンシャスアクセスの重視
  • 意識的知覚の操作
  • 内省の注意深い記録

これら詳しくは1章で

第1章 意識の実験

第1章では、本書が扱う「意識」とは何か、ということと、意識が実験科学で扱えるようになってきたということについて

  • 意識の定義ないし分類

本書では「コンシャスアクセス」のみを扱う、と。
訳者は、この語についてあえて意訳せずカタカナ語としたと述べているが、「アクセス意識」のことを指していると思われるので、以後、この記事ではアクセス意識と書く。

  • 前意識との区別

アクセスの有無
アクセス可能ではあるが、実際にアクセスされていない領域を前意識。実際にアクセスされている領域をアクセス意識と呼ぶ

  • 注意との区別

ジェームズによる意識の特徴を引用した上で、この中でジェームズが一つを選択する、と述べていることは意識ではなく注意、とする。
特にここでは「選択的注意」と呼び、それは気付きの外で機能している、と。

  • 覚醒状態との区別

いわゆる植物状態だと、覚醒していてもアクセスが生じていないことがある。

  • 意識についての実験

おなじみの「両眼視野闘争」のほか、「注意の瞬き」「マスキング」
「マスキング」は、いわゆるサブリミナル効果みたいなやつで、ごく短い時間だけ刺激を与える奴。
「注意の瞬き」は、例えば、次々と文字が表示されるので数字が出てきたら覚えてください、という課題を出す。で、まず最初に数字が表示された後、少したってから次の数字が出る。で、この間隔が短いと、被験者は次の数字に気づけない。最初の数字を記憶するために一定の時間が必要で、その間、注意が働かなくなる。なので「注意の瞬き」
「非注意性盲目」
映像にゴリラが出てきているのに気づかない奴
→これを実験でやろうとすると手間。実験としては「マスキング」という手法

  • 内省

行動主義的心理学などでは、信頼がおけないものとされた
これについて、内省を考察として使うのが信頼できないのは確かだが、
生データとしてならば、使える、と。
要するに画像とか見せて「見えた」「見えない」というのは内省によるしかないけれど、それを生データとして使うだけなら問題ないし、それによって、意識を実験科学の遡上にあげることができる、と。


第2章 無意識の深さを測る

本章では、意識についての話をする前に、無意識の話をしている。
様々な実験を通して、これまで無意識が過小評価されてきた、無意識において人間はかなりの情報処理を行っている、ということを示す。
この章は、とにかく色々な実験が紹介されて、脳のことを考える上で結構面白いパートであるのには違いないのだが、ここらへん細かく拾ってるときりがなさそうなので、トピックだけ


閾下プライミング
無意識チェス
マガーク効果
無意識での言語意味理解
無意識の金銭的価値判断
無意識の数的判断


ポアンカレ『科学と仮説』の一節が引用されていたりした。

第3章 意識は何のためにあるのか?

第2章では、無意識による働きが数多く紹介されたが、ではそんなに無意識がすごいのなら意識っていらないのでは? という疑問に対して、意識の有用性を説く章
意識があることによって、アルゴリズム的処理が可能になる、という話なのだが、人間の認知に計算や記号はあるのかどうか話みたいだな、と思った。ドゥアンヌの立場は、当然にある、という立場だが。
無意識による並列的な処理と意識による直列的な処理、という整理もされている。
言語AIが、現状、並列的な処理をする拡散モデルよりも直列的な処理のRNNの方が秀でているのを読んだばかりなので、それを連想してちょっと面白かった。

  • 統計装置としての無意識とサンプリング装置としての意識

無意識は、統計的な情報処理を行う。だから、色々な可能性があるときはそれらを並列的に扱っている。でも、意識においては、どれか一つになる(サンプリングされる)
両眼視野闘争とか、無意識はどちらの画像も認識しているけれど、意識においてはどちらか片方だけになっている。

  • 条件付け

パブロフの条件付けについてだが、条件付けられる刺激と報酬とが同時に出てくるタイプと、そこに時間差があって、刺激と報酬の関係をいったん記憶する必要のあるタイプとがある。
で、後者には意識が必要
時間をかけた学習に意識が必要

  • アルゴリズム

例えば、12×13を暗算するとして、その際の計算ステップは意識される(どういう風に計算したか報告できる)
逆にいうと、チューリングマシンというのは、脳の情報処理のうち、意識的なプロセスのみを抽出したものなのではないか、と筆者は考える
脳は無意識の処理をしているので、その点で、脳はコンピュータではない。
一方で、複数のルーチン処理のつなぎ合わせには意識が必要
単純な四則演算だけなら無意識でできるのだが、それをいくつか組み合わせる必要が出てくると、無意識ではできなくなる。

第4章 意識的思考のしるし

本章では、意識の「しるし」になるような脳の活動を示す。
いわゆる「意識の神経相関(NCC)」を探す試みの話である。
なお、本書の中ではNCCについて触れて、ここであげている「しるし」は単なる相関関係ではなく因果関係なのだと釘を刺しているが、しかし、渡辺正峰によれば、NCCには「十分な最低限の」という限定があり、相関関係以上のもの、因果関係に踏み込んだものを求めているらしい*2ので、そう捉えるなら、ドゥアンヌがこの章で示しているものをNCCと読んでもよいように思う

(1)頭頂葉および前頭前野の突然の点火

「マスキング」による実験で、脳活動をfMRIで見る
意識トライアルも無意識トライアルも、最初の脳活動は同じ
無意識→皮質内の経路を進むと弱まる
意識→徐々に増える=頭頂葉および前頭前野の突然の点火
視覚、聴覚、運動でそれぞれ実験を行い、同様の結果

(2)P3波という遅い脳波

fMRIは、脳活動がどこで行われているか見るのに適しているが、いつ起きたかというのにはあまり適していない
EEGやMEGの方が適している
「注意の瞬き」実験により、意識がいつ生じているのかを調べる


まず、意識トライアルでも無意識トライアルでも発生している脳波
P1 100ミリ秒がピークの波
N1 170ミリ秒がピークの波
200~300ミリ秒で無意識トライアルでは、脳波衰退


P3 270ミリ秒付近で始まり、350~500ミリ秒がピークの波
意識的トライアルのみで発生
なお「注意の瞬き」では、2回刺激を提示するわけだが、
最初の刺激でのP3波が大きいと二番目では欠けることが多い(2番目の刺激が意識できていない、という実験結果と合致)


刺激に対して、意識は、1/3秒から0.5秒の遅れがある、といえる
この遅延に対する対応策
→無意識または予期


本当に意識をあらわすのか
意識トライアルと無意識トライアルの条件を同じにする実験デザインが、色々と紹介されている。
被験者の「見えた」「見えない」という経験以外は同じにする(報告の操作とかそういうのも全く同じにして)、その意識経験のみに相関した反応かどうかを確かめる。

  • グローバル・イグニッション

細胞集成体(ヘッブ)という考えや、あるいは物理学における相転移や数学における分岐に類似した現象が起きている、と。
転換点(ティッピングポイント)がある
表示パラメータを連続的に変化させる実験
→しかし、被験者の報告は全か無か(パラメータの変化に応じて、数字が次第にはっきり見える、とは報告しない。パラメータがある閾値を超えるかどうかで、見える、見えないがはっきり分かれる)
P3波だけがこの現象に対応
視覚野の脳波は連続的

(3)高周波振動(ガンマ)の遅れての突発

グローバル・イグニッションを導く意識のなだれという概念
てんかん患者の電極で観測
→てんかん患者は、脳領域のあちこちに検査用に電極をいれる。これは意識を計測するためにいれているわけではないが、アクセス意識が生じると、脳のあちこちでの脳波を確認できる。


