渡辺正峰『意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く』

自分の脳と機械の脳を接続することで、意識の謎を解明し、さらに意識のアップロードを可能にしようと考えている神経科学者による、意識の科学入門
以前、同じ作者による渡辺正峰『脳の意識機械の意識』 - logical cypher scape2を読んだことがあり、非常に面白かったと記憶している。(渡辺の著作は他にも出ているが、この記事では、この本をさすのに「前著」と呼ぶことにする)
前著は、前半が神経科学の研究史となっており、筆者のアイデアは後半に書かれていた
対して本書は、全体的に筆者のアイデアを開陳するものとなっている。筆者自身のエピソードなどにもページがさかれ、文章や用語の使い方が、より平易になっているように思える(ちゃんと前著と読み比べてはいないので、記憶に頼った印象論だが)
基本的なアイデア自体は前著と変わらないが、BMI周りの話がより具体化されたように思えるので、進捗報告といった感じもある。


ちょっと積んでいたのだが、浦出美緒『死ぬのが怖くてたまらない。だから、その正体が知りたかった。』 - logical cypher scape2を読んだので、そろそろこっちも読もうと思って手に取った。
サブタイトルに「デジタル不老不死」とあるが、意識をコンピュータ上にアップロードすることで、死を回避しようという話。
一方、タイトルには「意識の脳科学」ともある。筆者の研究において、意識を解明するための研究に必要な技術と、意識をアップロードする技術とは同一のもの。意識研究と不老不死が表裏一体となっているのである。
不死の技術という名目で人とお金を集めて、意識の研究をやろう、という目論見でもある。
本書の前半は、意識のアップロードに関する話、後半は、意識とは何かについての話となっている。

プロローグ
1章  死は怖くないか
2章  アップロード後の世界はどうなるか
3章  死を介さない意識のアップロードは可能か
4章  侵襲ブレイン・マシン・インターフェース
5章  いざ、意識のアップロード!
6章  「わたし」は「わたし」であり続けるか
7章  アップロードされた「わたし」は自由意志をもつか
8章  そもそも意識とは
9章  意識を解き明かすには
10章 意識の自然則の「客観側の対象」
11章 意識は情報か 神経アルゴリズムか
12章 意識の「生成プロセス仮説」
13章 意識の自然則の実験的検証に向けて
14章 AIに意識は宿るか
15章 意識のアップロードに向けての課題
16章 20年後のデジタル不老不死
エピローグ
あとがき

プロローグ/1章  死は怖くないか

プロローグでは筆者が死の恐怖を他の人に打ち明けたがうまく理解されなかったエピソードとかを枕に、本書の概要
1章では『順列都市』を枕にして、意識のアップロードと不老不死研究の話
ちょっと面白いのは、こういう研究しているからだろうけれど、集まってくる学生がみな、不老不死を目指す意識が高くて、筆者が「不老不死ネイティブ世代」だと驚いているくだり。
筆者の研究室に進むか、それとも遺体冷凍保存の研究に進むかとか、そういう進路の悩み方をしていているらしい。

2章  アップロード後の世界はどうなるか

環境、身体、脳の3つの観点にわけて、それらのデジタル化について
環境のデジタル化=いわゆる仮想現実技術
身体のデジタル化=コンピュータ・シミュレーション上の仮想身体からの信号を脳に伝える
脳のデジタル化
→フェーディング・クオリア(チャーマーズの思考実験)
→神経細胞一つ一つをシリコンに置き換えていくが、仮に実現できても非常に高価になってしまう(脳一つにつき1台ずつコンピュータが必要)
→コンピュータ上で、ニューロンの入出力特性をシミュレーション(1台に複数人アップロード可能)

3章  死を介さない意識のアップロードは可能か

この章の冒頭、筆者が下條研究室に入ったばかりの頃の話が書かれているが、筆者はもともとは、意識の研究をしていたわけではないらしい。


アップロードの際に死んでしまうような方法は、アップロードによって死を避けたい人間にとっては望ましくない、と
分離脳がヒント
生体脳半球と機械半球をつなげる

4章  侵襲ブレイン・マシン・インターフェース

非侵襲は論外
この章では、ニューラリンクのBMIを主に紹介した後、筆者が提案・開発中のBMI技術を紹介している。
また、ニューラリンクの話以外に、DARPAの100万ニューロンのBMI計画や、2019年に中国科学院が新設した神経科学関連キャンパスなども紹介されており、侵襲BMI開発が米中で加速していることが述べられている。

  • ニューラリンク

アカデミア発の技術で、ニューラリンクが注目したものが2つ
(1)神経機能代替(ロボットアーム動かす実験)
(2)柔らかい電極
また、侵襲BMIのネックとして有線だと開口部から感染症になるおそれがあげられる
このため、ニューラリンクは「無線皮下封印」にも力を入れる。この技術自体はすでに脳疾患治療で実用化されているらしいが、BMIとして用いるためには、無線通信容量の問題がある。ニューラリンクの求人みると、集積回路のエンジニアを募集している、と。


ところで、BMIが実用化された際に軍事利用されないかという懸念について本書は検討していて、その可能性は低いとしている。
AIやドローンの進歩が速すぎて、BMI兵器は優位性とれないだろう、というのがその理由
BMI実用化は普通に医療応用から始まって、そこからどう健常者に普及するかは、アーリーアダプターがどう利用するかや法規制に依る、と

  • 灰白質BMIの問題点

さて、我らが半球接続だが、現状、ニューラリンクなどが作っているBMI技術の延長で実現できるのか
現在、主に開発されている侵襲BMIというのは灰白質に電極を差し込むというもの
そもそも電極はニューロンよりもでかい
脳半球同士をつなぐ脳梁には1億ものニューロンがあるが、ニューラリンクの次世代BMIでも5桁足りない
また、灰白質BMIでは脳への情報の書き込みができないという指摘がある。
灰白質に挿しこんだ電極で刺激すると、遠い場所のニューロンも反応してしまうため。

  • 神経束断面BMI

そこで筆者が提案しているのが、神経線維束の断面に高密度二次元電極アレイを挿しこむというもの
高密度二次元電極アレイというのはCMOSのような集積回路技術で電極を細かく並べたもの
現在、最も集積度が高いものは700ナノメートル間隔で、あと数分の1狭められれば、1本1本の神経線維に電極をつなげられる、と。
神経線維を切断してしまうのがネックだが、神経線維の再生治療技術は今日進月歩だ、と。

5章  いざ、意識のアップロード!

本章では、筆者が提案する、生体脳半球と機械半球を接続するという方式による、意識のアップロード手順が紹介されている。


まず、現在でも重度のてんかん患者に行われる脳梁離断術の応用で、BMIを挿入する
注意すべきは、この段階で分離脳状態になる(意識が右半球と左半球の二つに分かれる)こと。
機械半球を接続。機械半球は記憶も人格ももたない「ニュートラルな」意識
機械半球との接続の仕方の詳細は13章
その後、記憶の転送を行う
これは、海馬にある短期記憶が大脳皮質全体に保存される長期記憶へと転換されるプロセスを真似する形で行われる。
(ところで、海馬の研究に貢献したHM氏って2008年に亡くなったあと本名公開されていたのね。知らんかった)
人格の同一性には思い出せない記憶も重要なので、ペンローズの実験よろしく、電極で刺激していろいろ強制的に想起させて転送していく。
ここらへんの記憶転送アイデアは前著にも書いてあった。
後日、生身の方の半球が死を迎えたら、やはり記憶の転送などをされたもう一方の機械半球と接続し、意識の統合を果たすことで、アップロードは完了となる。


章の末尾で、これはお話風に書かれているだけだが、現実世界と同じ速度で演算するとサーバーコストが嵩むので、現実世界との交流は当面できない。先にアップロードを果たした人たちとでデジタルあの世へいくことになる、ということが書かれていた。


ところで、これって比較的意識が明瞭な状態で自然死することを想定しているような気がするけれど、それはなかなか稀なことのようにも思えるので、死を迎える前にどこかでえいやっと機械に乗り移る決断をしないといけないような気がする。
あと、コンピュータ上でも自分の意識を保てる、というのは、半球接続状態でも確かめられるとして、その後、生体が失われた後にいくことになる仮想現実空間の解像度はいかに、というのはありそう。
それともう一つ気になったのは、機械半球って接続時には物理的にどこにあることになっているんだ? 生体脳そのものは、左右どちらの半球も頭蓋骨の中にそのまま残り続けるんだと思うんだけど。高密度二次元電極アレイの先は無線になるのかな。

6章  「わたし」は「わたし」であり続けるか

アップロードされても人格の同一性は保たれるのか。
本章では、良いアップロード(漸進的破壊性アップロード)、悪いアップロード(灌流固定方式)、普通のアップロード(生体脳半球・機械半球接続)の3つのアップロード方式を比較する形で検討している。

  • 良いアップロード(漸進的破壊性アップロード)

フェーディング・クオリアをもとにした方式。ニューロンをナノマシンに置き換えていく。
心理学的連続性という意味ではもっとも優れている。
「不可能だという点に目をつぶればよぉ~」(とは本文には書いてない、念のため)
技術的には実現可能性が低すぎる、と

  • 悪いアップロード(灌流固定方式)

灌流固定された脳から侵襲コネクトームをつくる
神経配線構造を読み取るという点ではもっとも精度が高い。しかし、(死後に読み取るので)配線の強度は十分読み取ることができない
そもそも一度活動停止した脳からアップロードしようとしたって、それは連続性絶たれてんじゃないのか、と。

  • 普通のアップロード(生体脳半球・機械半球接続)

記憶の転送が完全なら、漸進的破壊性アップロードと同様、心理学的連続性は保たれる
では、その問題となる記憶の転送についてだが、5章にあったとおり、エピソード記憶の転送手法についてはアイデアがあるが、意味記憶や手続き記憶について、現状難しいのだという(アイデア募集中と書かれている)。
一般的なものを学習させて補う、とされているが、無論その点で、心理的連続性の一部が損なわれてしまうことを、筆者は潔く認めている。
漸進的破壊性アップロードと比較して、実現可能性がある、というところでのトレードオフとなる。

7章  アップロードされた「わたし」は自由意志をもつか

本章はタイトルにあるとおり
ロバート・ケインという哲学者の議論をもとに展開されている。
この章については、ちょい省略


この中で2種類の行動選択として、搾取行動(exploitation)と探索行動(exploration)とあった。
まあ訳語の問題なんだけど「搾取?」となって、ちょっと分かりにくい。
これ、鈴木貴之『人工知能の哲学入門』 - logical cypher scape2で「探索と活用(exploration and exploitation)」となっていたものではないかと思う。

8章  そもそも意識とは

ネーゲルによる意識の定義
→そのものになってこそ味わえる感覚
→ある対象が意識を有することの必要十分条件とは、そのものになったときに何らかの感覚が生じること


ライプニッツの「風車小屋の思考実験」
これは、仮に意識が生じる機械があったとして、その中に構成要素を見ても意識を見つけることができない

9章  意識を解き明かすには

従来的な意識研究の例として、ロゴセシスの両眼視野闘争研究が紹介されるが、従来的な研究は、意識があることが前提になっていて、意識そのものの解明としては適当ではない、として、以下の方向へ進む。