脳波には、アルファ帯域(8~13ヘルツ)、ベータ帯域(13~30ヘルツ)、ガンマ帯域(30ヘルツ以上)がある。
ガンマ帯域の脳波は、意識トライアルか無意識トライアルかに限らず、常に増大
しかし、300ミリ秒後には全か無かの相違
クリックとコッホの「40ヘルツ仮説」
→この仮説自体は誤りだったが、ガンマ帯域の脳波のことだったといえる


ガンマ波自体は、意識と無関係に発生するが、刺激から遅れて発生するガンマ波は、意識のしるし

(4)遠く離れた皮質領域の同期した情報交換(ウェブ形成)
  • 脳のウェブ

離れた皮質領域同士で、電気シグナルの同期が起きる
ベータ帯域、シータ帯域で確立

  • グレンジャー因果分析

何が何を引き起こしたのかを調べる
領域Aの活動がBの活動を引き起こしたのか、あるいはその逆か
→ボトムアップとトップダウンの双方向だった
→逆方向の波は、注意シグナルか、チェック結果を告知する確認シグナル
この本では、度々フィードバック信号についての言及はなされているが、予測符号化や予測誤差最小化などへの明示的な言及はなかったかと思う。


「分散されたアトラクターに特徴づけられる活動状態がしばらく維持される、脳領域の大規模なパターン」
脳のウェブについての説明だと思うものの、意味がとりにくくて、内容はよくわかっていないが、ここで引用したのは「アトラクター」という言葉が出てきたから
あとの方でもアトラクターや自己組織化といった言葉が、本書には時々出てくる。

意識のコード

ここまで示してきた4つは、意識が生じている際の脳の活動であり、意識のしるしであるが、しかし、これだけでは、意識の内容はわからない。
どのようなものが見えているのか、聞こえているのか、どのような匂いなのか、どんな情動を感じているのか、そういった意識の内容は、どのように脳内でコードされているのか。
特定の概念に反応するニューロンが発見されていることが、ここでは紹介されているオペラハウス細胞とかビル・クリントン細胞とか
あるいは、場所細胞とか

  • TMSによる刺激

っていうか、TMSって20世紀前半からあったのか、1910年代の装置の写真が載っているのだけど、頭をドラム缶に突っ込んでいるような奴でなんかすごい(現在のTMSはもっとハンディな奴になってる)

  • 意識の破壊

電気刺激を与えると意識経験を消せる

  • 意識のウェブはどの程度広域的か

ヴィクター・ラムによって、「居所的なループ」というのが発見されていて、意識は局所的なループで十分だという主張もあるが、筆者は広域なウェブが必要だという。 


ニューロンへの刺激で『マトリックス』みたいなことは可能になるか
筆者は結構楽観的
むろん、今の技術だと全然だが、光遺伝学ならできるようになるんじゃないか、とか

第5章 意識を理論化する

本章が、本書の本丸
ドゥアンヌが提唱する「グローバル・ニューロナル・ワークスペース」説の解説となる。

どういう理論か

意識=脳全体の情報共有
情報を他の脳領域にも利用可能にする
無数の心的表象のうち、現在の目的に合致したものを高次の意思決定システムが利用できるよう広域化する


ワークスペース概念は、古くからの心理学説の統合である
1870年 イポリット・テーヌ「劇場のたとえ」
→デネット 劇場のたとえは「小人」に注意
→バースの「ワークスペース」において、観客は無意識のプロセッサーの集合で小人ではない
また、「ワークスペース」概念を、パソコンにおける「クリップボード」機能にも喩える。あるアプリで使っていた情報をほかのアプリでも使えるようにする機能、という意味で。
第二次大戦中の心理学者ドナルド・ブロードベント
→飛行機パイロットに対する実験から、意識は一つのことしかできない、と
ウィリアム・ジェームズ 
→意識=自己を統制するための組織
自己統制は無意識もやっているが、ワークスペースにあがることで自己の統制下にあるという感覚が生まれる


情報の広域的な共有こそ主観的な経験の正体
進化上、このような仕組みは、優位性をもつ。
→意思決定には、複数の知識の源泉に基づくケースがあるから


メートル単位の長い軸索を持つニューロンによる相互結合ネットワーク
樹状突起も巨大
FOXP2ファミリー遺伝子

思考のコード化

ヘッブ「細胞集成体」(1949『行動の機構』)
→局所的な活動の「丘」がそれぞれ組み合わせ可能なコードに
→区画の組み合わせで表現する
ジョン・セルフリッジの「伏魔殿」(1959)
→デーモンの階層、低次の階層のデーモンがそれぞれ叫んで、より抽象的な次の階層のデーモンを刺激する(「ここに丸がある」「ここに丸がある」とデーモンたちが叫ぶと、次の階層のデーモンが「顔がある」と叫ぶ、というようなイメージか)
→このデーモンはフィードフォワードのみ
フィードバックを加える
コネクショニストによるモデル
→アトラクター状態への自己組織化


クリックとコッホ「神経連合」
連合という表現は、意識されるコードは統合されていないければならないことを示唆する。(ここに付けられている注釈で統合情報理論への言及があるが、筆者は汎心論的なのでトノーニの結論には同意しないという)
ダマシオ「収束域」(前頭前皮質や、正中線に沿った領域などにみられる)
→情報の統合を実現する領域
複数の感覚モジュールが統一された解釈へ収れん。広域な一斉伝達によって統合を担当
エーデルマン「再入(リエントリー)」=双方向の情報交換
参考:ジェラルド・M・エーデルマン『脳は空より広いか』 - logical cypher scape2


ワークスペースのニューロンの一部が一定時間安定して活性化
→意識のコード化
→分散する領域が、同一の心的表象の異なる側面をコード化*3
→一度に活性化することで、私たちはそれに気付く
長い軸索を利用して情報交換し、解釈が一つに収れんしたとき、意識的知覚が完成
意識の内容をコード化する細胞集成体が脳全体に広がり、全体として一貫性を保つ。
ニューロンの同期が鍵


発火していないニューロンも情報のコード化にかかわる
何が無関係であるかを知らせる
抑制性ニューロンによって、抑制されたニューロンによる陽性電位がP3波を形成する
意識の内容を定義するのは、活性化したニューロンによる陰性電位

シミュレーション研究

筆者らは、バーチャルニューロンにより、4つの領域からなる階層と二つのカラムを含むネットワークのシミュレーション研究を行った。
コンシャスアクセスの4つのしるしを再確認
グローバル・イグニッションに対する閾値は、「覚醒」の制御を受ける(覚醒度が低いと、グローバル・イグニッションは生じない)

  • ニューロン活動の自発性

シミュレーションにおいて確認された重要な点
入力を欠いても自己組織化する
実際の脳も同様
「内言語」や黙考は、こうした自発性によるものではないか
脳は、沈静時にデフォルトモードネットワークというものが活発になり、そういうとき、内部で思考している。
シミュレーションにおいて、内的な活動をしているとき、外的な刺激を与えてもグローバル・イグニッションに至らず
自発性→確率的な活動・ランダム性→環境の散策
「中枢パターン発生器」*4による歩行や遊泳
多様性発生器
ニューロンは熱ノイズを許容し、増幅する
局所的なノイズから「意識の流れ」へ

無意識についての分類
  • 前意識

非注意性盲目など、注意すれば意識にあがってくるが、意識されない段階のもの
グローバル・ワークスペースを点火させる表象は、周囲を抑制する
前意識は、グローバル・ワークスペース外部の一時的記録領域へ

  • 識閾下の状態

注意を向けても知覚できないもの
グローバル・イグニッションに至らない
短期間で消える

  • 切り離されたパターン

呼吸など
時間的に長いので、識閾下の状態ではない
意識化できないので、前意識でもない
呼吸であれば、脳幹に限定され、グローバル・ワークスペースから切り離されている