  • 自然則

意識のハードプロブレムをソフト化するには「自然則」の導入が必要、というのが筆者の立場
ここでいう自然則とは、光速度不変の原理など、自然側でそのように定まっていて、それ以上理由を問えないようなもの。
自然則は、それ以上の理由は問えないが、本当にそうなのかは検証できる
(光の速度が不変なのが何故なのかは分からない(世界の方でそのように決まっている)が、本当に光の速度が不変なのかどうかを検証することはできる)
意識の自然則も検証が必要。

  • 意識の自然則の検証実験

生体脳での実験
→どの側面が意識を生むのか検証するためには、該当する側面だけをオンオフしないといけない。生体脳でそれは無理
人工物での実験
→「哲学的ゾンビ」問題と「風車小屋の思考実験」問題がある
→人間の脳とつないで確かめるしかない
スレーブデバイス問題
→単に機械をつないでもだめ。CCDを脳につないだ実験はすでにある。映像が見えたからといってCCDに意識があるとはいえない(CCDは単なるスレーブデバイス)
→ヒントは分離脳
→生体脳半球と機械半球をつないで、機械半球側の視野が見えたとする。機械半球がスレーブデバイスの可能性はない
→何故なら、半球同士をつなぐ神経連絡にそんな容量はないから

10章 意識の自然則の「客観側の対象」

意識の自然則=「脳が斯々然々の振る舞い(客観)をすると、意識(主観)が生じる」
客観側の候補はNCC

  • NCCについて

「意識の神経相関(NCC)」は、相関と訳されているが、単なる相関関係ではなく、さらにいえば因果関係よりも強い関係が要求されている、と。
例えば、眼球の活動と意識の間には相関関係も因果関係もあるが、眼球はNCCではない。なぜなら、夢を見ているとき、眼球がなくても意識が生じているから。

  • NCC候補を検討

というわけで、以下、意識の統一性の観点からいくつかの候補について検討している。
そういえば、意識の統一性ってウィリアム・ジェームズ由来なんだな、と。

  • 樹状突起(エドワーズ)

極端な説から。
意識は統一性がないといけない→情報の集約が必要→脳で情報が集約される場所……樹状突起だ! という説
脳内には無数の樹状突起があるのでは、という疑問に対しては、無数の意識が発生しているのだ、と答える。
一つの樹状突起に集まってくる神経線維の数の割合を考えると、情報集約の程度が足りないし、厳密に空間の一点に集まってくるわけではない、という問題がある

  • 量子脳理論(ペンローズ&ハメロフ)

量子脳理論にもいろいろなバージョンがあるらしいが、ここでは最も有名なペンローズとハメロフのマイクロチューブルの奴
問題は量子もつれの持続時間が短すぎること。感覚刺激が意識にあがってくるまでの時間、もたない
近年、植物の光合成や渡り鳥の磁場検知に量子もつれが使われていることがわかってきているが、これらは持続時間が短くてすむので矛盾しない、と

  • 情報の二相理論(チャーマーズ)

情報に関する説を二つ。一つ目はチャーマーズ
意識の統一性については放棄している

  • 統合情報理論(トノーニ)

こちらは、意識の統一性から当然導かれるもの
なお、本書では補足的なコメントとして、統合情報理論が物議を醸す理由として、中心的なメンバーがこれを当然の公理として扱っていて検証実験すら不要、という態度をとっているから、というのが書かれていた(日本の研究者はそうではない、とも)。

11章 意識は情報か 神経アルゴリズムか

筆者は、意識の自然則の客観側を担うのは、情報ではない、と考えている。
この章では、情報が不適当である理由(アルゴリズムがふさわしい理由)が論じられている。

  • 場所コーディング

脳の情報表現の方式
例えば聴覚
周波数帯域は蝸牛で分解されて、それぞれ違うニューロンを刺激する。つまり、周波数の情報はどこのニューロンが反応したか、という場所によってコードされる
音の位相情報は、電気スパイクのタイミングで記録される。これは蝸牛においては時間コーディングだが、次にオリーブ核に到達するタイミングの違いで、オリーブ核のどこのニューロンが刺激されたか、と場所コーディングされる。
聴覚に限らず、すべての感覚モダリティが場所コーディングによって情報化されている。

  • 感覚モダリティの違い

すべての感覚モダリティが同じ方式でコーディングされているので、どんな専門家が見ても、脳のニューロン活動を見せられただけでは、それがどの感覚モダリティの情報かはわからない。
しかし、主観側において、視覚、聴覚、触覚、嗅覚といったモダリティは、それぞれ異なる現れ方をしている。
もし、意識の自然則が、「脳の情報(客観側)が意識(主観)となる」というものである場合、縮退している客観側を、モダリティごとに選り分ける「黒魔術」が必要になってしまう、と。

  • 神経アルゴリズム

主観側で異なっているものは客観側も異なっているのが望ましい。
視覚、聴覚、触覚のアルゴリズムは異なる目的で動くので、異なるものになるはず
また、アルゴリズムが個々のニューロンをまとめてくれるので、その点で、統一性も担保される、と。

12章 意識の「生成プロセス仮説」

筆者は、自然則の客観側にくるアルゴリズムの有力候補として「生成プロセス」を挙げる。

  • 「意識の仮想現実メタファー」(アンティ・レボンスオ)

筆者は、自分は意識が機能を持つかどうかには中立的な立場をとる、が、仮想現実には機能がある、とする
つまり、脳内仮想現実は、反実仮想的に状況の予想などに役立つので、適応的であり進化の中で獲得された、と。意識はそのオマケではないか、と。

  • 生成モデル

90年代に、川人光男、乾敏郎、デイヴィッド・マンフォードがそれぞれ独立に提案したもの
生成プロセスと誤差フィードバックの二つの仕組みからなる。
「生成プロセス」
CGのレンダリング過程に喩えて説明している。
まず、記号的表象がある。これは、モノの種類、モノの特性(形状や光吸収反射特性など)、光源の特性を含む。
記号的表象をもとに、三次元化したりテクスチャを貼ったり光源をあてたりする
さらに仮想カメラがあって、この内なるカメラから見た像として投影する。
「誤差フィードバック」
生成プロセスによって作られた仮想現実と現実世界の同期をとるしくみ
例えば、夢においては、現実世界との誤差フィードバックはとっていないはずだが、意識は発生していることから、誤差フィードバックの方はNCCではない、としている。

  • 意識の自然則の一般化

生成プロセスの本質とは「モデル化」である、として以下のように一般化している
「システムAがシステムBをモデル化したとき、システムAにシステムBの主観体験が発生する」

  • 感想

意識とは何か、については、この章が肝だろう。
気になったことを2つ
まず、些細な点から
「内なるカメラ」というのが出てきたけど、これはレンダリングというか仮想現実を作る際の視点位置の情報、くらいのもの、という理解でいいんだろうか。
記号的表象にはたぶん、そのモノが上から見たら丸い形していて、横から見たら四角形になっているみたいな情報が含まれていて、仮想現実を生成する際には、例えば右上から見た場合の情景を生成するという形で生成されていくのだろうから、その「右上から見た」ということを指定するのが「内なるカメラ」ということなのだろう、と理解した。
ということをわざわざ書くのは、「内なるカメラ」という言葉だけだと、すわホムンクルスか、という早とちりした誤解も招きかねないのでは、と思ったから。


もう一つは、一般化された意識の自然則について
まず、生成プロセスによって生成された仮想現実が意識経験の内実だろう、ということは、わりと納得できる話なのだけど
それを「モデル化」とまで一般化・抽象化されると、疑わしくなる。
例えばこれだと、台風のシミュレーションは台風についての主観体験をしているとか、どこかの地形や地区の模型はその地形や地区についての主観体験をしているとか、そういうことが帰結しかねない。
無論、そんなことはないだろう。
「システムAがシステムBについての生成プロセスを有する時、システムAにシステムBの主観体験が発生する」というのはとりあえず正しいとして、
また、生成プロセスがモデル化の一種であることも正しいとして、
しかし、一言でモデル化といってもいろいろなモデル化があるので、「システムAがシステムBをモデル化したとき、システムAにシステムBの主観体験が発生する」とまでいってしまうと、さすがに言い過ぎなのでは、と思う。
「これこれこういうモデル化をしたとき」と、何かもう少し限定が必要な気がする。
あるいは、システムAの方に何か条件が必要になるか。
うーん、ただこれは、新書という形式で書かれているために、わかりやすさが優先されてこのような書き方になったのかもしれない、という可能性もあるなとは思っている。
本書、全体的に、新書というフォーマットにあわせて、わかりやすさを優先して書いていそうだな、と思われるところがある。それ自体は決して悪いことではない。
ただ、そうすると、どこ読むと、これをより厳密に定式化したものがわかるのか、というリファレンス情報が欲しかったかもしれない。


そうなると、「生成プロセス」とは一体何なのか、ということももう少し詳しく知りたくなってくる。
このあたりも、どのあたりを次に読めばいいのか、というのがいまいち分からないんだよな、と。
実際、名前の挙がっている乾敏郎とかって、本書ではNCCじゃないって切り捨てられた「誤差フィードバック」の方にこそ注力しているような気がして、そっちの方は調べたらすぐに色々出てくるような気がするのだが。


さて、単に「モデル化」だけだと抽象度が高すぎるので、もう少し限定する場合、実は「内なるカメラ」が重要だなと思い始めた。
つまり、台風のシミュレーションや地形の模型は、「内なるカメラ」を持っていないので。
ところで先ほど「内なるカメラ」は、視点位置の情報くらいのものだろうと述べた。つまり、それはそういう「薄い」概念なのではないか、と。
逆にこれを、例えば、内なるカメラ「から見ている」などと言ってしまうと、「厚い」概念になってきて、ホムンクルス化してしまう気がする。ホムンクルスは無限後退を引き起こすのでよろしくない。
しかし、ここはある程度大事なところだと思う。
つまり、意識経験が「主観的」であると言われるのは、それが「一人称的」な経験だからである。
台風のシミュレーションや地形の模型は、台風や地形をモデル化しているけれど、それだけでは主観的な体験をしているように思われないのは、シミュレーションや模型には「一人称」的な要素がないからで、つまり、シミュレーションや模型は、何かを体験するような主体ではないと思われるから。
しかし、例えば「内なるカメラ」こそが、何かを体験している主体なのだ、などと口走ってしまえば、そのカメラの中にまたカメラが、という無限後退を引き起こしかねない(ホムンクルス問題)。
ところで、上でこの章のまとめをするときに省略してしまったのだが、この章では、システムAはシステムA自身をモデル化することもある、ということも書かれている。
脳は脳自体もモデル化している。これがうまく働かないと、例えば、恐怖に伴う身体反応は起きているのに、恐怖の感情が起きないということがある。
自分自身のこともモデル化して、モデル内に統合していること、というのは「主観的な」意識にとっては重要な条件なのではないだろうか、と思った。
つまり、一般化すると、「システムAがシステムBをモデル化しており、かつ、システムAがシステムA自身についてモデル化しシステムBのモデルと統合している時、システムAにシステムBの主観体験が発生する」とか。


渡辺正峰『脳の意識機械の意識』 - logical cypher scape2では、「モデル化」という言葉は使われておらず、因果関係の取り込み、という表現が使われていた。
ただ、個人的に上の疑問は、因果関係の取り込み、という言い方をしても同じかな、とは思う。
前著では「このことから、自動運転車には現象的意識が生じているのでは、とも述べている」ようで、やはり一般化しすぎると、かなり広汎に意識が生じていることになってしまうな、と思う。自分の機能主義者なので、人間以外にも意識が生じる可能性は否定しないものの、既存の人工物にも意識がすでに生じている可能性は限りなく低いのではないか、と思っている。
*1
ところで、渡辺正峰『脳の意識機械の意識』 - logical cypher scape2を読んだときの記事では、鈴木『ぼく原』を読んだばかりだったこともあって、鈴木説と整合するかどうかを考えていた形跡があるのだが、表象説って渡辺的には情報説の一種くらいのものなのではないだろうか……
うーん、というか結局、表象なるものがどう神経系で実装されているかが問題で、鈴木のいう表象システムは、渡辺がいうところの生成プロセスとして実装されるのだ、と考えれば両立可能か。

13章 意識の自然則の実験的検証に向けて

前章までで導かれた意識の自然則を、次は、検証しなければならない。
9章では、その検証方法として、人工物に意識を発生させて、生体脳と接続する案が提案されていたが、これをより具体化する。

  • 機械脳をつくる

まず、これについては第6章で悪いアップロードと評された灌流固定方式による侵襲コネクトームを利用させてもらう、という。
これによってまずは、定性的な配線構造をデジタル化する。
しかし、第6章で述べたとおり、これだけでは定量的な配線構造がわからないので、意識を生み出すには不十分
そこで、学習させる
生成モデルは「自己符号化器」でもあるので、教師なし学習ができる
高次の記号的表象や視覚世界のルール(生成プロセス)を学習させる

  • 半球の接続方法

生体脳と機械脳のどこをつなげばいいのか
ガザニガによる脳梁離断術を参考とする
高次の視覚野同士さえ結合すれば、統合された一つの視覚的意識が生じるはず
生成プロセス仮説にもとづくなら、これは記号的表象を半球間同士で共有することに相当する

  • テーブルへの置き換え

動物実験でできるだけひっぱったのち、最終的には自らの脳で行いたい、というのはまあ以前から言っている通り
でまあ、接続して機械に意識が発生していることが確かめられたとする。
次に、本当に生成プロセスが意識なのかを確認するための実験として、機械脳の生成プロセスを、ルック・アップ・テーブル、つまりは入出力を記録した表に置き換えてしまう方法を提案している。
生成プロセス仮説が正しければ、表に置き換えた途端、機械脳側の視野が消滅するはず。
もしそうでなければ、別の何かが意識を生んでいることになる。


ところで、この接続テストのアイデアについて、筆者はコッホやサールに披露する機会があったらしく、彼らから有効性を認めてもらった旨記されている。

  • 感想

これまた些細な話であるが
筆者は「意識のハードプロブレム」と「説明のギャップ」を同義語のように使うのだけど、個人的な理解では、このふたつは少しレベルが違う。
意識のハードプロブレムは、客観と主観の間にはなんかギャップがあるので、そのギャップのせいで問題がハードになっている、という話
これに対して対応の仕方がいくつかあって、
ギャップはないという立場
それは説明のギャップのせいであるという立場、
認識論的ギャップというギャップがあるという立場、
存在論的ギャップというギャップがあるという立場、
にわかれるんだと思っている。
ギャップはないとか、説明のギャップであるという立場にたつと、問題はソフト化してくれる。
ところで筆者は、最終的には自分自身の脳を接続して確かめる必要がある、ということを常に訴えているが、これは問題の所在が、説明のギャップにあるのではなく、認識論的ギャップとして捉えているからではないか、と思えてならない。
渡辺正峰『脳の意識機械の意識』 - logical cypher scape2の時も、自分は以下のように述べている

その機械と接続すれば、その機械に意識が生じているか確認することができるのでは、ということを言いだし、本当に確認出来るかの検証を始める。
ところでこれって、タイプB物理主義なのでは、という気がする。
タイプA物理主義ないし還元主義的な立場であれば、生成モデルが成立している=現象的意識が生じているということなので、前者の検証で後者の検証も尽きていると考えるのでは。
現象的性質は、一人称的視点からしか知ることができない、がゆえに、一人称的に知る方法を考えよう、という話になっているので。

タイプA物理主義は、ギャップは存在しないという立場
存在論的ギャップはないが認識論的ギャップはあると考えると、タイプB物理主義になる。
もっとも、この手の哲学的な立場の整理が、意識の科学にとって何か役に立つんですか、ということはできて、その点ではやはり些細な話ではある。
逆に、哲学側からみると、心の哲学では、タイプB物理主義は穏健な立場だとは思うけど認識論的ギャップって物理主義にとって本当に無害なんですか、というのを色々議論していたけれど、この筆者は、そのギャップを、BMI使って直接接続して確かめてみればいいんじゃ! という力業で潰してしまおうとしているのが、面白いんだ、と言えるかもしれない。

14章 AIに意識は宿るか

この章は、最近話題のLLMについてもコメントしておくか、という感じで、オマケっぽい章である。


ChatGPTの誕生は色々インパクトを与えているが、例えば、生成文法への打撃もあったらしい。つまり、言語能力の生得性への疑いの点から


LLMは意識を持つ、という主張もあったが、どうか
ここでは「中国語の部屋」やそれに対するロボット・リプライ、サールの再反論、記号接地問題、フレーム問題などが紹介されているが、筆者としては、LLMに生成プロセスを組み込んだ場合、仮想世界内で記号接地が行われ、暗黙知も獲得でき、意識も生じるとしている。
まあ、筆者としては、意識というのは生成プロセスに他ならないので、LLMだろうと何だろうと、生成プロセスがあれば意識があるし、なければ意識はない、ということだろう。

  • 生体脳と人工神経回路の違い

連続時間-離散出力(0か1かの電気スパイクを任意の時間に出力)か
離散時間-連続出力(一斉に出力を更新、出力値は連続した値)か

15章 意識のアップロードに向けての課題

生体脳の理解において足りていない部分(今後の研究課題)をいくつか取り上げている。
補論という感じだが、脳内クロックを明晰夢使って調べる実験が面白かった

  • 脳における時間処理について

脳には内部クロックがあるのか
「リアル・ワゴンウィール・イリュージョン」
回転する車輪を見ている時、その回転数が増えると車輪が逆回転しているように見える錯覚
映像の場合だとコマ数の関係でそう見える、あるいは点滅する光源のもとでそう見えるのも不思議なことはない(フィルムのコマや光源の点滅がクロックとなっている)。
しかし、太陽光下の実物の車輪でも起きる
→脳の側に内部クロックがある
しかも、遅い。10ヘルツ程度
でも、実際には世界はパラパラ漫画のように見えてはいない。五次視覚野という高次視覚野が200ヘルツ程度の高速なクロックを付加している。五次視覚野が欠損すると、世界はパラパラ漫画のように見える、らしい。


明晰夢実験
夢の中でも同じクロックが動作しているのか。
(ここで映画『インセプション』などが例示され、夢の中では時間の進みが遅くなっているのか? という疑問が呈される)
スティーヴン・ラバージが、明晰夢を見れる人たちを集めて、これを確かめる実験を行った。
明晰夢の中で数を数えてもらったり、スクワットをしてもらったりする。
実世界での経過時間と比較する(ちなみに眼球運動をしてもらうことで、数を数える動作の開始と終了を夢の中から外へと伝えてもらうのだという)
結果、夢の世界の中での時間経過と、実世界での時間経過は、大体同じくらい、らしい
ただし、身体動作が伴うと遅くなる
夢の中では身体からのフィードバックがなくなるためではないか、と推測されている。
筆者は、夢の中で体をうまく動かせない例を挙げている。それは確かに、自分にも覚えがある感覚だなと思った。
内部クロックが、脳内にあるっぽいことはわかるが、具体的にどの神経回路が担っているかなどはよくわかっていない。
機械脳にクロックを与えるために、そのあたりの機序解明が必要、と。
ちなみに、筆者の過去の研究エピソードが挿入されていて、下條研で、現アラヤの金井良太と一緒だったことが書かれている。で、隣のコッホ研には土谷尚嗣がいたらしい。

  • 脳の仕組み

機能主義か非機能主義(生物学的自然主義)か
グリア細胞や神経伝達物質についても検討している
同じ機能を持つ人工物に置き換えたらどうなるのか、という思考実験をしている。
機能的には置き換えても問題ないはず
意識が、例えば生体細胞や化学物質でないと生じないとすると、意識が神秘的なものになりすぎなのでは、と。
まあ、ここらへんは実際にやってみないとわからんなーという話でもあり、実際、作者自身も、機械脳半球を開発することで、どっちが正しいかが検証できるはず、としている

  • 機械半球に求められるもの

脳に接続する必要があるわけで、そのためには「脳語」に堪能である必要があるという
ニューロンが電気スパイクを発することが必要
前の章の最後に述べられたように、現在、生体脳と人工神経回路は、連続時間-離散出力か離散時間-連続出力かという違いがあり、これは形式をそろえる必要がある、と。
また、ニューロンには種類の違いがあって、放出する神経伝達物質や受容する神経伝達物質が違ったり、電気スパイクの発生のさせ方が違ったりする。それらも反映させる必要がある。

16章 20年後のデジタル不老不死

最後の章は、意識のアップロード研究と社会との関係について

  • 研究開発の途上で実った果実の社会還元

→プライマリーターゲットとして認知症治療を想定
海馬のAIチップ開発はすでに行われ始めている
筆者の考える神経束断面計測型BMIにより、海馬チップと脳とを接続する(灰白質へのBMIではなく)

  • 研究開発の速度

BMIのハードウェア開発は10年でできると考えているが、意識のアップロードは普通にやってるともっとかかる
単一の研究室だけでやってたら、マウスの生体脳半球と機械脳半球接続で15年はかかる
ここで筆者が参考にしているのが、ポール・アレンが設立したアレン研究所
資金と人材が大量に投入されていた。アレン研究所と同規模のリソースを自分のプロジェクトにつっこめるなら、10年でサルの実験まで進める、と


ところで、おそらく前著と本書とでの一つの大きな違いとして、筆者がベンチャーを創業したりして、金策とかをかなり意識するようになったところがあるのではないだろうか。
この章も、日本ってベンチャーがなかなか大きくなれなくてイノベーションが起きにくくなってるよね、みたいなことを結構書いてたりする。