  • 複雑な発火パターンへの希釈

稠密な格子模様が灰色にしか見えないという実験
一次視覚野ではコード化されているパターンが、グローバル・ワークスペースのニューロンでは識別できない

  • 潜在的な結合

ピアノの練習、記憶、文法の判断
脳の局所的な領域で結合されている
文法と算術の対照
文法的にあっているか否かの判断は無意識になされる。
算術は、上述したように、各ステップが意識される

第6章 究極のテスト

「グローバル・ニューロナル・ワークスペース」説を、植物状態や閉じ込め症候群といった臨床事例によってテストする

  • 昏睡状態
  • 植物状態

–永久的植物状態
–最小意識状態

  • 閉じ込め症候群

まずは、これらの区別から。

  • 想像課題

エイドリアン・オーウェンによるセンセーション
「はい」ならテニスをしているところを想像してください、などの指示を出し、その時の脳活動の測定から、植物状態の患者に意識があることが判明した。

  • 局所/大局テスト 

筆者らが行ったテスト
人間の意識が、新奇性に反応することを利用する
まず、「ビービービービーブー」という音を聞かせる。最後の「ブー」が局所的な新奇性である。これを繰り返し聞かせた後「ビービービービービー」という音を聞かせる。これが大局的な新奇性である。
この新奇性に反応すると、P3の発生が確認できる。

  • マッスィミーニのパルステスト

外界には全く反応できないけれども、脳内では何らかの意識が発生しているかもしれない。
脳にTMSを使って直接刺激を与えて、その刺激が脳内でどのように広がるかを測定する
読んだ後で気づいたのだが、マッスィミーニはトノーニの本の共著者だった。以下の本にも、同じ話が載っている(TMS脳波計)
ジュリオ・トノーニ/マルチェッロ・マッスィミーニ『意識はいつ生まれるのか――脳の謎に挑む統合情報理論』 - logical cypher scape2


意識があるかどうか調べるだけでなく、意識を回復させる方法も模索されている

第7章 意識の未来

最後の章では、意識にまつわる問題として、乳児には意識があるか、動物には意識があるか、自己意識とは、人間特有の意識はあるか、統合失調症などの精神疾患はどのように考えればよいか、機械が意識を持つことができるか、とったことが扱われている。

  • 乳児の意識

これまで乳児には意識がないと考えられていたらしい
乳児の脳の神経細胞にはミエリン鞘がないため
筆者は、小児神経科医である妻とともに、乳児の脳をfMRIで計測して、局所/大局テストなどを行い、意識のしるしが見えることを確認するとともに、しかし、乳児は成人と比べてその反応速度が非常に遅いということを発見した。

  • 動物の意識

マカクザルに、光を見たかどうか報告させる訓練をした上で実験
錯視、両眼視野闘争を経験しており、マスキングも作用する。
一次視覚皮質に損傷を負うと、盲視にもなる
デフォルトモードネットワークもある
局所/大局テストでも意識のしるしを検出(これは、マウスでも検出されたという研究もある
動物には、メタ認知があるのか
イルカへの実験
自分の判断に自信があるかどうか。音の高低に応じてどちらのパドルを押すか、という訓練をしたうえで、自信がないときに押せる第三のパドルを用意する。
自己に関する知識をある程度は持っていそう

  • 動物と人間の違いとしての言語

心的表象にシンボルを割り当てることで、新たな組み合わせを考えだす能力
言語の再帰的な機能により入れ子状の思考が可能に


このあたりを読んでいて、ふと思い出したのが、ミズンの認知的流動性だった。
スティーブン・ミズン『心の先史時代』 - logical cypher scape2
なんとなく似てるなあと思っただけで、特にそれ以上は気にしていなかったのだが、それとは全く無関係に最近出た本の情報など眺めていたら、ミズンの新刊『言語の人類史』の訳者解説に、グローバル・ワークスペースへの言及があった。
どうもミズン自身、認知的流動性の神経基盤としてグローバル・ワークスペースを想定しているっぽい。
世界的考古学者が「言葉がどう生まれたか」の謎を遂に解いた『言語の人類史』訳者特別寄稿|Web河出

  • 統合失調症

マスキング実験→健常者よりアクセス意識の閾値が上昇
無意識の処理には問題ない
P3や脳のウェブの出現にも問題あり
長距離の軸索に異常あり
妄想や幻覚については、トップダウンの予測が機能しないことで、自分の行動で生じた感覚に過剰に反応してしまう(他者に動かされている感)
(このあたりの説明には、クリス・フリスの名前が出てきた)

  • 機械の意識

筆者は、機械が意識を持つことに対しても楽観的・肯定的
ただ、現行のコンピュータがまだ持っていないが意識にとって重要な機能として以下3つをあげる
1.柔軟なコミュニケーション
ここでいうコミュニケーションは、各アプリケーション・プログラム同士のコミュニケーションのこと。現行、あるプログラムの出力はアプリ間で共有されない。ユーザーの介入が必要
2.可塑性
強力な学習プログラム。
共有された情報を受け手のプログラムが使うための
3.自律性
自発的な選択


反論として、クオリアと自由意志を挙げている
クオリアについては、ブロックとチャーマーズの名前をあげているが、それへの再反論として、筆者は19世紀の生気論の例をあげて、ハードプロブレムとされているのはこれと同じようなものだ、としている
ただ、これはチャーマーズへの反論であって、ブロックへの反論ではないような気もする(いや、ブロックにも当てはまるのか、うーん)
自由意志については、ペンローズやハメロフが量子力学を持ち出してくるものをあげて、それへの再反論として、自由意志にとって重要なのは非決定性ではなく自律性としている。

参考文献

日本人の論文もいくつか(fMRIについてとか、土谷とコッホの共著論文とか、金井や神谷之康とか他にも色々)

予測符号化との関係

哲学者のヤコブ・ホーヴィは、予測符号化理論とグローバル・ニューロナル・ワークスペース理論を組み合わせて意識を説明しようとしているらしい。
参照:ヤコブ・ホーヴィ『予測する心』 | 草葉の読書記


哲学者の佐藤亮司は、周辺視野の見かけの豊かさについて、グローバル・ワークスペースはうまく説明できないが、予測符号化理論はこれをうまく説明できる、と対比している。
「視覚意識の神経基盤論争:かい離説の是非と知覚経験の見かけの豊かさを中心に」 佐藤 (2014) - えめばら園
『シリーズ新・心の哲学3意識篇』(佐藤論文・太田論文) - logical cypher scape2
ところで、佐藤論文の中で「デハーネ」となっているのが、ドゥアンヌのことだと思われる。Dehaeneなので。
ネッド・ブロックが、アクセス意識と現象的意識を区別している。現象的意識はアクセス意識をオーバーフローする、といっていて、現象的意識はアクセス意識にはアクセスしきれない豊かさを持っている、とする。
参考:https://pssj.info/jsrnps/contents/contents_data/PSSJ-JSRNPS6(2023)_SASAKI_Kento.pdf
これに対して佐藤は、ブロック説についても批判し、予測符号化理論へと持っていっている。

統合情報理論との関係

本書では、エーデルマンやトノーニも何度か引用されているが、ドゥアンヌは統合情報理論自体には、それが汎心論的だという理由から否定的である。
ところで、統合情報理論を支持する日本の研究者として、土谷と金井がいる。
彼らは互いに影響関係もあり、考え方も似ていると思うのだが、グローバル・ワークスペース理論への評価については、土谷は否定的、金井は肯定的と、完全に分かれている。
土谷尚嗣『クオリアはどこからくるのか?』 - logical cypher scape2
金井良太『AIに意識は生まれるか』 - logical cypher scape2

*1:そういう意味では、グローバル・ワークスペース説以外もそのあたりの十分な説明ができている理論はあまりないと思うが、触覚-視覚感覚代行実験と感覚運動随伴性の話は面白いといえば面白い

*2:渡辺正峰『脳の意識機械の意識』 - logical cypher scape2渡辺正峰『意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く』 - logical cypher scape2

*3:モダリティの違いとかはここと対応してんのかなあ、とは思うが

*4:ところで、何となくググったら、今の高校生物では「中枢パターン発生器」が扱われていることを知った

津田一郎『脳から心が生まれる秘密』

カオス理論を用いて、心の仕組みを解明しようという試みを紹介する本
脳とカオスの話も一応読んでおこうかなと思ってググったら、ちょうど2025年に新書が出ていたようなので、手に取った。
うーん、しかし、この本はちょっと厳しい……

第1章 心とは何か―「数学的心観」を出発点に

この章は導入ということで、筆者の心観や数学についての考え方。数学と心は似ているのだ、というような話がなされている。


人の心というのは、周囲の人たちの心との相互作用から創発しているのではないかと考えている、と。


数学と心が似ている、というのは、身体と心の関係が物理と数学の関係に似ている、という話
自分は、一元論と二元論のいろいろな立場をミックスしたような立場だ、とも。


数学において、点というのは無定義概念。
線を構成するために、点という概念が必要とされるが、点というのは物理的には存在できない(例えば、鉛筆でちょんと打って「これが点」といいたくなるが、厳密に言うとそれは広がりを持っているので数学的な意味での「点」ではない)。
点を横に伸ばすと線になる。つまり、点は動かすと線として見えるようになる。
筆者は、心はそういう意味で点に似ている、という。
心、というものをそれだけで取り出そうとしても難しいが、作用したときに見えるようになる。
緊張すると心臓がドキドキする、とか。


相転移
筆者は、動物には心がなくて人間には心がある、と考えているらしい(まあ、程度問題だとは思う。動物にも情緒反応はあるけど、人間のような複雑な感情は持っていない、ということをざっくり、心はない、という言い方をしている)
で、動物と人間の差異を、相転移で説明している。
つまり、人間の脳の神経細胞とかそのネットワークとかの量が質に変わってるんじゃないか、と。


余談に属する話だとは思うが、数学=論理ではないのだ、という主張に関係するエピソードとして
筆者の知人の数学者は、必ず酒を少し飲んでから証明にとりかかる。ロジカルすぎるという自覚があるので、それを緩めるため、というものがあり
ちょっと面白い話として紹介しているのだろうし、確かにちょっと面白いとは思うが、読みながら思わず「こ、これだから数学者という奴は……」と呟いてしまった。ロジカルすぎるという自覚ってなんだ

第2章 「閉じた系」の無秩序と「開いた系」の秩序―カオス的な脳が心を生むメカニズム

  • 平衡と非平衡

平衡状態=エントロピーが高い無秩序状態
それに対して、非平衡というのは、秩序が保たれていて、開いた系
生命現象とか非平衡

  • カオス

もとは「混沌」という意味だが、数学においては、
非周期的で予測できないが、分散せず秩序立っているものを指す。


ローレンツ
1963年 大気の運動を予測する方程式
軌道が不規則・初期値鋭敏性
アトラクター
非周期的(二度とおなじところは通らない)が、一定時間経ってみると全体としては崩壊も分散もしない
バタフライ効果


カオスはあちこちにある。
うろこ雲、パンこね、混ぜる、カクテル、心拍
水に何かを溶かして、マドラーとかで混ぜると、カオスが発生する。
マドラーで混ぜるとかカクテルのシェイカーを振るとか、それ自体は単純な動きだけど、それによって、非周期的な流れが起きてあちこちに動き回るので、よく溶けるのだ、と。
つまり、カクテルはカオスを利用している
心拍も、周期的に思えるけど実は違う。


ランダウ
→乱流=多くの振動が無限に重なり合った準周期的な状態
リュエルとターケンス
→ランダウの考えを批判(無限は現実には存在しない)
→ストレンジ・アトラクター(点アトラクターでも周期アトラクターでも準周期アトラクターでもないアトラクター)
のち、「カオス」と命名される



脳の機能局在の話に対して、脳の働きを考える上では、領域だけでなくつながりもみないとだめ、と。
個々の部品だけでなく全体から考える必要がある。
自己組織化や機能分化がどのように起こっていくか
外部環境や他者といった拘束条件のもとで変分的に機能分化


自己の恒常性
スパースコーディング(情報処理する際にすべての要素ではなく一部の必要最低限の要素だけ使う)
→同じものを表すのに同じネットワークでなくてよい
→違うネットワークでも同じ「わたし」


ノイズ・インデュースド・オーダー
1983年、筆者らが発見した現象
2017年、定理が証明された
カオスにノイズを加えると逆に秩序が発生する
脳でも起きている可能性

代謝も進化もカオス?

第3章 意識とは「作用」である―脳はいかに記憶・学習・連想するか

記憶
海馬ではシータ波(0.2秒/1サイクル)というゆったりした脳波が発生しており、そこにガンマ波(0.03秒/1サイクル)という速い脳波が切り込んでくる
ひとつのシータ波に切り込んでくるガンマ波はおよそ7個
→マジックナンバー?


フリーマン
ステファン・コイファー、アントニー・チェメロ『現象学入門』(田中彰吾・宮原克典訳)(一部) - logical cypher scape2でも紹介されていた、嗅覚の記憶実験
臭いごとにアトラクターがあって、未知の匂いを嗅ぐと、アトラクターから別のアトラクターへとさまよう


カオス遍歴
筆者らが提唱した概念で、アトラクターからアトラクターへとカオス的に移り変わること。
フリーマンの嗅覚の話はカオス遍歴なのではないか、と。
(1)アトラクター間をカオス的に遍歴して記憶をサーチ
(2)脳がカオスを使って情報を編集
興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの比率が、ある比率になるとカオス遍歴が生じやすい

記憶は、どこかの場所に静的に保存されているわけではなく、カオスの中に保持されている

  • 意識

フリーマンの「大域アトラクター」説
辺縁系と新皮質にまたがる大域的(グローバル)なアトラクターがあって、それが意識の基盤をなしている、という説
欲求とか情動を担っている辺縁系と新皮質の結びつきが、意識にとって某か必要ということなのだろう。
ところで、本書ではここで、何かを好むとか何かを目指すとかそういう意味で、インテンショナリティ(志向性)という言葉を使っているのだが、それは単純に志向性という言葉を誤解している気が……


筆者は、あるときフリーマンの論文を読んで、自分と考えが似ていると思い、フリーマンに対して手紙を書いたところ、意気投合したという。
筆者のカオス遍歴を参照して、フリーマンが論文を書いたりなど、相互に影響を与え合っていたらしい。
なお、フリーマンはすでに亡くなっている*1
さて、筆者は、フリーマンと多くのところで考えが一致したが、意識についての仮説では意見を違えていたという。筆者は「マイナスB」説という考えを主張する。


筆者の「マイナスB」説
筆者は、「マイナスB」という作用こそが意識である、という説を提案している。
これは、抑制性のニューロンによって、アクティブになっている記憶Bを一時的にマスクする(隠す)、という意味
一つのアトラクターに入り込んでいる状態を解除する、ということ
連想記憶がすすむ数理的モデルを筆者が作った
これは記憶のモデルだが、意識にもあてはまるのではないか、という仮説


筆者は、意識を無意識に落とす、という過程を重要視している。
例えば、自転車に乗るとか何か運動のやり方を学ぶ時、最初は体の動かし方を意識しているけれど、次第に考えなくても乗れるようになる。学習できた、とは意識的な過程が無意識になった、ということ。
これもカオス遍歴