エピローグ

以前、浦出美緒『死ぬのが怖くてたまらない。だから、その正体が知りたかった。』 - logical cypher scape2で、仮にアップロード技術が実用化したとしても、サーバ維持とかで経済的な格差の問題が出てくるのでは、と軽くコメントした。
筆者も当然そのあたりのことは認識しているようで、本書では時々そういう(イーガン『順列都市』をたぶんに意識した)ことを示唆する記述があるが、エピローグでは、
アップロード後の世界でも労働必要だよね、という話と
筆者としても、富裕層だけがアップロード技術を利用できるというのは避けたい、ということが述べられている。
後者についてはあくまでも、筆者がそうしたいといっているだけで、具体的なことは書かれていないが、それはもう神経科学の話ではないので、別の専門家による全く別の検討が必要になる話だろう。


最後に突然、斎藤幸平『人新世の「資本論」』に感動した、という話が始まってちょっとびっくりするのだが
アップロード後の世界の設計として、メタユートピアっぽいものを考えていることが書かれている(様々な社会システムの仮想世界(その中の一つが斎藤幸平式ネオ共産主義世界)を作り、どの仮想世界にもいけるようにする。どの社会システムがもっともよいか、そのまま社会実験できるんじゃね、という話)。

あとがき

筆者の学生時代の進路選択の話がされていて、紆余曲折あって神経科学の世界に入ってきたことがわかる。
当初は宇宙に興味があってNASAに入りたかったらしい。大学3年の進路選択では航空宇宙系の学科に希望を出すが、結果は原子力工学。核融合ロケットがあるよと唆されるが、実際にはそんな研究はなく。で、カオスの授業をとった際に、手に取ったのが合原一幸『カオス』。この本でカオスニューラルネットワークについて知り、それで一旗揚げてやろうと考えて研究を始めたところ、甘利-合原研に入ることができたという。
甘利研にいたんだ、この人
あ、前著でカオスの話している?!

決定論カオスによって、神経回路上のすべてのニューロンが「因果性の網」にとらえられるという言い方をしている。
ところで、甘利俊一『脳・心・人工知能』 - logical cypher scape2でも、脳ではカオスが発生しているのでは、そしてそのカオスを何かに利用しているのでは、という話がなされている
渡辺正峰『脳の意識機械の意識』 - logical cypher scape2

それから最近は、信原幸弘との共同研究もしているっぽい。ってそういえば対談本あったな。

*1:ところでところで、自動運転車の仕組みをよくわかっていないのでよくわからないが、自分についてのモデル化もしているかもしれない(エンジンの状態とかのセルフモニタリング)。そうすると、上述の限定した一般則でも、やはり自動運転車に意識が生じることになりうる。さすがに自動運転車に現象的意識はないでしょうと思う一方、さらにこれ以上限定を増やしていくと、今度は原始的な生物をハネてしまいかねない。まあ、原始的な生物にもないんじゃない? ということもできるが、最近の動向はそうでもないから。というか、原始的な生物にあてはまるような自然則を考えると、ある程度の機械にも意識を認めざるをえなくなりそうだが……。いやしかし、自動運転車と接続したくないだろ

カール・ダイセロス『「こころ」はどうやって壊れるのか』

サブタイトルは「最新「光遺伝学」と人間の脳の物語」
光遺伝学技術を開発したダイセロスによる精神医学ノンフィクション
これ読むまで知らなかったのだが、ダイセロスは基礎研究に従事していると同時に精神科の臨床医であるらしい(宿直もやっていると書いている。また、プライベートではシングルファザーとのことで、かなりすごい人だな、と)。
本書は、ダイセロスが精神科医として経験したことを中心に書かれており、目次を見ても、症例ごとに章わけされているのが分かる。
邦訳だとサブタイトルに「光遺伝学」とあるが、原題は”PROJECTIONS: A STORY OF HUMAN EMOTIONS”とあり、光遺伝学はフィーチャーされていない。実際、内容的には、光遺伝学について「も」書いてあるが、必ずしも光遺伝学は主題ではない。
邦題メインタイトルの『「こころ」はどうやって壊れるのか』あるいは原題サブタイトルの”A STORY OF HUMAN EMOTIONS”あたりが内容には沿っているように思える。つまり、精神病患者たちの物語を綴った本である。
なお、光遺伝学についてのまとまった解説は、巻末の解説を読むのがよい。


光遺伝学(オプトジェネティクス)については、2017年頃に脳神経科学関係の本をいくつか読んでいたら、あちこちに書いてあったことがあって、それで印象づけられていた。
この本は2023年に邦訳が出た本で、存在は知っていたものの、読む優先度はそれほど高くないままだったが、最近、光遺伝学デバイスのニュース記事を見かけたのをきっかけに、ちょっと読んでみるかと思い出したという次第。
しかし、上述の通り、本書は精神病患者の話がメインなので、光遺伝学についての話を期待するとやや肩透かしをくらす
そういうこともあり、ほとんど読み飛ばすようにざーっと眺めるだけとなった。
以下、本文よりもむしろ解説を中心にメモを残す。

序章
第1章 涙の貯蔵所―脳幹がん、大鬱病
第2章 初発―躁病、双極性障害
第3章 情報保持能力―自殺願望、自閉スペクトラム症
第4章 傷ついた皮膚―境界性人格障害
第5章 ファラデーケージ―統合失調症
第6章 自己充足―不安障害、摂食障害
第7章 モロー―認知症
終章

光遺伝学

ところで、本の内容に入る前に、個人的にこの名前に思うところというか、注意すべきところだけ書いておく。
光遺伝学はoptogenetics(オプトジェネティックス)の直訳なのだが、遺伝学のサブジャンルというわけではない点に注意が必要だと思う。
神経科学分野における研究手法ないし技術、のことを指す。
遺伝学のサブジャンルでないばかりか、学問分野・学問領域を指す言葉ですらない。

チャネルロドプシンという、光に反応するイオンチャネルを持つタンパク質がある。
イオンチャネルというのは、神経細胞が信号をやりとりする時にも使われるものでもある。遺伝子導入により、神経細胞にチャネルロドプシンを発現させると、光をあてることで神経細胞をオンオフすることができるようになった、というのが光遺伝学
従来の神経科学は、脳の活動を観測することによって、あるいは、脳の部位が損傷している個体を観察することによって、脳のどこがどういう機能をもっているのか、ということを調べてきた。
しかし、光遺伝学によって、直接、脳のある一部を活動させたらどうなるのか、という実験を行うことができるようになった、というものである。

序章

光遺伝学とハイドロゲル組織化学(CLARITY)について紹介している。
ダイセロスって光遺伝学だけでなくCLARITYの開発者でもあったとは……
ってこれ読んで初めて知ったような顔してたけど、『日経サイエンス2017年3月号』 - logical cypher scape2に書いてあった

第1章 涙の貯蔵所―脳幹がん、大鬱病

光遺伝学関係の話だと、脳内のBNST(分界条床核)の話している
チャネルロドプシンを脳内に導入して神経系に広がっていく様子が書かれている。

第3章 情報保持能力―自殺願望、自閉スペクトラム症

とあるASD患者を治療していて、不安症状はなくなったけれど、アイコンタクトの問題は残ったまま。
→不安とアイコンタクトの問題は別の理由によるものと推測
実際、患者自身から、社交については、情報量が多くてオーバーロードするんだと言われる。
神経細胞の興奮抑制のバランスが崩れているのではないか、という仮説
従来型の青色光駆動のチャネルロドプシンに加えて、赤色光駆動のチャネルロドプシンが開発されることで、興奮性の細胞と抑制性の細胞という、2種類の細胞集団を制御することが可能に。
マウス実験で、仮説検証

第5章 ファラデーケージ―統合失調症

この章、ちょっと書き方が面白くて、患者側の視点で小説のように書かれている。
なので、この章は神経科学的な解説などはなし
投薬治療受けて少しまともになったのだが、自己判断で薬やめて、またなんかおかしくなっていくのが読んでてわかるのがなんとも(患者本人視点で書かれていて、おかしくなっている自覚とか全くなく、文体なども全然変わらないのだが、読んでいると、内容だけどんどん妄想めいていくのがわかる)

第6章 自己充足―不安障害、摂食障害

視床下部に光遺伝学の適用。哺乳類の行動制御。

第7章 モロー―認知症

認知症になるとモロー反射(新生児にみられる反射)が戻ってくる、というのが興味深かった。

終章

マウスへの実験で、光遺伝学用いて、あっさり暴力行動を生じさせることができるものの紹介(倫理的な課題というか)
最後の方で、意識についてもちらっと触れている。ハードプロブレムという言葉は一切使っていないけど、神経科学的に研究してもハードプロブレムあるよね的なことを書いている(というかまあ、ダイセロスは意識研究はほとんどやってないんだろうな、ということがわかる)。
ところで、意識のこと考えるのに思考実験やってみようというくだりがあるのだけど、何故かゲダンケン・エクスペリメントとドイツ語を使っている上に、「ゲダンケン・エクスペリメント」って書いているところと「思考実験」って書いているところが混ざり合っていて、どうして使い分けたのか全くわからなかった……


どの章に書いてあったか忘れたんだけど、元々は、同じ種類の細胞「集団」を単位とした制御だったのが、だんだん、精度があがってきて、もっと個々の細胞とかを単位に制御できるようになってきているらしい。

解説 加藤英明

解説を書いているのは、ダイセロスと共同研究もやっている生物化学者
ダイセロスと異なり、完全に基礎研究の人で、医者とかはやってない(それが普通だと思うが)
チャネルロドプシンのX線結晶構造解析をやっている人
この加藤さん的には、ダイセロスの個人的な人となりがわかるのが、この本の面白かったところらしい。

  • 研究史

1870年代 キューネ カエルの網膜から「ロドプシン」の単離成功
赤い色素なので、バラroseから命名されている
桿体細胞(rod cell)だからロドだと思っていたが、roseだったのか……
1971年 エスターヘルト、ストケニウスによる古細菌からの発見
ここから、微生物ロドプシンの研究が始まる
1977年 向畑 ハロロドプシン 塩化物イオンを運ぶポンプ型ロドプシンの発見
2002年 ヘーゲマンら クラミドモナスという藻類から、チャネルロドプシン発見
このチャネルロドプシンに注目したのが神経科学者たち
世界各国5つのグループが、研究開始
2005年 5つの研究グループのうちダイセロスらが最初に実現 in vitro実験
2007年 in vivo実験 マウスに対して光ファイバー使って行動制御に成功
光遺伝学という言葉がいつ生まれたのか正確にはわからないが、2006年の北米神経科学学会内でOpto-Geneticsの言葉が確認できるとのこと。


チャネルロドプシンは様々な微生物から発見されており、それぞれ少しずつ種類が異なることに加え、アミノ酸変異を加えることでの改良も行われている。
これによって色々な応用が可能に
特に、改良にあたっては、X線結晶構造解析によるチャネルロドプシンの立体構造情報が助けになったと。


チャネルロドプシンの研究の進み方について、下村脩のノーベル賞受賞で知られる緑色蛍光タンパク質研究の歴史とも似ている、ということが述べられていた。
また、下村と同時受賞しているチェンは、チャネルロドプシンの応用研究にも関わっていたらしい。