クリックとコッホのサーチライト仮説
筆者はこれもまた、無意識と意識の関係から捉えている。
意識されていないものが意識にピックアップされる。
何をピックアップするか、ということについて、クリックとコッホはマイクロサッカードによって決まると考えているが、
筆者はこれに、辺縁系による好みが関わっているのではないか、と
また、直観というものも、意識と無意識の関係から捉える
ポアンカレ*2の「馬車のステップのひらめき」など、
ずっと考えていてもわからなかったものが、不意に分かったというひらめきがくる。これは無意識でずっと続いていた情報処理が、意識にポップアップしてくる現象だ、と


まれ
起こる確率が低いまれな現象を検知する仕組みが、意識なのではないか、と
インプットされた情報をどんどんマイナスBしていく(無意識に落としていく)末に残ったものが、めったに起こらないまれなこと

第4章 未来を志向する脳―自由意志は存在するか

AIに心はできるか、ということで、知能と知性の違いについて語り、自発性というかウォントというか、自分から何かができるか、という話し
で、自由意志について
ある時間的一点を定めると、過去方向にも未来方向にエントロピー(選択肢)が増大する
未来を1つ定めると、過去方向すなわち現在におけるエントロピー(選択肢)が増えるのであり、それが自由意志だ、と
正直、あんまりよくわからなかったな

その他

複雑系というと、高校時代くらいに吉永良正『「複雑系」とは何か』を読んで、大学時代には『Inter Communication』とかでちらっと読んだり、あと、池上高志がきて集中講義やってたのを聞いたりとかで、つまり、20年くらい前に若干聞きかじった程度は知っているが、何というか久しく聞いてなかったわ、そういえばって感じでもある。
カオスについていうと、その単語を聞いたことあるという意味では『ジュラシック・パーク』まで遡るか。


ちょっとググってみたら、以下のページを見かけて、
複雑系はなぜ廃れてしまったか?(私的考察)
さらにそこからリンクされていた、以下を眺めた
山本知幸「複雑系の歴史」(2006年6月研究会 「大自由度力学系研究の新展開」報告書)
これによると、
カオスについて日本語で最初に書かれたのが、合原一幸編「カオス」(1990)*3
津田一郎「カオス的脳観」(1990)は、この本でカオスや脳に興味をもった人が多く、読みやすさやわかりやすさの点でこの本の存在は大きい、と
1992年から1999年にかけて京大基礎物理学研究所において、複雑系の研究会が行われていた(基研複雑系)
金子邦彦・池上高志・津田一郎といった中心人物に加えて、四方哲也・澤口俊之・正高信男、安富歩らが参加していた、とのこと
複雑系は生命現象への注目が中心だったが、ほかに、基研複雑系の時期に、前述の安富歩による貨幣の研究があったほか、「認知では谷淳がロボットにおける認知の問題を継続的に研究している。研究の枠組みが広がり、学際的な交流が起きていたのがこの時期の雰囲気である」とある。
この頃の王子セミナー「複雑系」というのに、フリーマンや北野宏明、バイオインフォマティクスのHogewegらが参加していたとのこと
チューリングパターンの話とかも少ししてるな。

*1:没年確認しようと思ってググったら、父親がロボトミー手術を「発展」させたウォルター・フリーマン2世とのことだった。息子のフリーマンはウォルター・フリーマン3世

*2:ちなみにポアンカレは世界で最初にカオスを発見した人物らしい

*3:で、この本を手にとって脳の研究に進んだ一人が渡辺正峰、と。渡辺正峰『意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く』 - logical cypher scape2

『日経サイエンス 2026年6月号』

SCOPE 小惑星「リュウグウ」に全核酸塩基

核酸塩基がすべて見つかったというニュースで
アンモニア濃度の違いで、塩基の存在比率が違うこともわかったけれど、実験室ではアンモニア濃度による違いを再現できなかったとかなんとか

短期集中連載:定説が覆るとき 異星の生物をめぐる見解

ローウェルの火星運河説から始まって、フェルミやドレイクを経由して、系外惑星の話

ウェッブ望遠鏡が発見した謎の天体 リトル・レッド・ドット  R. ボイル

2022年、ウェッブ望遠鏡の撮影した画像の中に、赤く小さな点(LRD)があることが発見される
以降、ウェッブ望遠鏡のどの画像にもLRDがあり、この正体をめぐって、多くの論文が次々発表されている状況らしい。
LRDは、ビッグバンから6億年後で、15億年後までには姿を消してしまう。初期宇宙にあった何か。
ハッブルは赤外線観測装置をもっておらず、スピッツァーはウェッブほど高精度ではなかったので、ウェッブにより初めて発見されるようになった、と。
まだ議論百出で共通見解はできていないが、ブラックホールに関係している、という点ではまとまりつつある。
「準星」や「ブラックホール星」という全く新たな天体の可能性もいわれている。これらは、ブラックホールを内部に持つような星で、ブラックホールの特徴と星の特徴をもつとかなんとか
あと、すべてのLRDが同じ天体とは限らないという主張もある
監修に稲吉恒平という人がクレジットされていて本文中にも名前がしばしばでてくるのだけど、北京大学のカブリ天文天体物理学研究所所属らしい(北京大に日本人研究者いるんだ、というのと、北京大にカブリ研究所あるんだ、というのを思った。どちらも、いわれてみればそりゃいる(ある)かもな、とは思うが)。


タイムリーにこんな記事が
天文学:高赤方偏移の「小さな赤い点」におけるブラックホール質量の直接測定 | Nature | Nature Portfolio

生命活動の意外な舞台 相分離がひらく新たな細胞観  P. ボール

相分離生物学って何年前か本が出てて、なんだそりゃと思ったけど、そのままスルーしてた奴
2009年だかに、なんだかいう粒子が細胞分裂の際に細胞内で偏在しているというのが発見されて始まった
「液−液相分離」 といって、ドレッシングの油の中に酢の粒ができるように、液体の中に液滴ができる現象
細胞の中に、液−液相分離によって「生体分子凝縮体」というタンパク質やRNAの塊ができる。細胞内小器官と違って膜をもたず、条件がそろうと形成される。
また、当初は液体だと思われていたが、固体となるものもあり、総称として「凝縮体」と呼ばれている。
実は、核小体やゴルジ体も生体分子凝縮体らしい。
核小体が発見されたのは1830年代だが、凝縮体だと分かったのは2011年のこと


凝縮体には色々な役割がある
ストレス検知
→熱に対する反応。従来は熱ショックタンパク質によると考えられていたが、これだと、熱による変性が始まってから対応することになる。その前に、ゴルジ体が応答している
また、タンパク質の塊という意味で、アルツハイマーなどの原因であるアミロイドというものが以前から知られているが、これも凝縮体
かつては「液体は善、固体は悪」と考えられていたが、今はそう単純ではない、とも。
それから、遺伝子発現にもかかわっている、とか
あと、オパーリンが生命の起源としてあげたコアセルベートも

トリアシック・パーク  H. バシリオ

トリアシック・パーク | 日経サイエンス
イタリアで発見された三畳紀の恐竜の足跡
地層の写真がどーん、という記事だった

特集:AI利用とその歪み 米国社会の現状

この特集自体は読んでいないのだが、
この特集内で、色々な職業の人たちのAI体験談みたいなのが囲みで書かれていて、パラパラと眺めていた
で、AIの話と全然関係ないのだが、学校の先生が、生徒の答案へのコメントする作業にAI使ってよくなった、という話の中で、名前のアルファベット順が後ろの方の生徒は評価が悪くなりがち、というデータがあるというのが面白かった。
つまり、アルファベット順に採点していると、後ろの方に行くほど先生が疲れてしまって、点が辛くなる、という話