  • 応用

全光生理学
光遺伝学は光によって神経活動を生じさせるものだけど、全光生理学は、神経活動によって光を生じさせて、それを観測するというもの。
GEVIやGECIという、カルシウムイオン濃度変化に応じて蛍光を発するタンパク質を使う。


光ファイバーを使う方法から、二光子レーザーを使う方法へと進歩


青色光駆動チャネルロドプシンに加えて赤色光駆動チャネルロドプシンの開発


弱い光にも反応するように改良し、光ファイバーを脳内に入れることなしに、頭蓋骨越しの光照射でも可能に。


神経科学以外の医学領域への応用も進められており、網膜色素変性症の治療に使われた例もある。


解説の中では、2021年に、ダイセロスが、エスターヘルト、ヘーゲマンとともにラスカー賞を受賞していることをあげ、ノーベル賞受賞への期待が語られている。
Wikipediaを見ると、ダイセロスはほかに、京都賞もガードナー賞など多数の賞を受賞している。京都賞もガードナー賞も、ノーベル賞受賞者がノーベル賞とるまえにとっていたことで知られる賞。
ダイセロス、まだ年齢が若いのが受賞に当たってはネックかなあとも思うが、山中さんの例もあるので可能性はある。ラスカー賞共同受賞のエスターヘルトは既に亡くなっているらしい。ヘーゲマンは年齢的に妥当な気がする。

クラスナホルカイ・ラースロー『北は山、南は湖、西は道、東は川』(早稲田みか・訳)

2025年ノーベル文学賞受賞作家による、京都を舞台にした小説
日本に滞在したことがあり、そのときの経験を元にした作品とのこと。
2003年発表、2006年邦訳。
クラスナホルカイ*1の小説でおそらく唯一の邦訳作品なのだが、品切れで入手困難となっているらしい。
ノーベル賞受賞直後に、SNSでフォローしている人が「図書館で予約した」とポストしているのを見かけて、とりあえず自分も予約してみたのが、3ヶ月ほどたって順番が回ってきたのである。
実をいうと、当時と比較して、読むモチベーションが低くなっており、借りずにキャンセルしてしまおうかとも思ったのだが、なんとこの本、今から改めて予約すると順番が回ってくるのに3年くらいはかかってしまうのである。
全く読まずに返してしまうのももったいない気がしてしまい、とりあえず手に取った。
それもそれでどうかと思うが、かなり飛ばし読み気味で、一応目で追った感じである。


断章形式で書かれており、一つの断章がだいたい2~3ページほど
それが、2章から50章まである(1章は存在していない)。
基本的に京都の話で、京都の寺社仏閣にまつわる諸々の話が書かれている。
書物として木簡から絹が使われるようになった頃の話とか、職人が建築材料としてまず山を買うところから始める話とか、そういう知識解説的な章もパラパラある
一応、ストーリーとしては、「源氏の孫君」という人が、庭園百選みたいな本で見かけた百番目の庭を探し求めている、というもの。
京阪電車に乗ったり、自販機使ったりしているので、物語世界内の現在は現代なのだが、庭のことは平安時代からずっと探し続けているようである。
すごく地学的な話が延々なされている章もある(ジルコンはすごいとか)。
そういえば、どっかの寺の書庫か何かで、棚が倒れて壊されているけれど何も盗まれていない、一体どういう意図でこんなに荒らしたのだろうか、みたいなことが書いてある章があったのだが、それってもしかして地震では、と思ったりはした。
全然別の章で、京都はよく揺れる、みたいなこと書いてあった気もするが。
犬が死んじゃう章もある
あと、源氏の孫君のおつきの人たち(?)が、自販機でお酒買いまくってべろんべろんになって京阪電車に乗ろうとする、というよくわからん章もあった気がする。


訳者あとがきに、クラスナホルカイのほかの作品の紹介もあるが
作品の最後が、スイスの美術館に壁に書かれているという作品があるらしい(物語の登場人物について書かれた記念碑が現実世界にあることで虚実が入り交じる、ということらしい)
旅行が好きで、モンゴルや中国なども訪れている。
友人から誘われたのがきっかけで1997年に初来日。

*1:ハンガリー人なので、名前の表記は姓-名の順である

佐野貴司『超巨大噴火と生命進化』

大量絶滅のビッグファイブ+αを、巨大噴火という観点から紹介している本。
+αというのは、新生代のPETMやトバ火山噴火なども扱っているから。


著者は国立科学博物館の研究者(地学研究部グループ長。専門は火山)で、現在、科博で開催されている「大絶滅展」にも関わっている。逆に言えば、この本も「大絶滅展」にあわせた本ともいえる。
(元々、科博の中で行われてきた総合研究プロジェクトの中から、一部を切り出してきたのが本書らしい)
講談社ブルーバックスのサイトで、本書の一部を抜粋して公開しており、そのあたりきっかけで手にとった
超巨大噴火と生命進化 地球規模の環境変動が大量絶滅と進化をもたらした | ブルーバックス | 講談社

第1章 超巨大噴火と生命の進化

この章は、基礎的な用語や概念の解説。
巨大火成区(LIPs)について
普通の火山はプルームによって運ばれたマグマが噴出してできるが、スーパープルームによって桁違いなマグマがあがってきたことで作られた巨大火山をLIPと呼ぶ(LIPsのsは複数形のs)。
LIPの噴火した跡として、陸上では洪水玄武岩(トラップ)、海底では海台が形成される。名前は異なるがどちらも同じプロセスで作られたものなので、LIPsと呼ぶ。
(個人的にはシベリアトラップとかデカントラップとかいった呼称に親しんできたが)本書ではシベリアLIPとかデカンLIPとか呼ばれている。
Newton 2025年12月号 - logical cypher scape2でもLIP呼称を見かけていて、なぜだろうと思っていたところ。なお、このNewton記事の監修者=本書の著者

第2章 オルドビス紀末:2番目に大きな大量絶滅

  • 水銀

ここ10数年、火山噴火を知るために用いられている指標らしい。本書の中で、度々出てきて、この地層から水銀が出てるのでこの時期に噴火があったな、というように使われている。

2020年発見
火山体のあった岩盤が今どこにあるかはもう分からない
→中国は二つの大陸のかけら(揚子江盾状地とカタイシア地塊)からできていて、揚子江楯状地から火山灰が出てきているけれど、かつて火山体があっただろう場所は、カタイシア地塊に置き換わっているということっぽい。
風化作用で年代特定が難しかったが、ジルコンで年代推定
でたな、ジルコンといった感じ


ローレンシア大陸とバルチカ大陸の間にあるイアペトス海に、タコニック島弧という火山列島
これが噴火活動をしていた。
オルドビス紀の大陸配置とか全く知らなかった。バルチカ大陸、イアペトス海……


火山爆発→富栄養化光合成活発化→寒冷化→1度目の絶滅(4億4500万年前)
→火山ガス増加→温暖化→貧酸素化・有毒な水塊の発生→2度目の絶滅(4億4400万年前)


絶滅が2段階あったことについては土屋健『オルドビス紀・シルル紀の生物』 - logical cypher scape2にも書かれているが、こちらでは、氷河の発達が起点となった説明になっていたっぽい。黒い本は2013年で、揚子江LIPの年代特定の前なので。

  • 第一段階の絶滅(寒冷化)

四放サンゴ・床板サンゴの生物焦に打撃
三葉虫は50%、腕足類で40%、筆石は80%の属が絶滅

  • 第二段階の絶滅

第一段階を生き延びた三葉虫の40%が絶滅。その後、再度の繁栄はなく、細々生き延びたのちペルム紀末で完全に絶滅
浅い海で生息していた腕足類、コノドントは打撃。しかし、深海の腕足類、遠洋性のコノドントは生き延びる

温暖で環境が安定
床板サンゴ類が繁栄し、大量絶滅の200~300万年後という短期間の間に、生物焦が繁栄
三葉虫がいなくなって空いたニッチに、二枚貝、腕足類、頭足類が進出
ウミサソリの繁栄

第3章 デボン紀後期:海域のみでの大量絶滅

ローレンシア、バルチカ、アバロニアの3大陸が合体しローラシア大陸に。3大陸の間にあったイアぺトス海はすでに閉鎖した。
古テチス海
アンモナイト類や有顎類の登場
アンモナイト中生代示準化石として有名だが、それは狭義のアンモナイト、ここで登場するのは広義のアンモナイト。本書では前者を「アンモナイト」、後者を「アンモナイト類」と表記する
森林の形成
動物の陸上進出
活発な造山活動→魚類の地理的隔離
 

  • ケルヴァッサー事変

デボン紀では、タカニック、フランネス、ケルヴァッサー、ハンゲンバークといった絶滅事変が知られる。
ケルヴァッサーはこの中で特に大きな絶滅というわけではないのだが、特殊な絶滅のため、ケルヴァッサーだけがビッグ・ファイブの一つとされる
ケルヴァッサー=ドイツの地名。フラニアン期とファメニアン期の境界=F-F境界
海洋無酸素事変と寒冷化
デボン紀末の絶滅については、ほかの絶滅事変も含めて考える研究者もいるらしい
土屋健『デボン紀の生物』 - logical cypher scape2『日経サイエンス 2025年5月号』 - logical cypher scape2の記述は、ケルヴァッサー事変以外も含んだものだと思われる。


ジルコンによる年代推定、水銀による火山噴火調査がここでも出てくる。


2020年、シベリアのヴィリュイLIPとケルヴァッサー事変の関係指摘される
100万立方キロメートルのマグマ
極東のケドンLIPも可能性あり
オルドビス紀揚子江LIPもそうだったが、ほんとにここ数年の間で、研究が進展しているのだな、と。


噴火による寒冷化
火山ガスによる海洋酸性化
酸性化→炭酸塩危機→生物礁の減少


床板サンゴ類80%、四放サンゴ類60〜97%絶滅
深海、高緯度、淡水魚の絶滅率が低いが、これらは、寒冷化に適応しやすかったからだと考えられる(深海はあまり温度変わらず。高緯度地域はもともと寒い、淡水域はもともと温度変化が大きい)。
というか、こういう絶滅率の違いから、絶滅の原因は寒冷化だろうと推測されているっぽい。
無顎類ほぼ100%、板皮類絶滅。アンモナイト類や腕足類も打撃
土屋健『デボン紀の生物』 - logical cypher scape2でも、緯度による絶滅率の違いと寒冷化を関連付けて説明している。しかし、この本ではまだ絶滅の原因は謎、と書かれている。


『milsil 2025年12月号』 - logical cypher scape2は、デボン紀末の絶滅を土壌の流出によるものとして論じていた。

有孔虫フズリナの発生
無顎類や板皮類の絶滅で空いたニッチを硬骨魚類、サメが獲得

第4章 ペルム紀末:史上最大の大量絶滅

ローラシアゴンドワナが接近してレイク海が閉鎖し、石炭紀末期までにパンゲア形成
パンゲア大陸とパンサラッサ海という巨大大陸と巨大海洋の大陸配置
テチス海のことが、巨大な湾と表現されていて、そうか、あれって湾なのか、と


海域で属の56〜66%、陸上で属の89%絶滅
ビッグファイブの他の絶滅は科レベル
それに対して、ペルム紀末は、綱や目レベルで絶滅
三葉虫って綱だったんだ……!