岡野原大輔『生成AIのしくみ』

タイトルにあるとおり、生成AIについての入門書
サブタイトルが「〈流れ〉が画像・音声・動画をつくる」であり、「流れ」がキーワードとなっている。
数式を用いず言葉で説明、というのが売り文句になっている本で、実際、数式は全く出てこない。いろいろと比喩を用いて説明しているところが多い(以下の要約では、比喩の部分は面倒なので省略した)。
自分は、数式を出されても理解できないので、それは別にかまわないし、まあ、巧みな比喩でわかったような気分にはさせてくれる。
今まで、Newtonとか日経サイエンスとか、なんかの本とかを通じて、ディープラーニングやLLM、Transformerについての解説は読んだことがある(どれくらい理解しているは別として)のに対して、言語以外の生成AIや拡散モデルについては、簡単な解説記事すら読んだことがなかったので、読んでみようかな、と。


最近、意識とか神経科学とかの本を読んでいるので、そことも関わってくるだろうなという期待はあるけれど、今のところ、自分でうまく結びつけれてはいない。


生成AIの歴史がわかったのだけでも、結構個人的には大きかった。
生成AIというと、自分の中ではGANのイメージが強かったんだけれど、そういえばGANっていつの間にか聞かなくなったけど、どうなったんだ? とかあったので。
1982年 ホップフィールドネットワーク(エネルギーベースモデル)
1995年 ヘルムホルツマシン(潜在変数モデル)
2013年 変分自己符号化器(潜在変数モデル)
2014年 敵対的生成ネットワーク(GAN)
2015年 正規化フロー(流れを使った生成モデル)
2018年 連続正規化フロー(流れを使った生成モデル)
2015年 拡散モデル
2019年 スコアモデル(拡散モデルと同じもの)
拡散モデルというのは、エネルギーベースモデルでもあり潜在変数モデルでもあり流れを使った生成モデルでもある。
GANは、本書でもコラムで紹介されるにとどまり、この歴史の中では傍流なのだろう(デビュー当初は脚光を浴びたけれど、結局本流にはなれなかったのかな、と*1 )。

1 生成AIを作る

  • 生成タスクが、分類や認識タスクと比較して難しい理由2つ

(1)出力データが高次元であるため
(2)正解の出力が多様であるため
高次元とは
→温度や身長は1つの数値であらわせるので1次元、地球上の位置は緯度と経度の2つなので2次元
→画像データは画素数×RGBの3色なので、ハイビジョン画像は622万次元
→ハイビジョンで30fps、60秒の動画は112億次元
生成とは、高次元空間の中からデータを探し出すという課題


それでもいくつかの条件を満たすとデータは生成できる

  • 多様体仮説

高次元のデータはより低次元の多様体に対応する
多様体とデータ空間を変換できれば生成できる

  • 対称性
  • 構成性

対称性や構成性によって学習する量を減らせる

2 生成AIの歴史
  • イジングモデル

1920年 物理学者のレンツとその学生イジングが考案
粒子についてのモデル
エネルギーの低いところに粒子が移動して自発的に安定する、というもの
相転移や磁性体について説明

  • ホップフィールドネットワーク

この物理学のモデルをニューラルネットワークにおいて記憶を扱うものとして応用
もとは、中野薫(1971)や甘利俊一(1972)による試みがあったが、
1982年 ホップフィールドが改めて提案
ニューロンもエネルギーの低いところで安定する
粒子間の相互作用について
→イジングモデルでは外から定義されるのに対して、ホップフィールドネットワークはパラメータとして学習によって決まる
観測したデータに対応する状態のエネルギーを低く、そうでない場合のエネルギーが高くなるようにパラメータを設定する(学習させる)→学習時に見たものを思い出す
汎化も起きる

  • エネルギーベースモデル

エネルギーが低い状態に自発的に更新されていく
ホップフィールドネットワーク以外に、ボルツマンマシンやビリーフネットワークなどがある

  • ボルツマン分布

エネルギーと確率を相互に変換できる分布
エネルギーが低くなると確率が上がる
ニューラルネットワークにおける出力を確率分布に変換する関数としても用いられる

  • ランジュバン・モンテカルロ法

ボルツマン分布に従ってデータをサンプリングする方法


エネルギーベースモデルは、生成も学習もとても遅いのが課題

  • 分配関数の問題

確率分布は、それぞれの確率の和が1になるような分布
サイコロの出目であれば、1/6+1/6+1/6+1/6+1/6+1/6(=1)、ということ
適当な確率を割り当てて合計が1にならない場合、それぞれの確率を合計値で割る必要がある
この合計値=分配関数
→高次元だとこれを求めるのがほとんど不可能
→学習が遅い原因

  • 潜在変数モデル

観測変数(生成したいデータ)を潜在変数を用いて生成する(多様体仮説)
潜在変数というのは、データよりも次元の少ないもの
例えば、手書きの3の画像が観測変数だとすると、「「3」という数字、崩れている、少し右に傾いている」などの情報が潜在変数となる
潜在変数はデータには含まれないので、これをどうするか

  • ヘルムホルツマシン

1995年 ダヤンとヒントン
データから潜在変数をつくる認識モデルと潜在変数からデータを生成する生成モデルのふたつの組み合わせ

  • 変分自己符号化器(VAE)

2013年 キンフマとウェリング
生成したいデータから潜在変数を推定させたあと、そこにノイズを加えて、そこからもとに戻す
認識モデルの学習が困難

  • GAN

2014年 グッドフェローら
初めて高精度の画像を生成して注目を浴びたが、学習が不安定という難点があった

  • 自己回帰モデル

分配関数の計算を回避する方法の一つ
LLMは自己回帰モデル
逐次計算を行っていくため、処理が遅い

3 流れをつかった生成

流れとは
連続性=経過時間を短くすると移動元に近づくこと(ワープではないということ)
連続の式:ある位置の変化量とその周囲の流入量・流出量は常に釣り合う(内部における物質の総量は一定)


確率分布を流れを使って変化させる
分配関数が不要
(全体の情報が必要ない・連続の式が成り立っているなら全体は変わらないから)
高次元空間は網羅的に探索できないので全体は分からない

  • 正規化フローと連続正規化フロー

前者は、2015年 ディンら
後者は、2018年 チェンら
モデル分布からの流れをたどって尤度を学習


事前分布から流れに沿って生成していくのは、階層構造の潜在変数モデル、ともいえる。
流れを1つ遡るのは、一つ前の階層の潜在変数を求めることと同じ


流れは速度ベクトル場をあらわすニューラルネットワークによって表わされる


連続量を離散化して計算


問題点2つ
(1)変換に制約
(2)非常に大きなメモリが必要

4 拡散モデルとフローマッチング

「拡散モデル」と「フローマッチング」という2つの手法について
拡散というのは、インクを水に垂らすとそれが次第に水全体に広がっていく過程
これを逆転させると、生成になるよね、という発想

拡散モデル
  • 歴史

拡散モデル
→2015年 ソールディックスタインらが非平衡力学から
→GANなどが成功していた時期で、拡散モデルはあまり注目されず
スコアべースモデル
→2019年 ソングら
2020年 ホーら
→拡散モデルとスコアベースモデルは実は同じ問題を解いていることを示し、改めて注目を浴びることに
2021年頃
拡散モデルと言語モデルを組み合わせることで、言語による指示で画像生成ができるDALL-Eなどが登場


データにノイズを加えて壊していく(拡散)
それを逆転させて生成する
最終的に正規分布になるようなノイズを加えていく


拡散=インクが濃い(確率の高い)位置から薄い(確率の低い)位置へと移動すること
この逆向きの流れ=スコア
拡散と逆向きに流れるとは、スコアにしたがって変化すること


エネルギーベースモデルのエネルギーを小さくする流れとスコアは一致
ただし、前者が時間的に変化しないエネルギーなのに対して、スコアは時刻とともにエネルギーが変わる


高次元空間でデータから離れるとスコアは限りなく0に近い(データから離れた場所だとデータを発見しにくい)
しかし、スコアは時間によって変化する。データが十分崩れると空間全体に流れが生じる

  • デノイジングスコアマッチング

拡散モデルの学習方法
デノイジング=ノイズ除去
流れ全体のシミュレーションが不要に(シミュレーション・フリー)
(いちいちシミュレーションするのは非常に大変)
流れを求める問題を、時刻・位置ごとに進む方向と速度を予測する問題に変換
→大規模なモデルで安定的な学習が可能に


拡散モデルの生成過程が、データの生成過程と似た流れになる。
正規分布に従うノイズを加えてデータを破壊する際、最初に破壊されるのは詳細な部分(テクスチャとか)、最後まで残るのは全体(輪郭とか)。
これを逆転させると、全体から詳細へ生成される、という過程になる。
全体から詳細へ=低周波成分から高周波成分へ

  • ほかのモデルとの関係

拡散モデルは、潜在変数モデルの一種であり、変分自己符号化器
拡散過程は実は認識モデル
ノイズを加えて区別がつかなくなっていく過程は、分岐をたどっているようなもの
(個体の区別がつかなくなる→犬種の区別がつかなくなる→犬かどうかわからなくなる……)
拡散モデルはエネルギーベースモデル
拡散モデルは流れを使った生成モデルで、連続化フローとの違いは学習手法

フローマッチング

基本単位の流れを複数束ねる方法
基本単位の流れとして最適輸送を使った場合をここでは説明
(最適輸送を使わない場合もある)

  • 最適輸送

1781年 仏の数学者モンジュ提唱
ソ連の数学者・経済学者カントロヴィチが発展させ、ノーベル経済学賞
最適輸送を適用すると流れが直線になる
サンプリングのステップを大幅に削減できる
最適輸送を直接求めるのは、計算量が膨大になる
→フローマッチングは、計算可能な大きさに問題を分解する
フローマッチングもシミュレーション・フリー


このあと、この章では両方に共通する話として、条件付き生成や潜在拡散モデルの話が出てくるが、力尽きたので省略
潜在変数モデルにでてくる潜在変数と、潜在拡散モデルに出てくる潜在変数は、言葉は同じだけど別物だから注意とか書かれて面倒になってしまった……

5 流れをつかった技術の今後

  • 汎化をめぐる謎の解明

汎化には、生成対象の汎化と条件の汎化の2つがある。
ニューラルネットワークは汎化が優れているが、加えて、拡散モデルはより強力
どういうメカニズムなのかまだよく分かっていない。
ハルシネーション対策に、汎化の制御ができるようになるといい

  • 注意機構と流れ

トランスフォーマーとか
注意機構は一定の制約のもとエネルギーベースモデルとして表現可能

  • 流れによる数値最適化

最適化問題にも応用できる

  • 言語のような離散データの生成

言語において、流れをつかった生成は、いまだ自己回帰モデルよりも性能が低い
流れを使った生成で言語が扱えるようになると、多様な生成と並列処理が可能になる

  • 脳内の計算機構との接点

生成モデルはもともと、連想記憶のような仕組みを作ろう、というところから始まっていて、
脳内にも、ホップフィールドネットワークに似た現象がみられる
流れを用いた生成は、脳内の計算機構の新たな候補になるかもしれない
→流れを用いた生成は、局所的な情報だけで更新が可能なのが利点(脳も分散して局所的な情報処理をする)

付録 機械学習のキーワード

  • モデル分布とデータ分布

モデル分布:モデルによって生成される確率分布。パラメータを変えることで自由に変えられる
データ分布:学習データによって与えられる確率分布。変えられない。
この2つの分布の距離(KLダイバージェンスと呼ばれる)を近づけるのが生成モデルの学習の目標


学習とは
=モデルのもつパラメータの調整

*1:「拡散モデルでググると、ライバルとして、GANや変分自己符号化器があげられ、比較されている記事がいくつか見つかる

『科学』2026年2月号~5月号

【連載】因果をめぐる7の視点

初回だけ読んでそれ以降読んでいなかったので、まとめて一気読み
初回→『科学2026年1月号』『日経サイエンス2026年3月号』 - logical cypher scape2

(2月号)「因果をめぐる7の視点2 ビッグデータ時代のスモールデータ──説明から納得,そして活用へ」樋口博之

情報科学・AI研究の世界では、「論理・因果」重視から「統計・相関」重視へと流れが変化している。スモールデータからビッグデータへの移行でもあるし、エキスパートシステムから機械学習へという変化でもある。
ところが近年、再び「因果」についても注目されるようになっている、と
「因果発見」と呼ばれ、単なる相関関係ではなく、そこから因果関係を見つけ出す技術ができてきたから。
因果関係かどうかは、分布の形が異なることでわかる、らしい。
非正規分布においては、つねに、因果関係が特定の形の分布図になる、とか(正規分布だと、A→BとB→Aの因果を区別できないらしい)。
富士通の半導体開発で、これを利用して、どの製造パラメータがどの結果に結びついてるかの推定に、2週間かかっていたのを1日に短縮した、とか。従来、専門家の知見によって絞りこんでいたのだけど、その専門家の知見とも一致。ただ、専門家が見つけてなかった因果も発見している、と。

(3月号)「因果をめぐる7の視点3 過去と未来をつなぐ因果の歴史――ヒュームからアインシュタイン,そして現代へ」小澤知己

物理学における因果
ニュートン:自然法則が因果法則
ヒュームやカント:因果は自然にはなく、人間側の認識の問題
→ヘルムホルツやマッハなどの科学者に影響。
相対性理論:光円錐の内か外かで、因果関係が及ぶか否か(相対論的因果律)
→宇宙検閲官仮説:一般相対性理論で出てくる問題。因果律破れないような仕組みが宇宙にはあるはず、という仮説。
量子論:確率的にしかわからない
→確率的にはわかるので、因果律が破られたわけではない
量子もつれ:光速を超える?
→情報は伝わらないとされるのでそれで因果は守られるとする(情報論的因果律)
現代物理学においてホットな因果の問題2つ

  • 不定因果順序

シュレディンガーの猫よろしく、プロセスを重ね合わせると、A→Bという因果なのかB→Aという因果なのかはっきりしなくなる。これを利用してバッテリーの充電速度を上げる研究がある
(これ以前ニュースサイトか何かで読んで記憶あるけれど、因果が逆転するというものものしさとバッテリーの充電速度という実用的な話が繋がるのに、なんだか可笑しみがある)

  • 超決定論

AはBの原因であるという時、もしAしなかったらBは起きなかっただろうから、という考え方(差異形成説)があるが、それは、Aするかしないかという選択の自由があったことを前提としている。しかし、そんな自由意志はないんじゃないか、というのを超決定論と呼ぶらしい。

(4月号)因果をめぐる7の視点4 因果は複数ある──多元主義的観点から」浅川芳直

哲学における因果
因果の産出説と差異形成説とを紹介し、またそのどちらでも説明できないようなケースもあげ、最近の哲学では、因果の本質はないのではないか、と考えられるようになってきた、と。
同じように因果と呼ぶけれど、その探求している分野によって、その因果の内実は違うんじゃないか、という多元主義
こういうことを知りたい時に用いられる因果はこれ、別のこういうことを知りたい時に用いられる因果はあれ、というように整理すれば「何でもあり」の相対主義にはならない、と。

(5月号)「因果をめぐる7の視点5 証明することを考える――論理学と数学の視点から」横山啓太

タイトルに「証明することを考える」とあり、「はて、因果は?」と思ったら、実際、冒頭で、今回は因果の話ではなく証明の話をやる宣言がなされていた。
ちなみに、完全性定理の話だった。