ペルム紀には、キャピタニアン期末とチャンジシアン期末の2つの絶滅事件
本書では後者のみを扱う
(前者を第6の絶滅とする考えや、両者合わせてペルム紀後期の大量絶滅とする考えもある)
(なお、キャピタニアン期末の絶滅原因は峨眉山LIPとされる)


チャンジシアン期末の絶滅は、20万年の間隔をあけて2段階で発生
1回目はペルム紀末、2回目は三畳紀最初期


シベリアLIP
火山噴火は、短期的には二酸化硫黄による寒冷化、長期的には二酸化炭素による温暖化をもたらす。


火山ガスによる放出だけでは説明できない炭酸塩の炭素同位体比の減少(二酸化炭素増加)
→マグマによるガスハイドレートの崩壊と石炭の燃焼が要因


超酸素欠乏事変
さらに、酸性雨オゾン層破壊、水銀や硫化水素などが起きた


陸上生物にとって初めての大量絶滅


長期にわたる温暖化
パンゲア大陸とパンサラッサ海という大陸配置も要因。海岸線・浅海が少なく、光合成が少ないので寒冷化しない。


回復も時間がかかった
科の数が元の水準に戻ったのはなんとジュラ紀に入ってから


複数の要因の関係を示したモデル図、尾上哲治『大量絶滅はなぜ起きるのか』 - logical cypher scape2にも出てた奴だ。


土屋健『石炭紀・ペルム紀の生物』 - logical cypher scape2丸山茂徳・磯崎行雄『生命と地球の歴史』 - logical cypher scape2では、シベリアLIPについて触れられていて、有力説になっていたことがうかがえるが、まだはっきりとしない、という感じで書かれている。

第5章 三畳紀末:大陸分裂にともなう大量絶滅

パンゲア大陸が分裂して大西洋が誕生する=中央大西洋マグマ区による絶滅
地層が少なく、この時期の情報が少ない


三畳紀末の大量絶滅については、以前尾上哲治『大量絶滅はなぜ起きるのか』 - logical cypher scape2を読んでいた。
当たり前だが、出てくる要素要素は尾上本にも出てくる。しかし、描いているストーリーは異なる。というか、尾上本は、尾上自身の研究の流れとあわせて一冊の本で一つのストーリーを描いているが、本書は記述としては散文的
炭素同位体比の負異常が3度あったことについては本書にも記載されているが、尾上本のようにそれを時間の物差しとする云々といったことはない。尾上本は、負異常の時期と噴火の時期が一致しない→マグマ貫入でその謎は解ける、というのが書かれているが、本書では、水銀の指標とマグマ貫入を並列的に紹介して、やはり火山噴火ですね、という感じ
植物の気孔化石からの二酸化炭素濃度推定
海洋酸性化により、サンゴ礁や貝類の殻を形成している炭酸塩が溶解
尾上本では、海退と絶滅は無関係としているが、本書では海退も絶滅要因になった可能性に触れている。


アンモナイトのセラタイト目絶滅
二枚貝77パーセント絶滅
グリーンランド、北米で地上植物の大量絶滅。本書では、地域限定だった可能性があると書かれている。
植竜類、偽鰐類絶滅   


水銀濃集=噴火があった証拠→複数回にわたり、6地域で確認されている
イリジウム濃度上昇=玄武岩マグマ噴火の証拠
ジルコンによる火山噴出物の年代測定

円石藻の繁栄→石灰質ナノプランクトン→チョーク層の形成
アンモナイト亜目の適応放散。さらにそこから、異常巻きアンモナイトであるアンキロセラス亜目の派生
べレムナイト、魚竜、首長竜の繁栄
地上では、恐竜の繁栄

第6章 白亜紀末:恐竜の絶滅

世界最大のLIPであるオントンジャワ海台カリブ海台などが噴火していて、その火山ガスで温暖化。
パンゲア分裂以降、もっとも大陸が多い状況で、生物の多様化が進んだ。
LIPの噴火が絶滅ではなく、生物の繁栄をもたらした事例
海中では、エビとかが殻のある生き物を捕食するので、進化が進んだ。
地上では、被子植物の進出で昆虫との共進化が進行した。


白亜紀末の大絶滅は、ビッグファイブの中で規模としては4番目
ビッグファイブとして規模は小さいが、データが多いので研究が進んでいる
例えば海底の地層とか
陸より海の方が、風化とかしないので保存状況がよい。しかし、ビッグファイブのうち、白亜紀末以外の時代の海底の地層はすべて、海溝に没したか陸上にあがったかして、すでに存在しない。


白亜紀末の大絶滅の原因は、隕石ということで決着がついている(参考:後藤和久『決着!恐竜絶滅論争』 - logical cypher scape2)が、その前後のことについてはまだ議論がある。
隕石より前に恐竜の多様性は減っていたとか、デカンLIPの噴火による影響で長期化したとか。
本書は、隕石より前に多様性が減っていたし、噴火による影響もあったという研究が紹介されている
多様性が減っていたのかどうかは最近でもこんな記事が
恐竜は小惑星衝突の直前まで繁栄、新たな「強力な証拠」を発見 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト
非鳥類恐竜類の絶滅に関する議論はなぜいまだに決着しないのか(對比地孝亘/古脊椎動物研究者) | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト

シダ植物の胞子しか発見されないシダ・スパイクが世界中の地層にみられる
光合成が行えない時期があったと考えられる


淡水生物は絶滅率低い
→デトリタス食だったためと考えられている

  • デカンLIP

噴出量多いのは新生代入ってから(ここからも絶滅の主要因でなかったことがわかる)
噴出率と絶滅率を比較した研究があり、デカンLIPは3番目であり、隕石衝突がなくても大量絶滅を引き起こしていたと考えられる。
隕石による海洋酸性化だけでは「浮遊性有孔虫やアンモナイトを絶滅させるのは困難」
LIPは「より効果的に陸上生物を絶滅に追いやった」
(この、より効果的に絶滅させた的な表現が、ちょっと面白かったので引用した)

絶滅からの回復は速い
哺乳類の大型化が何度かに分けて起きているが、それは温暖期と対応している。
これらはデカンLIPによる温暖化とみられる
これも、LIPの噴火が絶滅ではなく繁栄をもたらした事例

第7章 新生代の超巨大噴火による地球温暖化

寒冷化が進む新生代には時々温暖化期があり、目立つのは前期始新世最暖期と中期中新世最暖期(MMCO)
さらに前期始新世最暖期に先立ちPETMという温度の急上昇がある


約5600万年前 PETM(暁新世-始新世温暖化極大)
北大西洋LIPが原因
→ 炭素同位体比負異常で特徴付けられている
約1600万年前 MMCO
→コロンビアリバーLIPが原因

  • PETM

場所によっては10℃、多くは4〜5℃の気温上昇
二酸化炭素増加→海洋酸性化→炭酸カルシウム溶解
→底生有孔虫30〜50%絶滅、サンゴ礁崩壊
針葉樹から広葉樹へ
ウマの小型化
→ベルクマンの法則による
→あるいは二酸化炭素増加により植物のタンパク質含有量低下がしたため

グリーンランドとヨーロッパの分裂
マグマ貫入によるガスハイドレート崩壊→メタン放出
炭素同位体比負異常や有孔虫の絶滅、貧酸素化、海洋酸性化などを説明できる
水銀濃集見られないので、噴火は起きていなかった

第8章 人類に影響をあたえた巨大噴火

(700万年前に誕生した)人類は、LIPsの噴火は経験していない。
しかし、様々な巨大噴火は経験してきた

  • VEI(火山爆発指数)
    • VEI8以上 スーパー噴火

噴出量1000立方キロメール以上、マグマ量400立方キロメートル以上
コロンビアリバーLIPでは、少なくとも10回のスーパー噴火が起きたとされる
また、デカンLIPは溶岩量が9300立方キロメートルで、VEI9超ともされている。
第四紀においては、少なくとも10回のスーパー噴火があったとされる。

VEI7
→噴出量100立方キロメートル以上、マグマ量40立方キロメートル以上
→1815年 タンボラ
VEI6
→噴出量10立方キロメートル以上 マグマ量4立方キロメートル以上
→1991年 ピナツボ

  • 第四紀のスーパー噴火TOP3

約7万4000年前 新期トバ(5300立方キロメートル)
約84万年前 古期トバ(2300立方キロメートル)
約100万年前 キッドナッパー(1200立方キロメートル)

  • トバ・カタストロフ仮説

1998年に発表された
新期トバの噴火によって、数年間にわたり3〜5℃の寒冷化が起きたとするもの
グリーンランドの氷床コアから、硫酸イオン濃度スパイクが確認されており、寒冷化を引き起こす硫黄の噴出があった証拠とされる
人類の進化の過程で、人口規模が減少したことでボトルネック効果が生じたと考えられているが、それの原因がこのトバ噴火による寒冷化だった、というのがこの仮説のポイントである。

  • トバ・カタストロフ仮説への反論

インドにおいて噴火前の地層から石器があり、噴火前に人類の拡散が起きていたことを示している
また、南アでは、逆に噴火後の地層からも生活の跡が発見されており、噴火による人口減少は起きていなかったことを示している
「火山の冬」のような大規模な環境変化・寒冷化の証拠も見つかっていない
2010年代の調査では、トバ火山のマグマには硫黄が少なく、寒冷化を引き起こさない、とも。ただし、筆者はこの点については、グリーンランドの氷床コアの硫酸イオンスパイクが説明できないとして、再反論している。


トバ・カタストロフは、名前や概要はなんとなく知っていたけれども、それこそネットで見かけてWikipediaを読んだとかそういう感じで知っただけだったので、改めてちゃんとこう整理された形で読めてよかった。

日本でも破局噴火は起きていて、例えば屈斜路湖支笏湖十和田湖などトバ火山と同様カルデラ湖を形成している。
本書では以下の2つが紹介されている。

姶良カルデラ
九州南部のシラス台地
関東にも10cmの降灰
富士山の体積に匹敵するマグマ量(約370立方キロメートル)
熊本県の遺跡で、噴火前後に石器の変化が見られる。
東京都の調査で、遺跡数の減少が見られる。

鬼界カルデラ
大阪でも20cmの降灰(アカホヤ火山灰と呼ばれる)
マグマ量約75立方キロメートル
噴火当時は縄文時代
大隅半島薩摩半島中南部に暮らしていた縄文人は一度絶滅したとみられる。
薩摩半島中南部では500年後、大隅半島南部や種子島では1000年後から石器が発見されるようになり、この頃に環境が復活したとみられる。


姶良カルデラや鬼界カルデラも名前だけ知っていて、いまいち概要をちゃんと知らなかったので勉強になった。

  • 未来のLIP

過去において、絶滅を引き起こさなかったLIP活動もある。
アセノスフェアでマグマは生産されるが、アセノスフェアは次第に冷却されていっている。
約40億年後には、アセノスフェアは1150℃以下に冷却され、マグマがなくなると考えられている。
今後巨大噴火があると考えられる場所

コロンビアリバーLIPによる火山
しかし、噴火活動は収まってきて、今後の噴火の可能性は低い

LLSVP(地震波遅い領域)という、LIPが形成されやすい地域にある
このLLSVPは、かつてシベリアLIP、ヴィリユイLIPを形成した

ここも今後可能性がある、と。

『日経サイエンス 2025年8月号』

2025年振り返り - logical cypher scape2で「日経サイエンスは(...)8月号が気になっていたんだけど読み損ねている。」と書いたが、それの回収

プラナリアから脳の進化が見えてくる 出村政彬 協力:阿形清和/梅園良彦

プラナリアの脳の発生についての研究
普通、脳の発生は生涯に一度だけだが、プラナリアは身体が切断されると、トカゲの尻尾よろしく身体が復活し、その際、脳すらも再生する。なので、脳の発生を調べやすい。
プラナリア無脊椎動物でヒトは脊椎動物。神経系は相似器官だと思われてきたが、1990年代にショウジョウバエとマウスとで同じ遺伝子が発生に関わっていることがわかり、遺伝子レベルでは相同ということがわかってきた。
阿形らは、プラナリアの脳が発生するときに働く遺伝子をみつける
この遺伝子をノックアウトしたら、脳が発生しなくなる、かと思いきや、脳は普通に発生した。だけでなく、ほかの場所にも眼ができた。
この遺伝子は、脳が発生する場所を決める遺伝子で、発生に関わる物質をせき止めるための役割を果たしていた。(nou-darake(脳だらけ)遺伝子と命名
そして、この遺伝子が脊椎動物でも働くことを突き止めた
マウスのを逆にプラナリアにもってきたりする実験とか

知能の在り処  R. ジェイコブセン

レヴィンという生物学者プラナリアの研究
脳以外でも認知は行われていると考え、「原初的認知」という分野の研究を行っている。
普通の細胞にもイオンチャンネルはあるわけで、情報処理は行われており、神経細胞との差は程度の差だと考える。
違う人の研究で、アメフラシに学習させた後、その脳のRNAを別の個体に注入すると「記憶」が移植されたような現象が起きたという実験がある
レヴィンは、プラナリアに学習させた後、二つに切断。尾部の方から脳が再生したあと、尾部の方も学習していたことができたという実験を行った。脳以外の場所に記憶が保持されていたのではないか、と。
レヴィンは、局所的な電気活動がそれをになっていると考えている。
ツノガエルの細胞から作られたゼノボットというものがある。
細胞の集合体で、水中を泳いだりすることができる。カエルの細胞をもとにしているがカエルではない存在。しかし、(入力に対して適切な応答をするという意味で)知能らしきものがある
進化の過程で知能は生まれてきたと考えられるが、ゼノボットは生物進化の中で生まれてきた存在ではない。
この記事は最後に、監修者である阿形によるコラムがつけられている。
というのもレヴィンの主張は、まだ一部の研究者が唱えているだけで、研究者の世界でのコンセンサスが得られたものではないからだ。
レヴィンによるプラナリアを切断して脳以外の場所が「記憶」していたとされる実験だが、これは別の解釈も可能だという指摘がある(試行回数が減ったから記憶していたという解釈だが、別にそれは学習内容を記憶していたわけではないのでないか、とか)
レヴィンの実験以外にも、脳以外の場所に記憶されていたとされる実験はあるが、そうした実験もほかのメカニズムで説明可能だったりする、とのこと。

生成AIはロボットの頭脳になるか  D. ベレビー

ChatGPTの登場で、これはロボットに使えるのではという機運が生じた、と。
レヴァタス社では、工場巡回に使っているボストン・ダイナミクス社のロボットとChatGPTを組み合わせた。従業員がロボットへの指示をするのに使える。ただ、これは工場という限定された環境だから。
問題は、ロボット側にある。
LLMがどんなに賢かったとしても、ロボット側の方にそれを実行できる能力がなかったりする。
南カリフォルニア大のトマソンらは、ロボットが実行できる範囲にしぼるプロンプトを作ったり、あるいは、Pythonで出力するプロンプトを作ったりした。
Googleの研究グループは、ロボットが実行できる行動を予めリストアップしておいて、LLMには、必ずそのリストからロボットへの指示を出力させるようにした
プリンストン大学では、見たことない道具を使うことができるか、というメタ学習実験。「汎化」が可能なことがわかった。例えば、バールを見たことないロボットにバールを持たせる。長い方を持てばいい、ということを、ほかの類似の道具から学習している
LLMとロボットを結びつけることの危険性についての指摘もある
反AI論者として有名なゲアリー・マーカスは、人間からの指示を誤解することの危険性や、仮に理解できた場合でも危険な動作をする可能性を指摘している。
(ゲアリー・マーカスは「筋金入りの反コネクショニスト」と次田瞬『意味がわかるAI入門 ――自然言語処理をめぐる哲学の挑戦』 - logical cypher scape2で紹介されていたな)
トマソンらは、ハルシネーション対策として、LLMと「古き良きAI」を組み合わせる。LLMが突拍子もないハルシネーションを出しても、古き良きAIがそれを弾く仕組み
LLMは偏見も学習してしまうことがある。
ロボットによく利用されている言語モデルを使って、やはり人種的偏見が出力される実験結果がある
ただ、LLMとロボットを組み合わせることの問題はもっとその手前にある、と。ボトルネックは、例えばものをちゃんと掴むとかもっと簡単なことにあり、それは非言語的なものだ、と。

最後にブラウン大のテレックスの言葉として、LLMにはインターネットのよいところのすべてと、インターネットの悪いところのすべてがある、という内容の言葉が引用されていた。
最初読んだとき、何うまいこと言ってんの、と思ったのだが、その後、悪いところは結構詰まってそうだけど、よいところも一部は入っているがすべては入ってなくない、と思ってしまった。AIに対する偏見かもしれないけど。

ヘルス・トピックス 座りっぱなしにご用心

座ることの健康への悪影響は以前からよく言われているが、自分も座っている時間が長いので気になっている。
運動をすることで、座ることの害はある程度打ち消せるらしい。座る時間が長い人は、普通に推奨される運動量よりもっと多い運動量が必要になるよ、ということになるが。
最近、座ることを喫煙に喩えることすらあるらしいのだが、さすがにそれは大げさ、とも。
あと、座る時間が長くなる場合、時々動くことが大事。立ち上がるだけでもあり。数分歩くなら1時間に1回とか。
立ったまま作業する、というのもよく聞くけど、あれはあれで別の健康リスクがあるらしい。
ずっと止まったまま、というのがよくないので、ちょっとでもいいから時々動くのがいい、と。

『日経サイエンス 2026年1月号』『Newton 2026年1月号』

日経サイエンス 2026年1月号

アボカドはミカン農家を救えるか 産地と企業の生き残り戦略 久保田啓介 協力:杉浦俊彦

地球温暖化に対して、温暖化を緩和する方向だけでなく、温暖化は不可避とみてそれに適応していく、ということも近年は考えられている、と
で、この記事はタイトル通り、アボカドとミカンの話なのだが、日本において、ミカン農業の適地が温暖化によってアボカドの適地に移り変わってしまう、という予測があり、ミカン農家の中には、アボカド栽培を始めているところがある、と。
もちろん、そう簡単にミカンをアボカドに入れ替えられるわけではない。
温暖化するといっても、暖かくなったり寒くなったりを繰り返すが、アボカドは寒さに弱いので、全部一気にアボカドに変えられるわけではない
樹木は、育てるのに時間がかかるし、一度育つと10~20年作物がとれるのでやはり突然変えられるわけではない。
農業の適応としては、アボカドとミカンのように農作物自体を入れ替える方法と、農作物を温暖化に対応するように品種改良を目指す方法とがある
米なんかは後者を目指す。前者としては、リンゴからモモへ、とかもあるらしい

温暖化対策の見えざる壁 「適応格差」とは何か? 内田真輔
  • コメ農家の話から

筆者はコメの収量変化の分析をする中で、農家の年齢によって違いがあることに気づく。
高齢農家は、温暖化への対応ができていない。引退間近なので新しい機械を購入しようと思わないとか、経験豊富であるが故に既存の農法にこだわるなど

  • 温暖化への適応の格差について
    • エアコン

熱中症予防にはエアコンが必須になってくるが、エアコンを使えるかどうかは経済的な面も大きい。経済格差が、適応格差につながる。
(逆に温暖化が進むと、先進国と途上国の間の格差が広がる、という研究もあるらしい)

    • 天気予報

実は重要。予報が1~2℃外れただけで死亡率が大きく上昇するというデータがあったりする。

    • 制度

農家の損失を補填する制度は、モラルハザードになりがち。温暖化対策している方が補償率を高くするなど制度設計をすべき、とか。
ほかに、リスク認知の話とリスク・コミュニケーションの話とか
また、緑地があると冷却効果があり、それによる経済効果が、緑地メンテナンスのコストを上回る、という試算があるらしい。一方、貧しい地域の方が緑地が少ないという格差がここにも。

げっぷするブラックホール  Y. センデス

ブラックホールが恒星を飲み込む(潮汐破壊)と、降着円盤ができる
降着円盤ができるときフレアが発生する
しばらくすると、それも落ち着く
のだが、電波が発生しなくなった数年後に、再び電波を発生するという現象が観測される(これを「げっぷ」に喩えている)。

短期集中連載 定説が覆るとき 科学研究 逆転の構図  C. C. マン

パラダイム・シフトの話
短期集中連載ということで、1回目の今号では総説として、どんな事例があるかがばーっと例示されている。
マイケルソン・モーリーの実験とか、パスツールの微生物の発見とか

  • 古い考えも残る

180度完全に転換するわけではない。
量子力学では、S行列理論というのがあったが、場の量子論に取って代わられた。しかし、S行列理論は完全に消えたわけではなく、超ひも理論につながった、とか。
パーセプトロンは一時期流行した後、ミンスキーによる指摘で急速に冷めたが、しかし、後にディープラーニングにつながったとか。

  • 新旧対立ではなく新新対立

対立は、必ずしも古いものと新しいものとの間で起きるわけではない。
ある感染症で、瘴気じゃなくて原生動物が感染源だという主張に対して、最も強く反対したのは瘴気説の立場じゃなくて、細菌こそが病原体だと考えるパスツールの弟子だった、とか

  • 政治と科学の間での影響関係

アメリカの西部開拓において、あそこは砂漠地帯で不毛な地だという科学者の主張に対して、開拓を進めようと反論する立場と。ただ、砂漠だという科学者の主張も間違っていて、ずっと乾燥しているわけでなくて、不定期に雨も降るとかなんとか。
それから、マンモグラフィーを巡るあれこれ。学会声明の変化。