2026年3月号

計算の発展と科学……小柳義夫

計算科学というのは、特に大規模な計算を用いる科学をさし、シミュレーション科学とデータ科学に大別される。前者を第3の科学、後者を第4の科学と呼ぶこともある。

社会現象と計算物理学……伊藤伸泰

社会物理学=社会現象を物理学の方法で研究する
計算物理学は、原子とか要素のふるまいからシステムをとらえるものだが、社会現象の場合、個々の要素が法則の通り動かない、振る舞いを変えることがある、などがあり、計算量が膨大になる。
計算物理学を社会にあてはめた初期の例は、世論形成を相転移現象として調べたもの
この論文では具体例として、人流・交通流の分析を紹介している。神戸における交通分析(どの道路がどういう役割を担っているか)や災害時の避難誘導最適化

崩れつつある第一原理主義的科学思考――データ駆動が生み出す新しい計算の形……樋口知之

科学の方法を車の両輪に喩える。つまり、演繹法と帰納法。計算科学ではシミュレーションとデータ。
ここでいう第一原理主義というのは、演繹法を重視する考え方。
計算科学の研究コミュニティでは、この考え方が強くて、データというのは計算の検証に使うものであっても、計算に直接組み込んではいけない、という考えが支配的だったらしい。
それが、機械学習や生成AIの発展によって、変わってきたよね、という話
極端な話、データがあればモデルはいらないという主張まである。
気候・海洋シミュレーションとか、データ量が多くて、データは検証用とかいってられない。

2026年4月号

【特集】音楽の科学はどこまできたか

音楽と舞踊の起源――ヒトの脳・身体が生み出す時間の秩序性……藤井進也

リズムについて
リズム伝言ゲーム、という実験がある。ある間隔をおいて発せられた音を聞いてもらって、その音を模倣してタップしてもらう。そのタップした音を録音して再度聞かせて、再びタップしてもらう。これを繰り返すと、自然と整数比の秩序だったものに収束するらしい。
で、これを世界各国、音楽家も非音楽家も含めて実施した、と
そうすると、整数比への収束は普遍的にみられたが、どういう比になるか(1:1:1なのか1:2:1なのかとか)は地域差・文化差があったという話

動物には音楽があるか――比較認知研究から探る音楽の起源……岡ノ谷一夫

人間と動物の連続性と断続性の両方に注目せよ、というもの
動物の音声には(鳥の鳴き声とか)明らかに音楽っぽいものはある。とはいえ、人間の音楽とは違う(社会的機能をいろいろ担っているとか、高い情動喚起能力があるとか、メタ認知されているとか)。
音楽の起源は確かに動物の中にある(連続性)が、しかしどこかで、動物と人間とを分けているものもある(断続性)、と。その点で、言語能力とも似ている。
リズム、メロディ、ハーモニーといった要素を動物は認知できるか。メロディの認知というのは、オクターブ違っても同じ音と認知できるかという相対音感とか。
これら、動物種によってかなりまちまちな実験結果が出ているっぽい。

脳は音楽と言語をどのように聞き分けているのか……貞方マキ子

音楽音と言語音について、音響的な違いはわかってきて、工学的に区別する手法はできてきている。ただし、同じ方法を脳もやっているかどうかは不明。
音楽と言語は実際よく似ている。
脳内での処理については、同じところと違うところがあり、一概に、同じかどうかはいえない
失音楽症では、言語では音の高低が認識できるが、音楽の音の高低が判別できない(言語と音楽で脳内の処理が別)だが、一方で、言語と音楽の認知について、脳内で共有されているネットワークも多い。
オクターブ違っても同じメロディだと認知することは、動物全体でいうと珍しい。多くの動物は絶対的な音高で区別する。
リズムなどの時間的まとまりの認知も、動物によってできたりできなかったりする(一部の鳥やラットなどはできる)

音楽の「快」がもたらす報酬脳活動……森 数馬

音楽も脳に対して報酬をもたらしているが、金銭などの高次的な報酬ではなく、食事などの原初的な報酬に近い
視覚的芸術による報酬は、高次的

ダイナフォーミックスによる演奏技能の限界突破……古屋晋一・塩木ももこ・黒宮可織

ダイナフォーミックスという聞き慣れない言葉は、dynamicsをformする、という造語らしい
演奏を科学的に測定して、練習に役立てる、というものっぽい。
ピアノ演奏について、長い間「音色」というものが科学的にはよくわかっていなかった。というか、演奏家は「タッチで音色が変わる」と言っていたが、科学者的にはそんなん人にコントロールできる要素ではないわ、という対立があったらしい
しかし、改めて、精密に計測してみたら、微妙なコントロールしていることがわかった
重さを触覚的に感知して制御している
で、まず鍵盤の重さの違いを比べられる触覚デバイスを作って、それで重さの違いを判定してもらったあとに、改めてピアノを弾いてもらうと、音量コントロールがうまくなった、という実験が紹介されている。
つまり、聴覚ではなく触覚の訓練によってピアノがうまくなった、と
ほかにも、タイミングが上手くそろわないという壁にぶちあたっていた生徒がいて、そういう場合に「もっと鍵盤を掴むように」みたいなアドバイスがなされるらしいのだけど、測定してみたら、打鍵というよりは離鍵のタイミングがズレていたことがわかって、それをもとに練習したら壁を突破できた、とか。
従来、感覚的な言葉で行われていた演奏教育やアドバイスを、科学的にやってみよう、という話(スポーツ科学の音楽版、という紹介のされ方もしている)

人はなぜコンサートに足を運ぶのか――心理・生理反応の研究から……本田一暁

コンサートという実験室の外での環境での反応を調べるという研究
実験器具の進歩とともに可能になってきた
ここでは、同期という観点から
同じ音楽を聴くと心拍の同期とかが起きる。録音を聞くより、生演奏の方がより同期する。
演奏者との同期も研究中だが、要素が多くて、まだよくわからない
いろいろな実験がされてきているが、まだそれらを説明できる包括的なモデルなどはできていない
なお、生演奏の音楽をきくと、より同期する、という話も全体的な傾向の話で、組み合わせによっては全然同期しない人というのもいる、と

2026年5月号

生成AIが研究不正を加速させる可能性について……川原繁人

自身も研究で生成AIを使っているが、あるとき、AIが提案してきたことが研究不正につながるようなことだった。
研究不正につながる誘いをAIがしてくる可能性がある。
実際に、いくつかAIに質問する実験をしてみたら、研究不正につながる提案をしてきた。
改めてこれまずいよね? と聞くと、それが研究不正にあたると回答してくるが、AIは人間の役に立ちそうなことを優先して提案してきてしまう。
何が研究不正にあたるかまだよくわかっていない学生が、これが正しい研究の方法だと誤解してしまうのではないか、という問題提起

科博のお宝コレクション  2 生涯をかけた思考の記録:南方熊楠の菌類図譜……細矢 剛

新種も多いが公表はされていない

科博のお宝コレクション 3 「嫌われ者」へのまなざしを変える:千石正一氏が収集した爬虫類・両生類コレクション……吉川夏彦

は虫類研究で有名な「千石先生」のコレクション。生前、松戸市教育委員会に寄贈されたコレクションが没後、科学博物館に移管された、とのこと
自分も子供の頃に『どうぶつ奇想天外』を見て千石先生を知ったクチだが、逆に言うとそれでしか知らなかったので、改めてすごい人だったのだな、と
何がすごいかというと、若い頃から、愛好家も含めた連絡会ネットワークを形成したり、若手研究者をまとめて図鑑を作ったりしていたらしく、亡くなった際も関係者からそのリーダーシップについて賞賛する声が多かったとのこと。
世の中の爬虫類嫌いを減らすために、メディア出演も積極的にしていた、と
また、ペット飼育より自然環境下での観察を推奨していたものの、ペット飼育での不幸を減らすために飼育書も執筆し、コレクションにはペット個体の標本も多く含まれているらしい(日本への輸入の実態を残す資料となっている)