SCOPE 水素に育まれた地下生態系

JAMSTECが、諏訪湖の地下から発見。地下水や温泉水を調査して、メタンや水素をエネルギー源にしている微生物を発見、と。

ADVANCES
  • 海水淡水化は深海で

海水をどうやって淡水にするか。装置に海水をぶちこむのに深海の水圧を使う。
今用いられている淡水化技術より安いらしいが、どうやって深海から汲み上げるのかとか、深海生態系への影響はないのかとかは、まだ未知数

  • 自滅する惑星

中心星のフレアを誘発する惑星があるらしい
惑星の自転と中心星のフレアが同期しているところから発見。

Newton 2026年1月号

転生した建築たち 監修 五十嵐太郎 執筆 加藤まどみ

建築物の用途変更は「コンバージョン」と「リノベーション」とは区別される、とのこと
例えば、火力発電所を美術館にしたテートモダンとか。
オルセー美術館って、元は駅舎か。
ニューヨーク、空港のフライトセンターをホテルにした例
ニューヨーク、かつての鉄道高架を緑地化したハイライン
ウィーンではガスタンクを商業施設にした例や、ナチスの高射砲施設だったものを水族館にした例
ドレスデンの兵器庫を軍事史博物館にしたもの。これは、変更そのものは意外感ないけど、石造りの建物に鉄骨の構造物がつけられていて、独特の外観
マーストリヒトは、元教会の本屋。すごく天井が高い本屋になっている
上海には、屠殺場を商業施設にしたものが。
日本では、旧奈良監獄というパノプティコン的な奴が2026年にホテルになるらしい。

常識破りのブラックホール 監修 本間希樹 執筆 中野太

ブラックホールというのは特異点があるけれど、この宇宙に特異点があるのはおかしいと考える研究者によって、ブラックホールのような見た目だけどブラックホールではない天体というのが考えられているらしい。以下はすべて仮説上の存在
ボソン星
グラバスター:ダークエネルギーでできていう
ネスター:入れ子になったグラバスター
ファズボール:超ひもによるブラックホール

火星 最新ギャラリー 監修 関根康人 執筆 岡本典明

主にマーズ・リコネッサンス・オービターが撮影した火星の地形の写真を中心にしつつ、火星の地層の写真や、オポチュニティの自撮りとか現在最も古株のマーズ・オデッセイによる画像とか
見てて一番印象に残ったというか、いわれてみれば確かにそういうのもあるかと思ったのが、火星から見た日食。フォボスによる食とダイモスによる食がある。

エネルギーとは何か 監修 村山 斉 執筆 小谷太郎

仕事とエネルギーの話から始まってダークエネルギーまで
流し読みして、目がとまったところだけ
エネルギー保存則の発見は遅く、19世紀まで待つことになる。
発見者はマイヤーだが、このマイヤーの論文、実は支離滅裂なものだったという。熱帯で瀉血すると血がより赤くなっているというのを発見し、そこから熱と運動の関係について考察し、エネルギー保存則にたどりついている。
まず、熱帯で血が赤くなるという観察自体が間違いだし、そこからの論理展開も間違っているのに、エネルギー保存則だけ正しく導けていたとかで。
当時も論文の掲載には至っていない。数年後、ジュールがより論理的で整然とした論文を発表している。
マイヤーは自分の方が先に発見したと主張したが、精神的に参っていた時期でその後、自殺未遂にまで至る。
後々、エネルギー保存則の発見者として再評価されるのだが、その頃にはすでに科学への情熱を失っていたという。
ジュールは知っていたけれど、このマイヤーっていう人のこと知らなかった。

柴田崇「サイボーグの「原型」 : “ extension”の系譜学に基づくJ・D・バナールの読解」

サイボーグ論・サイボーグ言説の「原型」を、J・D・バナールに見いだすという論文
http://hokuga.hgu.jp/dspace/bitstream/123456789/2984/1/06%e6%9f%b4%e7%94%b0%e5%85%88%e7%94%9f.pdf


以前、鈴木貴之『人工知能の哲学入門』 - logical cypher scape2を読んだが、その本の姉妹版として『人工知能とどうつきあうか』という論文集があり、柴田はその中の著者の1人
専門は、reseachmapによれば技術思想史やメディア論など
『サイボーグ』という著作があり、そこでアンディ・クラークの『生まれながらのサイボーグ』を検討しているみたいなので、それが気になったのだが、ほかにネット上で何か読めるかなと思って目についたのが、この論文
ネット上で読める論文、ほかにもいろいろあるのだが、J・D・バナールが気になったのでこれを読んでみることにした。
『サイボーグ』の目次を見る限りでは、それの第1章と内容的には重複していそうな気配。


バナールもクラークも気になってはいるが、ちょいと重いんだよなあ、とも思ってなかなか読めていないので、解説本的に読めたらいいなと期待しつつ手に取った。
で、読んでみたらかなり面白かった。
バナールについては以前フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史』(ないとうふみこ訳) - logical cypher scape2でも読んだが、また大分違う感じ。


サイボーグ論の系譜を読み解くにはextensionがキーワード
しかし、extensionは3つの意味で使われているから注意が必要
というところから、特にサイボーグに関わる「拡張」という意味でのextensionに注目してバナールの言説が、サイボーグ論の「原型」であることを検討する。
最後に、バナール以後の言説を2つ紹介する
という構成になっている

一、エンハンスメント論の一部としてのサイボーグ論

「サイボーグ」という語は、1960年、「宇宙航行の心理・生理学的側面についてのシンポジウム」におけるN.クライン(精神薬理学)とM.クラインズ(サイバネティクス研究)の共著論文の中で誕生。クラインズが発案者だと明記されている。
宇宙空間での精神活動を正常に保つために、身体機能の恒常性を維持する必要があり、そのために、身体と人工装置を接続するという考え


で、エンハンスメント論との親和性が高いよ、という話から、エンハンスメント論の最右翼である「超人主義者」について
第一世代:I・メチニコフ
第二世代:J・ハクスリーら
第三世代:カーツワイル、モア、ストックら
メチニコフという人の説明を読んで、なんか聞いたことある話だなと思ったけど、『現代思想2025年1月号 特集=ロスト・セオリー 絶滅した思想』 - logical cypher scape2に出てきたブトマイン説だ
トランスヒューマニズムとハクスリーの関係は知ってたけど、さらに遡るのは知らなかった。
さて、本論では、1923年から1931年にかけて刊行された『トゥ―デイ・アンド・トゥ―モロウ』シリーズに着目する
このシリーズの執筆陣には、J・B・S・ホールデンが筆頭として、バナールもいる。『宇宙・肉体・悪魔』がこのシリーズの中の一冊として書かれている。
ホールデンについてはまたあとにも出てくるが、バナールも影響を受けたし、現代の超人主義者たちも影響を受けたと公言しているらしい。
遺伝学の人という認識だったが、そういう影響力を持っていた人だとは知らなかった。

二、extension の系譜学

extensionには、「延長」「拡張」「外化」の3つの意味がある
(1)延長
道具によって身体を延長する、という議論
メルロ=ポンティやM.ポランニー、BMIなどのインターフェースの議論
デカルト心身二元論が基調にある。デカルト的身体=延長の境界をどこに引くかという議論
J.J.ギブソンやA.クラークも


(2)拡張
本来の機能が拡張される、という議論
機能の「代行substitution」や「置き換えreplacement」あるいは「増強enhancement」「増大augmentation」「増幅amplification」とも言い換えられる。
「拡張」議論の「起源」(の一つ)として、プラトンパイドロス』がある
文字による記憶の「代行」や「増強」に対して、文字に依存して人の記憶力が「衰退」するという反論がセットでなされてきたが、時代を経るにつれて、次第に前者のみが強調されるようになっていく。


(3)外化
人工物によって身体の機能が可視化されるという議論
射影projectionの語が使われることもある
ベルナールやダゴニェなど、医学と関連


一つの人工物を以上3つの観点から記述することが可能
例えば義足は、「延長」としても「拡張」としても「外化」としても捉えることができる
ただ、大抵のテクストは、いずれかの意味で使われていることが多い
概念に自覚的な著者によって書かれたテクストは、先行思想も意識しており、3つの概念それぞれの系譜が描ける。

三、サイボーグ論の「原型」;バナールの未来予測

フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史』(ないとうふみこ訳) - logical cypher scape2だと、バナールがノルマンディ上陸作戦にかかわっていたあたりがフィーチャーされているのだが、こちらの論文でのバナールの略歴でそのあたりの言及はなかった。

  • バナールの議論にみられる3つの構成要素

バナールにとって人類の進化とは精神活動の最大化
(1)生物的な器官・組織を人工物に「置き換え」る。特に外科的に移植する恒常的なもの
(2)人為的な進化論という一種の進化論
(3)人間の知力に対する信頼(人工物が人間を裏切ることを想定していない)
バナールって「群体脳」とか考えていたのかー

バナールには、プラトンにみられた「衰退」の議論が一切ない
「衰退」というのは、人工物(プラトンにおける文字)が機能停止した場合の懸念
バナールは人工物を外科的に移植して恒常的に付着させること(「サイボーグ」)で、この懸念を払拭しようとしている

  • クラインズとの比較

クラインズには(1)の要素はあるが(2)(3)の要素はない。
クラインズの議論は「治療」の範囲をでないもので、現代の視点からみると抑制的に見える。それは、ネガティブ・フィードバックで恒常性を維持する、サイバネティクスの議論から出ているから。
恒常性の破れを出発点とする進化の観点が、サイバネティクスやクラインズにはない、と。
注釈みて、へーっと思ったのは、ポジティブ・フィードバック概念は、M・ マルヤマ (丸山孫郎)による1963年の論文で初めて定式化されたという話。そんな日本人研究者がいたのか
さて、本論はこの点から、クラインズは「サイボーグ」という言葉の発案者ではあるけれど、サイボーグ思想としては傍流であり、サイボーグ論の「原型」ではない、としている

『トゥ―デイ・アンド・トゥ―モロウ』シリーズから刊行された、ホールデンによる『ダイダロス』という未来予想の本がある。
バナールはこれの影響を強く受けている
H.G.ウェルズ『来るべき世界』やオルダス・ハクスリーすばらしい新世界』も、『ダイダロス』から影響を受けた作品、とのこと
(ちなみに、ホールデンWikipedia記事を見ると、ホールデンとオルダスとは「幼少期からの親友」らしい)
ホールデンは、遺伝学的な改造の話しかしていない。
バナールは、遺伝的な改造をまず皮切りとして、そこから人工物を外科的に移植する改造へと進む、と論じた。
だから、ホールデンはすごく影響力大きいけれど、「サイボーグ」論の「原型」ではない、と。

四、サイボーグ論の正統

バナール以降のサイボーグ論として、SF作家アーサー・C・クラークサイバネティクス研究者K・ウォーリックの2例を紹介
いずれも、バナールから(1)(2)を引き継ぎつつ、バナールのように人間の知力にはもはや信頼が置けないという点で、バナールとは異なる。